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【2019修学旅行】激突!! 奈良の大仏vsストーンゴーレム

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【2019修学旅行】激突!! 奈良の大仏vsストーンゴーレム

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【第二章 出発】

 六時二十分集合と校長に命じられた魔法合戦参加希望の生徒たちがどやどやと、旅館の前庭に集まった。ある者は目を輝かせて仲間と作戦を立てあい、ある者は不安げに唇をかみ締めている。ブルルル、と低い車のエンジン音が近づいてきて、前の道路に止まった。一台の観光バスである。
「あのバスで東大寺に向かうのかな」
 シェーラ・ノルグランド(しぇーら・のるぐらんど)は不安げな顔をして、アルステーデ・バイルシュミット(あるすてーで・ばいるしゅみっと)の長い金色の髪を垂らした背中に呼びかけた。
「きっとそうね。でも、折角の修学旅行なのに変な騒ぎ起こしたら、豪華料理どころかパラミタに強制送還されるんじゃないかな……。それに、寺社仏閣とかの文化財を破壊しようものなら、欧州と日本との外交問題にもなりかねないし、その所為で学校の名誉に傷が付いたら校長にとってもデメリットだよね」
「アルス、どうしよう」
 アルステーデは振り返り、きっぱりと決意に満ちた顔をシェーラに向けた。
「よしっ、みんなに校長を止めようって呼びかけよう」
「えっ」
「もし戦いに積極的な人だって、東洋魔法っていうよきライバルがいなくなったらさびしいって言ったら分かってくれるんじゃないかな」
「分かった! 同じ考えの人を探してみよう」
 二人は手分けして、周りの生徒たち、とりわけ迷ったような顔つきの人間を探して、自分たちの考えを話しはじめた。
 
 同じ時間、新宮 こころ(しんぐう・こころ)も同じように、校長の暴走を止めるため、旅館の女将を捕まえて懸命に交渉をしていた。
「みんな、とってもお腹がすいていたし、ごはんも楽しみにしていたんですっ。お願いです、せめておかずをもう一品! も一つおまけで、デザートも……!」
「でも……」
 きっちりと髪を結い上げた女将は弓に引いた眉を寄せ、困ったように手を頬に当てた。その瞬間、こころのお腹が応援するかのようにぐう、と情けない音を立てた。
「どうか、孫の頼みを聞いてやってくれんかのう」
 どうみても二十代なのに、年寄りじみた言葉づかいの細身の青年、アロイス・バルシュミーデ(あろいす・ばるしゅみーで)が、言葉を添える。
「わしのような老体でも、あの夕食の量では足りぬくらいじゃ。育ち盛りの子供たちが腹いっぱいになるはずはない」
 人のよさそうな女将はますます考え込んだ顔つきになってから、内緒ですよ、と声をひそめて言った。
「実は、あのお料理の内容は、校長先生のご指定なんです」
 女将の言うことには、これも生徒の精神を鍛えるための授業の一環である、という校長の主張に基づいて用意された食事なのだった。そして夕食分の浮いた金は、あとで褒美として用意した豪華な料理の分に回すのだと……。
「公私混同ではないか!」
 普段は穏やかなアロイスも、さすがに声を荒げる。だが、こころは「こーしこんどー?」と不思議そうに言って首を傾げた。
「こうなったらわしは、生徒たちのために握り飯を作るぞ。料理は不得意だが、米を丸めるくらいは出来るはずじゃ! やったことはないが! というわけで女将、せめて厨房を貸してもらえんじゃろうか」
 すると女将はほっとした顔つきになって頷き、
「同じことをおっしゃった方が既に厨房でお鍋を作ってらっしゃいます。決まりがありますので、厨房を貸したことはどうか内密に」
「ありがとう。よーし、じいちゃんは百円ショップに行って米を調達してくるから、こころは先に厨房へ行って、調理器具をチェックしておくれ」
「はいい!」
 こころは手を上げて元気よく返事すると、厨房へと向かった。

