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第四師団 コンロン出兵篇(最終回)

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第四師団 コンロン出兵篇(最終回)

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 香取翔子率いる【ノイエ・シュテルン】の大部隊はミカヅキジマよりコンロン中央のミロクシャ方面へ。【鋼鉄の獅子】はルカルカが指揮しシクニカへ。同じミカヅキジマから、反対の方向に【海軍】の軍船が向かっている、その先にあるのは……
 
 
更なる波濤を越えて/エリュシオン軍港・エルジェタ密林
 
 遠くで、波の音がする。
 セクシーかつかわいらしい水着を着た少女たちが、波打ち際で手招きをしている。そーれ捕まえちゃうぞー、と手を伸ばすが、少女たちはくすくすと笑いながら逃げ惑う。翻弄されながら、やっと一人を捕まえた、と思った瞬間、少女はふっと腕の中から消えて、少し離れた場所にまた笑いながら現れる。
「今度こそ捕まえたっ! ……あ、れ……?」
 教導団の霧島 玖朔(きりしま・くざく)は、自分の叫び声で目を覚ました。仰向けに野外に寝転がっているらしく、視界いっぱいに、鈍色の空が広がっている。頭は半分水につかっているようで、耳のあたりで水が揺れている感覚があった。
「でも、捕まえた感覚が本物……?」
 まだぼんやりしたまま、温かくて柔らかいものを掴んでいる右手をむにむにと動かしてみる。そのまま右に首をひねると、パートナーの酒呑童子の英霊伊吹 九十九(いぶき・つくも)が倒れていて、霧島の手は、九十九の胸を掴んでいた。
「……うーん……」
 その時、九十九が目を開けた。次の瞬間、
ぎゃーッ、何他人の胸揉みしだいとんじゃ、おのれは!!
 霧島の手を払いのけて跳ね起きた九十九が、片足を高く上げ、目にも止まらぬ勢いで振り下ろした。
「うおうっ!?」
 霧島は慌てて身体を捻った。九十九の踵が、狙い違わずついさっきまで霧島の頭があった場所にめり込む。
「ちょ、これは事故だからッ!!」
 慌てて飛び退る霧島がいた空間を、今度は回し蹴りが薙ぎ払う。
「んー、なぁにー……?」
 少し離れた場所に倒れていた、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)のパートナーのアリス、エリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)が、目をこすりながら起き上がる。
「二人とも、じゃれあっている場合ではないようですよ。隠れて!」
 霧島のもう一人のパートナー、機晶姫ハヅキ・イェルネフェルト(はづき・いぇるねふぇると)が、空を見上げ、厳しいで警告した。霧島と九十九も動きを止めて、ハヅキが見上げているものを見る。
 鈍色の空を、龍の群れが渡って行く。その背には、帝国兵の姿があった。四人は慌てて、すぐ側にあった、破損した小型飛空艇に身を寄せ、息を殺した。
「……見つかったか?」
 霧島は呟いた。少女たちの表情も、いっせいに緊張する。だが、龍騎士団は先を急いでいたようで、そのまま上空を通り過ぎて行った。玖朔は大きく息をつくと、砂を払いながら立ち上がった。
「今ので敵の拠点がある方角がわかりましたね。どのくらい距離があるかはわかりませんが」
 龍騎士団がやって来た方向を見て、ハヅキが言う。
「一応、念のために小型飛空艇は隠して行こう」
「そうだね。密林の中に引っ張り込んで、引きずった跡を消しておけばいいかな?」
 霧島の言葉に、砂浜の近くまで迫っている木立ちを見て、エリシュカが言った。4人は力をあわせて小型飛空艇を木立ちの中へ隠し、念には念を入れて引きずった跡を葉つきの木の枝で払って消すと、軍港があると思われる方角へ歩き出した。
 
 ◆◆◆◆◆
 
 がっしゅ、がっしゅ。
 どんよりと薄暗い空の下。聞こえる音は、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)少尉が甲板を磨いている音だ。ちなみに、通常の掃除ではなく懲罰として課せられているため、デッキブラシではなくヤシに似た繊維質の木の実を二つに割ったものを使っている。断面がブラシの役割をするのだ。ブラシに比べて力が必要な上、屈んで作業をしなくてはならないため、日頃訓練と実戦で鍛えているはずの教導団生でも、なかなかにきつい作業だ。
「さっきからずっとやっているが、少し休んでもいいのではないか?」
 船内から甲板に出てきたウィルフレッド・マスターズ(うぃるふれっど・ますたーず)が、少し心配そうに言う。だが、ローザマリアはかぶりを振った。
「いいの、……余計なことを考えなくて済むから」
 現在、ローザマリアが率いる海軍は、ミカヅキジマから再び大陸へと向かっている。いったんクレセントベースの司令部に出頭し、処分と今後の海軍の作戦行動についての方針が決定した後、大急ぎでエリュシオン軍港に取って返している途上なのだ。
「エリシュカたちのことか」
 ウィルフレッドの表情が険しくなる。
「あいつらのことだ、むざむざ捕まるようなことはあるまいとは思うが……」
 ローザマリアは答えずに、甲板を磨く手に力を込めた。
 (エリー……貴方を絶対に見捨てはしないわ。すぐに行くから、どうか無事でいて……!)
 
