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【四州島記 巻ノ三】 東野藩 ~解明編~

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【四州島記 巻ノ三】 東野藩 ~解明編~

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第二章  首塚大神

「どう?やっしー?何か分かった?」

 五月葉 終夏(さつきば・おりが)は、むつかしい顔をして古文書とにらめっこしている日下部 社(くさかべ・やしろ)に訊ねた。
 手には、やはり古文書の束を抱えている。

「ん〜……。いや、今んトコ、これといったのはないなぁ〜」

 今日はもう何度も同じ質問を繰り返しているが、先程から終夏の希望に反して、帰ってくるのは芳しくない返事ばかりだ。

「そう……。やっぱり、難しいのかもしれないね……」

 抱えてきた本をドサッと床に下ろしながら、終夏は小さくため息を吐いた。


 先日、この首塚大社で、荒れ狂う首塚大神を東遊舞(とうゆうまい)を持って鎮めることに成功した終夏たちだったが、
そこで一つの問題に突き当たった。
 「東遊舞の鎮魂のメカニズムについて、何一つ知らない」という事実である。

 今東野には、亡霊や怨霊の類が至る所に姿を現しており、これらを全て自分たちが鎮めて回るのは物理的にムリがある。
 なら他の人たちにこの舞を覚えてもらい、鎮魂してもらえばいいという話になったのだが、そこで改めて東遊舞の鎮魂のメカニズムが議論の的になったのである。

「確かに今までは上手く行った。でも、次も上手く行く保証は何処にもない」
「上手く行くかどうか分からないものを、人任せにする訳にはいかない」

 こうして終夏達は、東遊舞の鎮魂のメカニズムについて調べることなったのである。  


「いやー、でも良かったよ。やっしーが古文書読めて。よく“ミミズののたくったような”なんて言うけど、ホント、何が書いてあるのか読めないもの」

 そう言って社の後ろから、古文書を覗き込む終夏。
 正直終夏には、何が何やらだ。

「ま、俺は実家が神社やったからな。小さい頃はよく蔵に出入りしてたし」
「ふーん、何か、意外だね。やっしーが文学しょーねんだったなんて」
「なんでぇー?子供の頃は、それはそれは大人しいお子さんだったんですよ?」
「うわー。とても想像できない。悪さして蔵の中に閉じ込められて、退屈しのぎに本読んでたとかならわかるけど」
「ギク……!そ、そんなコトないですよ?」
「あ、やっぱりウソなんだー!!」
「イヤイヤイヤ!ウソやないて!ほら見てこの目!この目がウソついてるように見える」
「見える」
「なんやてー!ちょっと待てコラ!」
「やっだよー!」

 足の踏み場もない程本の積み上げられた蔵の中で、追いかけっこをする2人。
 つい先日恋人になったばかりの2人は、何かというとこうやってじゃれあってばかりいたりする。
 するのだが――。

「あぶない!オリバー!!」
「キャアっ!」

 突如倒れてきた本の山から守ろうと、咄嗟に終夏に飛びつく社。
 逃げようとした終夏が、振り向きざま本の山にぶつかったのだ。

 大量のほこりを巻き上げながら、本がドサドサと社の上に降り注ぐ。

「イタタタ……。だ、ダイジョブか、オリバー?」
「う、ウン……。あ、アリガト……」

 終夏の返事に、社はフッーと安堵の息をつく。

「あ、あの……やっしー?」
「ん?どうした、オリバー……って、あ……!」

 ふと気がつくと、終夏の顔が、社のすぐ目の前にあった。
 終夏を押し倒したような姿勢の社のすぐ下で、頬を上気させた終夏が、潤んだ目で社を見つめている。

「ご、ゴメン。オリバー……」
「う、ううん、私の方こそ……ゴメン」

 二人共そう言ったきり、相手から目を離せなくなってしまう。
 既に2人の耳には、互いの胸の鼓動と吐息の音しか聞こえていない。
 誰もいない、2人だけの部屋で、見つめ合う二人。
 お互いを見つめたまま、ゆっくりと2人の顔が近づいていき――。

