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学生たちの休日2

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学生たちの休日2
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    ☆    ☆    ☆
 
「お待たせでしたぁー」
 息せき切って走ってきた佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)が、街灯の下で待っていた水神 樹(みなかみ・いつき)に言った。
「ううん、私も今きたところです」
 水神樹が、定番の嘘で挨拶しつつニッコリと微笑む。
「じゃあ、行くとしましょうか」
 そう言うと、佐々木弥十郎は先に立ってさっさと歩き始めた。その所作にちょっとむっとした水神樹であったが、すぐに早足で彼の横に並んで歩き出した。
「いいお店を知ってるんですよぉ〜」
 事前に血反吐を吐くような猛勉強でやっと探しあてた店へと、佐々木弥十郎は水神樹を案内していった。
「感じのいいお店ですね」
 シックな感じの洋服店に二人は入っていった。既製品中心だが、オーダーメイドも扱っているため、ちょっと落ち着いた高級な感じがする。大人びた水神樹には、似合いそうな店だ。その点、佐々木弥十郎の血みどろの努力が実ったと言えるだろう。
「ゆっくりと、見てくださいね〜」
 水神樹のロングコートを預かりながら、佐々木弥十郎は言った。
「たくさん種類がありますね。このブラウスなんかどうですか?」
 ちょっとはにかみながら、水神樹がセーターを着た身体の前に、ハンガーに掛かったままのブラウスをあてて訊ねた。
「落ち着いていて、いいと思いますよぉ。それと合わせるなら、今の時期だったら、このへんでしょうかねぇ」
 そう言うと、佐々木弥十郎はフードつきのアウターを選んで、水神樹に手渡した。
「他にも、いろいろ試してみましょうよぉ。ああ、下も選ばないといけないですねぇ」
 佐々木弥十郎がスカート売り場の方に足をむけると、ちょっと場違いなミニスカサンタが二人立っていた。
「スカートは、ミニが正義です」
「ミニですよ、ミニ」
 そう佐々木弥十郎に力説した直後、二人は店員につまみ出されていった。背をかがめて連れられていく片方の子だけ、姿勢のせいかパンツが丸見えだ。
「そうかぁ、ミニかぁ」
 一瞬で洗脳された佐々木弥十郎がミニスカートを選んで持っていく。
「じゃあ、試着してみますね」
 少しはにかみながら、水神樹が試着室に入った。
「どうでしょうか」
 佐々木弥十郎の選んだ服を着て、水神樹が試着室の中から現れる。
「ちょっとすーすーするけれど」
 すらりとした長身の水神樹がミニスカートを穿いていると、長い足が強調されて佐々木弥十郎の目にまぶしかった。ふと、先ほどのおしり丸出しの子の姿が脳裏によみがえる。
「そ、それもいいですけれど、これなんかどうでしょうかぁ」
 顔を真っ赤に染めながら、佐々木弥十郎は、脚の露出のまったくないボトムス・パンツをあらためて水神樹に手渡した。あんな綺麗な脚を、他の男に見せるのはもったいなさすぎる。
「うん、こちらの方が暖かくて、今の季節はいいですね」
 着替えた水神樹も、こちらの方が気に入ったようだ。
「じゃあ、それを買いましょう。ワタシからのプレゼントです」
 そう言うと、佐々木弥十郎は、水神樹が遠慮しないうちに支払いをすませに走った。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「まったく、クリスマスが近いと、どこもカップルだらけだのう」
 喫茶店の椅子に座った悠久ノカナタはそうつぶやくと、抹茶をずずずとすすった。
