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学生たちの休日

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6.ヴァイシャリーの光景
 
 
「それでは、準備運動開始です」
 和泉 真奈(いずみ・まな)がメモリプレイヤーのボタンを押した。
『パラミタラジオ体操第一〜♪』
 元気な音楽と声がプレイヤーから流れ出して、ヴァイシャリーのはばたき広場に響き渡る。
 横に白いラインの入った真っ赤なジャージを着たミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)と和泉真奈は、音楽に合わせてラジオ体操を始めた。これが、二人の朝の日課である。
「さあ、真奈さん、次はいつものトレーニング行くよ〜!」
 一通りラジオ体操のメニューをこなし終えると、ミルディア・ディスティンは白い石畳に脚をのばして座った。後ろに回った和泉真奈が背中を押して、ストレッチを開始する。
「うん、今日も絶好調だよね!」
 黙々と、でも楽しそうに二人がメニューをこなしていると、突然はばたき広場の中央の時計塔をかすめるようにして、ド派手な中型飛空挺が降下してきた。
 飛空挺が、かけらも遠慮することなく邪魔な人々を蹴散らして、翼の形をした広場の右翼側に着陸する。
「な、なんなの?」
 唖然として、ミルディア・ディスティンは立ちあがった。和泉真奈は彼女の背中に隠れて小さくなっている。
 それにしても、飛空挺ではあるのだが、その外観はほとんどデコトラである。荷台には、なぜか、深夜番組で八パーセントの視聴率を誇った魔法少女二人組の萌えイラストがでかでかと描かれている。
「ありがとうだったのじゃー、紗千姐御ー」
 飛空挺の中からポンと飛び降りた小柄な魔女のビュリ・ピュリティア(びゅり・ぴゅりてぃあ)が、運転していた神戸紗千(ごうど さち)にお礼を言った。
「これ、お駄賃なのじゃー」
 腰につけた世界樹型のポシェットの中から小銭を取り出して、ビュリ・ピュリティアが言った。
「いいってことよ。一緒にガイドやった仲じゃねえか」
 水くさいとばかりに、神戸紗千が豪快に笑った。
「いいのじゃ。この間ゴーレム作るのにこき使われてたくさんバイト代をもらったのじゃ。遠慮することはないのだ♪」
「そうかい、じゃあ、遠慮なくもらっとくよ」
 二度目は断ることはせず、ありがたく神戸紗千はビュリ・ピュリティアからお金をもらった。
「へーえ、ここがヴァイシャリーなのじゃな。森と違って、石と水だらけなのじゃ。おお、なんか川ではねたぞ。いろんな色の大きなお魚なのじゃ」
 物珍しげに、ビュリ・ピュリティアがキョロキョロと周りを見回す。完全なお上りさん状態だ。
「やれやれ、ほっとけないかな。案内してやるよ、ついてきな」
「わーい」
 パラミタツナギを颯爽と翻して歩き出した姐御の後を、ビュリ・ピュリティアはちょこまかと追いかけていった。
「騒がしいですわね、まったく。せっかくの魚が逃げてしまいますわ」
「まったくですわね」
 はばたき広場の北の端に設営したビーチパラソルの下でくつろぎながら、お嬢様方が言った。
 彼女たちのそばでは、水路にむかって執事君とメイドちゃんが釣り糸を垂れている。
「釣れませんねえ」
「そんなものです」
 執事君のつぶやきに、メイドちゃんが素っ気なく答えた。
「でも、錦鯉を釣らないと御主人様の御機嫌があ……」
 何でも、先日この運河で巨大な錦鯉が釣れたそうなので、噂を聞いたお嬢様たちは、巨大貝の次は錦鯉よと燃えているのだ。
「それにしても、なんでそんな錦鯉が現れたのでしょうか。やれやれ」
 執事君は、人知れずため息をついた。
 
 はばたき広場の別の端では、二人の少女が、細身の剣でちょっとした試合を繰り広げていた。切っ先にカバーをつけた、練習用のフルーレをつかっている。
「貴殿も、なかなかやりますな」
 剣を繰り出しながら、ゴチックメイド服姿のマサラ・アッサムが言った。
「いやいや、あなたこそ」
 大きな羽根飾りのついた帽子をかぶったキーマ・プレシャスは、同じフルーレで応戦しながら答えた。
 細身の剣同士をくるくると踊るようにぶつけ合う戦いは、二人のボーイッシュな少女が細身のこともあって、実にシャープでスピーディーだ。
「早くマサラを倒してくださいな。次はわたくしの番なのですから」
 炎のように波打つ刃の大剣であるフラムベルクを担いだペコ・フラワリーが、待ちきれないとばかりに言った。
 最初はマサラ・アッサムとペコ・フラワリーで剣の稽古をしていたのだが、たまさか通りかかったキーマ・プレシャスが興味深そうにじっと見つめていたので、手合わせを申し込んだというところだ。
「いや、さすがにその大剣相手では……。今やっているように、ぜひとも同じ剣でお願いしたいですね。――おや、あの飛空挺、夏合宿で見たような。懐かしいなあ」
「よそ見をする余裕があるのかな?」
 姐御の痛飛空挺にちょっと視線を奪われたキーマ・プレシャスに、マサラ・アッサムが突きを入れる。肩をかすめかけるぎりぎりでその切っ先を避けたキーマ・プレシャスが、マサラ・アッサムに顔を近づけて笑った。
「それは失礼」
 瞬間的に距離をとりなおすと、二人は再び剣を交えた。
「飽きもせずに、よくやるよねぇ〜」
 ベンチに座ってマサラ・アッサムたちの遊びを眺めながら、チャイ・セイロンが、眠たそうに言った。
「好きなんだからいいんじゃない。ちょうど、手頃な相手が見つかったんだもん。いつも、同じ相手じゃつまらないんでしょう」
 チャイ・セイロンの膝枕でごろごろしながら、リン・ダージが言った。
「まあ、あたいたちに剣でかかってこられても困るからねえ」
「魔法で吹っ飛ばしちゃえばいいじゃない。あたしのスプレーショットだって負けないよ」
 ベンチの上で足をバタバタさせながら、リン・ダージがチャイ・セイロンに言った。
「それにしても、リーダーもジャワも遅いよね。待ちくたびれちゃった」
「リーダーは仕事とりに行ったんだし、ジャワは里帰りだから、そう簡単には帰ってこないでしょうねえ。まあ、いきなりここに降りてきたら、さっきの痛飛空挺どころの騒ぎじゃないしねえ〜」
 そんな会話が交わされているところへ、ゴチックメイドたちのリーダーであるココ・カンパーニュが戻ってきた。
 阿魔之宝珠の一件以来、ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)のところをクビになってしまったので、現在ゴチメイたちはプー状態であった。
「あ、お帰り、リーダー」
 リン・ダージが、がばっと起きあがってココ・カンパーニュを迎えた。
「ただいま……」
 せっかく仕事をとってきたはずなのに、ココ・カンパーニュは何か浮かない顔である。
「遅かったけど、どうかしたの?」
 ココ・カンパーニュの顔を見あげるようにして、リン・ダージが訊ねた。
「ああ、ちょっと迷った。まあ、仕事のことは、おいおい話すよ」
 ベンチにどっかと座って大きく足を組むと、ココ・カンパーニュが答えた。
「やれやれ。相変わらずままならないなあ。――今頃、地上ではなにしてるだろ……」
 空を見あげながら、ココ・カンパーニュはうっすらと目を細めた。