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襲われた町

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襲われた町

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■第五章 ジョゼ


「白く光る機晶姫が人を襲ってる……?」
 ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)と共に町で取り残された人々の救助活動にあたっていたカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)は、その話を聞いて首を傾げた。
「……ジョゼ、か」
 ジュレールが言う。
「そんなッ、何で!?」
 ジョゼに関する情報は報道されたものだけ知っている。
 調査団に従事していた機晶姫ジョゼが調査団を壊滅させてしまったことや、このタルヴァの町でモンスター共に目撃されていること。
 カレンには、それで何故ジョゼが町の人を無差別に襲っているのかは判らなかった。
 表情を曇らせたカレンの内心を察したように、ジュレールが、
「やはり暴走だったのだ。最早――」
「待って!」
 カレンはジュレールがその先に言おうとした言葉を遮って、続けた。
「きっと何か理由があるはずだよ。絶対ある!」
「……しかしだな……」
「聞き出さなきゃ」
「何だと?」
「何でこんなことするのか、聞きに行こう!」
 と言った時には既にカレンは駆け出していた。
「……あまり無茶をしてくれるなよ」
 後方で、ジュレールの半ば呆れたような声とカレンを追う足音が聞こえる。
 


 ■タルヴァ近くの山中


 タルヴァの町を見下ろす山の上では、着の身着のままで逃げてきた人たちが冬の寒さに凍えていた。
 あちらこちらで焚き火を行っている姿もある。
 そんな中、一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)はアタッシュケースでお湯を沸かしていた。
 いや、パートナーのリリ マル(りり・まる)のガスコンロ機能――もとい、火術で。
「アリーセ殿は救助活動を行わないでありますか?」
「武器も何も無いのに、やれる事なんてありませんよね」
 沸いたお湯をティーポットに注ぐ。
 リリマルが昨日、お土産用にと町で購入していた物だ。使い捨てのカップまである。
 アリーセとリリマルはシュタル襲撃の際に、住民たちと共に山へ避難していた。
 そして、今はリリマルの要望により暖かなお茶を周りの人へ配っている最中。
「うーん……こういう時ほど自分に手足が無いことを恨めしく思いますなー……泣いている子の頭を撫でてやる事すら出来ないなんて……」
「これはこれで良いんじゃないですか? おかげで私たちは温かいお茶が飲める」
「しかしー……」
 カップに注いで、リリマルをお盆代わりに周りの人へとお茶を配っていく。
 と――。
「失礼ですが――私にはあなた方が、機晶姫だから犠牲になっても構わないとおっしゃっているように聞こえます」
 そう言った声の主は燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)
だった。
 その冷めた視線の先にはヨマの老人らとヨマの長老が居た。
「人間的に言うと、心底腹立たしいのですが」
 ひたりと言い切ったザイエンデの言葉に、長老は少し言葉を探すように視線を揺らしてから、重たげに口を開いた。
「言い訳を並べるつもりは無い。あれが機晶姫であるからこそ、という事も確かにあるからな。……なにより、今の状況が長く続けば続くほど、被害は増える一方だ。こうなってしまった以上、全ては、仕方な――」
「確かに町も人々も大切だけど」
 ザイエンデの隣に佇んでいた神野 永太(じんの・えいた)が長老の言葉を遮り、続ける。
「救うために犠牲が出るのは『仕方ない』って、妥協したくない」
「…………」
「町も人々も、ジョゼも救う。きっと何か方法が有るはずだ。行こう、ザイン」
 言って残し、永太はザイエンデと共に町へと向かっていく。
 彼らの背を見やる長老の表情には複雑なものが浮かんでいた。
「お茶をどうぞ」
 アリーセの差し出したお茶を前に、長老は一つ瞬きをしてから、アリーセの方を見上げた。
「すまない」
 カップを受け取って、ゆっくりとそれを口に運ぶ。
 アリーセは残り一つとなったカップを持ちながら長老の前に腰を下ろした。リリマルを脇に置く。
 リリマルを開いて、中から五つの小さな袋を取り出す。それを長老の前に置けば、ジャラリと袋が鳴った。
 中身は五色の小さな石たちだ。
 長老が目を細める。
「《石並べ》か……」
「先日、町でヨマの方に教わったんです。一戦お願いできますか?」
 リリマルをカチリと閉め、アリーセは伺うように首を傾げた。
 長老は眉を顰めながらアリーセの顔を見返して、
「……こんな時にかね?」
「特にやる事もありませんし、それに――こんな時だからこそ……なのではないかな、とか」
 のんびりとした調子で言って、アリーセはカップのお茶を静かに啜った。



