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話をしましょう ~はばたきの日~

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話をしましょう ~はばたきの日~

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「ただいま〜。食材調達してきたよ」
 食材の調達に駆り出されていたクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)が、厨房に戻って来た。
 街に出たついでに、祭りを十分に楽しんで……好みの男性の物色も楽しんでの帰還だ。
「ふふ、今日はいつもよりいい男だね」
 クリストファーはゼスタにそんな風に声をかけた。
「当たり前〜」
 ゼスタはにやりと笑ってそう返してきた。
 ゼスタは結構好みだったが、いつの間にかクリストファーは彼の身長を追い越してしまっていた。
 ただ、執事を装っている彼は、今日は厚底靴を履いており、クリストファーより僅かに身長が高く、クリストファーはなんとなく満足感を感じていた。自分より身長が高い男が好みなのだ。
「ありがとう。かなり繁盛しているお蔭で、果物が足りなくなってきたからな」
 クリストファーが台車で運んできた箱の中から、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)がフルーツを取り出していく。
 彼はアレナに声をかけて、安心させるための話をした後。
 こうして、厨房で菓子や茶の準備、軽食の調理を手伝っていた。
 執事には扮していない。
「これ下したら、手伝うよ」
 クリストファーは台車から荷物を下ろしながら言って、ふと厨房で手伝いをしているもう一人の男性――ファビオ・ヴィベルディ(ふぁびお・う゛ぃべるでぃ)に目を留めた。
 彼は自分より身長が高い。顔立ちも、体つきも整っており、いい男の部類に入るし、薔薇学に在籍していたことがあることからも、知り合いでもある。だから、目の保養的意味でこの場においては、気になる人物だ。
「レモンをいただくよ。多めにスライスしておいた方がよさそうだ」
 クリストファーが運び入れた荷物の中から、ファビオはレモンを取り出して、スライスをしていく。
「ファビオさん、ワインをお願いします。辛口で、フルーティな香りがして、すっきりした味わいのワインがいいそうです」
 そんな青年たちが集まる厨房に、可愛らしい黒の猫耳カチューシャをつけたメイド姿の女性が顔を出す。
「ところでファビオさん」
 その女性――橘 美咲(たちばな・みさき)は、ワインを準備しているファビオに近づいて。
「この場合、やっぱり語尾には『にゃん』をつけるべきなのでしょうか? ……ファビオさんはどっちがお好きです?」
 美咲は上目使いでファビオ見た。
 くすりとファビオは微笑むと。
「つけた方がもっと可愛い、かな」
 と答えた。
「わかりました。語尾は「にゃん」で行きますにゃん」
 可愛らしく言って、美咲はワインをトレーに乗せてもらうと、旦那様という名の客の元へと戻っていく。
 ファビオはしばし手を止めて、温かい目で美咲を見ていた。
「……」
 そんな彼の事を、サングラス越しに見ている男がいる。
(ファビオ・ヴィベルディ……この男が御嬢の想い人? こんな優男の何処を御嬢は気に入ったんでしょうかね。判りやせん)
 ヤクザである美咲の父親に中性を誓った任侠の漢、工藤 源三郎(くどう・げんざぶろう)。通称ゲンさんである。頭はふさふさのアフロヘアーだ。
(しかし大事な大事な御嬢のことです。変な男だったら組長に怒られちまうんでね)
 源三郎はファビオに近づくと、鋭い目で彼に言う。
「店が終わったらで良いんで、ちょっと顔を貸してくれやせんか?」
「いや……」
「大丈夫、ほんの小一時間で終わりやすから」
 真顔で言う源三郎を。
 ファビオも真顔で。
「厨房には入ってこないでくれる? その頭をどうにかしないと、働かせられないってゼスタも言ってただろ」
 きっぱりと言った。
「それは無理な話でやんす」
 ここの男達ときたら、源三郎に、手伝うのなら衛星帽子を被れなどというのだ。
 しかし、彼のアフロが衛星帽子ごときに収まるわけもなく(なぜなら用心の為にアフロの中にドスとか仕込んでるから)、故にそんな不衛生な頭の持ち主を厨房に入れることが出来るわけもなく。
 源三郎は爪弾きにされていた。
 やむを得ず、源三郎はフロアに出て、美咲の仕事っぷりを見守ることに。
「こちらのスイーツには、このシロップをかけて食べてくださいにゃん。おかけしましょうか? ……はいでは、甘々シロップ投入にゃん〜☆」
 美咲は料理運びにサービスに、祭りの案内までてきぱきと可愛らしくこなしていた。
「そういえば、御嬢が、店が終わったら皆で写真を撮りたいと仰ってました。最後まで残ってるお客さんも交えて、撮らせていただきやしょう」
 源三郎はカメラを用意しておくことにした。