「まったくだぜ」
 雪国ベアが同意する。
「まあまあ、探せば、いい異性がそばにいるかもしれないし」
 二人を取りなすように、ソア・ウェンボリスが言った。
 その言葉に、悠久ノカナタと雪国ベアが互いをじっと見つめあう。
「無理」
 二人同時に言うと、即行でそっぽを向き合った。その視線の先に、凛々しい女性とのほほんとした男性のカップルが、反対側にはスカート姿のペアルック……のカップルが。どうせ、近くにはもう一組いるのだ。
「ふう」
 疲れたように、二人はテーブルに突っ伏した。
「まあまあまあ」
 ソア・ウェンボリスはそう言って苦笑するしかなかった。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「全員そろったようであるな。では、今日のミッションを説明する」
 レオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)は、集まった十一人の男女を前にして言った。
「俺たちの目的は、ここ空京ショッピングモールにて、来るラ・フェット・ド・ノエル(フランス語のクリスマスパーティー)用のグッズを確保することにある。ライバルは多く、時間も少ない。再集合は、一五〇〇の予定である。各人の健闘に期待する。散会!」
 そう言うと、レオンハルト・ルーヴェンドルフは黒いコートを翻して、早くも目的の物を探しに歩き出した。
「ああ、待ってよ、レオンくん。行こう、シルヴァ様!」
 ルイン・ティルナノーグ(るいん・てぃるなのーぐ)シルヴァ・アンスウェラー(しるば・あんすうぇらー)の手をとると、レオンハルト・ルーヴェンドルフの後を追って走り出した。
「まずは、定番のバーティーグッズであるな」
 二人を従えたレオンハルト・ルーヴェンドルフは、クリスマスツリーの飾られたそれらしい店に入っていった。モールに電飾にオーナメント、大小のクラッカーに、ゲーム用のビンゴカードなどを、次々にカートに載せた籠の中に放り込んでいく。
「ねえねえ、これってなあに?」
 ルイン・ティルナノーグが、籠の中の物を指さして、シルヴァ・アンスウェラーに訊ねた。
「それは、星形手裏剣とカラー煙玉ですね。パーティーのときの忍者劇で使います」
 実に適当なことをシルヴァ・アンスウェラーがルイン・ティルナノーグに吹き込む。
「へーえ、じゃあ、この綺麗なわっかは?」
「それはリンスと言って、クリスマスツリーで輪投げをするときに……」
「こら、あまり変なことを教えないように。ルインも、頭から信じるではないぞ」
 さすがに、レオンハルト・ルーヴェンドルフが釘を刺した。
「はーい」
 素直にルイン・ティルナノーグが返事をする。シルヴァ・アンスウェラーはちょっと不満そうだったが、棚にある鼻眼鏡を見つけて、ちょっと目を輝かせた。
「これはいいですね」
 すかさず、鼻眼鏡を籠の中に入れる。
「さて、精算するぞ。次は酒だ」
 レジに進みながら、レオンハルト・ルーヴェンドルフが二人を急かした。
 精算が終わって紙袋に詰められていくパーティーグッズの中から鼻眼鏡だけを確保すると、シルヴァ・アンスウェラーは、それをちゃっかりとポケットにしまい込んだ。
「後でちゃんと戻しておけよ」
 運搬用のショッピングカートに買った物を詰めながら、レオンハルト・ルーヴェンドルフがさりげなく言った。
 次は酒屋だ。
「とりあえずシャンパンを人数分……、いや、未成年もいるからな、ノンアルコールの物も混ぜておくか」
 素早い判断で次々に酒瓶を選んでいくレオンハルト・ルーヴェンドルフを尻目に、早くもシルヴァ・アンスウェラーは飽きてきてしまったようだ。
「ちょっと遊びに行くぞ」
「はーい、ルインもついていきますー」
「こら。――まったく、しょうがないな」
