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春を知らせる鐘の音

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春を知らせる鐘の音

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 エリアごとにチャペルの雰囲気が異なるからか、それぞれに展示されるドレスも様々。中国ではどちらかと言えば派手な披露宴のみ行うことが多いからか、他のエリアと比べると民族衣装をモチーフにしたり豪快なデザインのものが多い。始めこそ榊 朝斗(さかき・あさと)に連れられ笑顔で見て回ったルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)も、行く先々で見かける幸せそうなカップルを横目に自分を言い聞かせ表情が硬くなってしまった。
「ルシェン、もしかしてつまらない……?」
 いつも出かけるときは彼女に誘われてばかりだった。以前行われたお祭りのことは噂程度にしか聞いてないけれど、ルシェンにも楽しんでもらえそうで今回は自分から誘ってみたのに、彼女は浮かない顔をしている。
「そんなことありませんよ。……やはりこういうことには憧れていましたし」
 憧れと口にするわりに、悲しそうに笑う。彼女の苦しみの理由がわからなくて、展示室の片隅に置かれたパンフレットを手に取った。
「あ、ここにルペルカリア祭のことが少し書いてあるよ。このエリアは……地球人と吸血鬼の結婚式だったんだね」
「えっ……?」
 種族の違いに、まして封印までされて普通の人のように過ごして来なかった自分に負い目を感じていたルシェンは耳を疑った。自分は朝斗を必要としている。朝斗だってその思いに答えてくれる。けれど、人ならざる者である自分が、本当に受け取って良いのかと考えると……幸せになる資格などないと拒絶してしまう。
 気の強そうな女の子と、キザなポーズを決める吸血鬼。その2人がどうなったかは知らないが、今もこのエリアの顔としてパンフレットなどで寄りそう姿が見られる。
 叶うなら、人と同じように過ごしたい。好きな人と共に歩き、綺麗なドレスを着て。幸せな結婚だってしてみたい。
 だけどそれは、人間じゃなくなってしまったときに捨てたはずの思いだ。
「僕はルシェンのウェディングドレス姿、見て見たいな。こんなに綺麗なんだから、絶対似合うよ」
「でも朝斗、私は――」
「僕なんて、自分自身のことですらわからないことだらけでさ、ルシェンには心配も迷惑もかけてしまうと思うけど……一緒にいれて楽しいし、これからも色んなものを見て回りたいんだ」
 これが我が儘なことは自覚している。だけど、言わずにはいられなかった。誰だって不安を抱えているということ、それでも変わらぬ気持ちがあるということ。大切だと思った相手となら、分かち合えるはずだって。
「……それで、良いのですか?」
「こんな僕じゃダメかな」
 笑って見せる朝斗につられるように、ルシェンも涙ぐみながら笑おうとする。無理に悩みは聞き出さず、いつも通り振る舞うから、今だけはその優しさに甘えていたいと思ってしまう。「心が落ち着いたならちゃんと話そう」そう胸に誓ったルシェンの横顔は、ドレスを見ても曇ることが無かった。
 相手が大好きだからこそ、悩んでしまう。それは種族であったり互いの出自や生活環境であったりと要因は様々。それでも芦原 郁乃(あはら・いくの)は気にしないように振る舞っていた。
 水が豊かなヴァイシャリーをモデルとしたエリアでは、チャペルの中も噴水が日の光を浴びて輝いている。ステンドグラスの光が祭壇へと差し込み、盛大な水音のおかげもあって2人だけでこの場にいるような気分になり、つい弱音を吐き出してしまう。
「みんなに祝福されて、大大だぁ〜いすきな桃花と結婚式。いつかそんな日が来るといいなぁ……」
 女の子同士の自分たちが式を挙げられないことはわかっている。それでもやっぱり女の子としての憧れはあって、秋月 桃花(あきづき・とうか)と共にこの場所へ並んでウエディングドレスを着て立ってみたいと思ってしまう。
「ふふっ、郁乃様……きっとその夢は叶いますよ。郁乃様が、どなたの申し込みも受けなければ、ですが」
「そんなことないよ! だって、どこを見たって幸せそうなポスターばっかりで」
「よくご覧になってください」
 眉を顰めて、通路に飾られたポスターへと向かう。ガーデンウエディングだったのか、ゴンドラから水に浮かぶ神殿へ降り立つ2人は仲の良い――女の子同士だった。
「ええっ!? このタキシードの……なんで?」
「理由までは存じませんが、桃花たちのような方は他にもいらっしゃる。そして、幸せを掴まれたのは確かのようですね」
 地球では一部の地域が認めていないどころか、重度な刑罰を受けることもあるという同性婚。けれど、このパラミタの地でなら夢は叶えられるかもしれない。
「……郁乃様、今はまだ結婚式はできないけれど、予約をしておいていいでしょうか?」
「うんっ! ……ずっと、一緒にいようね」
 幸せそうに笑いあう2人には、また新たなる障害が襲うのかも知れない。けれど、一緒にいれば乗り越えられると信じて前に進んで行くのだった。
 誰もが憧れる、幸せなカップル。気になる相手がいれば、どのタイミングで告白をするかはとても重要な問題だ。いつもよく会う場所でさりげなく、雰囲気の良いレストランで格好良く、直接言う勇気が無くてメールや手紙……方法だけでも多種多様で、相手に合わせ自分らしく気持ちを伝えることは難しい。ヴァイシャリーの邸宅内でもまた、そんな悩みを抱えた男がいた。
「蓮、今やったら許したる。ホンマのことを言え、頼むから」
「……イースターエッグに入れちゃった☆」
 アイン・ディアフレッド(あいん・でぃあふれっど)にとって、一世一代の大勝負と言っても過言ではないほどの思いをしたためたラブレター。こともあろうに岬 蓮(みさき・れん)は、本人の許可なくイースターエッグの中に入れてしまった。なんとか鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)との仲を取り持ってあげようという好意から、ロマンチックな演出にするため仕掛けたものの……ご存知の通り肝心の卵は行方不明だ。
「だぁああっ! 『入れちゃった☆』ちゃうわ、このドアホウ!! どないすんねん、こっちは氷雨が来る言うからやな」
「だからこうして手伝ってるんじゃない。氷雨さんも手伝ってくれてるし……ね?」
 イースターエッグに仕掛けたのが嘘であれば、こんな探索などせずに手紙をスマートに渡し、上手く行けばそのままデートだって出来たかもしれないのに。ぶつぶつと文句を言うアインに、蓮はあることを閃いた。
「そうだ! 別に私がアインと探す必要無いよね。アインと氷雨さんが一緒に探せば……」
「お、おおっ! なんでその手を思いつかんかったんや。これでちっとはマシになるな」
 照れくさそうに喜ぶアインを見て、蓮も嬉しそうに微笑む。2人が上手くいく切っ掛けになるのなら、自分ははぐれたフリをして遠くのエリアに行ってみよう。そう思うのに、どこか釈然としない。
「……じゃ、私呼んでくるね」
「任せたぞ。っておい、蓮」
「えっ――?」
 手分けして探す彼女を呼ぶために駆け上がった階段。その途中で呼び止められ振り返った蓮は、何かに引っかかりバランスを崩してしまう。そしてそのまま――。
「やー、2階には無かったよ。ボクの探し方が悪いのかなぁ……」
 階段から下りてきた氷雨が見たもの。階段を駆け上ろうとした蓮を引き止めてキスをするアインの姿に、暫し時間が止まる。
「……あっ! そっか。今日呼んだのって付き合ってるって報告でしょ? お互いの卵見つけて報告してくれる気だったんだね!」
「……蓮と付き合ってる、やて? 何勘違いしてんねん! 自分が好きなんは、その……っ」
 転げ落ちそうになった蓮を支えようとした腕は間に合わずに掴むだけになってしまった上、蓮は腰に巻いた上着が手すりに引っかかり、体をねじったまま倒れ込んだので、アインの思いに気付かない氷雨でなくとも「アインが引き止めてキスをした」という図にしか見えない。このままではいけないと蓮もフォローするものの、パートナーだから一緒にいるという言葉は届かなかった。
「そっかそっかー。あ、ボク、お邪魔にならないように1人で探すよ。ボクの事は気にしないでいいから! 2人ともお幸せにね!」
 ニコニコと笑いながら友人の恋路を応援するために邸宅を出て行く氷雨を追いかけられないほどのダメージを食らったのか項垂れるアインを横目に、蓮はどこかホッとしたような複雑な思いをかかえるのだった。