 ◆◆◆◆◆
 
 それと同じ頃。
 【鋼鉄の獅子】のメンバーであるウォーレン・アルベルタ(うぉーれん・あるべるた)は、パートナーの獣人清 時尭(せい・ときあき)と共にエルジェタ密林に居た。同じ【鋼鉄の獅子】のルカルカや橘はクレセントベースからシクニカに向かったが、ウォーレンは、密林方面にあるという帝国の基地が【鋼鉄の獅子】のシクニカ攻略に影響を与えるものかどうかを調査すべく、別行動を取ったのである。
「これは……オートマッピングがなかったら完璧に道に迷ってるなぁ……」
 ただでさえ薄ら暗い空の下の、しかも密林の中だ。障害物も多く、視界は良くない。清が先に立ち、獣人の能力を生かして安全を確認しながら、静かにゆっくりと進んで行く。
「……ん?」
 ふいに、清が立ち止まり、『静かに』とジェスチャーをしてから、ちょいちょいとウォーレンを手招きをした。ウォーレンは足音を立てないように気をつけながら、清のところへ行った。清に促されて、低木の茂みの向こうを透かし見ると、50人ほどの部隊が休息を取っている。
「教導団の制服だ。敵ではないと思うが……」
 清の囁きに、ウォーレンは首を傾げた。
「クィクモから密林へ派遣された部隊だと思うんだがなぁ。それにしては妙なのが混じってるな……」
 ウォーレンの言う『妙なの』。それは、執事服の男とゴスロリ風なドレスの少女だった。ウォーレンも教導団の生徒すべてと面識があるわけではないが、それにしても作戦行動中とは思えない服装だ。
「うーん……通りすがりの旅の者っぽい会話をしてるが……こんな場所にそんな人間が居るのも妙な話ではあるよな」
 『超感覚』で会話の内容を聞き取った清も首をひねる。
「一応警戒はしながら、接触してみるか?」
 ウォーレンは、茂みを掻き分けて前に進んだ。
 
 
「……はぁ。コンロン美味い物MAP製作のためにあちこちを巡っている最中、そちらのお嬢さんが用を足す場所を探していたらこの密林に……で、ありますか……?」
 解せぬ、と言いたげな表情で、大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)はこめかみを押さえた。
「はい、その通りでございます」
 執事服の男……波羅蜜多実業高等学校の聖・レッドヘリング(ひじり・れっどへりんぐ)は頷いた。パラ実の生徒ではあるが、とりあえず敵対する様子は見えない。しかし……
「このあたりも、現在は戦闘区域であります。物見遊山であれば、退避した方が良いでありますよ?」
 大熊はため息をつきながら言った。
「その、基地や砲台とやらにちょっと興味がありますわ。作戦によっては、協力してさしあげてもよろしくてよ?」
 聖が差し出したティーカップ(ちゃんと陶器だ)をすまし顔で受け取って、ゴスロリ服の少女……聖のパートナーのゆる族キャンティ・シャノワール(きゃんてぃ・しゃのわーる)が言った。そこへ、ウォーレンと清が姿を現した。大熊は一瞬身構えたが、
「【鋼鉄の獅子】隊のアルベルタだ。こちらはパートナーの清」
 と、ウォーレンが所属や目的を明かすと、ほっと息をついて肩の力を抜いた。
「こちらは、軍港の砲台にちょっかいをかける作戦なのでありますが……。軍港をこの人数で落とせるとは思えませんし、まかり間違って落とせたところで維持も出来ないでありましょうが、本格的に軍港を攻略する時に備えて、砲台だけでも潰しておければ、と思うのであります」
 アルマイトのカップにコーヒーを注いで渡しながら、大熊も自分たちの状況を説明する。
「……で、この方たちをどうしようかと。戦闘区域外に安全に送るだけの余剰人員は、自分たちにはないでありますし」
「あら、自分たちの身は自分たちでちゃぁんと守れますわ! ねえ?」
 キャンティは唇を尖らせて、聖を見た。だが、
「とりあえず、軍港や軍事基地の状況が判るまでは、一緒に行動した方がいいんじゃないかな。あんまり単独でウロウロされても困るだろう」
 ウォーレンはそう、聖たちと大熊に提案した。
「俺たちは基本的には偵察だけのつもりだから、軍港の状況見て抜けた方が良さそうだったら、その時に俺たちと一緒に来てもらってもいいし」
「成程。では、そういうことで」
「かしこまりました。ご一緒させて頂きます」
 大熊の言葉に、ちょっと不満そうなキャンティを抑えて、聖はうなずいた。