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湖中に消えた百合達

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湖中に消えた百合達

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第3章 妖精に甘い罠を張れっ!


 放課後を待って集まって来た人たちも多いのか、湖にはちらほらと人の影が見えた。ヴァイシャリー湖は、夕日を反射して見事なオレンジ色に輝いていた。
 空井 雫(うつろい・しずく)は、アルル・アイオン(あるる・あいおん)に梨穂子失踪のニュースを聞いて、ヴァイシャリー湖に梨穂子と先輩の探しにきた…つもりだった。
「…あの、アルル?ちょっとなんか、おかしくない…?」
「え、だってやっぱり、聞いた通りにしないと出て来ないじゃない?オケアニデス」
 アルルは照れる雫の腕を取り、ここぞとばかりに自分の胸に押し当てる。はたから見たら、もちろん仲良しのカップル以外の何物でもない。
「でも、他にもなんか、人いるし…。その、人前でとか、ちょっと…はずかしいょ」
「しかたないじゃない。これも、人助けよ?」
 アルルは雫を横に座らせて、肩に手を回してひっついた。
 デートが人助けなんて、そんな…そもそもデートって恋人同士がするものだし。そもそもアルルとは、まだ恋人じゃないし…。雫は真っ赤になってうつむいていた。
「ほら、せっかくのキレイな湖を見ましょうよ。…このどこかに、梨穂子たちがいるはずなんだよね」
 アルルはそう言ってヴァイシャリー湖を見るフリをして雫の真っ赤な横顔を眺めた。
 
 冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)は、湖を見つめる2人の背中を眺めながら、如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)の手を引いた。あの2人も、例の事件を調べに来てるのかな?カップルでデートすれば、オケアニデスが出てくるかもしれないもんねっ。
 目が見えなくとも、気配を読むのに長けている日奈々は、日常生活に支障はなさそうだが、足元の悪い湖の周りを歩かせるのは、やはり千百合としても気が引けた。
「日奈々、どこかに座ろうか」
 さっきの2人のように、一緒に湖のほとりでデートをするもの悪くない。
「はい、ですぅ…」
 日奈々は素直に千百合に手を引かれるに任せていた。人助けのためにデート、でも日奈々は密かにうれしかったのだ。ただ、日奈々は、周りに人の気配がだんだんと増えてきていることを感じていた。自分たちと同じように、攫われた2人を心配して来ているのであろう、愛らしい乙女たちの歓談の声を聞くことも出来たが、それだけでなく、殺気に近いくらいに好戦的な張りつめた空気を持った人間が中にいることも感じていた。オケアニデスとの平和的解決を図る人ばかりではないのだ、と日奈々は内心怯えていた。

(ステキなお姉さまはいないかなー?)
と、姫野 香苗(ひめの・かなえ)は人の集まるところには、ステキはお姉さま率も上がるはずっ!と昨夜の事件を聞きつけて調査に来る人たちを見込んで、ヴァイシャリー湖へとやってきた。しかし、事件の調査だけあって、複数で来ている人やカップルで来ている人が大半で、1人で来ている人はほとんど見当たらなかった。なんでか洋梨を餌にしている不思議な娘がいたけれど…。
(可愛いは可愛いけど、お姉さまにしか興味ないのよねっ!)
「昨夜の事件について、調査に来たのでござるか?」
 1人でうろうろとしていた香苗の前に、髪をツンツンに立てた男…?ゆる族らしくネズミの着ぐるみ姿の人が現れた。
「朕の名前は、幻 奘。事件について話したいので、一緒にお茶しないアルか?」
 幻 奘(げん・じょう)は、先ほどから可愛い女の子を見かけると声をかけていた。カップルで来ていても、グループで来ていても関係なし。この勢いだとオケアニデスさえもナンパしかねない。もちろん、香苗も他の女の子たちと同じように不審気な目線を幻へと向けた。
「サル、お前も何か話すアルよ」
「いや、拙者は別に…」
 サルと呼ばれた男、風間 光太郎(かざま・こうたろう)は、困った顔をして呟いた。ナンパなどに興味はない。しかし、光太郎は百合園女学院の女の子と情報収集目的で話しをしたいと考えていたのは事実だ。湖底を、忍術を用いて調査しようとしたところ、大切なカメラ付きラジコン潜水艦をショーニーに壊されてしまったので、まずは攫われた2人の関係から洗い直そうかと思っていたのだった。
「いや、あの、攫われた人たちについて何か知っていたら、教えて欲しいのでござるが…」
「知らないわっ!」
 香苗はあからさまに不機嫌な様子で、背を向けて、逃げるように行ってしまった。
「サル!あほっ!お前のせいで女の子が逃げてしまったアルよ」
 幻は上手くいかないナンパを光太郎になすりつけて、次なるターゲットを探すのだった。