 夕方が近くなり、見学者の少なくなったオランダのエリア。風車と春の花が静かに揺れる中、こっそりと祭壇のある部屋まで向かう神野 永太(じんの・えいた)は、中に誰もいないことを確認すると入り口に控える燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)に合図を送る。
 折角の式場だというのに、ザイエンデにドレス1つ試着させることも叶わず、ただ眺めて帰るのは惜しい。せめて何か思い出に残るようなことをと考えたとき、式の真似事をするというのを思いついた。
 祭壇の前で待つ新郎、永太の隣にゆっくりとやってくるザイエンデ。そして次の手順を思い出すように、誰もいない祭壇を眺めながら永太は空にぐるぐると模様を描く。
「えっと、病めるときも……ではなくて。ザイエンデを、私は……あれ?」
「……わたくしザイエンデは、この男、永太を夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに誓います」
 先に誓いの言葉を唱えたザイエンデに照れ笑いを浮かべつつ、永太も途中詰まりながらなんとか唱え終えた。あとは指輪の交換だと、張り切って用意した……には少し飾り気が少ないかもしれないが、将の指輪をザイエンデの左の薬指にはめる。
「1つしか用意できなかったので、ザインからは……ちゃんとした指輪を揃えたら、ということで」
 小さく笑うザイエンデに、何を言ってるのかと恥ずかしさが込み上げるが、真似事を始めたもののどうやって終わったらいいのかわからない。
「……これで終わり、ですか?」
 誓いの言葉をスラスラと唱え上げたザイエンデが、このあとに残っているものを知らないわけもない。気恥ずかしそうに見上げられ、このまま真似事だしと笑って見せるかそのまま雰囲気に任せてキスをしてしまうか永太は悩んだ。
 ちょっと結婚式の気分だけ味わえればと思っただけで、そこまで期待したわけじゃない。でも予行演習とまではいかなくとも、彼女と親密な時間を過ごしたいと願っていたのは事実で、嫌がってない彼女を前に逃げ出すのは男としてどうなのかと問いかける。
 1歩間合いを詰めれば、ザイエンデは目を閉じる。ゆっくりと顔を近づけ吐息がかかりそうになったとき、永太は力強く抱き締めた。
「永太……?」
「ははっ……やっぱダメですね、ここで真似事は」
 深く息を吸い込みザイエンデから離れると、永太は祭壇を見上げる。真似事とはつまり、本当の誓いじゃない。
「……はい。神様の前で、嘘はいけませんね」
 少し残念な気もするけれど、今はまだそのときじゃない。でも、全てを解決してここに立てる日がきっとくるはずだ。
 2人は一緒に真似事をしたことを謝ると、照れくさそうに笑いあうのだった。