○     ○     ○


「随分と本格的だね。貴族の家みたいだ」
 クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)に誘われて訪れた桜井 静香(さくらい・しずか)は、感動しながら椅子に腰かけた。
「ここまでは食べてみたんだ。この『綾姫』っていうスイーツがとっても美味しかったよ」
 クリスティーがメニューの中からお勧めのスイーツを指差した。
「それじゃ、この『綾姫』というお菓子と、ミルクティをくださ……お願い」
「畏まりました、にゃん」
 担当の美咲が可愛らしく言い、静香の顔に笑みがこぼれる。
「なんだかとっても和むお店だね」
「スイーツもとっても美味しいし」
 静香とクリスティーは向かい合って腰かけて、雑談に興じる。
 2人はペンフレンドとして手紙でのやりとりを時々していたが。
 こうして会ってゆっくり話をするのは……およそ、1年ぶりだった。
 ふと、会話が途切れて、目が会った時。
 愛想笑いのような、少し恥ずかしげな笑みを互いに浮かべて。
 それから、飲み物に手を伸ばす。
「1年前、こうして話をした時のことだけれど」
 クリスティーが言うと、静香は少し緊張した顔になった。
「ごめん、なさい」
「え?」
 クリスティーの謝罪に対して、静香は不思議そうな表情を見せた。
「ボクにも隠し事、あるから。あんな風に、言える立場じゃなかったんだ」
「うん……。どんな隠し事かはわからないけれど」
 静香は戸惑いながら、ゆっくり言葉を続けていく。
「おあいこ、ってことで、いいのかな?」
 静香の性別が男であることは、もう多くの人に知られていて。
 彼も、もう隠しているわけではない。
 対して、クリスティーは……。
 性別を伏せ続けている。
(お相子、じゃないんだ。まだ、ボクは……静香さんに言ってない)
「うん、お相子ってことにしよ? 落ち込ませちゃってるようなら、ごめんね。クリスティーさんがどんな秘密を持っていたとしても、ボクはちゃんと受け入れられるから。変わらず、友達でいてください」
 静香はそう、クリスティーに微笑みかけた。
 それから、女の子達が喜びそうな可愛らしいスイーツが運ばれてきて。
 笑みを浮かべながら、一緒に楽しんでいく。

○     ○     ○


「こんばんは〜。ううん、たっだいま〜!」
 日が暮れた頃。
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は、パートナーのベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)と、一緒に夜間の巡回を行っていた神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)、それから優子と待ち合わせていた志位 大地(しい・だいち)と共に、執事メイド喫茶を訪れた。
「優子のお祝いさせてもらうよ、ロイヤルガード隊長就任のね」
「少し、息抜きしましょう」
「あ、うん……ありがとう」
 美羽と大地の言葉に、優子は微笑みを見せる。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
 パタパタと猫耳メイド姿のアレナが現れる。
「ただいま、アレナ」
 アレナと優子のそんなやりとりはなんだか、すっごく自然だった。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
 執事服を纏ったゼスタも迎えに現れた。
「ただいま。お勧めのスイーツをお願い」
「畏まりました、お嬢様。極上のスイーツをお持ちいたします」
 美羽にそう答え、ゼスタは優子に目配せをしてカウンターの方に向かっていく。
 それから。
「お帰りなさいませぇご主人さま」
「お、お帰りなさいませ、ご主人さま……」
「……は?」
 現れた2人の猫耳メイドに、大地が軽く固まった。
「ご主人さま、お食事になさいます? それとも何か別のものをご所望ですか〜?」
 にこにこ手を伸ばして大地の荷物を預かったのは、シーラ・カンス(しーら・かんす)。大地のパートナーだ。
「こ、ここは食事しか出せないでしょ」
 やや後ろにいるもう一人の猫耳メイドがほんのり頬を赤く染めながら、咎めるようにシーラを見る。彼女も大地のパートナー。メーテルリンク著 『青い鳥』(めーてるりんくちょ・あおいとり)(人型名:氷月千雨)だ。
 直後に、大地は思わず爆笑。
「ふ、二人とも、先にここに来ていたんですね。給仕を手伝っているなんて、感心しました。似合ってますよ」
「きゅ、給仕を手伝うのは問題ないけど、なんなのこの格好は」
「千雨さん、ご主人さまの前ですよ。もう一度ちゃんとご挨拶なさい、にゃん」
「は、はい。お帰りなさいませ、ご……ご主人さま、にゃん……」
 照れて真赤になりながら、千雨はそう言って俯いた。
「かっわいい。照れてるところがなおさら!」
「清純な方なのですね」
 美羽とベアトリーチェの言葉に、千雨は「うううっ」とますます赤くなる。
「ありがとうございますわ。……ほら、お褒め戴いたらお礼ですわよ、千雨さん」
「は、はい。ありがとうございます、にゃん
「緊張しなくても大丈夫ですよ。私もこのお仕事初めてなんですけれど、そんなに難しくないですから」
 俯く千雨に、アレナが声をかける。
「き、緊張してるんじゃなくてね」
 そう言って顔を上げた千雨はにこにこにこにここちらを見る大地と目が合ってしまって。
 ボッと赤くなると。
「お水を持ってまいります……にゃん」
 と言って、駆けて行ってしまった。
 大地はまた爆笑。
 赤くなって慌てているところがところがまた本当に、可愛らしかった。
「えっと、お部屋のお掃除しておきました、ご主人様っ」
 アレナは皆を個室へと案内をする。
「ふふ、アレナもホント、似合ってるよ。かわいい!」
 ついて行きながら、美羽はアレナの猫耳をちょんとつかむ。
 アレナはきゃっと声を上げて、「あ、ありがとうございますっ」と、照れ笑いを浮かべる。
「でも、せっかくの猫耳メイドさんなんだから、ちゃんと語尾にニャンってつけなきゃ」
「ええっと……お部屋はこちらになります、にゃん☆ でしょうかっ」
 アレナは美羽の言葉に従い、メイド達の接客を見習って、にゃんを付けてみる。
「うん、かわいいかわいい〜」
「とっても可愛いです」
 美羽とベアトリーチェは大絶賛。
 優子も笑みを浮かべている。