 ■タルヴァ 町中


「ッチ――いくらなんでも早過ぎるだろ!」
 レン・オズワルド(れん・おずわるど)は、想定より随分早い段階で巨大昆虫を上昇させた。
 後方には白い光の残像を残しながらジョゼが迫っていた。
(一度、範囲外に逃れて……機を見て再度――)
 と、レンはそこで思考をぶった切った。
 反射的にショットガンを後方に向かって構える。
 高く跳躍したジョゼが建物の壁を足場にして、更に高くこちらへと跳び上がって来ていた。
「くっ!?」
 引き金を引くが放たれた弾はジョゼを掠めて建物の屋根に爆ぜた。
 一気に接近したジョゼが振り出したブレードをショットガンの背で受け、レンは空中に弾き飛ばされた。
「――ッは」
 いっそ爽快な浮遊感の後、建物の屋根に背を打つ。
 必死に伸ばした手で、斜めの屋根の一部を掴み、転がる体を跳ね起こす。
 目の前にジョゼが着地し、間髪入れずにレンの方へと迫った。
 攻撃に転じる余裕を見つけられず、レンは屋根の外へと体を投げた。
 数秒ほど、通りの上空を掻き飛んだ後、向かいの建物の窓の柵になんとか捉まる。
 グッと肩に体重が掛かって、ぶらんっと、ぶら下がる形になって。
(まるで、古い香港映画だな)
 といった思考も、再び中断させられた。
 レンを追って跳んだジョゼが窓際の壁ごと柵を破壊したのだ。
「参ったな」
 支えを失って、体は虚空を泳ぐ。
 そして、瓦礫を蹴ったジョゼの追撃がレンに叩き込まれた。
 赤く、己の血が空に散って遠ざかっていくのが見え――体は空中で誰かに受け止められた。
「――本当だったな……」
 地面に降り、レンを路地の端に降ろしたジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)が呟く。
 少し離れた場所へ、瓦礫より少し遅れてジョゼが着地し、こちらへと振り向くのが見えた。
 同時に、ジョゼの前へと出るカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)の姿も。

「何で……何で罪も無い町の人たちや皆を襲うんだよ!」
 カレンの声はボロボロと瓦礫を零す建物の間に響いた。
 ブレードを垂らしたジョゼの艶の無い目玉が、カレンを真っ直ぐに映し出していた。
「教えてよ、何か理由があるなら教えて! どうして――」
「――理――不能――クラ――」
 途切れ途切れの声が聞こえた。その直後、ジョゼはビグンッと一度痙攣し、振り回したブレードの先で傍の壁を切り裂いた。
 そして、瓦解する壁を背にカレンの方へと跳んだ。
「こんな事してもクラリナさんが悲しむだけなのに!」
 カレンは叫びながら、ジョゼの足を狙って星輝銃の引き金を引いた。
 かなり正確な軌道で撃ち出された光が、しかし捉えきれずジョゼの足を掠めていく。
「――ッ、カレン!」
 ジュレールが、サンダーブラストをジョゼとカレンの間へと放つ。
 雷撃の雨によって、ほんのわずかに動きが鈍ったジョゼのブレードがカレンの胸元を裂いて、チェインメイルを擦り上げた。
 その衝撃で吹っ飛んだカレンの腕をジュレールが取って、思いっきり引っ張りながら側方へ跳んだ。
 くんっと軌道を変えたカレンの横を、追撃を仕掛けていたジョゼの体が行き去る。
「我も未だ人の感情を学んでいる最中だが……」
 胸元を押さえて咳き込むカレンを抱きながら、ジュレールが更にジョゼとの距離を取る。
「あの機晶姫、《感情》に囚われているように見える――いや、負の感情とでもいえるもの、か?」
 まだ少し足元をふらつかせるカレンを支えるジュレールの目が、ジョゼの中にある異質なものを見極めようとするかのように細められていた。
「なら……助けて、あげなくちゃ……」
 カレンは今出得る最大の声で呻いた。
 ジュレールの表情に呆れを混じる。
「その体で無茶を言う」
 ジョゼがこちらへと振り返り、その造り物の目玉をゴロリとカレンたちの方へと向けた。
「あくまで衝動に身を任せるか……」
 カレンを支えるジュレールの腕に強さが増す。
 その表情はいつになく真剣味を帯びていた。
「お前の心の中には――自分の存在を賭してまで誰かを守りたいという感情は在るか?」
「――――感、情――」
 小さく擦れたジョゼのものらしき、声。
 と、ジョゼの後方の路地裏から、一体のシュタルが吹っ飛ばされ出て地面に転がった。
 そして、路地裏から姿を現したのはフェイスフルメイスを片手に下げたガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)シルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)だった。