 酒屋を飛び出していく二人を見送って、レオンハルト・ルーヴェンドルフは言った。
 
「では、拙者はナナ様の護衛を……」
「大丈夫ですわよ。たまには女の子同士で楽しみましょう」
「そうそう。ナナさんの邪魔をしちゃいけないよ」
 ナナ・マキャフリー(なな・まきゃふりー)についていこうとする音羽 逢(おとわ・あい)を、エレーナ・アシュケナージ(えれーな・あしゅけなーじ)向山 綾乃(むこうやま・あやの)とともに引っぱった。
「しかたないでござるな。主の笑顔を守るのも、従者の勤め」
 邪魔をするなと言われては、音羽逢としても食い下がるわけにはいかなかった。
「じゃあ、ちょうどいいですから、少し早いクリスマスプレゼント。ああ、もちろん、パーティーの時は、また別の物を持っていきますわ」
 そう言って、エレーナ・アシュケナージが、音羽逢と向山綾乃にプレゼントのつつみを渡した。
「綾乃さんにはお料理で使うミトンを。逢さんには迷子にならないように方位磁針を」
「わあ、ありがとうございます。毎日使わせていただきます。逢さんもよかったですね、これでもう迷子になりませんよ」
「別に、好きで迷子になっているわけでは……。でも、とても嬉しいでござる」
 そう言うと、音羽逢は腕の装甲にさっそく方位磁針を装着した。
「では、いざ、南に参ろうでござる」
 方位磁針の赤い針の方向を指さす音羽逢に、エレーナ・アシュケナージは、まず方位磁針の見方から説明しなければと心に固く誓うのだった。
 
「……これなど、どうでしょうか? イリーナ様に似合うかと。あっ、いけない、トゥルペ様へのプレゼントでしたわね」
 あまり派手でない金鎖のペンダントを手にして、ナナ・マキャフリーがイリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)に言った。イリーナ・セルベリアからレオンハルト・ルーヴェンドルフへのプレゼントのアドバイスであったはずが、いつの間にか無意識に自分の好みの物を選んでしまっていたらしい。
「いや、悪くはないかもしれないな」
 ナナ・マキャフリーの選んだペンダントを手にして、イリーナ・セルベリアが言った。
「じゃあ、おそろいにすれば……。いっそ、ナナも同じ物買っちゃおうかなあ。きゃっ♪」
 思わず妄想して、ナナ・マキャフリーが口許で両手の拳を合わせて言った。
「おおっ、このドッグタグなんかも悪くないぞ。ちょうど、名入れサービスをしてくれるそうだ」
 他によさそうな物はないかと棚を物色していたイリーナ・セルベリアは、プラチナ製のシンプルなドッグタグを見つけて目を輝かせた。プレゼントとしてはあまりに無骨すぎるかもしれないが、シンプルな中にも機能美とも呼べる品のよさがある。
「よし、これにしよう」
 心を決めると、イリーナ・セルベリアはレジにむかった。
 おとなしくナナ・マキャフリーが待っていると、突然何かが顔にかけられた。
「ルイン、写真です、写真」
「はい、シルヴァ様」
 後ろからナナ・マキャフリーの顔に鼻眼鏡をかけたシルヴァ・アンスウェラーが叫んだ。すかさず、ルイン・ティルナノーグが携帯で写真を撮る。
「もう、何をしているんですか」
 軽く怒っては見せるが、子供っぽいいたずらと分かっているので、本気ではない。
「おいおい、私のいないうちに、いったい何をしているんだ」
 楽しそうにふざけあう三人を見て、戻ってきたイリーナ・セルベリアがちょっと呆れる。
「次行きますよー」
「はーい」
 イリーナ・セルベリアの姿を見て、シルヴァ・アンスウェラーたちは走り去っていった。きっと、次の獲物を探しに行くのだろう。
「そうそう、ナナにはこれを渡そうと思って持ってきていたんだ」
 嵐が去ると、イリーナ・セルベリアは小さなつつみをナナ・マキャフリーに渡した。
「わあ、なんでしょう」
