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夢の中の悲劇のヒロイン~高原瀬蓮~

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夢の中の悲劇のヒロイン~高原瀬蓮~

リアクション

【7】

 翌日。
「『眠れる森の美女』の最後は必ずダンスパーティで締めくくられるのよ!」
 と強く主張したセレンス・ウェスト(せれんす・うぇすと)の言葉を受けた静香は、百合園の危機を救った祝いも兼ねて盛大なダンスパーティを開いた。


*...***...*


「踊ろうぜ」
 雅希は言った。
「物語のフィナーレに相応しいダンスパーティだ。だったら踊らねーと」
 手を伸ばした相手は沙希だ。
「僕が君と踊るの?」
「嫌かよ」
「お姫様への口付けを譲り合わなかった僕らのダンス?」
「嫌ならいいっつってんだろ」
「せっかちだな、嫌だなんて言ってないよ。でも僕、ダンスなんてやったことないけど」
「俺もない」
「はは、なにそれ」
 沙希が笑って手を取った。ぎこちないながらにステップを踏んで、あっと言う間に終わる一曲。
 近くのテーブルにつき、不意に沙希が尋ねる。
「君はさ。どうして姫にキスをしたかったの?」
「どうして……か。なんつーか、燃える展開だったからかな。危険極まりない城を攻略して、姫の唇とハートを盗みだしたかったんだよ。もっと相応しい配役のせいで、盗賊はお払い箱だったけどな」
 遠くに居るアイリスを見つめて雅希は言った。
「ま、悔しいけど……あれ以上相応しい奴は居ねーな」
「それは僕も思う」
 それと、あの後言われて気付いたのだ。
 言われるまで気付かなかった、あるいは気付かないふりをしていたこと。


 あの後どうにも納得がいかなくて、最初エースに問い詰めたのは誰だったか。
「瀬蓮の王子は自分がよかった」
 そう主張する面々に、エースは言った。
「ちょっと考えてみろよ。『眠り姫』は『王子』からのキスで目が覚める。『眠れる森の美女』では『真の恋人からのキスにより目覚める』とも言われている。だとしたら、これは『姫役の高原が王子だと認める相手』からのキスでないと彼女は目を覚まさないんじゃないか?」
 つまり、
「キスする相手は誰でもいいってわけじゃない。誰よりも信頼している相手。そいつこそが王子に相応しい」
「で、選ばれたのがアイリスさんってわけだネ。あ、アイリスさん、オイラアイリスさんの雄姿、しっかりカメラに収めたヨ!」
 クマラがちょこちょこと飛びまわり、アイリスと瀬蓮に動画を見せに行った。それを見た瀬蓮が、表情豊かに笑ったりびっくりしたりしているのを見て、納得した。
 納得するしかなかった。


「ま、綺麗に納まったんじゃねーの。あとは俺らも楽しんで盛り上げて、フィナーレを飾るっきゃねーな」
「もう一曲踊る?」
「ん」


*...***...*


 そうして二人が踊るすぐ近くで、エルシュとエースは昨日と同じように揃いのタキシードを着てダンスを踊っていた。
「兄さんの説得、カッコ良かったぜ」
「やめろよそういうの。結構必死だったんだからな」
「必死な兄さんを見れて、俺は楽しかったなあ」
「だからやめろって。俺は大変だったの!」
「ねえ兄さん」
「ん? 変なこと言うなよ?」
「…………」
「あー黙るなっ。気になる。多少変でもいいから言え」
「たとえば俺が『眠り姫』になったら起こしてくれた?」
「……アホ」
「答えになってないよ、兄さん」
「そもそも」
「?」
「『眠り姫』なんかにさせねーよ」
 そう言って踊る二人から少し離れた場所で、
「へへへ、あとでエースやエルシュにこの動画見せてやろ♪」
「撮っていたのですか」
 クマラとディオロスが紅茶を飲んでケーキを食べながら会話していた。
「もっちろーん☆ オイラはカメラマンだヨ? いつでもどこでも素敵なアノヒトを素敵なままに記録しておくのサ♪」
「あとで見たら赤面しそうなことを言っていた気がしますが」
「その反応を見るのもオイラの楽しみサ」
「いいご趣味をお持ちですね」
「だろ☆」
 ダンスパーティは盛り上がる。


*...***...*


「あ、ボクを助けてくれたおねえちゃん!」
 ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は、七瀬 歩(ななせ・あゆむ)を見つけて駆け寄った。

