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星影さやかな夜に 第三回

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星影さやかな夜に 第三回

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 第二章 「覚悟、其処に在り」

 夜明けの香り、とでも言うべきか。薄明の時間は、そよ風がどこか懐かしい匂いを運んでくる。
 哀愁を誘うこの香り。
 ……花か、香草か。あるいはなにかしら。
 夜明けの匂い。その正体を確かめる気はない。
 突き止めてしまえば、その魅力はきっと半減してしまうに違いない。謎めいた神秘的な匂い。だからこそこうも想いが募る。

「懐かしいなぁ。昔はこうやって、意味もなく時間を過ごしたっけ」

 建物の屋上に腰掛け、ヴィータ・インケルタ(う゛ぃーた・いんけるた)は目を細めた。
 辺りを見渡す。ろくに整備も行き届いていない、さびれた地域。此処は自由都市プレッシオ、最南端の区画だ。
 情緒溢れる中央部も、荒廃している最南端も、ここまで三百年前と同じだと時間が止まっているようにさえ感じてしまう。

「まるであの頃に戻った気がするわね」

 懐かしむ彼女はそう独りごち、自嘲するように小さく笑った。

「……ま、今からその全てを壊しちゃうんだけど」

 そよ風に揺れる長い髪を押さえ、彼女はそっと目を閉じる。
 しばらくして再び目を開けると、立ち上がり、大きく伸びをした。

「よしっ、思い出浸りはこれにて終了。うじうじするのはらしくないぞ、っと」

 ヴィータは右手首の腕時計型携帯電話に目を落とした。
 二つの針が指す時刻は午前五時過ぎ。自分たちが行動を起こすのはまだまだ先だが、ゲームを盛り上げる準備ぐらいはするべきだろう。
 ……さぁて、どうしよっかなぁ。
 可愛らしい顎に手を添えて考えていると、不意に背後から足音が聞こえてきた。

「こんなところに居たのか。探したぞ」

 振り返れば、そこに居たのは佐野 和輝(さの・かずき)

「あらら、和輝じゃない。わたしになにか用でもあるの?」
「今の状況を伝えに来たんだよ。聞くか?」
「タダならね」

 ヴィータが冗談っぽく言うと、和輝はため息をつきながら説明を始めた。

「廃墟前の戦いはより激しさを増しているな。それに特別警備部隊の者が数十人、この区画に到着したようだが……」
「だが……?」
「なにやらおかしな行動をとっている。すぐに戦闘には参加せず、潜伏する腹積もりのようだ」
「んー? またなんでー?」
「さぁな。……そう言えば、交渉、とか言う単語を耳にしたような」
「交渉? 交渉ねぇ……」

 ヴィータは合点がいったのか、ポンと両手を合わせた。

「きゃは♪ なるほど、なるほど。そういうつもりかぁ……面白い展開になってるじゃない」
「なにか分かったのか?」
「うん。まるッとお見通しって感じよ」
「そうか」
「うー。なによー、そっけない返事ねぇ」

 わざとらしく頬を膨らませるが、表情を一つも変えない和輝を見てため息を一つ。

「面白みのない人ねぇ。もっといい反応してよ、そこの後ろの子みたいにさぁ」 

 ヴィータが和輝の後ろに隠れているアニス・パラス(あにす・ぱらす)を指さす。

「ひぅ……」

 指をさされたアニスは完全に和輝の後ろに隠れてしまった。

「お前が怖いんだと」
「うわ、心外。わたしのどこが怖いのかしら……ねぇねぇ、教えてよ。アニスちゃーん?」

 ヴィータがイタズラっぽく笑ってアニスをからかう。

「あんまりいじめるなよ」
「はいはい……つまんないなぁ」

 ヴィータはやれやれと言ったようにため息をつく。
 と、アニスとは違い禁書 『ダンタリオンの書』(きしょ・だんたりおんのしょ)は堂々とヴィータへと近づいていった。

「ようやく、ここまで来たか。後は貴様の行動次第だが……その前に」

 『ダンタリオンの書』は腕を伸ばして、ヴィータの額に触れた。

「おろ、何かのおまじないでもしてくれるのかしら?」
「ああ、貴様の視野が広がるおまじないだ」

 そう言って、『ダンタリオンの書』は聞き慣れない言語を口にした。
 ぞわり、と。
 頭に何かが入り込むような違和感を感じた。
 ヴィータはまじまじと『ダンタリオンの書』を見る。

「……あなた、わたしに何をしでかしてくれたの?」
「言っただろう? 視野が広がるおまじないだよ」
「ふぅん……」
 
 彼女の瞳をじっと見つめ……やがて害意はないと判断したのか、ヴィータはくすりと笑みを浮かべた。

「そ、ありがとね。それじゃあ、また何かあったらテレパシーで連絡ちょうだい」

 ヴィータは和輝の肩をポンと叩き、屋上を立ち去った。

「ヴィータに何をしたの?」

 アニスが『ダンタリオンの書』に訊ねた。

「なに、魔道書の知識を分け与えただけだ……あの人に、近づくためにな」

 『ダンタリオンの書』は身を翻して歩き始め、二人もその後に続いた。

「場所と人に恵まれたな。条件は揃った。
 あとは、あの小娘がツメを誤らないかぎり――稀代の研究者たるあれは、おのずと姿を現すだろう」