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第七章 闇鍋の怪談 〜吸引力ともったいないお化け〜

「――これが闇鍋」
 どこか鎮痛いや、真剣な眼差しを鍋に注ぐのはエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)だ。
 赤いような黄色ような乳白色のような水面とそこからのぞく色とりどりの食材がエヴァルトの心を鷲掴んで放さない。
「どうしたのだろう、俺は。食べなければいけない、という脅迫観念に襲われている……」
 まるで人が地球の重力に引かれるように、鍋に箸を伸ばす。
 掴んだのは――リリィが大量投入した魚介類とクロセルが突っ込んだホヤである。
「……食わねば……さもなければ俺は……ッ!」
 叫ぶなりエヴァルトは魚介類を頬張った。 
 ちなみに食べないとどこからともなく削岩機が押し付けられたりするので、危険と言えば危険である。 
「煮魚、焼き魚以外ならまったく問題ない。少し苦手とは言え食えなくはないがな」
 もしゃもしゃと食べ終えると、またすぐに箸を突っ込む。
 その脳裏に、ただなのだから食費が浮くという思いがあったかどうかは誰にもわからない。
 だが、何か――闇鍋の魔力に取り付かれたようにエヴァルトはひたすらに食べ続けた。

「では本日の成果ということで、俺も味見させていただきましょう」
 と、クロセルはお玉と菜箸を箸とお椀に持ち替えて、鍋に手を伸ばす。
「――美味しいです」
 掴んだものは程好く煮えて味の染み込んだ野菜たちだ。
 煮え残しがないか目を光らせていただけあって、どれも火の通りは三つ星だ。 
 だが、何か不満があるのかクロセルは肩を落とした。
「美味しいのですが、状況的にはオイシクないです」
 外れも引いた人からすれば贅沢な不満である。
「じゃ、俺様もいただくぜ!」
 鍋の様子を見ていた依子も頃合を見計らって箸を取った。
 まずは汁を一口。口の中に具材から出た様々の出汁のハーモニーが広がる。思ったより甘い気もするが悪くはない。
「こまめに味見した甲斐があるってもんだぜ!」
 続いて、掴んだものを豪快に口に放り込むと顔を顰めた。
 広がる味は煮えてなんだかよくわからないがやたらと甘く、ふにゃっとした食感がなんとも言えない。 
「うん……いや、これはちょっと……珍しいな」  
 その隣では、依子と同じものを口にした透乃が唸っていた。
「単品なら美味しいはずなのに、まずい! やっぱりお菓子は繊細なんだね……」
 お椀の中にはどろどろにとけた求肥とチョコレートだったものがある。
「でも――流石、闇鍋。スリルがあるよ」
 チョコ大福だったものを流し込んで、陽子は口元を拭う。
 その隣では陽子が顔面蒼白にして、霜降り肉を咀嚼していた。
「ぅぅ……体が受け付けない……で、でも、飲み込まないと……」
「ちょ、よ、陽子ちゃん! しっかりして。私、お水もらってくるから!」
「ぅぅ……あ、ありがとう……陽子ちゃん」
 明らかに鍋の具材としておかしいものに当たって苦しむものもいれば、物自体は悪くはないが嗜好の問題で苦しむ者もいた。
「はい、お水どうぞ」
 駆け出そうとした透乃の前に月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)はペットボトルを差し出した。
「あ。ありがと」
「これも銀河パトロールのお仕事ですから★ クリアーエーテル」
 笑顔でその場を後にするとあゆみは自分の席へと戻る。
 そこでパートナーのミディア・ミル(みでぃあ・みる)がいつものように猫の姿で待っていた。
「あゆみー。お帰りにゃー」
「ただいま。そっちの様子はどう?ミディー」
「んーとね。あゆみの春菊が嫌いな子とかズッキーニ嫌いな子とかお魚嫌いな子いたよ」
 二人は勿論この闇鍋に参加するために来ていたのだが、参加者が多いため何か問題があってはならないと
自主的にパトロールを行っていたのだ。
 ミディアの言葉に眼鏡を持ち上げるとあゆみはウィンクをしてみせた。
「食べ物を粗末にするのはよくないわね。ミディー、もったいないお化け大作戦よ」
「アイ愛サー」
 ちなみに『もったいお化け大作戦』とはあゆみがサイコキネシスで無駄にされた食材を操り、ミディアが呪いの言葉を吐くというものである。 