「終夏さ〜ん、社さ〜ん。お茶お持ちしましたよ」
「調べ物、進んでますかぁ〜?」

 突然の五十鈴宮 円華(いすずのみや・まどか)なずなの声に、一気に現実に引き戻される2人。

「えっ?エエエッ!?」
「そ、そんないきなり――」

 社も終夏も慌てて立ち上がろうとするのだが、古文書の山に埋もれてしまい、まるで身動きが取れない。

「お二人共、少し休憩なさっては――って、あ……!」

 お茶を載せたお盆を手にした姿勢のまま、みるみる顔を真っ赤にする円華。

「い、いや!違うねんお嬢!こ、これはやなぁ――」
「そ、そうなんですよ円華さん。これは事故――」

 とりあえず首だけ円華たちの方に向けて、必死に弁明する2人。

「あぁ〜、そうですよねぇ〜。付き合い始めたばっかりって、一番『事故』が起こりやすい時期ですもんねぇ〜」
「こ、コラなずな!オマエ何一人でウンウン頷いとんねん!!」
「そ、そうよ!これはそういうんじゃ――」

「ささ、お嬢様。終夏さんと社さんはこれからお二人で『ご休憩』らしいですから、おじゃま虫はこの辺で――」

 顔を真っ赤にしまま金縛っている円華の背中を押し、そそくさと出ていこうとするなずな。

「ちょ……!待てコラなずな!!」
「ま、円華さん!コレは本当に誤解――って、円華さ〜ん!」

 この後二人は、なずなの悪ふざけをすっかり真に受けた円華の誤解を解くために、たっぷり15分以上費やした。

「コラなずな!さっきからニヤニヤしとらんと、オマエからも何とか言いや!!」
「ま〜ま〜。そんなに照れなくてもいいじゃないですかぁ〜」  
「「だから違うって!!」」

 などというすったもんだがあり――。


「そうですか……。お二人共、収穫無しですか」

 改めて社と終夏の話を聞いて、小さくため息を吐く円華。

「あー、色々と古文書漁ってはみたんですが、文書になって残ってるのは日記みたいなモノとか、神社の帳面みたいなモノばっかりで。やっぱり術やら祭りやらについては、口伝が中心みたいです」
「やはり、そうなりますか……。確かに私の家でも、そういったものについての記録はほとんど残ってませんものね」
「ウチなんかも、そうですねぇ」

 円華の家は、代々巫女の家系であり、ナズナの家は代々五十鈴宮家の御庭番である。
 共に、門外不出の秘術を伝承していた。

「東遊舞についてはサッパリなんですが――円華さん。それとは別に、一つ分かったことがあるんですよ」
「分かったこと?」
「なんやオリバー?その分かったコトっちゅうんは?」

 突然の言葉に、その場の全員の目が終夏に向く。

「実は……猪洞 包(ししどう・つつむ)君のコトで」
「猪洞さんっていうと……あの首塚明神の生まれ変わりの?」
「ハイ。ちょっと気になって、宮司さんに聞いてみたんです。どうして包君が、一目で大神様の生まれ変わりだと分かったのかって」
「あぁ〜!そういや、その場の流れで何となくそうなのかと思っとったけど、そういや理由とか聞いてなかったなぁ」

「そういえば」と、ポンと手を叩く社。

「確かに私も、少しも疑問に思いませんでしたが……何か理由があったのですか?」

 円華も、興味津々なようだ。

「エェ。それが、包君の名前が決め手になったようなんです」
「名前……ですか?」
「はい。なんでも首塚大神は、その昔まだ鬼だった頃、『ししほら』に住んでたそうなんです」
「ししほら?」
「ホラ、イノシシ鍋のコトを『しし鍋』って言うじゃないですか。あの『しし』です」
「ちゅーことは、『ほら』は洞窟か?」
『そう!『イノシシ』の『洞窟』だから『猪洞』!」
「あ〜、なるほど〜!『ししほら』で『猪洞』ね〜。変わった名前だな〜とは思ってましたけどぉ〜、そういうコトですかぁ〜」

 なずなが感心したように言う。

「そうなの!だから包君が名乗った時、宮司さんはスグにピン!と来たんだって!」
「なるほど、名前」
「何でも、『このイノシシの洞窟に住んでた』っていう話は相当にマイナーな話らしくて、宮司さんもひいお爺さんに聞いた事があるだけで、
ほとんど知ってる人はいないんだって」
「確かにそれでしたら、本物だと思うかもしれませんね」

 円華もしきりに頷いている。

「んー……」
「お?なんや?どうした、なずな?そんな便秘のクマみたいな声だして」
「いえ、ですねぇ。今のお話聞いて、ちょっと気になったんですけどぉ」
「なんや」
「それじゃ、『包』ってどういうイミなんですかぁ」
「そうですね。確かに『包』って名前も変わってますし……。終夏さん。宮司さんは、下の名前については、何かおっしゃってませんでしたか?」
「いえ。そういえば、『包』の方については、何も……」
「なんや、わからないんかー。苗字に意味があるんなら、名前の方も意味があるんかもしれんのになぁ」
「なんか、『分からない』と言われると、余計に気になります……」
「ですねぇ〜」

