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第三章 空に響けカンタータ
「「「夢悠ちゃぁぁぁぁぁぁん!」」」
「「「やぁ〜ん、かわいいぃぃぃぃぃぃっ!」」」
 野太い声やら黄色い声援が上がる中。
 ステージに立った想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)はそれらの声に応え挨拶しつつ、一つ大きく息を吸って。
「皆、ごめんなさい! オレ、今まで嘘ついてました!」
 大きく頭を下げた。
「今までオレ、女装に自信が無く【桃幻水】で女体化していた。それに一人称もアイドルの時だけ『ボク』にしてたんだ」
 夢悠は男の娘アイドルである。
 その容姿は可憐で可愛らしく、男の娘アイドルとして申し分ない。
 なのにずっと自信がなくて……自分を偽ってきた。
「嘘ついてごめんなさい!」
 だけど、いつしかそれは苦しくて。
 ファンの声に笑顔に、申し訳なくて。
 だから。
「今日からは純粋な女装で、素直な自分を観客のみんなに見てもらう事にしました! オレ、男だけど、宜しくお願いします!」
 声を張って胸を張って、もう一度大きく頭を下げた。
 顔を上げて皆の反応を知るのはホンの少し、怖くて。
 それでも、ポツポツと上がった拍手が温かく大きく注がれ、顔を上げざるを得なかった。
 そして目にしたのは、迎えてくれたのは、優しい笑顔たちで。
「そのままの方が可愛いぞー!」
「頑張って〜!」
「……あ」
 瞬間込み上げてきたものを、夢悠を堪えて。
「ありがとう! 聞いて下さい……『恋する男は男の娘』」
 代わりにとびっきりの笑顔で、駆けだした。
 歌いながら、ステージ狭しと駆け回る。
 本当の自分のまま……本当のアイドルとして。
「盛り上がってるな」
「……」
 瀬乃 和深(せの・かずみ)は声を掛けつつ、出番を待つベル・フルューリング(べる・ふりゅーりんぐ)の表情が優れない事に気付いていた。
 とはいえこれからのステージに緊張しているのとは微妙に違う、と和深は察していた。
 ベルが最近元気がない……何か悩んでいる事に気付いていた。
 だからこそ、この音楽祭に誘ったわけだが。
 今も、夢悠のポップな歌を聞きながら、どこか憂いを帯びた瞳をしているベル。
 だけどだからこそ。
「行って来い、ベル。行ってお前の歌、歌って来い」
 和深は笑みを浮かべ、ベルを送りだした。
「……頑張って!」
 すれ違った夢悠からのエールと、背中に感じる和深からの無言の応援と。
 そしてたくさんの観客を前にして。
 ベルはすぅっと息を吸い込んだ。
 紡がれる戦慄に微かに身体が……心が震えた。
 朱里や夢悠、SoLaLa……最近多くの人の歌を耳にし、ベルは悩んでいた。
 機晶姫である自分の歌に、思いはあるのか、と。
 けれどこうして歌を歌えば、そんな悩みも迷いも溶けてなくなってしまった。
 自分の歌に思いはあるのかは、分からない。
 ただ分かるのは自分がどうしようもなく歌が好き、だという事。
 歌う事が自分の存在意義だという事。
 ステージに立って観客のために歌うことに自分が『楽しい』と感じている、その思いがあるという事。
 そして、楽しい思いを抱きながらベルは、そこに願いを乗せた。
(「わたくしの歌が、誰かの心に残りますように」)
 と。

幾億の願い抱きしめ彷徨う
 翼が折れた鳥に差し出された手

繋がれた温もり 私は知らなかった
 些細な言葉を胸に抱きしめ心躍らせる
 溢れる愛しさ 終わることの無い物語 ここからはじめる

あなたがいなければ 知らずにいた世界
 この身ささげても いつまでも側で生きたい
 たとえどこに続く道でも 迷うこと歩いていけるから

「心配は無用だった、かな」
 いつものように優しげで、でもどこか吹っ切れた表情で得意のバラードを歌うベルに、和深は胸中で呟いた。
「ベルの歌、思い……きっとみんなに届いてるよ」
 キラキラした瞳をして熱心に耳を傾ける人々を見やり、和深はそっと目を細めた。