 秋月 葵(あきづき・あおい)は、同じ白百合団所属の和泉 真奈(いずみ・まな)から連絡を受けて、同じく白百合団所属のエレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)と共にヴァイシャリー湖に来ていた。
 真奈の調べた情報を受けて、攫われた2人を救いだす方法を探そうと思ったのだ。オケアニデスの悲恋を聞く限り、やはり昨夜と同じ方法を取るのが良いのだろうか。
「ねぇ、エレン…。瀬蓮ちゃんから聞いた、梨穂子ちゃんと先輩がしてたことして、みる?わたし、エレンとならしてもいいよ…」
 葵は勇気を出してエレンに言ってみた。これも白百合団としての務めだと、自分に言い訳しながら。
「葵ちゃん…。でも、あの、見られてると思うとちょっと恥ずかしいですね。それに…、昨日の再現をするなら、もう少し、日が暮れるのを待ったほうがいいかもしれないですよ」
 エレンは嬉しい気持ちよりも恥ずかしい気持ちが先立ち、ドキドキしたまま、ヴァイシャリー湖を見つめた。妖精が人を攫ったなどという事件が信じられないくらいに、夕日を受けたヴァイシャリー湖は静かに水を湛えていた。

 だんだんと日も暮れ始め、肌にあたる空気がひいやり、としてきた頃には、オケアニデスと戦うために準備万端整えてきた人たちも集まり、茂みにひっそりとその身を隠していた。
 松平 岩造(まつだいら・がんぞう)は大剣バスターソードをいつオケアニデスが現れても良いように構え、フェイト・シュタール(ふぇいと・しゅたーる)も、周りの気配に気を配りながら、岩造のそばに控えていた。オケアニデスの力は図りようがないが、現れたらすぐに飛び出す覚悟はあった。すぐそばの茂みでは、同じように高月 芳樹(たかつき・よしき)アメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)も、オケアニデスの出現を今か今かと待ち構えていた。
「カップルを攫うってことだが、そこそこ人も集まってきたようだし、そろそろ現れてもいいと思うんだがな」
 芳樹は攫われた2人のことももちろん心配だったし、なぜオケアニデスがこのような事件を引き起こしたのか知りたいと思っていた。
「大丈夫よ。いろいろと策を講じている人もいるようだけど、私たちは私たちに出来ることをしましょう」
 アメリアは芳樹の気持ちを宥めるように優しく声をかけたが、その声はやはり少し緊張しているようだった。
「なんだか、空気が張り詰めているのぉ…」
 セシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)はいつも通りの陽気な声で茂みの真ん中に腰を下ろした。携帯電話を操り【情報収集班】の整理した情報、を見る。周りの様子も気にはなるものの、カップルの時間を盗み見するというのは気が引ける。
「セシリア様。何か有益な情報がありましたか?」
 ファルチェ・レクレラージュ(ふぁるちぇ・れくれらーじゅ)はでしゃばらない程度に控えめな態度でセシリアに声をかけた。
「そうじゃな。オケアニデスの気持ちもわからないでもないが…。少女達の恋路に嫉妬し、邪魔をする不埒な輩に違いないのじゃ!…それにしても、不穏な空気じゃな」
 セシリアが不安を感じているということはなかったが、それでも周りの張りつめた空気が弾けた時のことを考えると、どうしたものか…、と考えないでもなかった。