「ここはわしに任せてもらおうかいのぉ、親分」
 シルヴェスターは高周波ブレードを構え、ジョゼの方へと歩み出た。
「……分かりました、先生」
 ガートルードが静かにうなづき、パワーブレスを施す。
 強化される感触を得ながら、シルヴェスターは白く燈るジョゼを見据えた。
「冷めた目ぇしとっても、わしには分かる……同じ機晶姫じゃけえのぉ。その内に在るのは魂。計算の追いつかない感情じゃ――精霊に漬け込まれるほど純粋な、なぁ!」
 機を取って、ジョゼへと距離を詰めていく。
 同時にジョゼも動いていた。
 互いの刃が打ち合い、響いて、擦れ合う。
「精霊なんぞに負けっぱなしで情けないのぉッ! 魂震わせて、目ぇ覚まさんかい!」
 足裏を浅く地面に滑らせ、踏み込みと共に走らせる一閃。
 それがジョゼの残像を引っ掻く。すぐさま刃を返しながら、身を屈める。側方から突き出されたブレードが頭上で虚空を裂いた。体を鋭く転じながら、切っ先を斜めに跳ね上げる。それがジョゼの固い掌を擦り上げて、激しく金属音が爆ぜた。
 そして。
 振り下ろされるブレードに気を取られ、蹴り飛ばされる可能性に対応するのが遅れた。
 気づいた時には、強烈な横殴りの力に叩き飛ばされていた。
「先生ッ!」
「ッ――大丈夫じゃあ!!」
 石畳の上を何バウンドもしながら、シルヴェスターはなんとか体制を立て直して、地面を擦り滑った。
 睨み上げた方向からは、ジョゼが冗談めいた速度で距離を縮めて来ていた。
 ガートルードが放った氷術がジョゼの足元を捉えるが、すぐに砕かれてしまう。
 しかし、更に全くの別方向からジョゼの足元を氷術が襲い――
「孤独だか嫉妬だかは知らねえが、ちいせえよなあ……ちいせえよ」
 駿河 北斗(するが・ほくと)がジョゼとシルヴェスターの間に立ちはだかる。
 足元の氷を砕いて、更に距離を詰めてくるジョゼへと光条兵器の切っ先を向けて、北斗は続けた。
「でも、そんな方法じゃねえと発散出来ねえってんなら仕方ねえ」
 構えを取る。
「てめえの八つ当たり――この魔法剣士、駿河北斗が付き合ってやる!!」


 ◇


 北斗たちとジョゼの喧騒を聞きながら。
 ベルフェンティータ・フォン・ミストリカ(べるふぇんてぃーた・ふぉんみすとりか)クリムリッテ・フォン・ミストリカ(くりむりって・ふぉんみすとりか)は空飛ぶ箒に乗って町中を飛んでいた。
「なんていうかさー……ぶっちゃけ遺跡の中身の方が気になるんだけど」
 クリムリッテがぼやく。
「北斗は、『強い奴と戦える』とかって、突っ走ってたわね」
 ベルフェンティータは静かに言った。
 二人は、北斗の戦いの邪魔になりそうな周辺のシュタルを排除するべく建物の間を巡っていた。
「……まったく、この私に露払いの真似事をさせるなんて――後できついお仕置きが必要みたいね……あの馬鹿」
 細められた眼に冷えた光を燈す。
 そんなものはどうでもいいのか、ただ気付いてないだけなのか、クリムリッテが、はぁーっと溜め息を零し。
「まあ、北斗が戦いたいって言うなら仕方ないねー……あ、これ全部燃やしちゃって良いんでしょ?」
 発見したシュタルたちの方へと降下していく。
 ギャザリングヘクスで底上げされた特大火術を手に練り上げる。
「虫とか焼いても食べれないからつまんなけど、ヨマの人だっけ? あれ? ゴマ? ロバ? まーともかく恩は売っておいて損は無いかもねー」
 ほい、と火術をシュタルへと投げつける。
 そいつが何か良い感じにシュタルに当たって弾けた。シュタルが嫌がるように逃げる。
 それで、スイッチが入ったらしい。
「ふ――ほらほら、もっと逃げないと燃やされちゃうよ! 次はどいつー?」
 クリムリッテが次から次へと火術を生み出し、乾いた空気を焦がしながらシュタルたちを追い回していく。
「あっははははははは! ほらほらあったれー!!」
 シュタルを逃した火術が建物の一部を破壊したりしている。
 ベルフェンティータは小さく息をついて、己に迫っていたシュタルへと氷術を放った。
「……別に街がどうなろうと知った事じゃないけれど……」
 氷術を砕いたシュタルが更に迫る。それを、ランドリーで迎撃する。
「私の邪魔をするなら相応の覚悟をなさい……!」
 そして、手元に冷気を生み出しながらベルフェンティータは次のシュタルへと冷たい瞳を向けた。