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イルミンスールの息吹――胎動――

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イルミンスールの息吹――胎動――
イルミンスールの息吹――胎動―― イルミンスールの息吹――胎動―― イルミンスールの息吹――胎動――

リアクション

 ――その『邂逅』はある日突然、やって来た――。

「……?」
 大図書館に向かう道すがら、ディートハルト・ゾルガー(でぃーとはると・ぞるがー)と楽しげに会話していた伊礼 悠(いらい・ゆう)が、自分に向けられる視線を感じて立ち止まる。
「悠、どうした」
「いえ……」
 気遣うディートハルトに、なんでもないと言うように呟いて歩き出す。……しかしその時には既に、向かいから歩いて来る老齢の男性が、自分の事を見ているのに気付いていた。
「えっと……あの、私に何かご用です、か……?」
「おぉ、ちと不安がらせてしもうたの。ふぉっふぉっ」
 意を決して話しかければ、老男性が柔和な笑みを浮かべて言う。その優しそうな人柄にホッとするも、たった一言話しただけで胸の内を見透かされたことに、何とも言えぬ不思議な感覚に包まれる。
「お主……名字は“伊礼”じゃな? 名前は……うぅむ、確か……“悠”、じゃったかな?」
「! ……どうして、私の名前を……?」
 驚きを含んだ声を発せば、ふぉっふぉっ、と老男性が笑う。
「我はな、伊礼 權兵衛(いらい・ひょうのえ)。……お主の先祖にあたるんじゃよ。
 まぁ、お主が生まれるずっと前から山奥で隠居生活をしとったから、お主が知らんでも無理はないがの」
「……私の、ご先祖様……?」

(おやおや、本当に權兵衛の子孫がここにいるなんてねぇ……。運命の邂逅、って奴かね)
 悠と權兵衛が話すのを横で見ていたノア・レイユェイ(のあ・れいゆぇい)が、つい、と視線を外すとディートハルト、そして著者不明 『或る争いの記録』(ちょしゃふめい・あるあらそいのきろく)を見遣る。
(しかし……あのパートナー……“昔の知り合い”によく似てる。……胸クソ悪いぐらいにそっくりだ。
 それに、あの眼鏡をかけた奴も……嫌な偶然もあったものだ……)
 二人の会話が続く中、ノアは佇む件の二人を視界に収め続ける――。

「お主……悠、お前さんはここにいるのが間違いか何かだと思っておらんか?」
「えっ……?」
 權兵衛から投げかけられた言葉に、悠は『自分がイルミンスールに来た理由』を思う。
(私、偶然で魔法に目覚めて、周りから勧められるがままに、イルミンに来たつもりで。
 だからここにいるのは、神様のいたずら程度にしか考えてなかった、けど……)
 もしかしたら、今自分がこうしているのは何か違う――そう、たとえば運命のような――そう思いかけた所へ、權兵衛の言葉が突き刺さる。
「今のお主を見れば分かる、お主からは自信というものが全く感じられん。
 まぁ大方、自分に才能があるか分からず、周りと比べてコンプレックスを抱いている、といった所かのう」
「…………」
 反論したい気持ちがないわけではない。……けど、確かにそうだ。私はこの人が言うように……非力だ。
「お主が魔法を使うことが出来る、それは我の血を引いておるが故。……しかしそれは理由の一つに過ぎぬ。
 これからお主がどうなるかは、お主が決める事。成長するもしないも、お主の考え方次第じゃよ」
「成長するもしないも、私の考え方次第……」
 權兵衛の言葉を反芻しながら、悠は情報を一つ一つ整理するように思案する。
(つまり、私が魔法を使えるのは、魔女である權兵衛さんの血を引いてるから? でも權兵衛さんはそれは理由の一つに過ぎない、って言った。
 私は、どうしたい……? 私は、どうなりたい……?)
 自分に問いかける、やがて出てきた答えは。
(私……もう少しだけでも、成長したい。出来る事をしたい。
 そして、もし出来るなら……誰かの役に、立てるように、なりたい……!)
 そう思うと、不思議と全身に力が湧いてくる。自分がここに、自分の意志で来た、そう思える。
(うん……『非力だから』『偶然だから』なんて言い訳しちゃ、駄目だよね)
 なんだか明るい気持ちになったのを感じながら、大切なことを教えてくれた『ご先祖様』へ、頭を下げる。
「ありがとう、ございました。私、頑張ってみます」
 頭を上げれば、何となく嬉しそうな顔がそこにあった。

