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第20章 後半――「蒼空サッカー」とは?

《さて、蒼空杯サッカー大会もいよいよ後半戦です。
 実況は先ほどの実木氏から替わりまして、私、ミヒャエル・ゲルデラー博士が勤めさせていただきます》
《あー、どうも。サブやる事になりました日下部社いいます。よろしゅうたのんますわ》
《日下部さん、前半の展開は凄かったですね。観客席からご覧になっていて、如何でしたか?》
《いかがも何も、こう……まぁ、人外っつーか、サッカーのガワ被った能力バトル、スキルバトルっちゅう感じですわなぁ》
《同感です。スキル、経験、能力、知力。まさしく全力を尽くしての激突でした。両チームの得点がラスト数分に集中していたというのが、それまでの激しい攻防を物語っています》
《白の失点は痛かったですなぁ。あれは完璧に油断でしたわ》
《それまでのプレーの緊張が、つい緩んでしまったんでしょうね》
《しかし、同じヘマももうしませんやろ。これで白はますます慎重になりますねんから、紅は苦労しまっせ》
《紅の方も、前半で白のやり方が大分見えてきましたから、一筋縄ではいかないでしょうね。何より、それまで鉄壁を誇っていた1番・赤羽選手から点数をもぎ取った。これは大きい》
《どうすれば点が取れるか徹底的に分析したでしょうな。無論、白側もその対抗策を練りこんでますやろ》
《同じ事は紅にも言えます。
 いずれにせよ、前半で互いの戦法戦術はよく分かった。その上での後半戦45分、どのような戦いになるのでしょう。
 さぁ、再び両チームフィールドに入ります。陣地を交換して、前半同紅はパンダボールのキックオフ、白はパンダボールのキックオフで……おや、白チーム、フィールドプレイヤーがほとんどパンダボール周りに集合しています》
《なるほど、白チームも賭けに出ましたなぁ》
《対する紅は……前半よりも、FWに立っている人員が増えていますね。前線に参加するのは14番クレアに15番本郷、さらに9番スカサハが加わります。果たして、どういう戦術を取ってくるのでしょう?》
《前半終盤同様、ゴールまでは無人の広野と化してますわ。ただ、白ゴールはゴール前にボールを持って行ってからが勝負ですからなぁ》
《守備は完全にキーパーに一任、紅はこの奇策を切り崩せるか。
 そしてついに、後半開始の笛が鳴りました》
《紅はFWと数人のMFが問答無用でゴール前まで突っ込んどります》
《対する白は、終結したプレイヤーがパンダーボール周りに集合! 凄まじい速さでパスを回しつつ、紅陣地に進撃していきます》
《おお、白の隊形の中に紅が飛び込んでいきよりました》
《飛び込んだのは紅10番如月正悟。めまぐるしい白のパスワークですが、ボールの軌道に氷塊を置いて流れを寸断。そのフォローに入るのは白14番水無月良華、っと、そのボールが突如横に転がった》
《誰かが光学迷彩を使いましたんやろ》
《が、白6番ミューレリア、15番葛葉翔がこれを確保。これを2番安芸宮和輝に繋ぎます》
《こうしてみると、白はえっらいトロくさい進撃ですな。前半でもそうでしたけど、シュート撃てるようになるまでにほとんど時間使いきりそうですなぁ》
《一方紅は、既にゴール前まで肉迫。リーダーにして前半でも切込みのトップとなったマイト・オーバーウェルムがペナルティエリア前からまずはシュート……何っ!?》
《ボールが増えた、分身魔球……それじゃ野球やんか!》
《いや、野球でもボールは増えないと思います》

 マイト・オーバーウェルムの蹴り出したシュートが、その足元で突然数個に分裂した瞬間、赤羽未央は驚きはしても動揺はしなかった。
 すかさずポケット内の「黒壇の砂時計」をひっくり返し、時の流れを変える。
(――なるほど。幻像を空間に映し出しているのね)
 眼を凝らせば、たったひとつが本当のカレーボールで、それ以外は幻であるのが判別できる。
 赤羽未央はすかさず飛び出し、打たれたシュートをキャッチ、「黒壇の砂時計」を戻す。
 さすがは紅。そう思う。
 ボール一個のシュートなら、絶対止められる自信があった。
 だが、2個以上となると、話は別だ。
 幻像を映し出している紅プレイヤーが誰なのかは分からないが、何度もこの戦術を繰り返すうちに映すボールのリアリティは高くなり、他にも色々と手の込んだ幻像を自分に見せてくるだろう。
 神経戦を仕掛けてきた、と悟った。こっちの精神をすり減らし、判断ミスを狙っている。
(負けない)
 そう決意し、彼女は手元のカレーボールを前線に叩き出す。
 アーチを描いたボールは、紅の機晶姫プレイヤーが跳躍してカット、再びボールはFWに渡る。今度は椎名真がシュート態勢に入った。
(負けない)
 再び彼女は自分に言い聞かせ、迎撃態勢に入った。

