|
|
リアクション
イコン製造プラント。
「はじまりの少女……セラ」
祠堂 朱音(しどう・あかね)は制御室で思わず声を漏らした。
サロゲート・エイコーン誕生にまつわる真実、そして『空の民と約束の少女の物語』。あの話はハッピーエンドでは終わらなかった。それは、実際にその光景を見た彼女には痛いほどに分かってしまう。
今は閉ざされている、量子コンピューターS.E.R.A.と、その奥にあるセラの墓への扉。
罪の調律者がいない今、そこに勝手に足を踏み入れていいものだろうか。むしろ、その存在を知っている者が限られているため、調律者以外に許可の取りようがないのだが。
「常駐管理者は行っちまってるし、そもそもS.E.R.A.のことを公言していいかどうかってのもあるからな」
ジェラール・バリエ(じぇらーる・ばりえ)が困ったように呟く。
「他人の身体の中に無断で入るようなものだし、それにお墓に勝手に踏み込むのも考えものだよね」
と、シャルル・メモワール(しゃるる・めもわーる)が言った。
「朱音……どうする?」
須藤 香住(すどう・かすみ)が尋ねてくる。
今は、プラントも静かだ。ナイチンゲールさえもその姿を現していないくらいに。
「……ナイチンゲール?」
呼びかけても、出てこない。
今まではプラントの中にいれば、他の人と話していたり、何らかのサポートに専念しているとき以外はすぐに現れた。今、他の場所で何かをしている気配はない。
「行こう、S.E.R.A.のところに」
システムが落ちているわけではない。となれば、必然的に彼女の心だというS.E.R.A.に何かがあったのかもしれない。
ならば迷っている場合ではない。
「いいのか、俺達も行って?」
「うん、一緒に来て!」
パートナーみんながいた方が安心出来る。罪の調律者には申し訳ないが、扉を開けて階段を下りていく。
ナイチンゲールの声を聞きたい。
それは、あのナイチンゲールではなく、S.E.R.A.の中にあるだろう、彼女の心の声。
ハッピーエンドで終わらなかったあの話を、今からそこに導くことは出来るはず。めでたしめでたしの後に、哀しい結末が待っていることだってある。ならば、その逆だって可能なはずだ。
そのための鍵になるのが、ナイチンゲールの心の声だ。
少しでもハッピーエンドへ向かえるように、自分の出来ることをしたい。未来は……自分達の時間はもっと続いていくのだから。
その中で、記憶は、想いは繋がっていく。後の人たちへも。伝えようとする想いがある限り。
だから、哀しい結末の後に巻き起こる、最後のどんでん返し。悲しみを超えた先に待ち受ける真の物語の結末を。そして未来という新しいはじまりを。
歴史は繰り返されるのではない、繋がっていくのだ。螺旋のように。
その始まりと終わりの物語の、一つの結末を書き換える。いや、これから紡いでいくのだ。
「S.E.R.A.……」
その心の前に辿り着いた。
特に異常があるわけではない。
ならば、なぜナイチンゲールは出てこないのか。
「大丈夫よ、朱音。貴女がナイチンゲールの心に寄り添うというなら、ワタシも貴女と共に寄り添うわ。それがワタシの願いになるのだから」
香住が朱音に告げた。
彼女は一人ではない。
彼女が心に寄り添い、シャルルが知識を守り、ジェラールが身体を守る。そうやって支えられているからこそ、朱音はここに立っていられる。
S.E.R.A.を見て、朱音は考えた。
はじまりの少女と同じ名を持つコンピューター。そしてナイチンゲールは同じ名のイコンを持つ。
もの言えない聖像へ寄り添い、その想いを人に伝える存在。
もしかしたら、それがナイチンゲールの初期のコンセプトでもあったのではないか? そうだとすれば、同じ名前を持つ存在であるのも何となく分かる気がする。
「ナイチンゲール、キミの声を聞かせて欲しいんだ」
無論、罪の調律者の話の通りなら、ここに彼女が『お呼びですか?』と現れることはない。
ならば、彼女達の背後に現れた侍女服姿の少女は?
「ナイチンゲール、どうして? ここには……」
これまで一切感情を示すことがなかった彼女が微かに笑った。
『時が来ました。間もなく、「はじまり」が訪れます』
そして彼女の姿が消えていく。
『もう、行かなければなりません。あるべき場所へ』
「待って、ナイチンゲール!」
ようやく会えたのに。
『思い出したのです。私の役目を。全ては、一つの約束――願いのため。そのために私は――』
最後に、彼女が文字列を投影する。
『Sysytem of Eternity to Revive an Angel』
S.E.R.A.の正式名称。
天使を復活させるための、永遠なるシステム。
たとえどれだけの時間が流れたとしても、セラの願いを叶える。そのときに彼女ともう一度会い、それを伝えたいという、強い想いがそこには込められてるように感じられた。