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ベツレヘムの星の下で

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ベツレヘムの星の下で
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リアクション



特別な日

 今日という日を少なくともどうでもいいと思うような人とは過ごさないだろう。けれども、特別だと思える人と来られなかった人もいるかもしれない。そんな怨念に満ち溢れた者たちが騒ぎを起こさぬよう、ひっそりと闇に身を潜める影が2つ。
 ほとんどの者は建物に入り、楽しそうなパーティが始まっている。誰もが遠慮せずに会話へ混じれるように、中央の建物の入り口にはメモが貼られたコルクボードがあった。
 ――西の建物では皆でお茶会やってるよ! カップルさんも1人の人も気軽に来てね。
 ――北の建物をお借りして、人夫様の恋愛講座というものをやっている。俺の経験が君の役にたてれば。
 ――南の建物で、こども会を。傍らで男同士の恋愛談義でもするのか? ま、興味があれば。
 このメモを見る限り、カップルが襲われる可能性があるのは東の建物と庭園内の散策中。今いる中央の建物には直がいるようなので、問題はなさそうだ。
 どこから見回るかと相談していると、いやに張り切った鈴木 周(すずき・しゅう)と諦め顔のレミ・フラットパイン(れみ・ふらっとぱいん)がメインルートを歩いてくるのが見える。
「周、か。友人を疑いたくはないが……」
「なんだ、知り合いか?」
 吊りスマスなんていう恐ろしいチーム名をつけたレイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)五条 武(ごじょう・たける)のパトロール隊は、どうやら怪しい人物を見つけたようだ。
「無類の女好きだ。人の彼女にまで手を出すかはわからないが……迷惑をかけないとも言い切れないぜ」
「要注意人物リストには入れとくか。見張りもいるようだし、他から当たっていこう」
 そうしてクリスマスの安全を守るために偵察へと出かけた2人。カップルたちの安全は守られるのかもしれないが、独り身の人たちにはどのような処罰が待っているのだろうか。
 そんな気配を感じもせず、九条院 京(くじょういん・みやこ)文月 唯(ふみづき・ゆい)は東の建物へと向かって歩いていた。他の建物ではすでに顔見知り同士でパーティを始めているらしく、それなら東では何がやっているのかと興味があったのだ。
「すごいねー、色んな薔薇がライトアップされてる」
「うん、でも寒くない? 何か温かい飲み物でも貰ってくれば良かったかな」
 大丈夫と言う代わりに、繋いだ手を握り返す。いつでも気を遣ってくれる彼が2人分の飲み物を持ってしまえば、こうして手を繋ぐことなど出来なかったかもしれない。かと言って、今日くらいは素直になろうと決めている京にもさすがにそんな理由を告げることは出来ず、何か別の話題を見つけるように辺りを見回した。
 薔薇以外に目に入る物と言えば、煉瓦が敷き詰められた道と一定間隔で並んでいる街灯、そしてそこに付けられているリースや雪だるまなんかの飾りに、数組の幸せそうなカップルたち。
(やっぱり京たちもカップルに見られてるのかな……)
 仲良く手を繋いでいる様子だけを見れば、そうかもしれない。そう見られて嬉しいのかと聞かれれば全力で否定してしまいそうだけれど、兄妹にみられるよりは悪くないかなとも思ってしまう。
(京が下なんじゃなくて、唯が下なんだもん。だから兄妹が嫌なだけで、別になにか特別な――)
「どうしたの京、お腹空いた? 建物までもう少しあるみたいだけど頑張れる?」
 黙ってしまった京を心配して、唯が顔を覗き込む。何かを期待してるわけじゃないけれど、おしゃれをして、2人で手を繋いで。周りにはカップルしかいないのに雰囲気に飲まれず平然としている唯がなんとなく悔しい。
「……なんでもない」