「「「「うーん……」」」」

 『包』という名前の由来について、頭を悩ませる一同。

 ちょうど同じ頃、首塚大社から遠く離れた首府広城で、ある人物が、その謎の一端に迫ろうとしていた。




 ここは首府広城の城内の一角を占める知の殿堂、知泉書院(ちせんしょいん)
 その一室で藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)は、猪洞 包(ししどう・つつむ)の名について、あれこれと思いを巡らせていた。

(『猪洞』……。確かに伊吹山の神は、猪であるとみなされることもありますが、ふむ……。なになに、イノシシには、泥をかぶる習性のある……。泥といえば、個人的には中ヶ原の首塚明神社を思い出しますが、あれは最近の洪水のせいだし、あまり関係ないかなぁ……)

 優梨子の周りには、《司書のケープ》を使って集めた知泉書院の古文書の他にも、《用意は整っています》で自分で持ち込んだ辞典などが産卵している。

(『洞』といえば、巣穴……。あるいは、黄泉へと続く道、母の胎内、あるいは産道……。『包』はと……。ふむふむ、『布などで包み、中の物を人為的に隔たる様子』――ですか。んー……、それよりはむしろ、「ばらばらのものを一つにまとめる」機能を考えた方が良いような……。死霊を纏めて統括するとか……。なんか眷属をいっぱい連れてたらしいし……。いや、それは単にエラいからですかね?或いは妖怪「首洗い」さんによる供養でしょうか……)

 もはや思索なのか妄想なのかも分からない、非常に取り留めのない思考であるが、こうした益体もない考えの中から、
突然突破口が開けることもある。

 そのまま、思索の海に沈む事一頻り。
 堂々巡りが続き、ついに優梨子の集中力が切れた時、突然、「ゴロン」と、何かが落ちた音がした。
 足元を見ると、先日中ヶ原の首塚明神で手に入れた、髑髏(どくろ)が床に落ちている。
 本の上に文鎮代わりに置いておいたのだが、ふとした拍子に落ちてしまったらしい。

「大変、傷でもついてないといいけど……」

 慌てて髑髏を拾い上げようとする優梨子。
 その手が、ふと止まる。
 髑髏の下に、数枚の紙切れが落ちているのに気づいたからだ。

「あら……。こんなの、持って来てたかしら……」

 それは、何かの書物のページを抜き出してきたもののようだった。
 周りの本をざっと確認してみたが、ページが抜け落ちているような本はない。
 どうやら、何かの本に挟んであったものらしい。

 内容を確認しようと紙切れを見た優梨子の目に、『鬼』という文字が飛び込んできた。
 それは、東野藩に伝わる『鬼』の伝説について、ある無名の史家がまとめた書の一部のようだった。

(鬼といえば、首塚大神の前身とも言える存在。これは、何か手がかりがあるかも――)

 優梨子は改めて椅子に座り直し、紙切れを読み始める。


 その話の中で鬼は、

「――その鬼、身の丈いと高き事、雲間を抜け天を突き、その力いと猛き事、一薙(ひとなぎ)にて山をも崩せり。またその声は雷神のつづみの如くして、人々大いに畏れたり――」

 と、まるでダイダラボッチのように巨大だったが、その巨大さ故に人々から邪魔者扱いされていた。

 そこで鬼は、自分一人静かに暮らすことの出来る島を作ろうと思い立つ。
 鬼は始め、シャンバラ本島から欠け落ちた土くれを集めて大きな塊を4つ作ったが、それはいずれも鬼が住むには小さかった。
 そこで鬼は改めて4つの塊をこね合わせ、大きな一つの島を作った。
 その島は鬼が寝そべるのに丁度良い大きさだったため、鬼はその島を気に入り、自分の住処としたという。

 これの島こそが、のちの四州島という訳だが、特に優梨子の目を引いたのは、鬼が土くれから島を作る際に、大きな布を使ったというくだりだった。

「――その鬼、風と雲とを織り成して大なる布と成し、その布にて土くれを包みたり。しかるのち押し固めて大地と成し――」

 紙は、そこで切れている。
 もう一度机の下を覗いてみたが、やはり話の続きの様なモノは、一枚もなかった。
 しかし優梨子の目は、意外な発見に輝いている。

「雷神の『つづみ』に、大地を『包む』布……。この鬼が首塚大神の前身というのも、あながちありえない話じゃないし、包君の名前は、
ここからかも……」

 思わぬ発見に、優梨子の胸は高鳴るのだった。




「本当に、ここで間違いないの?」
「うん、ここであってる。ここだよ、昔、僕が住んでたのは」

 何の変哲も無い洞窟を前に、半信半疑なリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)に対し、猪洞 包(ししどう・つつむ)は力強く頷いた。

