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彼氏・彼女のはじめの一歩

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彼氏・彼女のはじめの一歩

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chapter3 もうひとつの計画
 昼休みもやがて終わりが近付き、盛り上がりも少しずつ収まり始めた頃。愛美は少し淋しそうだった。
「どしたの、マナ?」
 マリエルが話しかける。
「なんか、せっかくみんなこれだけ仲良くなれたのは嬉しいんだけど、この場だけで終わっちゃわないかなってちょっと心配になっちゃった」
「あぁー、確かにそういう不安ってあるよね〜」
 そんな愛美の様子を見て、詩穂が話しかけてきた。
「愛美ちゃん、ありがとう! とっても楽しい時間だったよ! 詩穂もメイドとしていろいろ勉強できたし!」
「マナミンは何もしてないよ! みんながいい人だったから、楽しく仲良くなれたんだよ! ん? 詩穂ちゃん、その人は?」
 詩穂の後ろには、昼休み愛美が見かけなかった女性がいた。さっき仲良くなったの、と詩穂が言い、一歩下がる。入れ替わりで前に出た女性は金髪のポニーテールで、西洋的な外見のかわいらしい女性だった。
「こんにちは! あたしリリィ・シャーロック(りりぃ・しゃーろっく)って言うの! よろしくね!」
「よろしくリリィちゃん! 私のことはマナミンって呼んでね!」
 詩穂が再度口を開く。
「でね、愛美ちゃん、詩穂も、このまま解散しちゃうのやだな〜って思ってたの。だから、今日放課後、またここに来ない? もしかしたら、今日仲良くなった人とまた会うかもしれないし!」
「わぁ! それいいねっ! 分かった、じゃあ放課後ここで待ち合わせしよ? 楽しみだね〜!」
「お昼は喋る機会がなかったけど、放課後はマナミンといっぱい喋りたいな!」
 リリィも即答で賛成し、黄色い声を上げる3人。
「じゃまた放課後会おうねっ!」
 元気に別れを告げ、カフェを後にする愛美。隣を歩くマリエルがよかったね、と言うと、愛美は満面の笑みで大きく頷いた。

