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古の白龍と鉄の黒龍 第1話『天秤世界』

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古の白龍と鉄の黒龍 第1話『天秤世界』
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(出口……此方からで言えば入り口は、いざという場合には消してしまえる事は聞いた。
 じゃが、入り口はこの近辺にしか出せないと言う。やはりこの地は、守り抜かねばなるまいか)

 うっすらと揺らめく『入り口』、深緑の回廊の出口を見つめ、ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)が思いを胸に、周辺の調査を開始する。端末には守る必要がある場所の地形や気候、天体の様子、1日の長さやさらには空気中の酸素濃度や成分分析といった項目が並んでいた。
(そうじゃな、魔法が普通に使えるか、機晶姫の様子に変わりはないか、も調べておく必要があるな。
 おお、そうじゃ、川があるかどうか調べる必要もあるな。あわよくばそこから飲み水を確保出来れば、今後の活動がぐっと楽になるじゃろ)
 まず優先すべきことに、川の存在と成分分析を挙げたルシェイメアが、早速川を探しに行く。しばらく探した所でそれらしきものを見つけたまではよかったが、肝心の水が通っていなかった。
(むぅ……これはわし一人ではちとキツイの。他の皆もそれぞれ忙しいようじゃし……一旦戻って協力を募るかの)

「了解! それじゃ、崩れそうな所を補修していくね」
 拠点に戻ったルシェイメアの呼びかけに応じたのは、緋王 輝夜(ひおう・かぐや)アーマード レッド(あーまーど・れっど)ネームレス・ミスト(ねーむれす・みすと)の三名。彼らはパートナーであり、怪物化してしまったエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)の捜索を続ける傍ら、『エリザベートの依頼を受ければ、活動資金を手に入れられる』目的で天秤世界へ足を踏み入れていた。
「あっ、ここも。それとこことここも……うわー、結構多いなこれ。あたしだけじゃ手が足りないかも」
 輝夜は川(だったもの)の中へ入り、今にも崩れそうな箇所があればそれを補修する作業を請け負った。戦いの余波か、相当数の箇所がひび割れたり崩れかけている川を、足りないといいつつフラワシも駆使した素早い動きで直していく。
(……あいつ、今どこに居るかな。まさか一足先にこっちの世界に来てたりして……)
 エッツェルの事を考えて作業が止まっていたのに気付いて、輝夜がぶんぶん、と頭を振って考えを消す。
(今は考えてる暇ない。こっちだってちゃんとしとかないと、みんなが大変になる)
 川を流す事で、生活に必要な水を確保出来るならそれは出来るだけ早くこなすべきだろう。そう考え、輝夜はテキパキとした動きで補修作業を行っていく。

 輝夜の居る位置より上流、水が土砂によってせき止められてしまっている箇所では、レッドが土を取り除く作業に従事していた。
「……現時点デ 作業ニ問題ナシ。コノママ作業ヲ続行シマス」
 巨体から繰り出されるパワーは、大量の土砂をみるみる減らしていった。ちなみに彼も機晶姫だが、今の所活動に支障はないようであった。
「ククク……瓦礫の撤去は……おまかせ……」
 一方ネームレスも、その小柄な身体からは想像も出来ない力で埋まっていた岩や瓦礫を取り除いていく。ペットとして使役している『瘴龍』も主に従い、邪魔な岩を破砕して小さくし、川の外へ運び出していった。
「ふぅ。とりあえずこうしとけば、急に流れ出すことはないわね」
 そして、工事中にうっかり決壊して水が流れ出してしまわないよう、カヤノが水を氷に変える処置を施す。
「これで拠点のすぐ近くまで川が通れば、水の心配はなくなるね。……でも大丈夫? カヤノちゃん、無理とかしてない?」
 カヤノと一緒にお手伝いをしていた秋月 葵(あきづき・あおい)に尋ねられ、しばらく考え込むカヤノ。
「うーん……特に無理してるつもりはないし、別に変わった所もない……と思うわ。考えたらここ、パラミタじゃないのよね。うまく力が使えない、とかあってもおかしくないのに」
「そういえばそうだよね〜。あたしも問題なく魔法使えてるし。
 うーん……なんでかはよく分からないけど、困ったことになってないなら、いいと思うな」
「ほんわかしてるわね……ま、そこがアオイのいい所なんだけど」
 呟き、カヤノが拠点の方を向いて思慮に耽る。ここはパラミタとは違う世界、これまでの常識は通用しない。明日何が起きるかは誰にも分からない。
(ミオ……あんたは今どこで、何をしてるの?
 ……もう、ちょっとくらい顔出したっていいじゃない。いつ会えなくなるかもしれないんだから――)
「ん? カヤノちゃん、どうしたの?」
 心配するような顔で覗き込まれ、カヤノが笑顔を取り繕う。
「ああ、うん。今はいいけど、戦いに巻き込まれることがあったら大変だなーって。龍族も鉄族も、すっごく強そうな感じじゃない」
「うん。空を自由に飛んで、ブレスとかビームとかバンバン撃っちゃうんでしょ? 正直、怖いよね。
 でも、争いからは何も生まないからね。魔法少女としてこの世界にも、愛と平和をもたらさなきゃね♪」
 笑顔で言ってのける葵に、カヤノもつられて笑顔で返す。
「……そうね。一緒に頑張りましょ、アオイ」
「うん!」


