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天空の博物館~月の想いと龍の骸~

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天空の博物館~月の想いと龍の骸~

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「え? あのふたり、パートナーじゃなかったのか?」
   
 きょとんとした様子で匿名 某(とくな・なにがし)の発した声が、空に消えていく。
 もちろん、彼の言う「ふたり」とは彩夜と、蒼の月のこと。
「んー。まだちゃんと契約とかはしてないはずだよ。しないのか、ほんとに『まだ』なのかはよくわからないけれど」
「少なくとも、お二人とも、互いを想いあっていることは間違いないはずですよ」
 連れ立って歩く、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が口々にそう言って返す。
 常夏のこの島だから、こうやってなにげなく歩いていても快適だけれど。パラミタの季節は、地域によってはもう震えるほどに寒くてもなんらおかしくはない時期だ。
 ひとりでぽつりといるより、誰かと一緒のぬくもりを欲しくなる。そんな時節。彼女たちは一体これから、どうするのだろう?
「うまく行ってくれるといいんだけど」
「そうだなあ」
 とはいっても、パートナーというのは簡単に見えて、意外と色々と難しいもの。三人とも、そのことをわかっているから彩夜たちについて具体的にどうこうできるわけもなく。
 自分たちの時はどうだったかと、思い起こす美羽とベアトリーチェ。
 そして、某は。
   
「うおー、でけえ! すげーな、この龍! 大昔に生きてたときはもっとすごかったんだろうな!」
   
 見えてきた発掘途中の化石の近く、自身の相棒が歓声をあげているのを目にする。大谷地 康之(おおやち・やすゆき)。というか、あいつは一体なにをやってるんだ。島に着くなり走って行って、どこかに消えたと思ったら。打ち合わせもすっぽかして。
「こんなとこにいたのか、お前は」
「おー! ようやく来たのか、おせーぞ、お前ら!」
 だから。お前が勝手に飛び出して行ってひと足先に満喫しちゃってるだけなんだってば。
「いやいや、すげーな! こんなでっけー龍とダチだったなんて、ホントあのチビっ子、伊達に長生きしてねーのな!」
 某の冷めた反応にも、康之の興奮は収まる様子がない。
 このくらい単純なら、詩壇と蒼の月もよかったんだろうがなあ。某はついつい、そんなことを思ってしまう。
「お友だち……ですか」
「ん? どうかした?」
 その脇。ベアトリーチェが考える素振りでぽつりと呟く。美羽が、その顔を覗き込む。
「たぶん、この龍さんは蒼の月さんにとって、もっとずっと、大切な人……相手だったんじゃないでしょうか」
 何百年、何千年経っても約束を忘れられないくらいに、とても。
 単なる知り合いだとか、友だとか。そんなことではくくれない相手だった。
「そんな相手の気持ちをかなえたい場所に、彩夜さんを彼女は呼んだ。そういうことになりますよね」
「……うん。そうだね」
 いい加減、驚いてないでこっちに来て手伝え。つかつかと歩み寄って行って康之の首根っこを?まえた某。微笑ましいその様子に、おーい、とこちらに手を振りながら割り込んでくる影があって。
 その相手は、片言のイントネーションで一同に話しかける。
 ロレンツォ・バルトーリ(ろれんつぉ・ばるとーり)。さまざまな情報をリアルタイムで処理している端末を手にした白金のロングヘアーが、こちらにやってくる。
   
「お疲れサマヨ。『蒼の月』ドコかわかりマスカ? ちょっと、輸送の手順で訊きたいノコトあるノヨ?」
 たしか、飛空艇までの輸送車両の責任者を任されていたはずだ。
 蒼の月なら、ちょうど今本部になっているコテージで、来客と折衝をしている。もうそろそろ、終わるころじゃあないだろうか。
 そのことを、ロレンツォヘと一行は伝えようとした。しかし、できなかった。
「!?」
 別に、彼らになにがあったというわけではない。
 起こったのは、別の場所。
 康之を驚かせるほど巨大な龍の骨格、その向こう側で──爆発の炎が上がったのが、某や美羽、ロレンツォたちからも見えた。
   
「来たか!?」
「みたいだね!!」
   
 弾かれたように駆け出す、美羽、某。ベアトリーチェに康之もそれに続く。
 そう。「こういうとき」のために自分たちは今、この島にいる。願いを守るために、やってきたのだから。
「こっちはなるべく急いデ輸送準備進めるヨ!」
「お願いしますっ!」
 襲撃者を、倒すのではなく。襲撃からただ、遺骸と蒼の月とを守るために。
 敵はきっと──永遠の眠りについた目の前の龍の、同胞たちに他ならないのだから。
   

  
 実弾による、射撃。相手は本気だ。
 そう認識したときにはもう、彩夜は背中から蒼の月の肩を抱いて、ロッジのバルコニー上に押し倒して身を伏せていた。
 火線が、ロッジの分厚く組まれた丸木の壁面上に、いくつもの穴を穿っていく。
   