 出来るだけ気を遣って、彼女を楽しませてあげたい。そうしないと隠してある自分を見せたときに嫌われてしまうのが怖いから。だから平静を装っているのに、2人の気持ちはすれ違ってしまって折角のクリスマスが台無しだ。
「お、なんだ喧嘩か? 恋人同士がこんな日に喧嘩なんてするもんじゃないぜ!」
 そんな空気をぶち壊すかのように声を掛けてきた周は、じーっと京の顔を見ている。
「な、なに?」
「あー、京かぁ! 可愛い格好で大人しくしてると、一瞬誰かわかんなかったぜ!」
「……知り合い?」
 少し心配そうに唯が尋ねるが、京は首を振る。初対面でなぜ名前を知られているのかもわからない。いや、確かに突拍子も無い行動をして学校内で有名になっていることはあれど、逆にそれを知っているのならフレンドリーに声などかけてこないはずだ。
「同じ学校の女の子くらい覚えてるって。それより2人は付き合ってたのかー羨ましいな!」
「京たちは、そんな」
「照れんな照れんな! マジお似合いだし。俺も誰かと手ぇ繋いで歩きたいぜ」
 言われて京は俯いてしまう。そう見られているとは思っていたが、面と向かって言われてしまい恥ずかしくなってしまったのだろう。そんな彼女の様子を見て、唯は落ち着いた様子で周に説明する。
「俺はただのパートナーですから。あまり、彼女に失礼なことを言わないで頂けますか」
(ただの、パートナー……唯にとって、京はやっぱりそうなんだ)
 これで変わらない態度にも説明が付く。少しばかり年上で面倒を見てくれるから、その延長で今も付き合ってくれているだけ。なんとなくそんな気はしても、少なからず自分が特別だから優しくしてくれるのだと思っていたから、唯が発した言葉はこだまするように頭の中で鳴り響いている。
「ふぅん……だったらさ、俺と一緒しようぜ! 絶対その方が楽しいって!」
 ぐいっ、と半ば強引に繋がれていない京の手を取る。俯いていた顔は驚いて周を見ていた。
「でも……」
 いつもなら文句の1つでも言って手を振り払っているだろうが、唯の言葉にこのまま一緒にいても楽しめないんじゃないかという不安、けれど自分は一緒にいたいと思ってしまう矛盾した気持ちに言葉が出せず唯を見る。
「――触るな」
 それより先に、自分と周の間に入り腕を捻り上げるようにして引き離していた。横顔だけ見ても怒っていることは明白で、どうして単なるパートナーにそこまで怒るのかがわからない。
「君は彼女の何を知っていますか。俺は京のいい所をいっぱい知ってる、そして守らなきゃいけない大事な人なんです」
「いだだだっ!! わか、わかった! 降参! ……ったー、だから言ったじゃねぇかお似合いだって」
 やっと唯に離された腕をさすりながら、周は痛みを我慢して笑ってみせる。単なる喧嘩かと思えば素直じゃない恋人未満のおかげで、随分と時間がかかってしまった。
「誰かに取られるのが嫌なくらい大切なんだろ? 今日くらいは態度で示してやってもいいと思うぜ!」
「……そうなの?」
 じっと自分を見つめる京に唯は言葉を詰まらせる。こんな形で言うはずも無かった先ほどの言葉を取り消したい。
「俺に遠慮せず、どどーんと素直にぶちまけてみろよ。じゃないと俺も安心して――」
「周くん、それ以上邪魔しないの! 2人ともごめんねー」
 レミに引っ張られる形であえなく退場となった周だが、当然残された2人は元の空気に戻ることも出来ず立ち尽くしてしまう。
「えっと……さっきの質問は、保留でいいかな。いつかちゃんと答えるから」
「いつかって、いつ?」
 今答えを知りたいのに、唯は誤魔化そうとしてしまう。あともう少しで本当の気持ちが聞けると思っていた京にとって、そんな言い訳で逃がしてあげるつもりなどない。
「来年、とか」
「遅い!」
「……ツリーに飾り付けしたら、は?」
 その答えに満足したのか、手を繋いだまま京は東の建物に向かって走り出してしまう。もう少しのんびり庭園を見て言葉を探そうとしていた唯にとって、それは大きな誤算だった。
「京? 薔薇見ないの?」
「あとで!」
「じゃあケーキとか、何か食べて――」
