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【蒼空に架ける橋】第4話の裏 終末へのアジェンダ

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【蒼空に架ける橋】第4話の裏 終末へのアジェンダ

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「やべぇ……こりゃやべぇぞ……」
 朝霧 垂(あさぎり・しづり)が呟く。
 垂が今居るのは狭く、暗く、息苦しい場所である。そこで垂は身動きを取る事も出来ず、全身を締め付けられる感覚に苦しんでいた。
「噛まれなかっただけマシだけどこのままだと胃とかだよな……」
 垂は首だけ動かして前方を見ようとするが、暗くてよく解らない。
「くっ……あの二人に期待できそうにないし……」
 垂が舌打ちする。

――垂は今、ヒトガタの人間で言う所食道に居た。

 話は少し前に遡る。
 垂は綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)と共にヒトガタを狙い小型船を走らせていた。
「あれ、だよな……? 随分あっさり見つかったな。【ディメンション】使う手間省けて良かったけどよ」
 希少価値が高いということで見つからない事も覚悟していたが、意外にも呆気なく見つかった。
 雲海を泳ぐ上半身は人間、下半身は魚という奇妙な生物。これだけを聞くと人魚なんかを思い出すが雲海を泳ぐその生物はそんなメルヘンチックな物ではない。全身が作り物であるかの様に白く、人の形といっても不気味な化け物を思わせる造形である。
「じゃあ俺はちょっとアイツやってくるわ。そっちは任せた」
 垂の言葉に「申し訳ありませんわ」とアデリーヌが頭を下げる。同行していたさゆみはずっと体育座りで「もう嫌……なんでこんな事ばっかり……」とブツブツ言いながら光を失った瞳で何処かよく解らない所を見ている。これはもう駄目かもわからん。
「所で……それは何ですの?」
 アデリーヌが垂が抱えている物を指さす。それは瓶――酒の一升瓶のようであった。
「ああこれか? 酒だよ酒」
 ようであった、ではなくそのものであった。
――垂はヒトガタの特徴を聞いて『人と同じ形をしているなら器官も同じなのではないか? ならば酒を飲ませれば人同様に酔いが回り、行動に制限が出るのではないか』と推測し、モリ・ヤから酒をもらったのである。
 酔わせ、行動に制限が出来た所を叩き捕らえる。これが垂の作戦であった。
「大丈夫……なんですの?」
 その話を聞き一気に不安そうな表情になるアデリーヌに垂は手をひらひらとふる。
「大丈夫大丈夫、よっしゃーいっちょやってやるかぁ!!」
 垂はそう叫ぶと、ヒトガタの泳ぐタイミングを見計らい【ポイントシフト】を使い背中に張り付いた。
「……時間かけると振り落とされかねねーなこりゃ。さっさと済ませるか」
 垂はそう呟くと、【ポイントシフト】を駆使しつつヒトガタの顔を目指して移動する。途中何度か危うい所はあったものの、何とか頭部にまで到着。
 ヒトガタの顔を見て、垂がニヤリと笑う。その眼は退化しているのかよく解らないが口に当たる部分は存在し、しかも呼吸するかのように開いていた。
「こりゃ好都合だ……よっしゃ、食らえ!」
 器用に片手で酒瓶の口を開けると、垂は無理矢理ヒトガタの口に突っ込んだ。
 瓶の中の液体はいくらかこぼれた物の、大半がヒトガタに流し込まれる。無理矢理瓶を吐きだすが、中身はもう無い。
 突然の事に混乱したのか、頭を振る様にしてヒトガタは暴れる。それをしがみ付きながら垂は笑みを浮かべていた。
「へっ、そんだけ暴れりゃ酔いも早く回るだろうよ! さっさと寝かせてやるよ!」
 酔いが回ったと見た垂が飛び上がり、ヒトガタの正面に回る。狙いは【正中一閃突き】だ。急所を突き、行動不能にさせるつもりであった。
 だが、垂の拳よりも早く、ヒトガタの手が伸びその身体を捉える。
 そして大きく口を開けたかと思うと、垂を放り込みそのまま飲み込んだ。何故このような行為に及んだのかというと、『酒飲んだからつまみが欲しくなったんじゃないの?』と後に専門家は語る。

