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地球とパラミタの境界で(後編)

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地球とパラミタの境界で(後編)

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・一日を終えて


「パイロットの健康状態、チェック完了。良好です」
 御空 天泣(みそら・てんきゅう)は、帰投した【鵺】のチェック作業を手伝っていた。海京分所で勝手に彼女の部屋に入ってしまい、気まずい思いをしたものの、雪姫の方はそれほど気にしている風ではなかった。
 さすがに機密の多い機体のため、調整を全部手伝うことは出来なかったが、搭乗時のパイロットのバイタルチェックを担当した。あくまでイコン研究者を目指す者として、余計なことを考えずにその仕事に従事した。
 雪姫に聞きたいことは多い。初対面を果たした後、彼女に関するデータを調べたものの、何も見つからなかった。「ホワイトスノー博士の後継者」とまで言われているのに2021年以前の研究業績が一切存在しないことが、何より不思議だった。
 最初、話し振りからなつめと賢吾は雪姫と長い付き合いのように思えたが、実際にはここ半年程度である。彼女の評判を聞き、パイロットとして復帰するために【鵺】の開発を
一緒にすることになったという。
(あらゆる動物の集合体、姿を変える鵺……もしあの二人以外が乗った場合は、違った一面を見せるのだろうか)
 ニューロリンクによる、パイロットとの一体化。単なるモーショントレースシステムではないことは分かった。もっとも、そちらはパイロットへの負担が大き過ぎるため、本当に限られた人間にしか扱えないらしい。
 生身とイコンの中間、どちらの特性も発揮出来るのがこの【鵺】だということだったが、パイロットの技量が伴わなければどちらも中途半端になってしまう機体である。ゆえに、この機体もまた、誰にでも扱えるというわけではない。
(安全面に関しては、レイヴンよりも飛躍的に向上している……当然か、身体が不自由になってしまった人向けに造ったのだから)
 初期のBMIはパイロットを廃人にしかねないほどの負担をかけるものだった。今でも、シンクロ率が50%を超えると、一部を除きパイロットに危険が及ぶ。【鵺】にはそのシンクロ率の概念がない。
「脳波は全体を通して正常……と」
「規定時間内ならパイロットに負担が掛からないようになってる。そのために、何ヶ月も調整してきたから」
 全てのチェックを完了すると、雪姫が研究所に帰るための身支度を始めた。
(脳波と神経接続でシンクロするなら、イコン側に脳波の発信パターンが記録されるはず。それを利用すれば……)
 その脳波が乱れた際に、自動で静止するプログラムを組むことは出来ないだろうか。搭乗者が悪意ある行動を取れないように。強制停止プログラムが開発されれば、月軌道上のような破壊活動を阻止出来るようになるのではないか。
 無論、その悪意の定義は困難だ。それに、脳波パターンを読めても、そこにどんな意志が働いているかまでは、現在のイコンのシステムでは認識出来ない。それでも、そういったものが作れればと天泣は思った。

(あー、やることないなぁ)
 ラヴィーナ・スミェールチ(らびーな・すみぇーるち)は特に手伝えることもなく、暇を持て余していた。ある程度作業が落ち着き、一息ついているのを見たところで雪姫に話し掛ける。
「雪姫さんって日本風な名前なのに、綺麗な銀髪なんだね。ご両親のどちらかが外国の人なのかな?」
「母がイギリス人」
 そういえば、ホワイトスノー博士もそうだったはず。留学してそのままロシア在住になったと何かに書かれていた気がする。父親についても尋ねた。
「父、と定義出来る人は五人いる」
 複雑な家庭だったのだろうか。あまり追求していい話題ではなさそうだ。ただ、彼女の親も名の知れた科学者ではあったらしい。
(研究一筋十七年、ってか? うーん……)
 その割に、彼女に関する記録がないのが気になる。
「えと、雪姫さんって学生兼研究者なんだっけ?」
「そういうことになってる」
 こっそりと、ラヴィーナは雪姫に耳打ちした。
「……助手とか、募集してない?」
「していない。どうして?」
「いやさ……天ちゃん使えそう? 僕も何か出来ることあったら手伝うよ」
 内心では自分は偉いと、自画自賛した。
「イワンが、手伝いを欲しがってる。私の後見人」
「あー、あの頼りな……げふん」
 一瞬素が出そうになったが、何とか取り繕う。研究所にいれるのなら、悪くない選択肢のような気もした。
「まあ、天ちゃんには僕が勧めてみるよ」
 彼も、どんな形であれ研究に携わる場にいれるなら大丈夫だろう。

