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第3章 謝恩会

 今年も空京駅から近い場所で、シャンバラの学生達による謝恩会が行われていた。
 主に卒業生が、お世話になった方々に感謝の気持ちを伝えるために設けられた会であり、シャンバラに学生として残る者の多くは、手伝いを行いながら、卒業生や各校の教職員、学生達との交流を深めている。
「こんにちは! 校長先生は変わらないということで、安心しました」
 休学をしていた為、もう一年短大生として百合園に残ることになった橘 美咲(たちばな・みさき)は、サービスワゴンを押して校長の桜井 静香(さくらい・しずか)に近づき、お皿に茶菓子を補充する。
「こんにちは。そう言ってもらえて嬉しいよ」
 既に二十歳を超えているけれど、静香は変わらず可愛らしかった。
「ドリンクや、お水のお代わりいかがですか?」
「僕はまだ大丈夫」
「オレンジジュースいただけますか?」
 静香の隣に座っていた教師の祥子・リーブラ(さちこ・りーぶら)が美咲に頼んだ。
「はい、少々お待ちください」
 美咲はグラスに氷を入れて、オレンジジュースを注ぎ、祥子の前に置く。
「それではまた何かありましたら、呼んでください」
 そしてぺこっと頭を下げると、次のテーブルへ回っていく。
 ……その合間に。
(いた、ファビオさん!)
 美咲は会場内を見回して、彼の姿を見つけた。
 彼――ファビオ・ヴィベルディ(ふぁびお・う゛ぃべるでぃ)は、ラズィーヤ、及びヴァイシャリーの要人と共にいるが、席にはついていない。ボディーガードのような立場で訪れたようだ。
 彼は4月から、ヴァイシャリー警察で、要職に就くということだ。
 百合園の警備団の一員ではないが、警備団を含む、警備や機動隊を指揮をする立場になるらしい。
 ちょっと大回りをして、美咲は彼の側に近づく。
 今日はスーツでビシッとキメてくるんだろうなぁなんて、妄想している最中も美咲の顔はにやけっぱなしで、こうして本人を見てしまったら、顔だけではなく心も躍ってしまう。
 彼は長袖の白いシャツに紺のベスト、 ロングパンツにブーツ、そして、装飾ベルトに剣を通した姿だった。
「美咲ちゃん、こんにちは」
 美咲が声をかけるより早く、ファビオが気づき笑みを向けてきた。
「お疲れ様です、ファビオさん。今日はお仕事できたのですか?」
「まあね。美咲ちゃんはお手伝い?」
「はい! お手伝いと、先輩達に挨拶をして回っています」
「そっか、お疲れ様」
「はい、それでは……」
 ファビオの仕事の邪魔をしてはいけないし、自分も手伝いに戻らないとな……と思って、美咲は惜しみながらゆっくり彼の前を通っていく。
「……終わった後、ご飯でも食べに行こうか?」
 軽く屈んで、ファビオが美咲の耳に小さな声で囁いた。
 美咲は満面の笑みを浮かべて、大きく頷くのだった。

 祥子は謝恩会のプログラムを眺めたり、お菓子をつまみながら、静香と話をしていた。
「常勤、非常勤どちらの道を進むか悩みましたけど、非常勤でお勤めさせていただこうと思います」
 秋に百合園女学院の試験に受かり、祥子は現在教師として、百合園に通っている。ただ、3月までは試用期間中であった。
「どうして非常勤を選んだの?」
 ティーカップを置き、静香は優しい表情で尋ねた。
「一番の理由は……パラミタの情勢です」
 解決しなければならない事件が、これからも多く起きるだろう。
 放っておいては、落ち着いて授業が出来ない。
 今はまだ、活動を百合園での指導一本に絞ることは出来なかった。
「勿論、各地の情勢の報告はします。野外活動であれ留学であれ、生徒の活動の助けになるものを提示したいと思っています」
「うーん……そうだね」
 静香は少し残念そうだった。
 契約者であり、様々な場数を踏んでいる祥子が、百合園の専任教師として働いてくれることを、少なからず期待していたようだ。
「個人的な関わりの清算もありますけど、あちこちで先生風吹かせた後始末はきちんとしたいです」
「うん、ゼスタ・レイラン先生も、錦織百合子先生も、常勤にはなってくれないんだよね。有能な契約者は、一か所で指導に当たるよりも、能力を生かして世界で活動するのが良いのかもしれない。
 そうして、未来を作っていく姿が、生徒達のお手本になったらいいね」
 静香は息をついて、そう言った後、微笑んだ。
 祥子は首を縦に振ると、そっと頭を下げる。
「勝手ばかりの未熟者ですが、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
 静香も祥子に頭を下げる。
「桜井校長! 宇都宮先生ー! お世話になりました!」
「お世話になりましたー!」
 卒業生が2人の元に挨拶に訪れた。
 2人は立ち上がって迎え入れて「お互いに頑張っていこうね」と握手を交わしていく。

「卒業おめでとう!」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は、挨拶に回っていた神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)を自分の隣に座らせて、彼女のグラスにビールを注いだ。
「ありがとう。小鳥遊はまだ、見かけ通り未成年だったよな」
「うん。でも見かけ通りってなに〜」
「ははは、キミは中学生に見えるから」
「でも立派な大学生なんだよ! 夏には二十歳になるし。
 優子は実年齢より上に見えるよね、貫録があるって意味で」
「そうか。それは良かった。ただ、内面の未熟さは外見では補えないからな。
 社会人として、責任ある立場についている者として、より成長していきたいと思う」
「そうだね。ロイヤルガードとして、優子はこれからも頑張るんだよね」
「優子さんとは、これから会う時間が増えそうだね」
 美羽の隣に座っているコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が、優子に茶菓子を勧めながら言った。
「ああ、西シャンバラのことについては、私よりキミ達の方が把握していると思う。色々教えてもらえたら助かる」
「うん、僕達の知っていることなら、何でも話すよ。出来る限り協力していこう!」
 コハク、優子、美羽は頷き合って約束する。
 3人は、ロイヤルガードが設けられる前からの付き合いだった。
 白百合団の副団長だった優子が、離宮調査隊を率いた時にも優子の指揮下にいたのだ。
「んー、私も蒼空学園大学部を卒業したら、優子みたいに、ロイヤルガードに腰を据えようかな」
 腕を組んでちょっと考えながら、美羽が言う。
「その頃にはまた大きく情勢が変わってるはずだ。まだ2年あるんだし、焦って決める必要はないけど、それを見据えて、勉学と訓練に励むのは良い事だと思う」
「うん、勉強も訓練も頑張るよー」
「僕も美羽と一緒に、後2年の学生生活を無駄にせず、自分の将来にも世界の役に立てるように充実させていきたい」
「うん、応援してるよ」
 優子が笑みを見せた。
「こっちこそ、応援してるからね!」
「ロイヤルガードの活動や、訓練での指導、よろしくお願いします」
「ああ、共に励んでいこう」
 3人は強い笑みで微笑み合って、ドリンクを飲み。
 それからは、空京の美味しい料理が食べられる店や、お勧めのレジャースポットについてなどの緩い会話も楽しんでいった。