 どうにか時間を稼ごうとする唯に悪戯な微笑みを浮かべて振り返る京には、もう不安な様子はない。どういう意味合いかは分からないままだけれど、少なくともあんな顔をして守ってくれるのだから自分はやっぱり特別なんだと自信を取り戻したのだろう。
「唯の答えを聞くのが先なのだわ!」
(――反則だ)
 いつも見慣れた制服や部屋着とは違う可愛らしい服でいるだけでもドキドキするのに、そんな風に微笑まれたら嫌だなんて言えるわけがない。まして、あの状況で口走った言葉に対してのちゃんとした答えを待ち望んでいるだなんて、都合良く解釈してしまいそうだ。
 急いで向かうツリーの元で自分たちの関係は変わるのだろうかと、今まで余裕を見せていた唯に少しずつ緊張が見えてくるのだった。
 その頃、中央の建物付近にある大きなツリーには、緋桜 ケイ(ひおう・けい)ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)の姿が。彼女が用意した手作りのオーナメントを飾るべくやってきたのだが、飾りを高い位置へ付けてやろうと受け取ったケイは、用意された物が意外だったのかじっと見つめたままだ。
「どうしましたか、ケイ。ボク、何かおかしかったですか?」
 小さいハート型に切り抜いた木の板に自分たちの名前を書いて、リボンも付けた。結び目には小さい星とベルをあしらって、とても可愛いオーナメントになったと思うのに。
「いや……誰が見ても、恋人同士みたいな飾りだなって」
「はい! ずっと大好きなケイといられますようにってお願いしながら作りました」
 にこにこと微笑みながら空いた手を握りしめられて悪い気などしない。けれど、ほんの少しだけ胸が痛む。
(……他の恋人にも、作ってあげたのかな)
 純粋過ぎる彼女の想いは疑わない。いつも真っ直ぐに大好きという言葉や嬉しそうに抱きついてくることで愛情表現をしてくれる。でもそれは、たった1人に向けてじゃない。
 今こうして隣に居てくれるけれど、クリスマス当日は会えなかった。自分の都合のせいだけれど、その日彼女は誰と過ごしたんだろうかと思うと苦しくなる。
「ケイ……?」
(ダメだ、こうして一緒に来てくれただけでも嬉しいのに……欲張りになってきてる)
 以前一緒に来た別の薔薇園では、呼び捨てで呼んでもらえるようになった。誰も呼び捨てにしない丁寧な話し方をする彼女に対して我が儘を言ったけれど、他の人より少し特別になれた気がした。それで十分だと思っていたのに。
「ごめん、付ける場所に迷ってた。あまり高いところじゃなくて誰にでも見えるところにしようか」
「ふふ。これで、ボクとケイが仲良しさんなのがみんなに伝わりますね!」
 本当は牽制したいから、なんて言えないくらいの笑顔に自分の心が狭いのかとも思うけれど、本当の恋を知らない彼女にこれ以上無理を言いたくない。だけど、誰にも渡したくなんて無い。オーナメントを付け終わり、リンと響いたベルの音にヴァーナーは満足げに抱きついてくる。
「付けてくれて、ありがとうです。これで、安心してケーキが食べられます!」
 ちゅっと音を立てて頬にキスをされるけれど、これも彼女の挨拶代わりのようなものだと思うと、嬉しい反面束縛したくなってしまう。
(待つって、決めたんだ。こんな気持ちをぶつけちゃダメだろ)
 言葉を押さえ込むようにヴァーナーを抱きしめて、この時間が永遠になればいいのにと願う。視界に入るレースが多目の白バラ風なドレスは眩しくて、差し色の赤いストールがまるで純粋な彼女を染め上げようとする自分のようにも思えた。
「……忘れないうちに。これ、プレゼント」
 変な考えをするのは止そうと、少し体を離して用意していた物を渡す。小さな可愛らしい紙袋に、なんだろうかと一言断って取り出すと、中からは純白のリボンが出てきた。
「わぁっ! 凄くキレイな白です。今のドレスにも合わせられそう……ありがとうございます、ケイ!」
 彼女が所属する白百合団のシンボル「白百合」の色でもあり、何よりも彼女自身のイメージにピッタリだと思ったケイの見立ては間違いなかった。いそいそと今のリボンを解いて結び直してみると、彼女の為に存在していたかのように似合っている。
「今まで白いリボンは見たことが無かったから。でもやっぱり、似合ってる」
