リアクション
▽ ▽ (……痛い。死ぬ……) ナゴリュウは動けないまま、迎えようとする死に諦観した。 それも仕方の無いことかもしれないと。だが―― 「――やれやれ。俺に殺しをさせるとは」 アーリエの死骸を前に、そう呟いたイデアの背後で、歩み寄るナゴリュウが、嘲るような口調で言った。 「人の恨みを買いまくってるから、そういうことになるんだぜ」 ちら、と彼を見やり、イデアは肩を竦める。 「……心外だな。 俺はこれでも、できるだけ穏便にやってきているつもりだが」 「どうだか」 ナゴリュウの雰囲気は、かつてとはまるで変わっていた。 物腰の柔らかい、穏やかな性格の青年は、もはや何処にもいなかった。 それまで、彼が抑え込もうとしていた凶暴で残忍な男が、ぎらつく瞳で、くくく、と笑う。 「もう、俺を縛るものはねえ。 さあて、まずは“こいつ”が執心していたお姫様を、滅茶苦茶にしてやろうか――」 その頃、彼女の命は既に断たれていたのだが、ナゴリュウがそれを知るのは、もう少し後のことだった。 △ △ ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)は、白鯨に向かう為に白い少女と合流した。 初めまして、と挨拶して、 「オリヴィエ博士のところに現れたそうですね」 と訊ねた。 「オリヴィエ博士とお知り合いなんですか?」 相変わらず、顔の広い人だ。 「是、と言う」 少女は答えた。 それは、およそ二千年前のことだ。 少女は、オリヴィエ博士が作ったガーディアンゴーレムに宿った存在だった。 ゴーレムは二体。白鯨の、中と外を護っている。 「じゃあ、博士とフリッカが出会ったのも、その辺か?」 少女に『禁猟区』を施しながら、光臣 翔一朗(みつおみ・しょういちろう)が訊ねた。 「是、と言う」 少女は頷く。 白鯨に向かう飛空艇とその操縦士は、黒崎天音が調達した。 「ああ、あの白鯨か!」 一度そこへ行ったことのあるヨハンセン操縦士は、依頼を快諾し、 「今度は着陸する時に何かされたりしないだろうな?」 と笑う。 前の時は、警備システムに侵入者と判断されて、ヨハンセンは意識を失ってしまったのだ。 「否、と言う」 少女は言う。 「2年前、破壊」 「は? あれ直ってないんか?」 翔一朗が目を丸くする。 「是、と言う」 それを直す者は、あの場所には居なかった。 「……つまり、今は侵入者を阻む機能は無いんじゃな」 「是、と言う」 「アンタがこっちに来るまでに、何かフリッカに変わったこととか無かったんか?」 「人数、不明」 通常、少女はゴーレムと共に、町の外で眠りについている。 かつて警備のためのシステムを護っていた少女は、街に現れた侵入者には反応しなかった。 その為、フリッカが少女を転送させに来るまでのことは、殆ど解らなかった。 ▽ ▽ 各地を巡り歩くヴァルナの旅のもうひとつの目的は、行方不明となった友人、イスラフィールを探すことだった。 「イスラフィール……会いたい。会いたいの」 貴方に、もう一度会いたい。 いつしか、胸に芽生えていた想いを抱きしめながら。 いなくなって、初めて気付いた。 この気持ちが、恋なのだと―― △ △ 「フェイちゃんまで……」 白鯨やフリッカとのことを、懐かしいと思っている場合ではなかった。 山葉 加夜(やまは・かや)は、攫われたフェイにテレパシーで呼びかけてみたが、応答はなかった。 意識が無いということだろうか。まさか、と、最悪の事態を否定する。 トオルのことも心配で、シキとも度々通信しているが、まだ助け出せていないと言う。 以前、白鯨の街で貰った、加夜はフェイとお揃いのペンダントを身につけ、手にはトオルの壊れた携帯を持っている。 二人とも、どうか無事で。 加夜は祈った。 ▽ ▽ アザレアは、自分の能力を知っていたのだろうかと不思議に思う。 孤狐丸は、剣化した状態でのみ、魔剣と祭器の力を束ね、振るうことのできる能力を持っていた。 だが、その能力を得る代償として、人化した時には片足が欠損することとなった。 失ったのは、孤狐丸の、最初の主の時だ。そう、スワルガの建国時だったろうか。 