空京

校長室

戦乱の絆 第1回

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戦乱の絆 第1回
戦乱の絆 第1回 戦乱の絆 第1回

リアクション


セリヌンティウス・金鋭鋒・横山ミツエ

■セリヌンティウス

 パラミタ実業高校。

 瓦礫の中。
「よぉ」
 夢野 久(ゆめの・ひさし)の呼びかけた先にはセリヌンティウスが居た。
 振り返る気配は無い。
 久は佐野 豊実(さの・とよみ)と共に構わず、彼のそばへと歩みを進めた。
「アンタに伝えてぇ事がある」
 そして、久はドージェとケクロプスの戦いの、己が見、聞いた一部始終を語った。
 セリヌンティウスは一言も発さず、また、少しも動くことなくキマクの荒野を見据えたまま、ずっと久の言葉を聞いていた。
「――アンタが大したもんだと思ったのはマジだ」
 久は淀み無く言った。
「幾ら自信があってもな、強いって分かってるドージェに準備もへったくれもねえ、その場での一騎打ち。……根性が据わって無きゃ出来ねえよ。だから――龍騎士団の奴らの物量っぷりにはムカツイた」
 あの時、ドージェを囲う龍騎士の大群の中で。
 久は仲間たちと共にセリヌンティウスがドージェに単身挑んだことを吠えた。
 ――『セリヌンティウスって龍騎士は挑みやがったぜ?
    結果は兎も角アレが正しい騎士の姿じゃねえのか!』
「そう言ってやったら――それまでだんまりだったケクロプスが、動いた」
「…………」
 龍騎士たちを留め、ケクロプスは言ったのだ。
 ――『セリヌンティウスは立派とな』
 言って……ドージェと闘い、そして、ドージェと共に墜ちた。
「……ナラカまで覚えてるっつってな……」
 久は短く息を吐き、それで話は終わりだというように、セリヌンティウスを見やった。
「俺はあんた等の関係も事情も知らねえ。だが……伝えるべきだって、そう思った。……そんだけだ」
 言って、踵を返す。
 豊実が少し迷った素振りを見せてから、久に続いた。
 と――
「ケクロプスは我の師だった」
 セリヌンティウスの声に、久は足を止めた。
「誇り高き龍神だ」
 豊実が振り返って、セリヌンティウスの方へと歩む。
「“アレ”は結局、諸共自爆だった」
 彼女は言う。
 その口調は穏やかだが、感情を平たく抑えている節が仄かに覗いているように感じられた。
「もちろん、それは騎士ケクロプスが強いからこそ成立したのだけれど。でも……傍で見ていて納得の行く決着では、無いよ」
 豊実が並べ立てていくのを、久はただ見ていた。
 セリヌンティウスは、相変わらず荒野を臨んでいる。
 豊実の声だけが続く。
「龍騎士団というのはそうなのか? 皆、揃いも揃ってそうなのか? 龍騎士と大帝の間柄は……大昔よりずっとそんな調子なのか。そも……アスコルド大帝とは、どういう御仁なのだ。彼らにそこまでさせる人物とは――」
「ドージェを倒すには、そうするしかなかった」
 セリヌンティウスが言う。
「そう龍騎士たちもケクロプスも分かっていたのだ。ゆえに、それをしたに過ぎない」
 そして、彼はゆっくりと豊実を見やった。
「大帝アスコルドは、エリュシオンの頂点に立つ絶対者だ。絶対者たる大帝の前では神も人も等しく駒に過ぎないのだ。だが、だからこそ大帝は全ての物に対して等しく平等だとも言えよう。そして、あの方を語る上で最も重要なのは――大帝の望んだことは全て実現する、ということだ」
 