* * *


「今日はお疲れ様、雪姫さん」
 イーリャ・アカーシ(いーりゃ・あかーし)は、彼女と一緒に海京分所に帰る準備をしていた。イーリャもまた、雪姫を手伝いに来ていたのである。もっとも、大体のことは彼女と浩一が行っていたため、天泣たちと補助作業にあたっていたわけだが。
「そうそう……携帯電話とアドレス交換しない? 確かに分所では顔を合わせる機会も多いけど、仕事以外でも連絡を取り合えればと思うのよ」
 雪姫がポケットからスマートフォンを取り出し、イーリャと交換した。
「ほら……ジヴァも」
「アンタに言われなくても分かってるっての!」
 ジヴァ・アカーシ(じう゛ぁ・あかーし)もだ。
 イーリャは、薄々雪姫の正体に見当がつき始めていた。
(『そういう風に出来ている』『作られた者には、作った者の気持ちは分からない』。つまり、彼女は作られた存在……ジヴァと同じ)
 おそらく、元となったのはホワイトスノー博士だ。気になって調べたところ、十代の頃のホワイトスノー博士と雪姫は瓜二つだった。
 ただ、ジヴァは遺伝子操作を受けたデザイナーベビーだが、雪姫はもっと異質な存在にも思えた。いずれにせよ、人為的な手が加わって生み出された以上、そういった技術を用いてしまった自分には、彼女を助ける義務がある。イーリャはそう考えている。
 今は研究所に身を置いているが、4月からは普通科の教員として学院にいれるように掛け合っている最中だ。非契約者向けのイコン工学理論を担当出来るならばということだったため、それを受ける構えだ。
(むしろ、雪姫さん相手だと私が教わる側になっちゃうわね……)
 それでも、彼女の近くにはいれそうだ。今まで分からなかった、雪姫の学院生活の部分が見れることになる。

「……それで、こういう機会だからもっとあんたのことを知りたい。あと、あの劣等種の言うこと、そんなに気にしなくていいから」
 イーリャが何を言おうと、雪姫は雪姫らしくあって欲しい。今の彼女を知ることで、自分の心を理解できるようになる、ジヴァはそう思っていたからだ。
「ほんと、何も出来ない癖に、口だけは達者なんだから」
 雪姫の話を聞こうというのに、イーリャの話題ばかりが出ていることにジヴァは気付いていなかった。
「やっぱり、研究者になるために育てられたの?」
「否定(ノー)。それはあくまで目的の一つでしかない。私は、いかなる問いに対しても答えられる者であることが望まれていた」
「答え、ね。預言者にでもなって欲しかったのかしら? それとも、多くの人を引っ張る指導者かしら? どっちにしろ、あたしと同じように普通の人間を超える存在として生み出されたというわけね」
「……」
「どうしたの?」
「普通の人間を超える、というのが分からない。マクロな見方をすれば、『人間』と定義される者達との間に差異はなく、等しく『人間』である、となる」
「あんたにはプライドとか、ないの?」
 雪姫が首を傾げた。どうやら、あるとかないとか以前に、考えたこともないらしい。ここからは、テレパシーで話すことにする。
(……まあいいわ。しかし、あんたをそんな風にした『親』は、どんな人なのかしらね)
(一人以外、会ったことはない)
 彼女は、自分の親がどういう人物かは知っているが、面識はないという。会ったのは「父の一人」だけらしい。
(『親』と呼べる人は六人いる。話したことがあるのは、その一人ってだけ)
 そのことについてもっと聞こうとした時、
「何か用?」
 目の前にやってきた人影を睨んだ。
「あ、雪姫さんにちょっと相談がありまして」
 水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)だ。彼女の後ろには、鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)が護衛のようにして控えている。
「お時間大丈夫でしょうか?」
「どうするの、雪姫?」
「肯定。用件を」