つまり能力を発現する為には、孤狐丸は剣化する必要があり、担い手を捜す必要があった。 「――おい、大丈夫か?」 クシャナとの戦闘は、孤狐丸を消耗させた。 人目のつかないところで蹲っているところに、声がかけられる。 「……何か俺、よく怪我人拾ってるよなあ……」 瑞鶴は、ぶつくさと呟き、ひでえ顔色、と、荷物の中から薬を漁った。 孤狐丸が、根源宝石を捜しているのだと知った瑞鶴は、微妙な表情をした。 「根源宝石……」 嫌な予感がする。 何か、誰かが巻き込まれていそうなというか、これから巻き込まれそうなというか。 彼と一緒にいれば、旅の途中ではぐれたローエングリンを見つけられそうなというか。 「どうしてこうなるんだか……」 自分達は、呑気に旅をしていたはずなのに、世界がどうのこうのという事態に足を突っ込むことになっている。 「それにしても、何処にいるんだ、あの天然お気楽腹ペコ娘め。 まさか祭器状態で引きこもってんじゃないだろうな?」 △ △ 白鯨に向かう飛空艇の中で、オデット・オディール(おでっと・おでぃーる)は、見知った姿を見つけて声をかけた。 「恭也くん」 柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は、振り向いて手を上げる。 「おう、オデット嬢」 「……どうしたの、その格好?」 まるで、何かを掘りに行くような格好だ。 洞窟探検家と鉱夫を足して二で割ったような。オデットは首を傾げた。 「いや、オリハルコンだろ。 ちょっと盗掘ゲフンゲフン、現物近くで見てくるのに、備えあれば憂いなしってことで。 何が必要になるか解らねえしよ? いやいや近くで警備してくるだけだぜ?」 「恭也くん……」 「うわっ何だその目は。 いや別にちょっとくらい無くなっても解んねゲフンゲフン」 「……もう」 ついに耐え切れず、オデットはくすくすと笑った。 「生まれ変わりというものがもしもあるのなら、その時は――」 「ループ、どうしたの?」 飛空艇のデッキから空を見つめて、ぼんやりと呟いたループ・ポイニクス(るーぷ・ぽいにくす)は、パートナーの鷹野 栗(たかの・まろん)の呼びかけに我に返った。 「あれ? 何かぼーっとしちゃった。鷹野、なにか書くもの持ってる?」 「え? ええ、あるけど……何で?」 「えっとね、ゼンセのルーは、クシャナは、何か書いてたみたいなの。 戦いのレキシとかね、大陸の……とにかくいっぱい……。 ループも何か書いたらおもいだせるかなあって思ったんだけど」 「手記?」 「うん。そうそれ」 メモを見つめて、首を傾げる。 「やっぱりよくわからないや」 そう、と栗は微笑む。 ▽ ▽ 「これが、根源宝石とやら?」 黄色い宝石を手にして、ミフォリーザは狂気の笑みをワンヌーンに向けた。 ワンヌーンが捜していたそれは、一足早く、彼女の手にあった。 「それを、どうするつもりです」 「滅亡から救いたいとか、馬鹿馬鹿しい……。滅びてしまえばいいのよ、こんな世界」 軍の中枢を担う者に濡れ衣を着せ、失脚させたこともある。 単純に殺すのではなく、絶望を味合わせてやりたかった。 けれど、そんな遠回りな方法では、結局満足できなかった。 失ったものは戻らず、喪失感は酷くなる一方だった。 絶望は憎しみへ、狂気へと変貌していく。 「どこかの樹の根元に埋められてた、青い宝石も見つけたわ。もう粉々にしてやったけどね」 くすくすとミフォリーザは笑う。 ワンヌーンは、ぎゅっと顔をしかめて、前髪で隠された左目を押さえた。 かつて、翠珠によって奪われた、青い宝石。 彼女は、恐らく自分の研究を誤解していたのだろう。 確かに、一歩間違えれば、世界を滅ぼすことにもなる、その為だと思っていたか、あれを持ち出し、隠すことで、誰をも傷つけずに済むと信じていた。 「……悪いことに使われるよりは、失われた方がましだよ」 「そう? ならこれも使えなくしてあげる」 ミフォリーザの手の上で、黄色い宝石が燃え上がる。 「世界は誰にも救えない。滅びるだけよ!」 笑いながら、ミフォリーザは飛び去る。 