「……? 私に、何か」
 目の前の女性から視線を向けられていることに、ディートハルトが口を開けば女性はフッ、と微笑んで声を発する。
「いやぁ、昔の知り合いに似てるんでねぇ、つい見入っちまったのさね」
 その言葉に、ディートハルトは怪訝な顔を浮かべる。
「昔の……? もしかしてあなたは、昔の私を知っているのか?
 頼む教えてくれ、私は過去を……ほとんど覚えていないのだ」
 彼の言葉に、今度はノアが怪訝な顔を浮かべる番だった。
「過去……? さぁねぇ。お前さん、名前は?」
「私は、ディートハルト・ゾルガーだ」
 その名前を聞くと、ノアは何かを納得したような顔を浮かべ、言う。
「……少なくとも、その知り合いとは名前が違うね」
「そうか……」
 気持ち落胆した顔で、ディートハルトがそれ以上何かを言うでもなく、身を引く。ノアも退こうとした所へ、入れ替わるように眼鏡の男性が進み出、ノアを見つめる。
「おや、何だい。そんなに見つめても、何も出ないよ」
 本当は相手をする気はなかったが、ノアはその眼鏡の男性へ声をかける。……若干ながら、彼が何を話すのかが気になっていた。
「私は、通称ルアラ。魔道書です。正式名称は、著者不明 『或る争いの記録』。
 ――貴方なら、私の中身をご存知ですよね?」
「……さぁ、自分は何にも知らんよ」
 はぐらかすも、この時点で既に、自分に余裕が残されていないことに気付いていた。
「私は貴方を知っています。貴方の過去も。貴方が何をしたかも」
「全てを知ってる? そんな出任せに誤魔化されるもんかね」
 やはり早々に立ち去るべきだったか、そう思うが今更遅かった。
「貴方は……きっと過去に囚われている。でも、私は貴方に伝えなければならない。
 『貴方は何も悪くなかった』という事を」
「何も悪くない? 知った口叩くんじゃないよ……!」
 駄目だ、これ以上は限界だ。……そう悟ったノアは話を一方的に切り上げ、自分の研究室へ向けて歩き去る。
「…………」
 彼女の背中を、ルアラの切れ長の目が遠くなるまで見つめていた――。

「あれ? こんなところで何やってるの?」
 話が一通り終わった所で、ひょこ、とマリア・伊礼(まりあ・いらい)が顔を出す。悠が図書館に行くと聞いて、後から合流しようと思ったものの図書館で見つけられなかったので、探していた所であった。
「図書館いくんでしょ? はやく行こーよ!」
「あっ、うん。そうだね。じゃあ、行こうか。ディートさんも、ルアラさんも」
 マリアに微笑んで、悠がディートハルトとルアラに呼びかけ、揃って図書館に向けて歩き出す。
「……おねーちゃん、がんばろうね」
「うん? どうしたの、マリアちゃん」
 問えば、マリアは悠の目を真っ直ぐ見て、そして告げる。
「おねーちゃん、何かを決めたって顔してたから。だから私は、それを応援したい」
 マリアの言葉に、思わず笑いがこみ上げてくる。――今日の私は、心を読まれっぱなしだ。
「……うん。ありがとう、マリアちゃん」
 でも今は、私の心を読んでくれて、元気付けてくれたことに感謝したい。
 おかげ様で私は、成長しよう、前に進もうって思えるようになったのだから――。

(まさか、ここで出会うとはのう……。運命とは不思議なものじゃ)
 立ち去る一行を、權兵衛が見送る。さてさて、と呟き、今度は反対側へ顔を向ける。
(ノアの方は、どうかのう)

 研究室へ入り、そのまま部屋の真ん中で大きく息をついた所で、ノアは扉の鍵を閉め忘れたことに気付いて振り返る。
「…………」
 しかしそこには、既にニクラス・エアデマトカ(にくらす・えあでまとか)の姿があった。
「おいニクラス……人の部屋に無断侵入だなんて何のつもりだい」
 ノアが咎めるのを無視して、ニクラスは口を開く。
「動揺するなど珍しいな」
「動揺? 動揺なんてしてないさね」
 それは嘘だと自分も認めつつ、ノアは吐き捨て視線を逸らす。
「我はお主の過去を知っている。奴が言おうとした言葉の意味も知っている」
「ニクラス……お前さんまで私に説教するつもりかい?
 悪いが、自分の気持ちは自分にしか分からん。……そうだろう?」
 凄むように言い放てば、確かにな、と返ってくる言葉。
「我は何かをしようとするつもりはない。お主がどうするかは、自分が決めるべき事。
 ……だが、全てを背負う必要はない、という事だけは伝えておこう」
 そこまで言うと、ニクラスは背を向け、部屋を出て行こうとする。

「お前さんが私の過去を知ってるのは分かってるさね。
 だが……コレは“我”の問題だ」

 最後にノアがニクラスの背中へ言い放ち、そして扉は閉められた――。

(……ん? ちょうど出てきたところか……しかし、雰囲気が違うのう。
 何かあったんじゃろうか)
 ノアの研究室からニクラスが出てきた所で、廊下の向こうから平賀 源内(ひらが・げんない)の声が飛ぶ。
「よう二クラス! 何をしてるんじゃこんなところで?」
「……お主に関係ない」
 そのあからさまな態度に、源内は中で何かあったなと察する。
「なんじゃ、ノアと口喧嘩でもしおったか?」
「…………」
 図星ですと認めるような沈黙を貫くニクラスに、源内はやれやれ、と息をつく。
「ワシは、あいつの過去を何も知らん。……じゃが知らんからこそ、してやれることもあるじゃて」
 パンパン、とニクラスの背中を叩いて、源内は臆することなく扉を開け、大きな声を発する。
「ノア、おるか!?」
「いつも喧しいんだよおまえは。もっと静かに出来ないのかい」
「そう言われてもな、これがワシじゃから簡単には治らん!」
 ノアのため息が聞こえたような気がして、ニクラスは閉められた扉を一瞥し、そしてその場を後にする――。