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【両国の絆】第二話「留学生」

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【両国の絆】第二話「留学生」

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【エリュシオン帝国――それぞれの場所にて】


 一つが動けば、二つが動き、多くが動けばそれは波に似ている。表には見えない、水中の波だ。
 そして、一つ波が動けばそれに追従するように、事態を動かそうとするものが現れるのもまた必然のことで、両国の不和を、と唱え動くものの影で、それを隠れ蓑にするものがいる。
 が、裏に動くものがあれば、それを警戒して動いている者たちもまた、存在していた。
  

 例えば――エリュシオン帝国の中枢、世界樹ユグドラシル内。
 セルウスの許可を得て、ドミトリエ・カテミールと共に(勿論場所柄秘密裏に、ではあるが)樹隷達の通路を通って、大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)ヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)は、先だっての祝賀会の折にも訪ねた、セルウスの故郷でもある樹隷たちの里の一つを訪れていた。
 一見したところ里の様子に特に変わったことはなく、迎え入れてくれた長老達の態度も少しも変わらない。セルウスの友人を快く、洞穴のような場所に作られた屋敷へ迎えると、茶を出してもてなすその表情は少し明るい。最初こそ、キリアナとの再戦を果たしたかったな、とためいきをついていたヒルダだが、こうして、里を駆け回る樹隷の子供達のほのぼのとした姿を見ているうちに、すっかり和んだようで、歓談すること暫く。
「……他に変わったことなどは、無いでありますか?」
 と、丈二は口火を切った。長老達は、軽く顔を見合わせて少し考えると「良くも悪くもといったところで」と年長者らしい表情を浮かべて息をついた。
「新たな皇帝が樹隷である――その事実は、帝国ではやはり、大きな波紋を投げかけておるのですよ」
 樹隷という存在をだいぶ知っては来ているものの、やはり感覚的な馴染みのまだ薄い丈二とヒルダが首を傾げるのに、ドミトリエが助け舟を出した。
「樹隷は不可侵の民だ。ユグドラシルに隷属する、可視できる聖霊のようなものだからな。本来交わらないはずの概念が突然姿を持って、自分達の主となったんだ。戸惑ってる奴らはまだ、結構いる」
 たとえ皇帝となったとしても、その刺青の象徴するように、触れることの許されない相手である。自らの国民と交われない主を否定する声は、彼が若すぎると危惧するものと同じぐらい、少なくないのだと言う。
(反セルウス派の一部は、そういった意見の者……ということでありますね。それで、引き摺り下ろすための一手として、セルウスの持つ一番の特徴……シャンバラの契約者との繋がりを断ち切るのが、両国へ不和を生もうとする理由、ということでしょうか?)
 内心でそう推測する丈二に、長老は視線を里の方へと向けた。開け放たれた入り口からは、子供達の遊ぶ明るい声がしているが、長老の横顔はどうも優れない。
「不可侵の存在、という認識そのものが変わりつつあります。それは良いのです。ですが……我々の主はユグドラシルそのものであるということを忘れ、仕える相手を間違える者や、樹隷であることを……その」
「……これまでとは逆に、笠に着るような者もいると?」
 言い辛そうにした部分をあえて切り込んだ丈二に、長老も頷く。
「お恥ずかしいことですが、そのような考え方を持つような若者も、ちらほらと見受けられますでな」
「それは……ここ、最近のことでありますか?」
 ため息を吐き出す長老だったが、丈二の声が探るように低いのに首を傾げる。そのままどういう意味かと無言が問うのに、丈二は「もしかしたら、それは作為的なものかもしれません」と続けた。
「樹隷の皆さんが、同じ一族のよしみを利用して幅をきかせようとしている……そんな印象を作り上げれば、それはそのままセルウスど……いえ、陛下への批判に直結します」
 “両国に不和を”を合言葉にしているかのような、ここ最近の不穏な動きの中心に、反セルウス派の影は濃い。それ自体は別の思惑によって動いているのかもしれないが、この水面下での混乱に乗じて、動いていないとも限らないのだ。丈二はドミトリエの方へと視線を向ける。
「今動いている事態と、直接的な関係は無いでしょう。が……」
 その言葉の意味を正確に悟って、ドミトリエは頷く。
「事態に乗じて動くものを防ぐ必要はあるな」
 言いながら、ドミトリエは複雑な様子でため息を吐き出す。セルウスの手伝い、ぐらいのつもりでいたというのに、気がつけばどんどん、政治的な部分へと関わらざるを得なくなっている自らの現状についてのため息だ、と悟って、丈二は苦笑しながらも、慰めと励ましに、その肩を叩いたのだった。