 愛美の姿が見えなくなったことを確認して、詩穂とリリィは顔を見合わせ、にんまりと笑った。
「うまくいったね〜! 詩穂ドキドキしたよ!」
「あたしもバレないかとひやひやしてた〜」
 はしゃぐふたりに、ひとりの女の子が近付く。低い身長と短い黒髪はボーイッシュな印象で事実男性に見えなくもない外見だが、そこから子供らしさは匂わず、その雰囲気はどこか落ち着いたものがあった。
「詩穂様、予定通りに事が進んだようですね」
丁寧な口調で喋る女の子。彼女の名前は本郷 翔(ほんごう・かける)。代々続いている執事の一族である。
「もー、様なんてつけなくていいっていつも言ってるのに〜! 翔ちゃん真面目だね〜」
「そうはいきません、執事の一族として恥じぬよう、常に振る舞わなければならないのです」
「うーん、幼馴染みなのになぁ」
 代々執事を生業としてきた本郷家と、メイドが生業の騎沙良家は昔から交流があり、ふたりは幼馴染みだった。
「で、詩穂たちの方はうまくいったけど、翔ちゃんの方はちゃんとできた?」
「はい、愛美様に見つからぬよう、先ほどお集まりしていた方々にはお伝えしておきました」
「さっすが翔ちゃん!」
「本来ならば私ひとりですべきことだったのですが、リリィ様にも手伝っていただき誠に申し訳ございません」
「いいよぉ、そんなかしこまらなくて! あたしも役に立ちたかったし!」
「あ、そうだリリィちゃん、相棒さんには連絡しなくていいの?」
「そうだっ、危ない危ない、忘れるとこだったよ〜! 今から連絡するね!」
 携帯電話を取り出し、電話をかけるリリィ。少しして、電話口から男性の声が聞こえた。
「リリィか、うまくいったか?」
「大丈夫、完璧だよ! 牙竜の方は?」
 牙竜と呼ばれた男が、即答した。
「大丈夫に決まってんだろ!? ばっちり交渉成立させてきたぜ!」
「やるじゃん牙竜! じゃこのまま作戦続行だね!」
「あぁ、くれぐれも途中でバレたりするなよ!? それがこの、「天岩戸作戦」のカギなんだからな!」
 そう言い残し、電話を切る男。
「まったく、言葉は雑で適当そうなフリして、1番やる気満々なんだから」
「ふふ、仲いいんだね! じゃあ詩穂たちはケーキづくり始めてるね!」
 詩穂と翔はそう言うとカフェのキッチンへと向かっていった。キッチンにはウィング、そしてウィングと話している男性がいた。男性の名は御凪 真人(みなぎ・まこと)。真面目で知的そうな容姿をしている。
「真人くん!」
 詩穂が声をかけると、真人は振り返り、小さくオーケーサインを手でつくった。
「ほんとぉ? やったあ!」
「店長が言うには、今日だけ特別、だそうですよ」
 ウィングが参ったな、といった顔で詩穂たちに言う。
「ウィングさん、ありがとう! これで心置きなくケーキがつくれるね!」
 真人がさっき出したオーケーサイン、それはキッチンを今日だけ使わせてもらえないかという交渉の結果だった。後輩である真人の頼みを、ウィングが上に通してくれたのだ。そればかりか、店長の計らいで、余ってる材料も好きに使っていいと言われたのだ。
「名会計さんだね、真人くん!」
「俺っていうか、先輩たちのお陰です」
「じゃぁ〜、無事キッチンも借りれたし、早速ケーキつくろっか!」
 その時、キッチンにゆあが入ってきた。
「あーっ、ゆあちゃん待ってたよ〜!」
「私もケーキづくり手伝いに来ました〜」
「ありがとー! ゆあちゃん一緒につくろうね〜!」
「はい〜、よろしくですぅ〜」
 プチケーキをつくってきていたその腕を買われ、ゆあは昼休み中詩穂にスカウトされていたのだった。とその時、カフェにひとりの男が入ってきた。
「おっ、みんな順調に作業進めてるな!」
 その声は、先ほどリリィと電話で話していた男の声と同じだった。ヴァルキリーであるリリィは、彼のパートナーだったのだ。彼は武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)。目つきが悪く、下手すると不良っぽくも見えるが、その全身は正義感に満ちており、そんなオーラを漂わせている。
「あれ、おいリリィ、司会役のふたりはどこだ?」
「もうすぐ来るんじゃない? あ、ほら噂をすれば」
 牙竜が入ってきた入口から、ふたりの女性が歩いてくる。小柄でショートヘアの活発そうな子と、身長は同じくらいだがポニーテールのお陰でやや高く見える釣り目の子だ。
ショートヘアの子――鈴虫 翔子(すずむし・しょうこ)がおどけて言う。
「うー、ボク今から緊張してきちゃったよ」
 それに突っ込むポニーテールの子――鈴鳴 桜(すずなり・さくら)
「あんたそんなんで司会できんの?」
「ははっ、相変わらずだな凸凹コンビ!」
 牙竜にからかわれるふたり。
「あとはアイツが来れば天岩戸作戦発案組全員集合だな!」
 牙竜が言うや否や、男の声がした。
「もう来てるよ、牙竜」
 男は、部屋の入口のところで腕を組んで立っていた。
「おぉっ、さすが隠れ身の達人、気付かなかったぜ」
 大川 隆樹(おおかわ・たかき)と名乗ったこの男は、150ないくらいの身長の低さを活かし、隠れ身というローグ憧れの特技を身につけていた。
「で、どうだった、主役の様子は?」
「大丈夫、何も気付いてないはずだ」
 牙竜の質問に無表情で答える隆樹。
「あのー、牙竜くん、そろそろケーキつくりたいんだけど、いいかなあ?」
 詩穂とゆあが若干困った様子で尋ねる。
「わりぃ、こんな大勢でキッチンいたら邪魔か」
 キッチンを出て、テラスに集合し直した一行。キッチンに残った詩穂とゆあ、交渉が終わってキッチンを出て行ったウィングを抜かしたメンバーを牙竜は見渡す。パートナーのリリィ、翔、真人、翔子、桜、隆樹に牙竜を含めた7人が集った。
「牙竜の急な提案に乗っかってくれて、みんなありがとう!」
 改めてお礼を言うリリィ。
「学校側と交渉して場所は確保した、カフェと交渉してキッチンも使える、そして主役に気付かれてない……完璧だな!」
 牙竜は腕を組んで踏ん反り返った。
「牙竜、調子乗りすぎ!」
「けれど本当、みんなよく立ち回ってくれてよかったですね」
 真人がふたりを労う。
「しかし、なぜ作戦名が「天岩戸作戦」なのですか?」
 翔の問いに、牙竜が自信満々で答える。
「ほら、なんか昔の話であったろ? 偉い神様が天岩戸って洞窟に閉じこもったせいで外が真っ暗になっちまったって話が。アレって最後はたしか、外でお祭りやってたら、気になった神様が洞窟から出て世界は無事明るくなりました〜、みたいなオチだったよな? だから、そういうことだ!」
「たぶん牙竜は、彼女がいたらみんな明るくなるから、そのためにお祭をやろうって言いたいんだよ」
「んなこと言ってねえだろ、余計なこと言うなよリリィ!」
「なーに柄にもなく照れちゃってんの」
「照れてねえよ!」
「けど、ボクは言いたいこと伝わったよ!」
 翔子が発言すると、桜がお決まりの突っ込みを入れた。
「この場合、半ば強引に私たちが彼女を洞窟に押し込んだ解釈になるけどね」
「まあまあ、細かいことはいいじゃないですか、みんなが協力して立てることができた作戦なんですから」
 真人がふたりをなだめる。
 彼らが度々口に出していた「天岩戸作戦」。そしてその話に登場する「彼女」。その彼女とは、愛美のことだった。話は昼休みに遡る。