 試合の緊張と、ひょっとしたら熱狂。
 その頭の片隅で冷めた部分が悲鳴を上げている。
(これは、自分の知っているサッカーと違う!)
 スキル使用あり、という事で色々とヘンなサッカーになる事は察しが付いていた。
 が、自分の予想を遙かに超えた常軌の逸し方を、何と言えば良いのだろう?
「14番! 紅16番のマーク!」
「は、はいっ!」
 水無月良華に、白の15番からまた指示が飛ぶ。
 言われた水無月良華は、すかさず紅の16番のマークに走る。
 直後、競り合いの中、こぼれたパンダボールが紅の16番に転がった。が、そのパンダボールは炎を帯びており、転がった土の上に焦げ跡を作っていた。
 臆せず取りに行く紅の16番。が、水無月良華の方が一瞬早かった。
「14番! こっちに回せ!」
 フォローに来ていた白の22番(この人は確か、飛び入りさんだ)が叫ぶ。ダイレクトでそちらに蹴り出す。キープなんてできるわけがない。
 蹴った瞬間、脚に激痛。言うまでもなく火傷。同時に白の9番が翼を広げて飛んできて、「ヒール」をかけてくれた。
 しかし、転がるパンダボールは簡単には22番には届かない。軌道上に氷塊が発生して、その進路を阻む。が、その氷塊に突然炎が灯り、瞬時に蒸発させていく。味方の誰かが火術を使ったらしい。
 ――飛び交うスキルのかたちは、必殺シュートや爆発的なダッシュだけではない。パスでやりとりされるボールにさえ、二重三重のスキルが付加される。前半ではフィールドに「畏怖」のオーラが放射されて脚が竦み、シュートには重力干渉さえされた。後半に至っては、幻術シュートが登場しており、キーパーがその幻を看破しなければならなくなっている。
(サッカーじゃない)
 水無月良華の冷めた部分のタガが緩み始めた。
(こんなのサッカーじゃない!)
 わずかな理性と冷静さで築かれていた堤防が、溢れ出る何かを堰き止め切れなくなる――
 ぽん、と肩を叩かれた。
「大丈夫!?」
 そちらの方に振り向くと、誰もいない――いや、気配はする。声には聞き覚えがあるから、多分光学迷彩を使っている味方だろう。
「しっかりするんじゃ。冷静さを失ったらつけこまれるぞ!」
 また違う声がする。気配はあるけど、姿は見えない。
 光学迷彩でのステルスプレー――そうだ、これも、飛び交うスキルのひとつ。
 いったいこのフィールドで、何人のプレイヤーが姿を消しているんだろう?
「ねぇ、私達がやってるのって、本当にサッカーなんですか?」
 水無月良華の問いに、片方の気配が「そのつもりだぜ?」と答えた。
「私は、姿は消していても、ちゃんと手や腕以外でボールを扱っている」
「わても、そういうズルはしてはいないつもりじゃ――やった所で、すぐバレるじゃろうしな」
「そうじゃなくて、こんな、こんな……」
「相手は強いよ。こっちもスキル使っていかないと太刀打ちできない」
「幸い、こちらにはサッカー経験者が揃っている。彼らの言う通り、まともな『サッカー』をしていかないと、到底かなうまい」
「……まともな『サッカー』? 笑わせるな」
 また声がした。やはり姿は見えない。今度は聞いた事がない声だ。
(まさか、紅の人!?)
「自分から言わせれば、お前達がやっている『サッカー』も十分常軌を逸しているぞ」
「……プレイ中にしびれ粉バラまく人に言われたくない!」
「十分な鍛錬を積んでいれば、自分如きの拙い技など跳ね返せていただろう」
「そっちのパートナーが、うちのゴール前で随分好き勝手しているようじゃな! 幻術でボールを増やして幻惑させるその所業! あれもお前の差し金じゃろう、鬼崎朔!」
「スカサハのメモリプロジェクターの事か? 武器でも防具でもない、ただの装備だ。フィールドに持ち込んで何が悪い?」
 ああ言えばこう言う。まったく悪びれた様子がない。
「こちらは勝つ為に最大限の努力を払っているだけだ。お前達白チームは強敵だからな、こうでもしないと勝てる気がしない」
 何だその褒め殺しは――白チームの三人は同時に思った。
「こちらからも言わせて貰うぞ、お前達の繰り出すコンビシュートは一体何だ? 少なくともうちのFWが繰り出すシュートは、ブロッカーやキーパーの体を吹き飛ばして余りあるようなものではない。シュートでドラゴンでも打ち落とす気か?」
 ふん、と紅の気配は鼻で笑った。
「自分から言わせれば、チーム編成の時点で、紅は白に大きく引き離されていたぞ。何せ、サッカーの試合で、サッカー経験者の選手全員がそちらの方に入った。しかも彼ら自身も、ためらうことなくスキルを駆使してくる。
 サッカー素人に対して、大人気ないとは思わないか?」
「……そんなの屁理屈でしょう!?」
「だが現に、お前達が言う強い紅が束になって掛かっていっても、パンダボールの主導権は一度も奪えん。こちらとしても必死になるしか方法はない。お前たちこそ、もともと普通のサッカーなぞやる気はなかったのではないか? 文句を言うなど筋違いもいい所だ。
 それでも文句を言いたければそこで好きなだけ吼えていろ。イヤになったらフィールドから出て行け。戦力が減ってくれた方が、こちらとしても都合がいい。
 もっとも――」
 何故か、紅の気配がニヤリと笑った気がした。
「今さらお前達が、そんな事で心が折れる者達とも思えん。そんな奴等なら、前半に受けた畏怖で、試合そのものから逃げていただろうしな。
 まったく、実に手強い相手だ。恐ろしくてかなわん」
 紅の気配がいなくなった。再びパンダボールを奪いに向かったのだろう。水無月良華の隣にいたふたりも、その後を追って走り出した。
 水無月良華だけが取り残され――不意に、悟った。
 スキルが飛び交うこの試合。
 白は、サッカーの中でスキルを使おうとしている。
 紅は、スキルを使ってサッカーをやっている。
 両方とも、サッカーという枠の中で、自分の持つ全ての力を吐き出して戦っている。
(そうか――そうなんだ――)
 全力で、サッカーすること。
 それが、蒼空サッカーなんだ。
 ならば、自分も全力を出すだけだ。
 水無月良華は、ボールの競り合いの中に飛び込んだ。
 また味方の15番から指示が飛ぶ。その試合勘やセンスは本当に凄い。