ワンヌーンは睨み据えながら、その姿を見送った。 「……それでも、諦めない。できるだけのことはするよ」 △ △ 甲板に、ずしりと龍が乗り込んで、その傍らでトゥレンが寝転がっている。 「訊いてもいいかな。もしも、気を悪くするなら、いいんだけど」 クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)が声をかけた。 「何?」 「仲間が別人に変身したって。それは内面的なことなのか、外見的なことなのか、って」 「両方だよ」 トゥレンは起き上がって、肩を竦めた。 「……何か、違う人間の記憶がどんどん夢に出てくる、とは言ってたよ、二人して。 そいつが表に出てきたら、姿も変わって、知らない奴になった」 「……ということは、前世というのは、肉体が受け継いだ記憶、ということになるのか?」 クリストファーは呟く。 だとすると、不思議に思うことがあるのだが、それは言わないでおいた。 「中身に合わせて外側も変わる、ってことじゃないの? 俺にはよく解らないけどね」 トゥレンは苦笑する。 「二人を乗っ取った奴等をいっそ殺してやりたいけど、俺では手出しできないんだってさ」 そう言って、トゥレンはごろ、と再び寝転がった。 「同調、ね。 過去の自分になっている時、今の自分は一体何処にいるのかしら」 色々話を聞いてみて、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)はひとつの仮説を立ててみる。 恐らく、一つの身体の中に二つの魂を同居させることは、かなりの無理を強いるのだ。 だからすぐに同調が解けたり、頭痛に襲われたりする。 そして、やがて片方が片方を完全に弾き出す。 結果、魂が入れ替わり、別人と変わってしまうのだ。 「それにしても、こちらの攻撃が通用しないとなると……。戦い方を考えなきゃならないわね」 前世に同調し、彼等と同じ次元に立てばいいのだという。 しかし、リカインにはそのつもりは全くなかった。 ▽ ▽ スワルガの都は破壊されようとしていた。 もう充分だろう、とミカガミは判断する。 「これだけ騒げば、きっと、世界の異変に目を向けてくれる人もいるでしょう」 自然の力を操るアシラは、天変地異には敏感だ。 優れたアシラの中には、世界の異変について気付く者も少なくなかった。 ミカガミも、一族の長から、中央に仕官する前に、世界滅亡の告知を受けていた。 だが、撤退しようとするミカガミの前に、白銀の大蛇が立ち塞がる。ケヌトだ。 死闘は続いていた。逃がさない、と言わんばかりに、大蛇は長い身体をミカガミに巻きつけようとする。 力を殆ど使い果たしていたミカガミは、あらかじめ、この事態に備えて用意していた魔法具、銀のネックレスを使って回復する。 「仕方ありません。戦闘再開といきましょうか」 一方で、大蛇の姿を見つけたガエルが、ケヌトに合流した。 「……あいつか」 都を壊滅させた者を見る。 武器に故郷は無い、がガエルの信条だったが、都の壊滅に胸が痛むのは、やはり此処が故郷だという思いがあったのだろう。 「ケヌト。我はあれを斬る」 呼びかけに、ケヌトが大蛇から人の姿に変わった。 そしてガエルは人の姿から剣の姿に変わる。巨大な斧を、ケヌトは持った。 「じゃあ、戦闘再開と行こうぜ」 ケヌトはミカガミを見て言った。 そうして、ミカガミは、再び故郷に戻れることはなかった。 それでも、と、思う。 きっと、世界の異変に気付いてくれる人はいると信じた。 (族長。申し訳ありません……) 残る人々に後を託して、ミカガミは息絶えた。 △ △ 「白鯨にオリハルコンですか……。 何処から流れ着いたのか、ともかく、この地に用事があるようで……」 安芸宮 和輝(あきみや・かずき)は、実態調査と目的を見定める為、白鯨に向かうことにした。 一人、独自に動くつもりなので、無茶はしない。 有事の際には全力で戦うことに躊躇は無いが、できるだけ穏便に進めよう、とは思っていた。 |
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