「大丈夫ですかっ!?」
「うむ、このくらいなんとも──……っ?」
  
 どうにか起き上がった蒼の月を気遣う。やや強引だったが、怪我はしていないようだった。だが、彼女の視線が上を向いたことに彩夜はハッとする。
 頭上に舞う影、ふたつ。どちらも、鋭い獣の眼光でこちらを見据え、手にした刃を振りかざしている。
 ドラゴニュート。もちろん、知り合いでも、仲良くしようとしてやってきた相手でもないのは明白。
 狙いは当然のことながら、蒼の月に決まっている。
 とっさ、彩夜は蒼の月を抱きしめる。立ちはだかり、前後の上空から迫る刃を叩き落とすには時間がなさすぎる。少なくとも、彩夜の技量ではそれは不可能。
「させるかっ!」
 だから。加夜が、そしてそう言って刃を交差させた鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)が間に合い、相手の攻撃を打ち払ってくれなければ、彩夜は自分を犠牲に守るしかできなかったろう。
「蒼の月さんを連れて、ここを離れてください! 連中の狙いは彼女です!」
 貴仁の声に、迷いなく立ち上がる。躊躇もタイムラグもなく、自然に身体がそう動いた。
「こっちです!」
 そして彩夜は蒼の月の手を引く。加夜から手を引かれ、三人その場からの離脱を試みる。
   
「おっと、それこそさせぬよ! 残念じゃがな!」
「!」
 振り下ろされるレーザーブレードの二刀流。加夜が拳銃で受け止め、押し返す。
「まさしくそやつがターゲットじゃからな、おいそれと逃がすわけにはいかぬよ」
 降り立った、辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)がくるくると柄を玩び、加夜と相対する。
 させません、そう言う加夜は、彩夜たちを庇うように立ちふさがる。
   
「──ふん。やれやれ、わらわのような悪党がするならともかくとして。名も知れた資産家、誇り高き大地の主ともあろう者が墓荒らしとはな。実に情けないものよ」
   
 刹那の目は、加夜でも、その向こうの彩夜でもなく。彼女らの守る蒼の月へと注がれる。
「違います! 彼女は大切なひとの願いを叶えたくて……!」
「だが、その大切なひととやらの同族は、怒りに満ち溢れているようじゃぞ? それでも、理がそこの地祇にあると申すか?」
「善意からのものだって言っている! 墓荒らしとか、金もうけのための見世物とか、そんなのじゃあ……っ!」
 彩夜の反論を、刹那はにべにもなく跳ねつける。貴仁の声もしかし、切り結ぶドラゴニュートたちの手を止めるには至らない。
「なんにせよ、わらわは依頼を遂行するだけのこと」
 ゆっくりと、刹那は再び剣を構える。加夜もまた、迎え撃たんと左右の手にした拳銃の狙いを定める。
「……ふん」
「なにがおかしいんですか」
「いや、何。随分と悠長なものだと思ったのでな」
「──? まさか!?」
 だが、刹那は構えるだけで向かってこない。その笑みの理由に思い至ったとき、加夜の喉の底から、彩夜に、蒼の月に、他の皆に向かい叫び声が放たれる。彼女の推測は、そして当たっている。
   
「伏せて下さい! はやく!」
 轟音が、爆風が轟いたのはその直後だった。
「どこからっ!?」
 跳躍し上空に逃れた貴仁が、その砲撃の発射地点を俯瞰し、探す。方角は──北西!
「彩夜ちゃん! 蒼ちゃん、無事ですかっ!?」
「人の心配ばかりしておる場合かのう?」
「!」
 振り返り、後輩たちを気遣った一瞬に、加夜の背後には刹那が迫っていた。彼女が危険を感知するスキルの持ち主でなければ、もうそこで終わっていたというほどの絶妙なタイミング。
「ぐ……っ!」
 とっさ、身を翻すも刃の軌道を完全には避けきれない。右脚を微かに掠め、細く鋭い痛みに顔を顰めて加夜は着地をする。
 もちろんされるだけで加夜も終わらない。牽制の射撃。追い打ちを赦さないのは、流石だった。
「彩夜ちゃん!」
 背中の向こう、爆風の中に見えない後輩の名を呼ぶ。
 今の砲撃──まさか、巻き込まれてしまったのか?
「……だい、じょうぶ……ですっ。先、ぱい。ふたりとも……無事です……っ」
 その土埃の中から、切れ切れながらに返ってきた声。それに、加夜は安堵した。ゆっくりと、気配がふたつ起き上がるのがわかる。
 大丈夫ですか。ああ、問題ない。そんなやりとりが耳の中に聞こえてくる。
「ふむ。じゃが、いつまで避けられるかな?」
「来る! 今度はさっきより右に着弾するぞ!」
 貴仁の警告に、頭上を見上げる。だが、すぐには加夜は彼女たちを助けには行けなかった。
 イブ・シンフォニール(いぶ・しんふぉにーる)の放つロケットランチャー砲撃の驟雨降り注ぐ中、加夜は迫る刹那の相手をしなくてはならなかった。
  
 ……信じています。大丈夫だと。
   
 そう願い、祈りながら、後輩たちを守るため、彼女は眼前の敵との戦いを優先せざるを得なかったのだ。