「……あの人、食べられてしまいましたわ」
 その光景を船から眺めていたアデリーヌは呟くと、はっとしたように表情を変える。
「さゆみ、一度退きましょう。今のわたくし達ではどうしようもありませんわ」
 体育座りをしてぶつぶつ何か呟いているさゆみにアデリーヌが言った。一応銛とライフルを借りてきているが、扱う人間が御覧の有様ではどうしようもない。
「――ふ」
「……さゆみ?」
 しかし何やら様子がおかしい――いや、最初からおかしいのだが、何やらさゆみの様子が変わった事にアデリーヌが
「ふふふ、ふふふふふふふふ、ふふふふふふふふふふふ、あはははははははははははははははははははははは! いきなり『食い扶持稼いで来い』ってなによ!? もー嫌! もー涙も出ないわよ! ああやってやるわよ! やってやろうじゃないの! 体売ったりとかよりはるかにマシよ! アディ、やるわよ! あの化物殺るわよ!」
 そう言ってさゆみは銛を掴む。自棄になり完全に目が据わっているさゆみに、アデリーヌはただ黙って頷きながらライフルを手に取る事しかできなかった。

「うがぁぁぁぁ! 動けねぇぇぇぇ! やべぇぇぇぇ! これマジでやべぇぇぇぇ!」
 身動きが取れない状態で垂が何とかもがくが、無駄な抵抗である。
「このままよく解らねぇナマモノのう【自主規制】とかなんて死んでも御免だぞぉぉぉぉ! 畜生出せぇぇぇぇ! 俺をここから出せぇぇぇぇ!」
 確かによく解らないナマモノのうん【自主規制】になるなど死んでも御免である。尤も現実はその前に消化液でもっとエグイ事になるだろうが、今はそんな事はどうでもいい。重要な事じゃない。
 混乱し、もがいている垂は気づいていない。外は外で大変な事になっている事を。

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラぁッ!」
 ヒトガタの頭の上で、さゆみが銛を突き刺していた。何度も何度も。
 銛が突き刺さり、引き抜かれる度血が吹き上がる。その血を浴びても一切知ったこっちゃないとさゆみは銛を突き立てる。
 ヒトガタは何とか反抗しようと体を動かそうとするが、その身も所々傷だらけでボロボロになっている。
 飛びつく前、船の上からさゆみは【シュレーディンガーパーティクル】、アデリーヌは【エクスプレス・ザ・ワールド】を用いて歌声を刃と変えヒトガタにダメージを与え弱らせていたのである。
 更にダメ押しと【タイムコントロール】で十年分老化。こちらの効果はあったかは不明だが、ダメージはあったようで動きが少し鈍くなったようだ。
 銛を突き刺してくるさゆみが煩わしいと、ヒトガタが腕を動かし払い除けようとする。が、
「させませんわ」
船の上から放たれたアデリーヌのライフルの弾丸が腕を撃ち抜く。更に胸の人の心臓部に当たる部分を撃たれ、ヒトガタが苦しそうに腕で押さえる。
「さゆみー、あまり時間かけられませんわよー」
「解ってるわよ! 一気にやるわよ!」
 そう言うと、さゆみは更に激しく銛を突き刺し、アデリーヌは頭と胸を狙いライフル射撃。
 一方的なリンチ状態に苦しそうにもがいていたヒトガタは、やがて悲鳴のような声を上げると、がっくりと頭を垂れ動かなくなる。
「さゆみ! やりましたわよ! さゆみ! さゆみ!」
 アデリーヌがライフルをおろし、さゆみに呼びかける。が、
「あはははははははははははははははははは!」
さゆみは延々と銛を突き刺していた。
「……聞こえてませんわね」
 アデリーヌが大きく溜息を吐いた。