「昔、僕が住んでいた所に行けば、きっと何か思い出せると思う。ねぇリカイン。僕を、あそこに連れて行って」

 首塚大神(くびづかのおおかみ)の生まれ変わりを自称する包が、急にそんな事を言い出したのは、首塚大社(くびづかたいしゃ)を旅立った、その翌日の事だった。

「昨日見た夢に、昔僕が暮らしていた洞窟が出てきたんだ。僕は、その洞窟に入っていって……。そこで何かを見て、
何か思い出しそうだったんだけど、そこで目が覚めちゃって……。お願いだよ、僕を、そこに連れて行って!」

 真剣な様子でそう繰り返す包に、『ダメで元々』というつもりで了承したリカインだったが、道中は苦難の連続だった。

 伝説では、『人に忌み嫌われ、人目を避けるように暮らしていた』とある首塚大神だが、包は、まさにそうした伝説を裏付けるかのように、ドンドンと人里離れた所を目指していった。
 
 必然的に旅は一歩また一歩とアウトドアの度合いを呈して行き、やがて食糧や水は現地調達、枯れ枝を集めて火を起こし、
寝床を選ぶ際にも、毒虫などの危険な生き物に注意せねばならないようになった。
 もっとも、炊事と健康管理担当のアストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)と安全確保&狩猟担当のソルファイン・アンフィニス(そるふぁいん・あんふぃにす)
意外にも(?)優秀だったおかげで、リカイン自身はこうした方面ではあまり苦労はしていない。
 代わりに、わんぱく盛りを地で行く――というか、むしろ野生児に近い――包が何処かに行ってしまわないように、
常に見張っていなければならないのが大変だったが。
 また、こうした遊びの最中にも、包は高い身体能力を見せ、鬼の子である事を、深くリカインに印象付けたりもした。
 
 そうして街道を外れ、荒野を進む事数日。
 リカインたちが辿り着いたのが、山の奥深くにある洞窟だった。
 と言っても、そこはそれほど高い山の中にある訳でもなく、見た目といい、あたりの景色といい、ごく平凡な洞窟としか、
リカインたちには思えなかった。

「それほど、古い洞窟にも思えませんけど……」

 洞窟に近づいて、中を覗こうとするソルファイン。

「ダメ!」

 それを、包が大声で止めた。
 驚いて、包を見る一同。

「ご、ゴメン。入っちゃ、ダメだった?」
「どうした、包?やっぱり、一番乗りがいいのか?」

 アストライトが、ちょっと茶化した様に言う。

「そうじゃない。そこには、みんなは入ってはいけない。入っていいのは、僕だけなんだ」

 妙に凄みのある声で、包が言う。

「……ねぇ、包。それは、どういう事なの」
「ここは、昔の僕が住んでいた場所。神になる前、まだ鬼だった頃の僕の、『力』の残滓が残っている場所なんだ。普通の人がそれに触れたら……大変なことになる」
「力の残滓……」

 とても包の口から出たとは思えないような言葉に、呆気に取られるリカインたち。
 包は、そんなリカインたちを一瞥すると、ゆっくりと、洞窟に向けて足を踏み出す。

「つ、包……」
「僕なら、大丈夫だよ、リカイン。みんな」

 包は振り返ると、にっこり笑って言った。

「僕は必ず戻ってくる。だから、心配しないで待っていて」
「う、うん……」
「わかりました」
「お、おう」

 皆のその返事に満足したのか、リカインは意気揚々と洞窟へと消えていった。


 しかし、待てども待てども、包は帰って来なかった。
 初めの半日ほどの間は、洞窟の奥から、何か巨大な生き物が吠えているような声がしたり、辺りを揺るがすような地響きがしたが、
それもやがてしなくなった。


 そして、丸一日が立った時――。

「あ、あなた……本当に包なの?」

 洞窟の奥から姿を現した包に、リカインたちは皆、自分の目を疑った。
 見た目こそ、昨日までと何も変わっていなかったが、身に帯びた雰囲気がまるで別人のようなのだ。
 たった一日で、包は、何歳も歳を取ってしまったようだった。

「そう。確かに僕は、包だよ。もっとも、昨日までの僕とはちょっと違うけどね」

 一体、洞窟の中で何があったのか――。
 口調までどこか変わってしまった包の顔には、大人びた笑みが浮かんでいた。