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深淵より来たるもの

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深淵より来たるもの

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【1・村の異変?】

 ぎょろり、と誰かの目が動いた。
 その目はまるで、底の見えない沼のようにどす黒く濁っていた。
 それでいて不気味に意思を秘めた目で、ある一団を凝視していた。
 彼らは、今回依頼を受けてこの村へと集まってきた学生達であった。
「ヒヒヒ……」
 その誰かは、小さく笑った。それにどんな意味があるか、知るのはその誰かだけだった。
     *
 ツァンダ近くの村の入り口付近。昼をすこし過ぎた頃。
 村に住む少女ルルナに依頼されてやってきた生徒達は、彼女を待っていた。
 やがて村の方から駆けてくる少女がいた。彼女がそのルルナである。年は十。まだ世の中のことなど知らない幼い少女ではあるが、到着するなり礼儀正しくぺこりと頭を下げた。
「はぁ、はぁ。みなさん……ごめんなさい、おまたせしちゃって」
 待たされていたほうもその可愛らしくも丁寧なルルナの仕草に、思わず頬を緩めた。
「気にしないでください。ここにいるほとんどの方は今到着したばかりのようですし」
 そんなルルナに答えたのは、緋桜遙遠(ひざくら・ようえん)。蒼空学園の生徒である。その場には彼をはじめ数人の生徒がいた。依頼を受けた者達である。
 その依頼人であるルルナだが、早くもなにやらしょんぼりと落ち込んでしまっていた。
「わざわざ来てくださってありがとうございます、皆さん。そしてごめんなさい、こんなことに巻き込んでしまって。私が石碑を倒してしまわなければこんなことには……」
「元気を出してください。石を倒したのだってまだ関係あるとは限らないのですから」
 ぽん、とルルナの肩に手をおいて、
「大丈夫ですよ。他の生徒さんも居ますから。無事解決できますよ」
 にっこりと笑顔をみせる遙遠だった。
 そのおかげで少し元気を取り戻したのか、ルルナも頬を緩ませた。
 そしてその他の生徒。佐々木真彦(ささき・まさひこ)関口文乃(せきぐち・ふみの)は、既に他の村人から話を聞いて回っていた。更にもうひとりの彼らの連れであるマーク・ヴァーリイ(まーく・う゛ぁーりい)も、やって来たルルナに気づいてこちらへと近づいてきた。
「ルルナって子、来たんだな。ちょうどよかった。いきなりで悪いけど、今までで消えた村の人とか知ってる範囲でいいから、名前とか容姿とか、教えてくれよ」
「あ、はいです」
 その質問は想定していたらしく、ルルナはメモ帳を取り出して、
「はじめにいなくなったのは、トムさんです。金髪で二十歳の男性で、あまり話した事のない人ですけど。その次がセーラさん。妊婦さんで、気のやさしいお姉さんでした。職業は学校の先生です。それから……」
 そしてあらかたの話を聞き終わると、マークは足早に別の村人に話しかけ、
「トムさんが好きだったことってなんですか? あ、賭け事? それでとんでもない親不孝者だと……へぇ、それはそれは。え? それはそうとオレが誰かって? そんな細かいことはいいじゃないですか」
 その質問内容って、失踪したこととは直接関係ないんじゃ? と一瞬思った遙遠だが、探す上で何が手がかりになるかもしれないよな、と思い直した。
「さて、こちらも行動を起こしましょうか……おや?」
 そこでルルナが、ふるふると身体を小刻みに震わせているのに気がついた。
 視線の先を見つめると数人の人達がいた。遙遠は、その彼らの目になにか普通と違う濁りがあることに気がついた。
「あれが旅人、ということですね」
 少し興味の心も沸いたが、遙遠はひとまず今は怯えるルルナや他の生徒と共にその場を後にすることにした。
 一方で、真彦と文乃は好機とばかりに旅人に近づき、
「変わった方々が集まっていると聞いてきました。パートナーとして一緒に冒険してくださる方はいませんでしょうか」
 と話しかけていた。あからさまに奇妙に思われていたが、それも真彦の計算の内だった。今の発言に対し、相手の反応、特に手や足の動きに気をつけているのである。
「別に対等でなくても、地球侵略とか地球人を奴隷代わりに、とかでもよいのよ。こういう感じで。大体ワタシは恋人探しのために契約したんだし」
 真彦の頭を叩きながら、文乃も援護射撃を行う。
 だが。途中でふたりは違和感に気がついた。
「えっと、なんの話かよくわからないんですが」「変わった方々って、僕らのこと?」「すみません、村の仕事がありますんでこれで失礼します……」
 明らかに戸惑いの色を見せて、旅人たちは森のほうへと入っていってしまった。たいした反応が返ってこなかったことにふたりは若干困惑気味になってしまっていた。そこへ、マークが戻ってくる。
「どうだった? どういう反応返したんだよ」
「それが、別の意味で奇妙でしたよ。まるで何も知らない一般人のようでした」と、真彦。
「村の仕事って言ってたけど、どういう意味なのかしら」と、文乃。
 そして、少し考える風になって、真彦は小さく呟いた。
「もしかしたら、やはりあの方達は…………」
 その呟きの語尾は、強く吹いてきた風にかき消された。
 そして。
 森の中へと入っていった旅人達のあとをつける人物がいた。
 葛葉翔(くずのは・しょう)である。彼は影からこっそり連中の後についていけばきっと何らかの真実に辿りつけると踏んでのことだった。当の旅人達は、何やら山菜らしきものを採取しながら森の更に奥へと入っていったので、翔もそれを足早に追いかけた。
「あ、いたっ! あーもう、服がひっかかったジャン」
 と、そんな翔から少し離れた場所でそんな声がした。
 その声の主は翔のパートナー、イーディ・エタニティ(いーでぃ・えたにてぃ)であった。実は翔の様子を後ろから『隠れ身』を使って、監視していたのだった。
 元より素人が様子を伺うなんてばれて当たり前、これは二段構えの作戦だったのだ。なので翔からは自分になにがあっても手を出さないようにと言われている。のだが、
「もう……連中が何かする現場を押さえなきゃ意味ないジャン」
 そして、ひっかかった枝を外し、慌てて後を追いかけようとして、
 ドンッ!
 いきなり戻ってきた翔とぶつかってしまった。
「わっ!」「ぃたっ!」
 その拍子に、思わずイーディは『隠れ身』を解いてしまっていた。
「ああ、ごめん。だいじょうぶ?」
「ダーリン! え、なに? 連中は、どうしたジャン?」
「ん、あ、それが途中で見失っちゃってさ。意外とこの森広くて参ったよ」
「そ、そう。まあしょうがないジャン。相手もそう簡単にしっぽを掴ませるほど、マヌケじゃないのかもしれないしぃ。じっくりいくジャン」
「そうだな。じゃあ、別の旅人探しに行こうか」
 そうしてふたりは森を引き返していった。が、
(…………?)
 イーディは、何か奇妙な違和感を感じた。隣を歩く翔に視線を向ける。
 契約者同士は、精神的に繋がっているというのは周知の事実であることだが。実際に、その精神的な感覚で、イーディはなにかがおかしいと感じ取っていた。
「ね、ねぇ。ダーリン?」
「ん? どうかした?」
 にこにこと笑っている翔。
「あ……いや、なんでもないジャン」
 普段と変わらないその様子に、特になにも言えなかった。だがイーディの中のモヤモヤは収まらず、言いようのない不安が胸に残り続けた。