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【真相に至る深層】第四話 過去からの終焉

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【真相に至る深層】第四話 過去からの終焉

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【序――忘れられた唄】


 


 遥か古、今は語る者も無き、遠い遠い昔の話

 大きな蛇が美しい光の花に恋をした
 彼を愛する海から顔を出し、見ている蛇に、龍はこう言った
 ”あれは霊峰の花だ。手を伸ばせばお前が焼かれてしまうよ”と
 けれども蛇はずっと花ばかり眺めていたので
 龍は”花が枯れてしまえばいい”と呪ったために
 土地と海をすっかり黒く染め上げてしまった龍は
 その姿を醜く変えられ、海の底へ沈められてしまったのだった


 時は流れ、黒くなった土地から逃れた花は、海のほとりに揺れていた
 大きな蛇は花を愛でたが、真っ黒になってしまった水底の龍はまた言った
 ”あれは大地にあるものだ。手折ってもその内枯れてしまうよ”と
 けれども蛇は、花ばかりを見て耳を貸そうともしなかったので
 龍はついに怒り狂い、大地ごと花を食いちぎってしまったのだった

 龍は嘆き、諦めきれずにその種を飲み込んで
 その体を苗床にして育てようと考えた
 花の光に身体を灼き落とされながら、龍は最後にこう言った

 ”海への恩も忘れた哀れな蛇よ、花と共に呪われてあれ”

 そうして龍は自らの恋を呪いに変えて、水底で眠りについたのだった







――……それは、一万と数百年の過去からやってきた物語
 夢という名の縁が繋ぐ、絶望と悲しみ
 救いを求める想いが、叫びが、縋るように繋ぎとめた咎

 そして……遥か古から繋がる細い糸を結び
 その先へと続く――……物語






「手元が狂った……莫迦な、この私が……何故?!」

 その女は、自らを襲った衝動への、激しい動揺の中にいた。
 足元に転がる、頭部を失った少女の躯と、流れた赤い血がぬるりと足元へと纏わりつく。
 死を見たことが恐ろしかったのではない。自らの手にかけたことを怖れたのではない。
 自分がその少女を殺す際に抱いた、その狂気を、怖れたのだ。

(彼女のことが嫌いではなかった……故に、苦しまずに最大限の敬意を以て手に掛けた筈だった……)

 手馴れたことだ。何度も繰り返した儀式だ。
 真横から首に骨を貫通させる様にナイフを突き立て、手元に引く。
 確実に、そして苦しまずに、彼女を旅立たせるつもりだった。
 だというのにその瞬間に浮かんだのは、ビディリードへの思いだった。
 彼女は殺した。あの人を殺すきっかけとなってしまった。災いとなってしまった。
 その瞬間の激情を何と例えれば良かったのか。
 気がつけば、惨たらしく落とされた少女の首を抱えて、その女は自らの屋敷へと引き返す。
 書き殴るようにして呪いを綴り、もしもがあるならばと、浅ましく指が一縷の何かに縋る。
 
 そして、自らを、この世界を永久に呪った彼女の幻影を、マーツェカ・ヴェーツ(まーつぇか・う゛ぇーつ)は舌打ちをもって迎えた。
「ったく、誰だか知らねぇが……とんだ甘ちゃんだよ、手前ぇは」
 自分とは似ても似つかない、詰めの甘さ、そして他人を想う甘さ。それらはまったく理解できない感情で、同時に、今自分が選んで宿るこの体の主テレジア・ユスティナ・ベルクホーフェン(てれじあゆすてぃな・べるくほーふぇん)に、似ているようにも思う。だからだろうか、頭痛の元だったその原因に、軽い苛立ちを覚えながらも手を、伸ばしたのは。 
「……後悔は手前ぇの手で振り払え。手前ぇの落ち度なら、それを取り戻すのも、手前ぇ自身の手でやるしかねぇんだ」
 その言葉に「彼女」が顔を上げたのを見て、マーツェカは強引にその腕を掴んで、自らに引き寄せる。