 数分後。
 会場では奇妙な出来事が多発した。 
 残したり、こそっり捨てたはずの食材が動いて、皿に戻っただの。
 呪うような声がしただの。
 突然その場に現れた美少女が「触手は魔法少女の敵です!」と叫びながら魚介類と戦いだしただの。
 真偽の程は定かではないが、この騒ぎ以降、好き嫌いを言う者の数は激変したとかしないとか。
  
 その怪事の黒幕――あゆみとミディアが仲良く鍋を突付きに戻ってくると辺りはお化けの遭遇譚で持ちきりだった。
「ホントだって。ホントにこう、春菊が宙に浮いてさ」
「そうそう。俺も見たぜ。なんか変なの浮いた時はなんか、可愛い眼鏡ッ娘がきてさー」
「あ、あれは良かったよなー」
「あれて神社のアトラクションじゃね?」
 この魔女っ子とは詩穂で、あゆみが操った殻付きのホヤを触手と勘違いして乱入してきたのだ。
 今回の作戦のイレギュラーである。 
「でもさ、なんか変な声したよな。なんだっけな?」
「えぇと。もったいないーもったいないー。わざと食べ物を粗末にするおろかものよ。
お前には生涯、塩と砂糖を間違える呪いをかけた……とかなんとか」
「えぇ?! じゃあ、お前ずっと、コーヒーに塩いれんの?」
「嫌だから、残したやつ食ったよ。無駄にしかけた食べものをみなたいらげろとか言われたからよ」
「……それってもったいないお化けってやつ?」
「かもな。そういや、最後になんか妙なこと言ってたな…えーとノシャ……?」
 横を通り過ぎるその一団に気付かれないないようにミディアは囁く。
「こわかろーこわかろー。食べ物を無駄にせずと誓うのにゃ☆ ノシャブケミング」
 突然の声に顔を見合すと、その一団は一目散に逃げ出した。
「……やり過ぎたかにゃ?」
「いいお灸よ。さあ、運試しよ、ミディー。レンズよ。あゆみを守りたまえ! クリアエーテル」
「アイ愛サー」
 同時に箸を入れて、そのままの勢いで口に運ぶ。
「うおーおいしいー。魚だけにね」
 味の染み込んだ鱈を飲み込むと駄洒落を口にしながら笑顔を見せた。
 対するミディアは口を押さえて、今にも泣き出しそうな顔をしている。
「み、ミディー?
「ぎゃー。きのこ嫌い〜」
 とは言え、食べ物を粗末したら先ほどの不届きものと同じになってしまう。
 ミディアは泣きながら、きのこを飲み込んだ。
「あゆみー」
「偉い。偉いよ。ミディー」
 言いながらあゆみはパートナーの頭を撫でてやるのだった。

「煮えたようだな。どれ」
 思った以上に手際よく調理が進んだので、手出しを控えていたブルーズは鍋が煮えたのを見てとると箸を持ち上げた。
「――少し待ってくれないか」
「どうした?」
 横合から伸びた天音の手がブルーズを制する。
 唇に指を当てて声を制すると天音はじっと鍋を見つめた。
 その真剣な表情から何をしているのか理解したブルーズは眉を寄せる。
「――【トレジャーセンス】、か。そんなことをしては今回の催しの理念に外れるぞ」
「おまじないみたいなものだよ。僕には天の采配を覆すような力はない」
「……どうだか。で、どの辺りに目星をつけたのだ」
「おや。理念に外れるのじゃなかったのかい?」
「――うるさい。我とお前はパートナー、言わば一心同体だ」
 否定しつつも、乗ってくれるブルーズに天音は囁く。
「右の辺り、かな」
「心得た」
 二人が掴んだのは好物のじゃがいもだ。
「中はホクホクだ」
「これも美味しいね」
 気付けば味覚も似ている天音とブルーズは鍋を楽しむのだった。