 睡蓮は学内端末を使い、雪姫に{ICN0003857#厳島三鬼}を診てもらった。実機まで来て欲しいところだったが、今日はあまり身動きが取れないということだったためデータだけである。
 これまで長いこと休学していたこともあり、いきなり授業についていくのは厳しい。そこで、自機の相談をしながら、イコンのことについて再度勉強しようと思ったのである。正直、整備教官よりも彼女の方が分かりやすく説明してくれそうだった。
「ジェファルコンはそのシステムゆえに、内部構造を変えるのが困難。トリニティ・システム自体のエネルギー生成量を考慮すると、手を加える必要は本来ない。それを安定稼働させるためのOSが、どれだけ大きいエネルギーを引き出し制御出来るかが重要。下手に出力だけ上げると、制御を失い……」
 ボンッ、と声を出して握り拳を開いた。
「外装以外をいじるのはほぼ不可能ということですね」
「肯定。現在の技術水準では」
 そのエネルギーを利用して、シュバルツ・フリーゲ・オリジナルのバリアをビームシールドに応用出来ないものかと密かに考えていたが、難しいようだ。
「あと、ハイ・ブラゼルで見たモノについてちょっと意見を聞いてみたいなと思いまして。これです。イコンをサポートするアンドロイドと人工知能生成用の数式を絡めたものなんですが……」
 それを雪姫が凝視した。
「例えば、ですけど。これを発展させて、契約者をデバイスとしただけの自立型イコン……出来ると思いますか? プラヴァーのサポートシステムに自動操縦と、この感情的処理や本来ある機械的処理を踏まえた自己判断能力を備えさせる、とか。
 まあ何というか……私がダメ学生なので、こう……使い手の技量や精神力、戦闘能力に拠らない強さ、みたいなモノを作ってみたいんですよね」
 少し考えるような素振りをして、雪姫が答えた。
「自立型イコンに関しては、可能。ただ……この数式、不完全」
 よく見ると、以前とは若干異なっているように感じられた。どうやら、正しい形ではこちらの世界に持ち出せなかったようだ。
「感情的処理は現時点では不可能だけど、自己判断は可能。問題は、戦闘能力を優先させた場合は足手まといなパイロットを真っ先に切り捨て、パイロットの安全を優先した場合は、出撃出来ないという問題が起こること。パイロットを死なせないようにするには、戦場に出なければいいだけだから」
 それを言ってしまったら元も子もないだろうが、確かにイコンに乗っても出撃しなければ危険な目には遭わない。何にせよ、現在の技術ではハードルが高いようだ。

* * *


 雪姫と別れた後、睡蓮はヴィクター・ウェストにテレパシーで連絡を入れた。
(ヴィクター様、聞こえますか?)
(聞こえてるヨ。その様子だト、学院に戻ってからも上手くやれているようだナ)
 とりあえず、彼に報告する。
(先日、学院にすごい子がいるって話をしたじゃないですか。つい先ほど、その子に会ってきましたよ。ホワイトスノー博士の後継者との噂は、伊達ではありませんでしたね)
 ヴィクターが楽しそうに笑っていた。
(どうなさいましたか?)
(いヤ……気にするナ)
(それと、今日は他にも色々ありました。いきなり海京に未確認機がやってきたり、チャイナドレスの女が密航したり……その人は風紀委員に連れていかれたみたいですけど)
(そうカ。連絡がなかったのはそのせいカ……ところデ、その女狐の後継者と言われている女かラ、どういう印象を受けタ?)
(何というか、個性的な方ですね。どこか機械的だけど、冷淡ではない、といいますか……)
 ヴィクターは何か納得したような声を漏らした。思念ではあるが。
(どうかなさいましたか?)
(かつて新世紀の六人と称された科学者達ハ、各々の知識と技術を結集シ、ついにはゼロから『人間』を創り出しタ……と言われていル。製造コードNGS―HF01。分かっているのはそれだけだからナ。親父の遺品からそれに関する資料が出てきたガ、書かれていたのハ、それに費やされたのが五億ドルという馬鹿げた金額だということだっタ。何、単なる都市伝説ダ。親父の資料モ、大方何かと間違えただけダ。そう思っていタ。最近までハ。見ロ)
 ヴィクターから、一枚の写真データが送られてきた。正確には、インターネット上に流されたものを睡蓮が受け取っただけだが。
(雪姫さんの写真じゃないですか)
(違ウ。それはあの女狐――ジールダ。十八年前のナ。その証拠二、オレも写ってるだロ?)
(どこに……え、もしかしてこの人ですか?)
 爽やかな好青年の姿がそこにはあった。一体何が起こって派手な柄シャツにジーンズ、サングラスに白衣という奇抜な出で立ちの中年になってしまったのか。
(あの女はクローン技術を嫌悪していタ。オレがその道に戻ろうとした時モ、必死で止めようとしたくらいにナ。だかラ、あの女のクローンではなイ。アレこそガ、二十一世紀の至宝。かつての天才達が遺した最後の傑作ダ)
 にわかには信じ難いが、目の前に機晶姫、異世界では感情を持ったアンドロイドの存在を知ったこともあり、ある程度納得はいった。
(もしそうなら、興味深いですね。人間としての彼女も、造られた存在としての彼女も)
(クク、キミが彼女の正体を確かめてくれるなラ、こちらとしても助かル。あの飲んだくれ爺の養娘モ、まだ完全にしくじったとは限らないガ、キミならば友人として近づけるだろウ)