「リボンかぁ……ケイからもらえると、すっごくすっごくうれしいです」
 何の変哲もない普通のリボンにここまで喜ばれると思わなくて、少し面食らってしまう。けれど、幸せそうな顔をして飾ったばかりのオーナメントを指さす彼女に、もっと驚かされるとは思わなかった。
「ケイも知っていたんですね、リボンはえいえんに結ばれるって意味があること」
「え?」
 いつも身につけている物で、似合いそうな色をと思って選んだケイにはクリスマスのオーナメントとしての意味合いまで考えてはいなかった。けれども、彼女がその意味合いを含めて喜んでくれているのだとしたら、もの凄く嬉しい。
「えっと、ボクからもプレゼントです! ケイの誕生石のアンクレットです。きっとまもってくれるです」
 手渡された小箱を開けてみれば、プラチナのチェーンに自分の誕生日である7月の誕生石、ルビーを飾ったアンクレット。
 以前に欲しい物として呟いた記憶はあるけれど、サラッと言ってのけたそれを贈られるとは思いもしなかった。
「覚えて、くれてたんだ」
「あたりまえですよっ、ケイのことなんですから! プラチナは直感力、ルビーは勇気アップって聞きました」
「勇気……」
 彼女は誕生石で選んでくれただけなのに、その言葉を聞くと本当に勇気が沸いてきそうでケイは自分の腕にそれをつけてみる。
「あの、この間はボクを庇って怪我をさせちゃってごめんです。そしてあらためてありがとうでした!」
「気にしないで、ヴァーナーに何人恋人がいようと、1番に守ってあげるから」
「恋人……?」
 きょとん、とする彼女に慌てて口を押さえる。折角良い雰囲気だったのに、嫉妬心を剥き出しにしては台無しだ。
「ふふ、ケイは何人もいないです。1人だけですよ?」
「いや、その……」
「1番好きだから、ケイって呼ぶ約束でしょう?」
「――っ!」
 忘れていた、1番大事なこと。他に恋人や好きな人がいようと、その呼び名が変わらない限りは1番近くで彼女と一緒にいられるんだ。
 たまらずに強く抱きしめて、小さな額にキスをする。溢れるくらいの大好きが本当の意味で伝わるその日まで、もう迷わない。
「大好きだぜ、ヴァーナー。今日は一緒に来てくれてありがとう」
「ボクもケイが大好きです! 一緒にいられてうれしいですっ」
 この笑顔を守り抜こう、ずっと一緒にいられるように。子供サイズのキスを抜け出せる、その日まで――



「本当に周くんってば信じられないよー」
 彼が女の子を見る度にナンパを繰り返すのは仕方がないと思っている。けれど、まさかカップルが多そうなイベントであんなことをするとは思いもしなかったとレミは大きな溜め息を吐いた。
「カップルの仲を取り持つのは悪いことじゃないだろ? それに、こういう陰ながらの努力って奴を見てる子は必ずいるもんだって!」
 何事も前向きに捕らえる彼らしいけれど、実際良い作用を働いたのかどうかは分からない。それに、最初はナンパ目的だったのだからあわよくばという気持ちが無かったのかと問い詰めたら何て答えるだろう。
(あたしは、普通に周くんと楽しめるかなって思ってたのに)
 懲りもせずに道行く女の子たちに目を奪われている周になど言ってやるものかと、腕を引いたまま中央の建物へとやってきた。
「なんだよレミ、俺まだパトロール……」
「カップルの邪魔しちゃダメだってば! 1人で来ている子も、今日は相手が忙しいからって人が多いみたいだよ?」
 今回の周は単なるナンパではなく善意での行動も含まれるということで近くでやり過ぎないように見守っていたけれど、その間周りの話に耳を傾ければ1人で寂しい思いをしている人は見かけなかった。
「だよなー……これ以上やっても虚しくなるだけかぁ」
「そうそう! 諦めてパーティを楽しもう?」
 扉を開ければがパートナーたちと楽しそうに盛り上がっている姿が見え、カップルじゃないらしいあのグループなら気兼ねなく混ざれるような気がした。
 思う存分ナンパをすることは出来なかったけれど、あのカップルが幸せになっているといいな。そんなことを思いながら、周たちはクリスマスパーティを楽しむのだった。