 『とある女王の帰還』

 ……そして、一日が過ぎる。天秤世界にも『夜』という概念は存在しているようで、空がそれまでよりも暗くなり、空気もどこかひんやりとしたものに変わった。
「あー、疲れたわー。明日には川の工事も終わるかしらね」
「順調に進むといいな。……さて、私はもう少し、やることを済ませてこよう」
「あんまり無理すんじゃないわよ、サラ」
「ははは、お前に心配されるようではな。……ありがとう、適度に切り上げて休むことにするよ」
 同室のサラ・ヴォルテール(さら・う゛ぉるてーる)が部屋を出ていくのを見届け、カヤノが開いた窓から外を見つめる。
(なんというか……不思議な空ね)
 見慣れた蒼空でも、夜空でもないなんとも表現しがたい空を見つめて、フッ、と下に目を向けた瞬間、カヤノの全身に電撃が走る。
「!!」
 その姿を認めた途端、カヤノは飛び出していた。

(……こちらにカヤノさんが居るんですよね。
 あはは……緊張してますね、私。会いたいですけど会いたくないような……)
 拠点の入り口近くで、赤羽 美央(あかばね・みお)が自らの細かに震える手を見つめ、これまでの事を思う。
(……長い、修行でした。ただ雪だるまを作り続け、何かを生み出し続けるだけの修行。しかも、作るすべての雪だるまに、愛を込めなくてはいけない。
 戦う極意を直接学ぶものではなく……無心ではなく、愛だけで行動する修行でした)
 長きに渡る修行の結果、自分が何を得たのかは、今でも分からない。
 たくさんの雪だるまを生み出したこの手は、一体何を掴むことが出来るのだろうか――。

「ミオ!!」

 上空から聞き慣れた、決して忘れることのなかった声が響き、美央の全身が硬直する。
「……カヤノさん……」
 どうにかそれだけを絞り出す美央、久し振りに見たカヤノは、なんだか成長しているような気がした。
「…………」
「…………」
 少しの距離を挟んで向き合うカヤノと美央。会った瞬間氷漬けにされても仕方ないな、と思っていた美央は、カヤノの態度に意外なものを覚え、そしてただ黙っていることにいたたまれなくなる。
「カヤノさん、勝手に旅立ってごめんなさい。……私、修行に出ていたんです」
「修行?」
「はい。雪だるまを作って、作った雪だるまに愛をこめて……。
 修行に出たのは……本当は、結局自分はなにも出来てないんじゃないかななんて考えたからです。何ていうか、自分の力に限界を感じて。それなのに慕ってくれる人たちに申し訳なくて、忘れられたいみたいな。
 ……あ、これ他の王国の人達には内緒ですよ? 今はもう――」
 美央の言葉が、カヤノの接近で遮られる。何かを堪えているような顔をして美央の傍までやって来たカヤノが、片方の手を大きく振りかぶる。
(あ、叩かれるかな。それともやっぱり氷漬けにされるかな)
 そう思った美央が、けれど目だけは逸らすまいと意思を固めると、振るわれたカヤノの手が美央の頬ギリギリの所で止まり、ふるふる、と震え出す。

「……バカ、バカバカ! あたいがどんな気持ちであんたの事思ってたか、分かってんの!?
 何も出来てない!? 忘れられたい!? 勝手にそんな事思って、勝手にどっか行っちゃって!!
 なんだかよく分かんないまま残されたあたいは、どうなるのよ!!」


 力なく腕が落ち、そして目には涙が浮かぶ。
「……ごめんなさい。言い訳になってしまいますけど、修行に出ている間、カヤノさんの事を忘れたことはなかったですよ。
 それに、もう大丈夫です。あんなに忘れられたいって思ってましたけど、結局誰も忘れてくれてませんでした。もう、あきらめました!」
 何かを吹っ切ったような、清々しい顔で美央が告げる。
「出来る事なんかわからないけど、ただ皆といたいです。……その、ありがとうございました。
 私も寂しかったです。もう一度あえて良かったです」

「うわああああぁぁぁぁ!!」

 感極まったカヤノが、美央の胸に飛び込む。氷結の精霊長の身体は、熱いくらいに暖かかった。
「カヤノさん……」
 震える身体を抱きとめ、また会うことの出来た喜びを享受する。
「あっ……」
 ふと目線を上げると、『雪だるま王国民』である契約者の姿がそこにあった。美央は一人一人、懐かしい顔を見つめながら心で「ただいま」「おかえりなさい」の挨拶を交わす。全ての王国民と挨拶を終える頃には、美央も目に涙を溜めていた。
「カヤノさん。私が一人で来たのは、雪だるま王国女王としてではなく、一人の人間として来たかったからです。カヤノさんの友達の、一人の人間として。
 それはいつになろうと決して変わりません。その上で、私は――」
 身体を離し、鼻をすするカヤノにそう言って、美央は手を高く、高く突き上げる。

「私は、今ここに、雪だるま王国女王復活を宣言します!」

 祝福の声を受けながら、美央は確信する。
 ――この手は、皆との絆を掴むためにある――。


「……あ。ここに来たのはいいものの、何するか考えてませんでした。
 ということで、全面的にカヤノさんのお手伝いをしますので、なんでも言って下さい!」
「はぁ? あたいに言われても困るわよ。あんたは女王なんだからさ、おっきな方針決めて、後はどーんと構えてればいいのよ。
 …………、でも、そうね、言ってもいいって言うなら……
 もごもご、と何かを言った後、カヤノが頬を赤くして言う。

「……ミオ、あたいの傍に居て。
 もし今度勝手にどっか行ったら、絶対あんたを見つけ出して、氷漬けにして傍に置いとくから」