 大勢で盛り上がっている愛美たちのテーブルから少し離れたところで、牙竜とリリィが話していた。
「しかしすげえな、あの人だかりは」
「最初、拡声器とか使ってたもんね。でも偉いと思う。ああやって、いろんな人を巻き込んで輪を繋げるって、大変なことだよ?」
「あぁ、あの子の行動力と性格は立派だぜ」
 そこに、飲み物を持ってきた翔子と桜が牙竜と同じテーブルに座る。翔子が開口一番、
「なになに、何話してたのー?」
 と聞いた。
「ん? あそこにいる子の元気がすげえなって話だよ」
「元気すぎて、ちょっと騒がしいくらいだけどね」
 牙竜の答えにキツい言葉を返す桜。けれど意地っ張りな彼女の性格をみんな知っているため、誰もそれを不快には思わなかった。
「あの行動はマジで立派だぜ、なんかご褒美じゃねえけど、友達がいっぱいできたんなら祝ったりしてやりてえよなあ」
 ポツリと言ったその言葉に、リリィが反応した。
「牙竜、それいいじゃん! 友達づくり成功のお祝いに、なんかパーティーとかしてあげようよ!」
「パーティー、パーティーか……いいかもな! リリィ、たまにはいいこと言うじゃねえか!」
「たまには、は余計だって!」
「そうと決まったら早速準備だ! もうちょっと人手がいるな……真人と翔、隆樹に声かけてみるか! リリィ、俺は人手集めと場所取りのための交渉に行ってくるから、お前はあの子にバレないようにあの人だかりに紛れて、話せるヤツつくっとけ!」
「いいけど……なんでバレたら駄目なの?」
「あぁ、馬鹿! パーティーっつったらサプライズだろうが!」
「相変わらず、ヘンなヤツ」
 桜の突っ込みなどどこ吹く風で、牙竜はカフェを飛び出した。
「ボクたちは何を手伝えばいいのかな?」
 翔子に聞かれたリリィは少し考えた後、ふたりに告げた。
「そうだ! ふたりはパーティーで司会やりなよ! なんかコスプレとかしてさ! じゃあたしちょっと行ってくる! あとはよろしくっ!」
 それだけ言い残し、愛美たちの輪の中へと消えていったリリィ。
「……なんか、リリィ最近牙竜に似てきたよね」
「あはは、ボクもそう思う」

 リリィが最初に話しかけたのは、かわいらしいメイドの詩穂だった。特に理由はなく、走っていった先で1番近くにいたのが詩穂だったのだ。持ち前の明るさですぐに打ち解けたリリィは、詩穂にパーティーの話を持ちかけた。ケーキをつくりたがっていた詩穂は、喜んで二つ返事でその話に乗った。詩穂はケーキづくりが好きな子が他にもいたことを思い出し、リリィのところにその子を連れてきた。それが最初にプチケーキを持っていたゆあだった。とその時、カフェテラスに翔が入ってきた。牙竜に電話で呼び出され、とりあえずカフェに行くように言われたのだった。翔と目が合った詩穂は声を上げ、ぴょんぴょん跳ねながら手招きをした。牙竜のパートナーであるリリィと幼馴染みの詩穂が仲良く話しているのを見て翔が始め驚いたのは言うまでもない。
 こうして詩穂やゆあ、リリィ、そして話を聞いた翔が水面下でパーティーの話をし、天岩戸作戦は順調に進んでいったのだった。

「どんなパーティーになるんだろうね」
 そう言ったのはリリィだったが、彼女だけじゃなく、その場の全員がこれから起こることを楽しみにしていた。そんな中、隆樹が呟いた。
「ところで、牙竜、おまえに言われたコレ、持ってきたんだが……」
 その手には色紙やハサミ、のりやペンがあった。
「飾りつけはしなくてもいいのか?」
「……あーっっ! 忘れてた!!」
 全員が声を揃えて飛び上がった。
「早く言えよ隆樹!」
 急ピッチで作業に取りかかる牙竜たちだった。

 数時間後、無事飾りつけを終えたメンバーはキッチンへ向かっていた。中の方から、甘くていい匂いがしてくる。
「んー、いいにおーい!」
 今にもよだれが出そうなリリィ。キッチンから詩穂とゆあが出てくる。
「おいしいケーキ、たっくさんつくったよ〜! ねー、ゆあちゃん」
「はい〜、きっとみんなに喜んでもらえると思います〜」
「飾りつけもどうにか終わったし、準備完了だな!」
 牙竜の声とほぼ同時に、チャイムが鳴る。翔と詩穂、リリィはカフェの入口で愛美を出迎えるためスタンバイし、真人と隆樹、ゆあはキッチン近くで食器や飲食物を用意している。翔子と桜は着替えを済ませていた。桜はアクションを取り入れたいということで動きやすいチャイナ服を、そして翔子はなぜかセーラー服を着ていた。牙竜がカフェテラスの真ん中に立ち、上を見上げると、放課後を告げる2度目のチャイムが鳴った。
「さぁ、パーティーの始まりだぜ!」