「さすが旅館のお鍋ねえ。とっても大きいわ」
 保健医の戸隠 梓(とがくし・あずさ)は、両腕が回りきれないほどの巨大な鍋を前に、トレードマークの長いブロンドをきりりと後ろでまとめ、白衣の袖をひじまでまくった。
「よおし、頑張っちゃおうかな。おいしいお鍋を作るわよ。お腹いっぱいになったら校長も思いとどまってくれるかもしれないものね」
 まぶしい笑顔を向けられ、キリエ・フェンリス(きりえ・ふぇんりす)は仕方なく笑みを返した。
(梓の料理……危険だ! 戦いとは別に死人が出るかもしれない…! だが、そんなこと口が裂けても言えない。とりあえず胃薬は用意しとこう)
 キリエの心配どおり、梓はペットボトルに入れた水をどばどばと巨大な鉄鍋に注ぎ込むと、火をつける前にいきなり肉や魚や野菜を放り込んだ。
「ええと、調味料は何を入れるのかしら? お醤油と味噌? うーん、とりあえず全部入れてみよう。あら、この赤いの何かしら? なんだかすっぱいにおいがするけれど。入れてみれば分かるわね」
 唇の前に人差し指を立て、小首を傾げる様がある意味凶悪だ。火をつけられた鍋はやがて茶色ににごった泡をごぽごぽと立て始め、あやしいにおいが立ち込めた。
(ある意味、すごい武器になるかもしれん……)
 キリエは青ざめながら、ふと、あることに気がついた。
「なあ梓、このでかい鍋、どうやって東大寺まで運ぶんだ?」
「もちろん、校長先生に頂いたゴーレムにデリバリーしてもらうわよ」
「ゴーレム……。もう、受け取ったのか?」
 ぷるぷるとかぶりをふる梓。
「現場に行ってから配布されるんじゃないのか? 広間で見たみたいなどでかいものが五十体も東大寺まで行進したら、それこそ恐ろしい騒ぎだろ」
「あっ!」
 キリエは頭を抱えた。
「先生、戸隠先生っ」
 その時、厨房の入り口から髪の短い、かわいらしい少女が飛び込んできた。
「あら、新宮こころさん。もしかして、おなかが空いたのかな? 今先生が……」
「違うんですっ、あの。ボクもみんなにお弁当を持っていこうと思っていて。おじーちゃんが今、お米を買いに行ったんです。そうしたら戦うのをやめてくれるんじゃないかと思って」
「まあ、奇遇ね! じゃあ、一緒においしいごはんを作ってみんなに配りましょう!」
「はい! 先生、とってもおいしそうなにおいがします!」
「ありがとう、お鍋を作っているのよ。あとで味見してね」
「やったー!」
 毒見の間違いじゃないのか、とキリエは思いつつ、この際我々が東大寺にたどり着かないほうが平和かもしれない、と大きなため息をついた。

 一方、校長を止めるための同志を募っていたアルステーデとシェーラは、校長を阻止しようという仲間を探していた。だが、同じ意見の者は多かったものの、現場まで赴いて身体を張り仏像を守る、という者ばかりだった。
 エリザベート校長は言葉で止められるタイプではない、というのだ。
 確かに……。二人はため息をつく。
 それでもあきらめずに声を掛けた、ショートカットの機晶姫、メリエル・ウェインレイド(めりえる・うぇいんれいど)は、茶色の大きな瞳を細めてこう答えた。
「あたしはね、正直エリザベートちゃんたちと一緒に行って豪華料理をゲットしたいんだよ。だってあんなちょっとのご飯じゃ全然お腹一杯にならないよう。んだけどさ、マスターのエリオットくんはどうしてもエリザベートちゃんを止めるって言って、部屋に押しかけたみたいだよ」
「え、直接?」
 さすがの二人も驚き、顔を見合わせる。
「エリオットくんも言い出すと引かないタイプだからさ。精進料理も日本の文化だと思えば腹も立たないって。でも、昼間街を通ったときは、おいしそうな店沢山あったよねえ」
「だから私は、とにかく食料を調達してみんなをなだめるのがいいと思うの」
 温和な表情の、いかにも家事が得意そうな剣の花嫁、クローディア・アンダーソン(くろーでぃあ・あんだーそん)が続ける。
「クローディアちゃん、料理得意だもんね」
「エリオットいわく、『飢えた人間というものは、大抵は冷静さを欠き、高確率で暴動を起こす』ということだそうだから、豪華料理とまでは行かないが、みんなに何かお腹にたまるようなものでも振舞えたらいいな。思いとどまってくれたら、私腕をふるっておいしいもの沢山作るつもり!」
 クローディアがまかせろ、というような感じで自分の胸をどんと叩いたと同時に、周りに集まっていた参加志望の生徒たちが一斉にざわめきはじめた。
 四人はつられるように、ざわめきの中心に視線を向ける。人垣が割れて、その間を誰かが歩いてくるのが見えた。
「あ、校長が来たわ」アルステーデのつぶやきに重ねて、メリエルがあわてたように叫んだ。「後ろから歩いてくるの、エリオットくんじゃない!」

 エリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)はイルミンスール魔法学校校長エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)の部屋を直接訪れ、ドアの外から説得をはじめたもののまるっきり無視された。しかしあきらめず、校長がアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)をともなって部屋を出、玄関に向かってまっすぐ廊下を歩いている間もずっと後ろをついていき、自分の考えを話して思いとどまってくれるよう頼んだのだ。
「仏像を破壊してしまったら、最終的には日本とパラミタ、果てはヨーロッパを巻き込んだ外交問題に発展しかねないのですよ! 一ヨーロッパ人として、そしてこの学園の生徒として、そんな悲しい事態に陥るのを黙ってみているわけにはいきません。どうか後々のことも考えて思いとどまって下さい、エリザベート校長!」
 するとそれまで人形のように無反応だった校長が立ち止まり、半分つぶったような赤い瞳をちらりとエリオットに向けて、言った。
「あなたは何をしに修学旅行にきたのですかぁ?」
「それはもちろん、こうして別世界の社会を見学し、自分の見聞を広めるためです」
「そう、それも大切ですねぇ。しかしそれだけならぁ、こうして沢山の仲間とわざわざ一緒に行動する必要もないでしょうねぇ。ひとりで、あるいは仲のよい数人でぇ、好きなところに好きなお勉強に行くほうが効率的ですしぃ、有意義なのではぁ?」
「それはそうですが、団体行動を通して学ぶことも沢山あります。仲間たちと力を合わせて困難を乗り越えたり……」
 そう答えてから、エリオットは校長に答えを誘導されたことに気づいた。
「面白いことを教えましょうぅ。この日本では昔、大人への通過儀礼として子供たちに霊山登拝や巡礼など、遠方にある社寺参詣をさせた地域があったそうですぅ。現在に比べて交通の便も発達していない時代に、数人の若者だけで何日もかけて見知らぬ世界を歩き回るのからぁ、困難も多かったでしょうねぇ。しかも導いてくれる大人は誰もいなかったのですからぁ。そうして苦労して旅を続け、生まれた村に帰るころには随分色んなことを学んだ強い子になっていたんじゃないでしょうかぁ? そしてその通過儀礼は、この日本における修学旅行のルーツの一つとしてあげられるそうですぅ。さて。あなたもよく知っているでしょうぅが、私は効率という言葉が嫌いですぅ」
「えっ」
「あなたの行動は効率が悪いですぅ。だから、結構好きですねぇ?」
 にやあり、と笑うと、校長は振り向きもせず歩き出した。
 ぼんやりと立ち尽くしているエリオットの腿を足元にいたアーデルハイトが軽く叩き、
「分かってるじゃろうが、あれは拳を出す前に思いとどまったり出来るタイプではないぞ」
「分かっています、しかし」
「そう、お前と同じじゃな。まあ、任せておけ。こんな事もあろうかと、密かに超秘術の準備を進めておったのじゃ」
 そういうとアーデルハイトは帽子のつばを引き上げてばちんとウインクをして見せ、
「祭りは一晩中続くぞ。お前なりに何かやってみろ。時間はまだ、沢山ある」
そう言うと背を向け、先に行くエリザベートのところへ走っていった。

 エリザベートは旅館の中庭に集まった生徒の中心へ進み出ると、こほんと咳払いをひとつして、
「お待たせしましたぁ。出発しますのでぇ、参加希望者はおしゃべりせずに一列に並んで素早くバスに乗りなさいぃ。詳しいことは現場で指示しますぅ」
 それだけ言って、さっさと一番にバスに乗り込んでしまった。生徒たちは顔を見合わせざわついたが、言われた通り列を作って整然とバスに乗り込んでいく。

「エリオットくん!」
駆け寄ってきたメリエルにエリオットは力ない微笑みを見せ、「どうやら説得だけでは戦闘は避けられないらしい。他の方法を考えなくちゃいけないみたいだ」と言った。
アルステーデとシェーラは顔を見合わせると頷きあい、
「とにかく私たちは現場まで行ってみんなの説得を続けることにするわ。みんなは?」
「私はさっき言ったとおりみんなにお夜食を作るわよ」
クローディアがいうと、エリオットは考え込み、
「それは結構名案かもしれないな。なんだかんだ言って食べ物があったら戦うのをやめる連中もいるかもしれない。よし、旅館の厨房が借りられないか聞いてみる」
「了解。じゃあ、私たちは先に向かうわね」
 アルステーデとシェーラはバスに向かって走っていった。
「じゃああたしたちはごはんを作ってあとで合流、でいいのかな。あれ、そういえばアロンソは?」
 メリエルの問いに、エリオットは驚いて眼鏡がずれるくらい飛び上がり、
「しまった! 忘れていた!」

 その時、バスの止まっている表通りで大きな叫び声が上がった。
「ここから先へは、通すわけにはいかん。落ち着かれよ!!!!」
 ぼさぼさ頭の巨漢、アロンソ・キハーナ(あろんそ・きはーな)である。彼はエリオットに命じられ、バスが出発できないよう道路の真ん中に立ちはだかり、両手を広げているのであった。
「落ち着くべきはあなたですぅ。車道に飛び出してきちゃ危ないぃ! 悪い子にはおしおきですぅ!!」
 窓から顔を出した校長は、空中から取り出した自分の髪の毛そっくりの青い縄でアロンソをぐるぐる巻きにすると、旅館の中庭へ放り出した。エリオットたちはあわてて、アロンソの元に駆け寄る。
 バスが遠ざかっていく音が聞こえる。
「む、無念……」
「す、すまん……!」
 縄を解いたエリオットはアロンソの大きな身体をしっかりと抱きしめた。
 メリエルはそれをみて「やだっ、お花が飛んでる」と叫び、思わず両手で顔を覆った。