 アレナに案内された部屋に入って、椅子に腰かけてから。
「そういえば、優子さん、B級四天王と呼ばれていますよね」
「ぐっ」
 大地の何気ない言葉に、優子は飲もうとした水を吹き出しそうになる。
「ああ、すみません。大荒野で活動されているんですか?」
「いや……」
 軽く咳き込んだ後、優子は問いに答えていく。
「とある事件で、C級四天王と祭り上げられたことがきっかけで、パラ実に分校を持つことになったんだけれど……その分校の分校生達が、私の率いる作戦によく協力をしてくれて」
 分校生の人数が増えたことで、優子はB級四天王と呼ばれるようになった。
「パラ実生を仕切る能力なんてないから、もう、皆に助けてもらうより他なくて」
 そう苦笑する優子に、大地は首をうんうんと縦に振る。
「クリスマスに会いましたけれど、優子さん慕われているようでしたからね。あ、ああそう、クリスマスといえば」
 大地は鞄の中から袋を一つ取り出して、優子に渡した。
「クリスマスプレゼントのお返しです。ささやかなものですが」
「ん?」
 優子はその場で袋を開ける。
「リストバンドか」
 中身を取り出した優子は、さっそく右手首に付けてみた。
「ありがたく使わせてもらうよ。温かくなってきたし、ちょうど欲しいと思ってたんだ」
 心地良い感触に、優子が笑みを浮かべる。
「喜んでいただけて、良かったです。優子さんって、格闘技の他に何かスポーツやってます?」
「今は特に……。テニスやソフトボールは結構好きで、白百合団に入るまでは、部活をかけもちしてたな。空手とか柔道とか、マラソンや陸上も色々やったけど、やっぱり手に道具を持って競技するスポーツが好きみたいで。特にこう振り下ろして、抵抗があるような競技が」
 と言いつつ、腕を振り下ろす優子。
「やっぱり、剣を振り下ろすのが好きということなんでしょうかね?」
「はは……そうかも。剣道は特に好きだけど、防具をしていると面白さが半減して」
 そんな風に語る優子は、活き活きとしていてとっても楽しそうだった。
 大地もそんな優子を眺めていると自然と心にエネルギーが湧いてくる。
 友の笑顔は、心にパワーを与えてくれる。

 運ばれてきたスイーツとお茶を楽しむ皆の傍らで。
「お互い、色々大変でしたね」
 ベアトリーチェが控えているアレナに声をかけた。
「はい……」
 そう答えたアレナは、少しだけ表情を曇らせた。
 そんな彼女の様子を悟りながら、ベアトリーチェはそっと語りかけていく。
「私は……こうして美羽と一緒に日常を楽しんだり、美羽が落ち込んでいる時には励ましたり……。色々なところで、美羽の力になりたいと思っています。光条兵器を出したり、共に戦う時以外にも」
 ベアトリーチェの言葉に、アレナはこくんと首を縦に振った。
「だから、たとえ一緒に戦うことが出来なくなったとしても、アレナさんが優子さんの為にできることは、ちゃんと、沢山あると思いますよ」
「なに……でしょうか」
 アレナの小さなその言葉に。
 ベアトリーチェは少し考えて。
 彼女の不安そうで……とても可愛らしい姿に微笑みを浮かべながら。
「例えば、立派な猫耳メイドさんとして、笑顔で優子さんのお世話をするとか、ね」
 お迎えの時、優子さん笑顔を浮かべていましたよ。
 そうベアトリーチェが言うと。
 アレナはまたこくんと頷いて。
「えっと……食べ物や飲み物の他に、ゲームの注文とかもあるんです。優子さんも楽しんでいってくださいね……っ」
 そうアレナが優子に向かってい言うと、優子はアレナに顔を向けて。
「ありがと、楽しませてもらうよ」
 と、微笑んだ。
 アレナの顔にも、笑顔が浮かぶ。
 仕事用の笑顔や、作り笑顔ではなくて。
 少し切なげな、感情を表した笑顔だった。