■金鋭鋒

 シャンバラ教導団・校長室。
 金 鋭峰(じん・るいふぉん)の視線の先では、フマナ崩落の記録映像が流されていた。
「――以上がドージェとケクロプスの戦闘記録になります」
 一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)の声が響く。
「なお、技術科での検証の結果、本映像に捏造・合成を行った痕跡は認められず、ドージェ及びケクロプスのナラカ墜ちは確定事項と思われます」
「……分かった。ご苦労」
 鋭鋒の声と共に映像が途切れた。
 そして、ゆっくりとした深く長い呼吸を置いてから、彼は、その呼気と同じくらい緩慢な動作で両の手を組んだ。
「私が生き残り、ドージェがナラカへ墜ちる日が来るとはな……」
「やはり……団長も思うところがあるでありますか」
 リリ マル(りり・まる)がメモリープロジェクターの出力を切り替えながら言う。
「彼は暴徒に過ぎなかったが、それでも一時代を築いた人物だ」
「敬意、ですか」
 アリーセの言葉に、上げられた鋭鋒の顔には少しの感傷が浮かんでいた。
「そんなようなものだ。しかし――言葉というのは陳腐だな」
 独白めいて零される。
 アリーセは、しばしの間を置いてから、リリマルの投影したデータを示した。
「続いて、イコンの開発状況についてですが……現在、横山ミツエが使用していたイコンの情報解析により得られたデータを元に、幾つかの機構の見直しを行っている段階です。つきましては、技術科一同『団長には大変感謝しております』と」
 アリーセの言葉に、明らかに鋭鋒の雰囲気がぎしっと強張ったのが分かった。
 アリーセは小首を傾げた。
「どうかしましたか?」
「……気づいていたのか?」
「団長が技術科から持ち出して横山ミツエにイコンを貸与したこと、にでしょうか?」
「…………」
「おかげで想定していた幾つかの実用テストの手間が省けました。ご本人にも感謝されたでしょう」
「その後、寿司まで奢ったが……」
「ええ」
「彼女は怒って帰った」
「何を言ったんですか?」
「極めて政治的な話だ。しかし、女心に気に食わなかったらしい」
 鋭鋒が、分かり易いほどあからさまな落胆の溜め息をついて軽く頭を振る。
「女心と秋の空と言うでありますからなー」
 とリリマルが何か言ったが、アリーセは聞かなかったことにした。
「報告を続けます。まず、脚部の負荷限界についてですが、こちらは再度テストを行い――」
 
■横山ミツエ

 あの時――
 龍騎士スヴァトスラフから逃げ切れたのは、皆の協力があったとはいえ、ほとんど奇跡に近かった。
 もう一度やれと言われても出来るかどうか分からない。
 そして、もう一度あんな終わり方をされるのも気に食わない。

 乙王朝(旧イリヤ)分校。
 トンテンカンテンと音が響き渡る、秘密の地下ドック。
「なんだかミツエが忙しそうなのでー」
 桐生 ひな(きりゅう・ひな)は、問答無用で酒やら乾き物やらを机の上に並べて、言った。
「宅飲み風でお送りしますね〜」
「何をよっ!!」
 横山 ミツエ(よこやま・みつえ)がずばしゃーーっと、机の上のそれらを払い除ける。
「今後の乙王朝の向かう方向やら、今のミツエの気持ちやらを聞いておこうと思ったんですよー。本当は飲み屋にしよーかなーと思ったんですけど〜」
「なら、普通に聞けばいいじゃない。普通に」
「そうじゃな。胸でも揉みながらな」
 と、伸びたナリュキ・オジョカン(なりゅき・おじょかん)の手を寸でで避けて、ミツエが目尻を吊り上げる。
「どこの世界に胸を揉まれながら今後を語る支配者が居るのよっ!」
「しかし、妾はミツエの胸育係じゃからのぅ。細めに揉んでやらねば育つものも育たん。何事も積み重ねが大事じゃ」
「そう、積み重ねですねよ〜。あとはやっぱり地盤だと思いますー。この前は龍騎士のスヴァトスラフに辛くも勝てましたけど、計画が行き当たりばったりでしたしー」
「ちょっと……胸の話と王朝の話と微妙にリンクさせるのはやめなさいってば」
 
 そんなわけで、ここ最近のミツエ・ダイジェスト。
 スヴァトスラフとの決着の後、借りていたイコンを教導団に返しに行ったら教導団の団長金 鋭峰(じん・るいふぉん)から寿司に誘われる。
 珍しいこともあるもんだと思って誘いに乗ってみたら、そこで中国国家主席からの言葉を聞かされる。
 曰く、『エリュシオン帝国の大帝アスコルドのパートナーになって欲しい』。
 当然、ブチ切れる。暴れる。帰る。
 気晴らしに釣りをする。
 イコンの開発を本格化する。

「と――今に至るわけですね〜」
「ほんっっっと、男って馬鹿しか居ないのっ!? むしろ、馬鹿が男なのっ!? 馬鹿どもがっ!!」
 ミツエが、ぬーぎゃーと雄叫びを上げながら手の中の瓶を放り投げる。
 ナリュキが転がった空瓶を拾いあげて確かめたラベルはジュースのもの。
「アルコール0じゃというのに」
「気分よっ、気分!」
 びっ、とナリュキを指差しながら言って、ミツエはその指先を開発ドックの方へと滑らせた。
「おぼえてなさいよ、馬鹿どもがっ! 乙王朝最終兵器で黙らせてあげるわっ!!」
「はいはい、どーどーどーどー、色々たまってますね〜、いっぱいですね〜。今日は朝まで付き合ってあげるですから、たっぷり愚痴ると良いのですよ〜」
 ひなは、ミツエを落ち着かせるように背中をぽんぽん叩きながら椅子に座らせ、新たな瓶の蓋を開けた。