「紅月さん朱里さんお疲れ様♪」
 一方。ステージが終わった者達を迎えたのは天城 詩帆(あまぎ・しほ)だった。
 皆が楽しみにしている音楽祭を成功させるべく、裏方として最大限の助力をしようと思い来た詩帆。
「私が出来る最大のこと…やっぱりお料理かな? 少し寒く感じるようになってきた今日この頃、暖かくてピリ辛な料理は最高にいいよね」
 と、詩帆特製☆麻婆豆腐を作ったのだ!
「サンキュー」
「ありがとう」
 歌い終えた心地よい疲労感と達成感に包まれていた紅月と朱里は、詩帆の労いを笑顔で受け取り。
「「!?」」
「朱里、これを飲め!」
 口にし固まった朱里に、アインは慌ててお茶を差し出し。
「……うん、美味しいよ。ちょっと辛いけどね」
 やや引きつった笑顔で紅月に称賛された?!、詩帆は「えへへ」と笑んで告げた。
「他の皆にも温かくなってもらわないとね☆」
「詩帆ぽん、ご自身の料理の破壊力をご理解していなイネ?」
 その頃詩帆のパートナー千歳 伯爵(せんねん・はくしゃく)は、会場を訪れる子供たちに風船を配っていた。
「歌ったり踊ったり頑張る皆に差し入れするの!」
 という詩帆を止めるべきでしタか、ともちょっと思った伯爵だが。
「正直なところを伝えると傷付くでしょうし…ここは一つ、我輩は何も知らなかったことにして暖かく成り行きを見守ることにしましょウ★」
 と完全放置を決め込んじゃったのデス★
「イヒヒヒヒ★そこのお譲ちゃん、風船はいかがですカ★」
「わぁ〜い、風船だぁ」
「良かったね。ありがとうです」
 天使の笑顔★、で渡された赤い風船に輝く玲亜の顔に、詩亜もまた頬を緩めた。
 メタボリックボディから繰り出された邪悪な微笑おっと間違えた天使の笑顔★、に若干ドキドキしながら詩亜は尋ねてみた。
「SoLaLaさんが歌うって聞いて来てみたんだけれど?」
 さっき聞こえてきた声……歌もすごく素敵だったけど、SoLaLaの歌ではなかった。
 聞いてみた詩亜に千年伯爵は大仰に頷いてみせた。
「ハイハイハイハイ。SoLaLaサンは一番最後デス★ こうご期待なのデス★」
「そっか、じゃあ何か食べてからまた来ようか。外でも歌、結構聞こえるし」
「うん、飴とか唐揚げとか食べたい!」
「ククク★せっかくのお祭りデス、楽しんで下さいネ★皆さんで幸せになれるといいですネ★」
 またね、と手を振る無邪気な子供達を伯爵は不気味な、じゃなくて天使★、笑みでもって見送るのであった。


「よーし素晴らしくキレイ! 自信もって歌っておいでー!」
 神楽 授受(かぐら・じゅじゅ)はパートナーエマ・ルビィ(えま・るびぃ)を上から下から前から後ろまで確認し、満足そうに笑んだ。
 桜色のサテンのドレスの背、流れる長い髪は花で飾られている。
 エマの清楚さ可憐さが際立つそれは、ジュジュの手によるもので。
「あの、でも、本当に……」
「エマはもっと、自分に自信持たなきゃ!」
 戸惑うエマの背を、ジュジュは一つ優しく叩き。
「自信もって歌っておいでー!」
 元気な声と共に、ステージへと送りだした。
 眩いスポットライトとたくさんの観客に迎えられたエマは一度チラとジュジュを窺い。
 頑張って!、という笑顔に微笑むと歌い始め。
 澄んだキレイな歌声に、会場がシンと静まった。
「後でシャムスさまとエンヘさまにも見せるんだ♪」
 同時にジュジュも撮影を始める。
 今日ここに来れないシャムスさまにも、歌を届けてあげたいから。
「……あれ、何かあたしまで泣けてきたよ、この歌」
 故郷を想う歌。
 切なく胸を締めつける郷愁。
 ジュジュともう一人、奈夏もまた知らず涙をこぼしていた。
 しかしそれは、ジュジュとは少々異なる類のもので。
「エンジュと会わなければ、私はココに来なかったココにいなかった。なのにエンジュいなくて私を一人にして、ソララも帰ってこないし、うぅ〜ッ」
「……大丈夫?」
 不安と心細さでちょっとしたホームシックな感じの奈夏に、思わずハンカチを差し出すジュジュ。
「ソララさんか……どこに行ってしまったかはわからないが、俺はきっと戻ってくると信じている」
 そんな奈夏に、皆川 章一(みながわ・しょういち)は揺るぎない眼差しで告げた。
「彼女も本当は歌いたいはずだ! 彼女が戻ってくるまでは、俺と他のみんなでつないでみせる!」
 捜索隊が必ず見つけて連れてきてくれるから安心しろと言う章一に、奈夏は逡巡してからコクリと首を上下させた。
 それを確認してから、章一はギターを手にステージへと向かった。
「いい音楽、聴かせてくれよ」
 ピッと親指を立ててきたソーマに返しつつ、煌びやかなステージに上がり。
 浮かびそうになる苦笑を抑えた。
 正直、こういう事情でもなかったらこんな所には立っていないだろう。
 けれど一度決めた以上は手を抜くつもりは毛頭なかった。
 確かにソララが戻ってくるまでの時間稼ぎが章一の目的である。
 それでも、音楽祭を楽しむ人達の為、音楽祭を成功させる為、力を尽くしたいと。
 その一念で章一は、特技【演奏】でもってギターを全力で弾いた。
 魂を込めた音が、ソララに届けと願いを込めて。