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【真相に至る深層】第一話 過去からの呼び声

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【真相に至る深層】第一話 過去からの呼び声

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【三色は水底で滲む】



 それは神殿の最上階。
 その中でも、それぞれの一族の長のみが入ることの許された簡素な一室では、三者三様に面持ちで向き合っていた。
 冷たい空気は、お互いへの牽制もあるのだろうか、暗がりの中で沈黙が流れる。
「まだ躊躇っておるのかえ」
 そんな中で女の声が、口火を切った。
「そなたの娘に、この都の運命がかかっておるのだ。分かっておいでかえ?」
 紅族の長オーレリアは殊更神経を逆撫でするような甘い声で目を細めた。
「承知しているし、あれも納得している。だからこそ、惨いことと知りながら、あの二人を引き合わせたのではないか」
 黄の長――ティーズは苦い顔だ。様々な手段を用意したが、結局の所は、約束の時を迎える前に自分の娘を殺させることしか手段がない。そう判断し、その殺害者を幼馴染となるよう仕組むことを認めたのは、ティーズ自身だ。
「全く、お二人の残酷さには頭が下がりますよ」
 皮肉に言うのは蒼族の長、ビディリードだ。その言葉にティーズが眉を寄せ、オーレリアは面白そうに目を細めた。
「そうかえ。ではそなたは叶いもせぬ妄執に捕らわれた哀れな男と言うわけよな」
「龍は倒せます。それによって我々は、本当の独立と言えるのですよ」
 小馬鹿にしたような物言いに、三人の内で最も年若なビティリードは噛み付くように反論した。
「龍は我々を守っているわけではありません。ポセイダヌスは人間には興味がない。ただ巫女の生まれ変わる約束の場所を、その時が来るまで維持しているに過ぎないではないですか」
「そんなことは最初から承知している」
 ティーズの反論に、ビディリードは耳も貸さないで続ける。
「今の我々はただ飼い殺されているだけです。本当の自由を生きるためには、龍は最早邪魔なのです」
「馬鹿な」
 ビディリードの言葉に、ティーズは吐き捨てた。
「龍は古き恩人だ。巫女の為とは言え、我々はずっと守られてきたのだ。恩義を仇で返すつもりか?」
「そなたとてその恩人を謀ろうと言うのであろうが」
 オーレリアは鼻を鳴らし、ティーズもその矛盾は判っているのだろう、苦々しげに口を噤んだ。恩義はある。裏切りたいわけではないが、黄族の長であり、同時に古い盟約の主の血族であるティーズには、街を人を守る義務も同時に存在する。そのためにどれだけを犠牲にし続けているのを知るオーレリアは「相も変わらず、早死にしそうな男よな」と小さく呟いて肩を竦めた。
「しかし……そなたらは揃って龍を甘く見過ぎておらぬかえ?」
「どういうことだ?」
 ティーズとビディリードが訝しけに眉を寄せると、オーレリアは目を細めた。
「あの龍を謀り、それどころか殺してその力を手に入れるなど、出来るはずがなかろうが」
「ではあなたはどうするおつもりです?」
 憤慨の篭ったビディリードの言葉に、オーレリアは喉を擦らせるような笑みを漏らした。
「簡単なこと。姫巫女の魂を、龍を永劫に繋ぎ止める鎖とするのよ」
 その言葉に、ビディリードが顔色を変えた。
「あんな少女一人に永遠の犠牲を強いて、我々にのうのうと暮らして行けと仰られるのですか!」
「龍を倒すのだろうとて、犠牲は出るであろう?」
 無傷で勝利できる筈が無く、そのために犠牲を作るのだろうが、とオーレリアの反論には、ビディリードも反論を失い、ぎりっと奥歯を噛み締めた。だが、戦士がその身を犠牲にすることと、少女を永劫の苦しみに引き渡すこととを、ビディリードは同列に並べがたいようだ。
「何、魂は龍の恋人であったと言うではないか。身体から離れれば少女の自我などあるかどうか」
 龍は二度と恋人を待つことは無くなり、都市は龍の力の恩恵を受け続ける。めでたしめでたしだ、とオーレリアは手を叩いたが、ヴィディリードは「馬鹿な」と苦い。だがティーズは成る程、と小さく頷いた。
「確かに、都市の維持を優先とするなら最も有効なのは認めよう」
「ティーズ、貴方の娘でしょう!」
 ビディリードは反論したが、ティーズは表情を変えずに淡々と口を開いた。
「だが龍の怒りを買うリスクも高い。我々は封印に長けているとは言え、最早……彼の邪龍を封じた時のような、かつてのオリュンポスの巫女程には、その力を残していない」
 姫巫女の魂を使っても、古代龍の力を封じるのは難しいだろう、と冷静に言うのに、残る二人は肩を竦めて一応の同意を示した。
「約束の時まで、もう十と幾年を残すのみだ……思うところはあるだろうが、明確な手段を手にれるまで、今は従ってもらう」
 三人の主の中でも、その発言権は最も高いらしいティーズがそう言えば場はお開きとなり、それぞれが下の階へ待つ従者のもとへ戻っていく中、ティーズはふと視線を上げた。
「……お前たちも、眠りなさい」
 それは誰に向けられた声だったのか。伸ばされた手が誰かの視界を塞ぐようにして、世界は闇へと飲まれていった――……