 そして同じ頃、エリュシオン北西部カンテミール地方では、滞在を続ける富永 佐那(とみなが・さな)が、現在選帝神代理を務めているエカテリーナへコンタクトを取り、独自の情報収集に動いていた。
 元々ティアラからも依頼を受けているからだろう『ちょっと待ってて』という一言と共に、エカテリーナが現時点で揃っているデータを猛然と整理している中、ソフィア・ヴァトゥーツィナ(そふぃあ・う゛ぁとぅーつぃな)はぎゅうっとスカートの裾を握り締めていた。彼女が姉のように慕っている人物が、誘拐されたと聞いているからだ。
 不安な心をぎゅうと抑えながら、それを打ち消すように思考をめぐらて「セルウスという人を、私は知りません。でも、おおくの人がだいすきなのは分かります」と、その口は続ける。
「それをよく思ってない人の中に、誘拐事件と関係がある人が居るかもしれない……んですよね? それなら、誘い出したり……できないものでしょうか?」
 情報をわざと流すことは出来ないか、というその言葉に、様々な情報を整理する傍らで『難しいと思うのだぜ』とエカテリーナは微妙な顔を浮かべた。
『流す内容の問題もそうだけど、繋がりの全容が見えてないから……うっかり違うところを引っ掛けたら、』




 先日、ティアラがその歌で強引に抑え付けていた重臣達――時間稼ぎの側面もあって、誰がどういう派閥であるかの区別なく、一緒くたにして抑え付けていた彼らの背景までを細かく洗い出しているエカテリーナからの情報に目を走らせながら「やはり雲を掴むような話ですね」と佐那は嘆息した。
 思っていた以上に、各重臣達に繋がる情報は多岐に渡っており、それこそ今回の誘拐事件などには直接関係の無い、所謂日和見的な動機で強硬派へ組したものも居るのだ。
 それでも、強硬派の横の繋がりの希薄さや、今回動いているだろう存在の規模はそのデータからは察せられる。
「これだけの情報があれば、少なくとも「洗い出し」という目的は完遂できますね」
 と口にはしつつも、佐那は「尤も」と目を細める。
「強硬派にせよ当人が利用されているとは考えてもいない所で、結果的に黒幕の意志に沿う形で動いてしまった……おそらく、そんな所だろうとは思います。知らない間に踊らされていたのであれば得られる情報も微々たるものでしょう」
 反セルウス派や反シャンバラ派をはじめとする各派閥が、それぞれ“両国に不和の種をまく”という目的を掲げながらこうもばらばらな理由。裏で糸を引いている黒幕――その「何者か」が彼らを本人達の意思であるかのように動かしている、と佐那は気付いていた。だが、だからこそ、まんまと動かしまった彼らが有益な情報を持っているとは思えない。そう肩を竦めた佐那に、モニターに移ったエカテリーナは挑戦的に笑った。
『甘く見てもらったら困るんだぜww 例えば――』
  ネトゲの神――彼女がそう呼ばれる本当の所以は、技でも課金量でもプレイ時間でもない、その情報収集分析能力にある。それを証明するように、指先のスライドにあわせて画面に表示されるのは、佐那の考えを裏付けるような、そのつもりになって探さなければ決して繋がらないような細かいデータの糸だ。
『――こんな風に、情報ってのは小さい物ほど、価値があるものなのだぜ?』
 人、金、物資、それから通信、事件、地理などに点々とする共通点。それらを繋ぎ合わせると、数ヶ月前から“たった一人”が動いていたことが判る。
「やはり……誘拐事件そのものは大したことではなく……そのうちの一つでしかない、ということですわね」
 エレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)の呟くような声に画面の中で頷いて『何だろう、何かパーツを揃える、そのついでに誘拐事件にした……ってのが近いかもしれないのだぜ』とエカテリーナは応じる。
『随分と慎重な香具師で、痕跡辿るのも一苦労だったけど……慎重すぎんのも考え物ってとこだな。回りくどさが似通ってたから、当たりを引いたら一発なのだぜ』
 それが誰かまでは流石に追いきれてはいないが、それが間違いなく今回の黒幕だろう。後は、それを思い当たれる人間と、証拠になるものを突き合わせることが出来れば、この件が互いの溝となるのを防ぐことも可能のはずだ。
 そんな明るい兆しに佐那が表情を僅かに緩める中「気になる事があります」とエカテリーナに向けて口を開いたのはエレナだ。
「ティアラさんは……この機に乗じて強硬派の追い落としを考えているのですか?」
 彼女が気になっていたのは、先日のティアラの「ステージ」の際の発言だ。ヴァジラが、大掃除のための良い囮になってくれればいい、と言っていた。真意の判り辛いところのある女性だ、額面通り受け取る分けには行かないし、かといって選帝神としてのティアラ本人に聞くわけにも行かないが故の、問いだ。
「これを機に、帝国が一枚岩になればいい、とお考えなのでしょうか」
『さあ?ww ティアラの考えてることはよくわかんねーのだぜ。どっちかってと、自分が大事ーってスイーツ()だし』 
 が、応じる声は笑うようで、エレナは目を瞬かせると、佐那と顔を見合わせた。そんな二人に、エカテリーナは続ける。
『ただ……佐那がそうだと思うなら、多分そうだと思うのだぜ』
 その言葉に、佐那は一度目を瞬かせると、すぐに破顔して「そうですね」と頷いたのだった。