 許可を得て、ナナ・マキャフリーが袋を開けてみる。中には、猫用のもふもふしたおもちゃが入っていた。
「うちの大事なメイドさんのミケだからな。気に入ってくれるとよいが。ナナも一年お疲れ様。初詣でも皆で一緒に行こうな」
 そう言って、イリーナ・セルベリアはナナ・マキャフリーの頭を撫でた。
「さて、レオンの所へ戻ろうか」
 そう言って歩き出したが、ふと、ナナ・マキャフリーが足を止めて周囲を見回す。
「どうした?」
 それに気づいたイリーナ・セルベリアが訊ねる。
「いいえ、何か変な感じがさっきからするんですが……。ストーカーかしら……」
「また、さっきの二人かな?」
「いえ、違うような気も……。さあ、早く、トゥルペ様の許へ参りましょう」
 
「うーん、いったい何を買えばいいんだぁ」
 非効率にウィンドウショッピングを繰り返しながら、武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)は頭をかかえて叫んだ。
 ケンリュウガーとして、単純に敵を叩きのめすのなら事は簡単なのだが、今は敵の姿がはっきりと見えない。
「俺は、俺はどうしたらいいんだ。教えてくれ!」
 武神牙竜は、大神 愛(おおかみ・あい)の両肩をつかんで叫んだ。
「お、落ち着いてください。プレゼントを贈るのであって、必殺技を送りつけるんじゃありませんから」
 ちょっと困りながら、大神愛は武神牙竜をなだめた。せっかく神代 正義(かみしろ・まさよし)から解放されて正義の味方でない一日を過ごせると思ったのに、同じキャラと絡んだら結局同じことになってしまうかもしれない……。
「いいですか、贈り物は勝負ではありません。相手の気持ちになって、思いやりの心を……」
 懇々と諭す大神愛に、武神牙竜は素直にうんうんとうなずきながら聞いていた。
「ええっと、あそこで真剣に語り合っているカップルは……誰?」
 そんな二人の様子を見て、佐野 亮司(さの・りょうじ)は首をかしげた。どこかで聞いた声のようにも思うが、顔は見覚えがない。
「ああ、あれはあ、武神牙竜さんと、大神愛さんですよー。決して、カップルでは、ありませーん」
「なんだってぇ!」
 解説してくれたフェリックス・ステファンスカ(ふぇりっくす・すてふぁんすか)の言葉を聞いて、佐野亮司は驚きの声をあげた。どうりで、聞き覚えがあるはずだ。
「失礼ですよ。いくら私だって、二十四時間覆面をしているわけじゃないんですから。だいたい、あれは、正義さんのせいなんです」
「はあ」
 力説する大神愛に、佐野亮司は生返事をした。さすがに、今目の前にいる結構かわいい女の子と、いつもシャンバランの隣で叫んでいる覆面女とが同一人物だとは、にわかに信じられないでいたからだ。
「まあまあ。それよりも、買い物を急ぎましょう。集合時間は待ってくれませんから」
「そうだな」
 フェリックス・ステファンスカに言われて、佐野亮司は歩き出した。パートナーたちへのプレゼントを買うわけだが、結構な数があるから大変だ。
 まずは、綾乃には好物の鴨南蛮セットを探す。ソルには、料理の本と、そうだな鍋にしよう。ちょうど鴨鍋にいいだろう。シオには、適当にメンズコスメにするか。
 あれこれ考えながらも、意外とてきぱきと店を回っていく佐野亮司につきあいながら、武神牙竜は少しずつ学習していった。
「よし、香水にするぞ。それなら、女の子なら喜ぶはずだ。それこそが、俺のジャスティス!」
「武神さんは、直球ですねえ。それなら、しゃれたアトマイザーと一緒にプレゼントするといいかもしれませんよ」
「そのアドバイス、もらったぁ!」
 そう叫ぶと、武神牙竜はフェリックス・ステファンスカに礼を言って、すぐそばのコスメショップに突撃していった。
 
「まったく、ケンリュウガーともあろう者が、いったい何をやっているのよね」
