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吸血通り魔と絵画

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吸血通り魔と絵画

リアクション

2.

 どうして女の子の血、それも30人という妙に具体的な数字なのか。暴走するヤチェルとソールの後を追いながら、翔は考えていた。
 モモが吸血鬼であることは話に聞いている。吸血鬼が血を欲するのは、やはり食事としての吸血に飢えているからだろうか。だとしたら、30人なんて多すぎる。――まさか、かなりの大食漢なのか?
「やっちー!」
 聞いたことのある声がして、ヤチェルが立ち止まった。近づいてくる足音、その方向には羽入勇(はにゅう・いさみ)ラルフ・アンガー(らるふ・あんがー)がいた。
「これ、新作のショートカット写真集だよん」
 と、勇はヤチェルへ一冊の本を手渡す。『夏服☆ショートカット美少女図鑑 蒼学編』と書かれたそれを見て、ヤチェルの心が揺れる。
「ありがとうっ! 大好き、勇ちゃん!」
 そう言って勇へ抱きつこうとして、はっとする。今はそれどころじゃないのだ。
「あのね、今、女の子の血を集めてるの。30人分」
「30人も? 大変だね、それならボクも協力するよ」
 と、勇は言った。しかしラルフは反対する。
「血なんて集めて、どうするんですか?」
「どうって、えっと……モモちゃんの為よ!」
「何に使われるか分からないのに血を提供するなんて、パートナーとして見過ごすわけにはいきません」
 と、勇をかばう。
「大丈夫よ、悪いことには使わないから」
 根拠もないのににっこり笑うヤチェル。
「そうだよ、ラルフ。モモちゃんって確か、吸血鬼なんでしょ? お腹が空いてるのかもしれないよ」
「そんな馬鹿な。貴女は自分の自己満足で周りに迷惑をかけたいのですか?」
「そういうわけじゃ、ないけど……」
 二人の意見がかみ合わないのを見て、ヤチェルは言った。
「後でまた連絡するね!」
 と、再び校内を走り始める。

 加夜の淹れてくれたお茶を飲みながら、豊実との会話を楽しんでいると、またチャイムが鳴った。
 本日四人目となるお客様は五人目となる客まで連れていた。
「協力者を探してるって聞いてきました、東雲秋日子(しののめ・あきひこ)です」
要・ハーヴェンス(かなめ・はーべんす)です」
 またもや絵の協力を申し出る人たちが来た。だが、嫌な予感しかしないのは何故だろう?
 掠香は慣れた様子で二人を中へ入れた。すでに客がいるのに今更拒む理由もない。
「絵の具が揃わないんだって? でも絵の具って、赤、青、黄、白があれば大抵の色って作れるんじゃないの?」
 と、秋日子。要はアトリエそのものに心を奪われ、感心している様子だ。
「確かにそうだけど、今回はちょっと考えがあってね」
 そしてテーブルの上に、これまで掠香が描いてきた作品の写真を見つけると、秋日子は言った。
「あ、掠香さんの作品って初めて見たけど、意外と普通だね」
「え?」
 驚いたのは加夜だった。自分の好きな作家を普通と評され、複雑な気持ちに囚われる。
「何だろう、迫力がないっていうか……何かが、足りない?」
 と、作品を見つめる秋日子。要は「え、すごく上手だと思うけど……」と、隣で呟いている。
「でも、新作は闇龍でしょ? やっぱり迫力に欠けるんだよ、掠香さんの絵って」
 どうやら嫌な予感は当たっていたらしい。加夜が「そんなことありません! 十分です、十分素敵です!」と、半ばむきになって擁護する。
「そうだ! 要、掠香さんにお手本見せてあげて!」
「えっ?」
 嫌そうな顔をする要に構わず、秋日子はその辺にあったペンと紙を手渡した。
「だって要の絵の方がすごいもん。ほら、いつもみたいに描いちゃってよ」
 と、秋日子。
「……分かりました」
 要はそう言ってペンを握った。

 数分後、出来あがった絵を一同へ見せる要。
「……うわ」
 と、最初に顔を背けたのは久だった。予想外の出来にびっくりしたらしい。
「こ、これ、誰ですか?」
「えっと、貴女です」
 と、加夜と目を合わせる要。
「……私、ですか?」
 豊実がやっちゃった、というような顔をして二人の様子を見ている。さすがにこれは、彼女には見えない。
 しかし、掠香は感心していた。
「すごいな、これ。キミ、どこで習ったんだ?」
「え、特には」
「じゃあ独学か! 天才だよ、キミ!」
 先ほどまでとは違い、掠香は要を高く評価していた。じっくりと観察しては、その絵から何かを学び取ろうとしている。確かに要の絵には迫力があり、見る者へ訴えかける何かがある。
「でしょ?」
 と、何故か得意げな秋日子。だが久と加夜にはとてつもない打撃を与えていた。
「私、こんなに怖い顔してませんよね?」
 改めてその絵を見て自信を喪失した加夜が、久へ問う。
「ああ、あれは悪魔だ。おまえとは、似ても似つかないから安心しろ」
 と、久は言った。
 絵から顔を上げた掠香は言う。
「一つ、言わせてもらうとしたら……これは一般に受けるものじゃないな」
 要はショックを受けた様子もなく、納得したように頷いた。
「そうですか」
「うん。どんなに素晴らしい絵でも、より多くの人に認められなければ、芸術とは言えないからね」