「今は力を貸してやる。だから後悔ってやつを清算して我から出て行け」





【過去からの遺志――憎悪と狂気の果て】




 深夜――自室。

 内に外に熱が篭り、汗が肌の上を落ちて、シーツに染みを作った。
 衝動のままに押し倒したマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)の上を、水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)の指先が這うように、探るように動き、齧り付くように歯を当てて柔らかですべらかな肌に痕をつけた。肌の上に散る赤、悲鳴のように喉を擦る女の声。
 「彼女」にもそうしてやればよかった。心も体も奥深くを抉って汚して、許しを請うまでそうして辱めて苦しめてから、親友の顔でその心臓を抉ってやるのだ。絶望に染まりながら死に至る顔は、さぞやこの心を満足させてくれるものだったろうに――……
(彼女……彼女? 誰? 私じゃない、これは私の感情ではない……ッ!)
 はたと我に返ったゆかりは、組み敷くマリエッタの苦しげな顔に、そして気づけば命を奪える位置を無意識のうちになぞっていたことを自覚して、冷たいものが背筋を這い上がった。
 おかしい。何かが酷く、可笑しい。
 額から流れる汗は、暑さからではなく恐怖からだった。
 自分は帰ってきたはずだ。あれは夢だったはずだ。たとえ一万年前に、現実に起こっていた事実だったとしても、自分には関係の無いことで、全ては何も果たせぬままに死を迎えた「彼女」の消滅によって終わったはずだ。自分はそれに抗いきったはずだ。なのに。
「私、私……ッ」
 ゆかりは思わずマリエッタの体に、縋るように抱きついた。
 「彼女」が抱いていた狂気と憎悪。死によってすら失わず、一万年もの間に煮凝って更にその纏わりつくような不気味な執念が、ゆかりの精神を侵食していく。振り払ったと思ったそれが、毒の牙を突き立てられたように、今も自分を蝕んでいることに、恐怖が後から後からこみ上げて、気がつけば涙を流していた。

――……あの時は、抑えられたのだ。
 何も言わず、ただ優しく背中を撫でてくるマリエッタの手に唯一の救いを見出しながら、ゆかりの意識は「その時」へと戻っていった。


 

―――エリュシオン帝国、ペルム地方領海。海中都市、ポセイドン。
 「その時」その都市は、一万年の時を経て、本当の終わりを迎えようとしていたのだ。


 その神殿の一角で、うずくまるようにしていた新風 燕馬(にいかぜ・えんま)は、最期に聞こえた「少女」の想いに、深く息を吐き出した。
 都市を縛っていた封印が解放され、留まっていた、いや留めさせられていた魂と記憶が解けたためだろうか、今まで自分の視点の上に被っていた少女の姿は、他としてその傍にいるのが感じられた。
「……馬鹿だな、お前がすべきだったのは、もっと簡単な事だったのに」
 だから、その言葉は、殆ど自然に滑り出ていた。
「お父さんとお母さんに一言言えばよかったのさ――『ありがとう』と、笑顔でな」
 こんな空しい憎悪ではなく。こんな歪んだ恩返し等ではなく。
 生んでくれて、育ててくれて――愛してくれて、ありがとう、と。『彼女』が子供らしくその親愛と思慕を素直に伝えていれば、あるいは何かがもう少しマシになっていたかもしれない。
 少なくとも、こんな風に無念と後悔で、一万年もの間を彷徨って、夢と言うか細い糸から、自分に助けを求めて来るような――そんなことには、ならなかったのではないか。そんなことを思いながらも、燕馬は苦笑浮かべて軽く頬をかいた。
「……ま、もう過ぎた事をぐちぐち言っても仕方ないか」
 ポセイダヌスはこの一万年の永い時間、苦しんできたはずだ。邪龍を飲み込んだという、物理的なだけではない。最も愛した存在が自分を縛り、助けることも触れることも出来ず、ずっと傍にいることしかできない、その無念さ。そして今、老いた体にこれだけの無理を強いているのだ。どうせ余命は幾らかもないだろう。
――『彼女』の願望は、叶えられたと言っていい。

「次は俺の願望に協力してもらうぜ――邪龍退治だ」

 アンコールも、カーテンコールも無しの、幕引きと行こうじゃないか――……そんな燕馬の呟きと共に戦いは始まったのだった。