 物陰から様子をうかがうリリィ・シャーロック(りりぃ・しゃーろっく)は、黒いスーツに黒いソフト帽、さらにサングラスという完璧な尾行スタイルだった。休日であっても正義を貫くケンリュウガーの姿を記録してほしいとさるお方に依頼されて、人知れず尾行をしていたところである。
「まったくだ、正義の味方とあろう者が、一時とはいえ気を抜くとは……」
 リリィ・シャーロックの頭の上から、神代 正義(かみしろ・まさよし)の声した。二人して顔をそろえて、建物の陰からフェリックス・ステファンスカたちを監視していたのだ。
「誰、あなたは。同じオデンの臭いがするわ」
「そんな台詞が出るとはな、強敵(とも)よ」
 常人には計り知れない連帯感が、視線を交わした二人の間に一瞬にして生まれた。
「む、奴らが移動する」
「追いかけるんだもん」
 すすすすすと、ショーウインドに張りつくようにして、二人は尾行を再開した。
「よかったですね。やっとプレゼントが決まって」
「ああ。みんなのおかげだ」
 ニッコリと微笑みかける大神愛に、武神牙竜は元気に答えた。
「なんなんだ、あれは。俺の前で、あんな笑顔見せたことないじゃないか」
 その様子を見た神代正義の脳裏に、パートナーのフィルテシア・フレズベルク(ふぃるてしあ・ふれずべるく)の言葉がよみがえった。
『愛ちゃんが、私たちに内緒で出かけるらしいわよぉ。今までそんな事はなかったのにぃ……。ああ、もしかしてぇ、事件に巻き込まれてたりしてぇ! 悪の組織に脅された愛ちゃんはしかたなしに犯罪に協力させられるのねぇ……私たちに内緒なのも、そんな事情を話すに話せないため……あぁかわいそうな愛ちゃん! よよよ……』
 そう言って、フィルテシア・フレズベルクは、陰でニヤリと笑ったのだった。
「ケンリュウガーめ、いつから悪の手先に成り下がった……」
「ちょ、ちょっと待ってよ。さすがにそれはないんだもん」
 リリィ・シャーロックが、神代正義の言葉をすかさず否定した。
「とにかく、後をつけて確かめるんだ」
 猜疑心マックスの状態で、二人は、尾行を続けていった。
「ようし、みんな無事帰還したな」
 各位の点呼をとってから、レオンハルト・ルーヴェンドルフが安心したように言った。
「これより、第二フェイズに移行する。目的地はカラオケ店だ。離脱せぬようにまとまって移動するように。では出発」
 レオンハルト・ルーヴェンドルフを先頭に、それぞれ買い物バックを持った集団がぞろぞろと移動していく。その顔は皆楽しそうだったが、ふいに、ナナ・マキャフリーが立ち止まって後ろをうかがった。
「どうかしたんですか?」
 気になって、シルヴァ・アンスウェラーが訊ねた。
「何か、邪悪な気配を感じます」
「それは面白いですね」
 チラリと神代正義たちの姿を確認して、シルヴァ・アンスウェラーが面白そうにほくそ笑んだ。
「犯人は、あなたたちです!」
 ナナ・マキャフリーが、神代正義たちを指さして叫んだ。
「どういたしました。悪者が現れたでござるか!」
 ナナ・マキャフリーの声に驚いた音羽逢が駆けつけてくる。
「俺たちは、悪者ではない。正義の味方だ!」
 思わず叫んでしまった神代正義が、反射的にポーズをとる。
「ああ、出て行っちゃだめなんだもん」
 リリィ・シャーロックが叫んだが遅かった。
「いけません。変質者を刺激すると危険です。いいですか、一、二の三でダッシュですよ。撒いてしまいましょう!」
 シルヴァ・アンスウェラーが叫んで、全員を走らせた。
「ああ、ちょっと、待って……」
「待ってよー」
 いきなりおいていかれた神代正義とリリィ・シャーロックが、必死に後を追って走り出した。
 
「まったく、一緒に来たいなら、素直にそう言ってください。恥かいちゃいましたよ」
 カラオケ屋で大神愛に説教されて、神代正義はとりあえずしゅんとおとなしくしていた。
「おまえも同罪だ。ヒーローも、ゴルフとマラソンの大会の時は休むもんだと覚えておけ」
 武神牙竜もリリィ・シャーロックを叱ってはいたが、彼女の方はちゃんと聞くふりをしていながら涼しい顔だ。
 カラオケは、レオンハルト・ルーヴェンドルフが軍歌をノリノリで熱唱している。
「まあまあ、ヒーロー同士、さっさと和解してくれ。それとも、ヒーローと言っても、派閥のような違いみたいなものがあるのか?」
「そんなことはないですけれど。でも、二人とも、基本は俺様正義ですから……」
 イリーナ・セルベリアに聞かれて、大神愛はちょっと困ったように答えた。
「はあ。堪能しましたわ」
 熱唱したエレーナ・アシュケナージが、次にマイクを探す人を求めてキョロキョロする。
「イリーナ、歌います? 恥ずかしいなら、ナナさんとデュエットでもいいですけれど……」
「いや、今はちょっと、愛ちゃんと話しているから……」
「んもう、しかたないですわね。じゃあ、次は、綾乃さん!」
 イリーナ・セルベリアに軽く断られると、エレーナ・アシュケナージは、向山綾乃にマイクを押しつけた。
「私ですか!?」
 真っ赤になりながらも、向山綾乃が歌い出す。
 それを楽しげに聞いていた佐野亮司だったが、ふいに彼の携帯が鳴った。
「もしもし……。あの、ちょっと、よく聞こえないんだが」
 カラオケの声がうるさくて、電話の声がよく聞こえない。何しろ、今流れているのは、武神牙竜の絶唱する『ダッシュ・ケンリュウガー』だ。うるさくて、何も聞こえない。
「ちょっと、声のボリューム下げてくれ。もしもし……」
 佐野亮司が叫んだが、当然、武神牙竜の耳には入らない。
「もうおしまい。今度は、あたしが処刑ソング『アンリミテッド・バトル』を歌うんだもん!」
 我慢の限界に達したリリィ・シャーロックが、武神牙竜からマイクを奪おうとした。
「いや、次はシャンバランのテーマを……」
 神代正義が、そのマイク争奪戦に加わる。
「みんな、いい加減にしなさい」
 我慢できなくなった大神愛が、三人からマイクを取りあげた。
「正義さんのぉ! ばかやろぉぉ! はあ、すーっとした」
 ストレスを吐き出すように、大神愛が叫んだ。
「あっ、切れた……」
 佐野亮司は、呆然と自分の携帯を見つめた。はたして、会話は伝わったのだろうか……。
「次、僕とルインのデュエットね」
 凍りついた場の雰囲気を再び盛り上げるように、シルヴァ・アンスウェラーがルイン・ティルナノーグと歌い出した。
 
「では、解散。各自、ちゃんと家に帰るように」
 カオスとなったカラオケ大会も時間で追い出され、レオンハルト・ルーヴェンドルフは閉会を宣言した。三々五々、集まってきた者たちが別れの挨拶をして散っていく。
「やれやれ」
「ふふふ、少し疲れたか」
 ほっと安堵のため息をつくレオンハルト・ルーヴェンドルフに、イリーナ・セルベリアは声をかけた。
「まさか。この程度指揮できないようでは、教導団ではやっていけないからな」
「そうだな。で、レオンは帰らないのか?」
「最後まで見届けるのが、臨時とはいえリーダーの勤めだ」
「では、私も殿(しんがり)を勤めよう」
 そんな会話が交わされるうちにも、人影は散って二人だけになる。
「さて、では一緒に帰ろうか」
 満を持して、レオンハルト・ルーヴェンドルフは言った。こういう状況になるのを分かっていたような口ぶりだ。
「喜んで同行しよう」
 そう答えると、イリーナ・セルベリアは彼の横を歩きつつ腕を絡めてみせた。そのまま、コートのポケットに、今日買ったつつみを滑り込ませる。
「一度こうしてみたかったんだ。それと、それは後で開けてみてくれ。使ってくれると……、嬉しい」
「約束は、いらないな」
 レオンハルト・ルーヴェンドルフは、ポケットの中で、イリーナ・セルベリアの手ごとプレゼントを握りしめた。