 昨日。
 ヴァーナーは、瀬蓮の部屋を目指していた。
 瀬蓮の目を覚まさせようと、起きてもらおうと。
 部屋を出て、廊下を走った。
 茨を剣で斬って道を作り、急いで行った。
 けれどやっぱり一人では限界で。
 茨に襲われて、眠り姫になってしまった。
 そして次にヴァーナーが目が覚めたのが、歩の膝の上だった。
 膝枕をして、介抱していてくれたのだ。
 瀬蓮の目が覚めて夢が終わり、
「ボクにちゅーしちゃいました?」
 開口一番そう言ったヴァーナーに、
「ううん、してないよ。怖い夢見なかった? 大丈夫?」
 歩は優しく微笑んだ。
 そんな彼女に、いつも通りの行動はできなかった。
 ヴァーナーが好きな、かわいい、きれい、かっこいい。それらのタイプに該当する歩。いつもなら、きっと抱きついてありがとうと言ってほっぺにちゅーして、無邪気に笑う。
 はずなのに、何故か。
 気安くしてはいけないのかな、と思った。
 それは、歩が寝ているヴァーナーの唇を黙って奪わなかったように。
 そうすれば目が覚めると知っていても、しなかったように。
 だから、いつか聞いてみようと思った。
 『ぎゅってしてちゅーしてもいいですか』と。

 それはいつかに回しておいて、ヴァーナーは歩の手を取って笑う。
「歩おねえちゃん、踊りましょう!」
「ダメ。歩ねーちゃんは、ボクと踊る」
 誘いを止めたのは七瀬 巡(ななせ・めぐる)だった。ふりふりでふわふわの、フリルがたくさんついたドレスに身を包んだ人形のような少女。
「はう。おねえちゃんも可愛い!」
「うえ!? ちょ、ちょっとねーちゃん! ボク、歩ねーちゃんとダンスするのっ!」
「ボクとも踊って?」
「歩ねーちゃんの次ならねっ」
「うんっ、ありがとー☆」
 笑って巡の頬にキスをした。
「わーん歩ねーちゃん! ボクちゅーされちゃったー!」
「ええ? もー、ヴァーナーちゃん、この子そういうの慣れてないからワンクッション置いてあげてー」
「はーい。ごめんなさい、おねえちゃん!」
 ……そう、できるのだ。
 歩以外になら、ぎゅっとすることも、ちゅーをすることも。
「なんで歩おねーちゃんにはできないんだろ?」
 首を傾げて、ヴァーナーは歩と巡のダンスを見るのだった。


*...***...*


 どうしてこうなったのか。
 それは誰にもわからない。

 明智 珠輝(あけち・たまき)は『眠りの森の美女』という舞台にも関わらず、『シンデレラ』を演じていた。
 そしてそれは、夢が覚めた今日までも続いていた。
 立川 るる(たちかわ・るる)を巻き込んで――。

「魔女っ子るるたん……」
「ままま魔女っ子!? るるが!?」
「どうか、どうか私を素敵なプリンセスに……!」
 そう声をかけられたるるは、百合園という場所、そして珠輝という巷で変態呼ばわりされる男友達を見て、一発で状況を把握した。
 百合園は女の園。男の珠輝は入れない。
 ならばそう、るるの魔法で女装を――!
「ま、魔女帽がなくたって、るるは幸せを運ぶ魔法使い! そしてるるは悩めるオトメのミカタ! 悪くもなければ良くもない、そんな魔法使い!」
「!! つまりは……!」
「たまたんの味方なの〜☆」
「ふ、ふふ……! ありがとうございます、るるたん。今の私はシンデレラ……!」
「魔女っ子るるにはなんでもできちゃう!」
「頼りにしていますよ……! ふふ、ふはははは!」
 魔法が解けることに怯えながらも舞台に上がる、そんなシンデレラの気分で珠輝とるるは手を取りあって百合園を駆け廻った。
 カボチャの馬車なんてない二人は己の足で走り回り、ドレスの代わりに【大きなリボン】で珠輝をドレスアップし(そしてそのリボンが何度も解け落ちそうになってR指定ギリギリの格好にもなりかけて)――。

 そんな、『魔法』という名の女装をしたままの珠輝と、魔女っ子るるはここに居た。

「ハァハァ……るるたん、女装してダンスパーティに出るなんて、興奮してしまいますね……」
「っていうかたまたん。このダンスパーティは男子でも来ていいみたいよ? そんなキワドいリボンで装飾された女装で参加しなくても……」
 るるが辺りを見回してから、言う。
 確かに男子生徒の姿がちらちらと見える。そもそも、昨日だって女の園の百合園に男子はたくさん居たのだが。
「ふ、ふふ……! 誰かがしないことをやる。それがこの明智珠輝です! さあ、るるたん踊りましょう! シンデレラは午前0時まで踊りつづけますよ……!」
「ああったまたん輝いてる! でもちょっ、あんまり激しいステップ踏んだら魔法解けちゃう! リボン落ちちゃう!」
「こんなに多くの人前でそんなことになったら、私は……!」
「たっ、たまたーん!」
 場違いなまでにヒートアップしていく二人を、何人もの参加者が見てみぬふりしていることに、まだ彼らは気付いていない。

 どうしてこうなったのか。
 それは誰にもわからない。


*...***...*


「ラズィーヤ様!」
 冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)が、ラズィーヤの姿を見るなり抱きついた。
「あ、あら? 小夜子さん。どうしましたの?」
 突然の事に驚くラズィーヤにしがみつき、
「すみません、ごめんなさいっ……ラズィーヤ様の危機だったのに、私、お助けすることもお護りすることもできずに……」
 端正な顔を涙でくしゃくしゃに歪めて謝り倒した。
 助けに行きたかった。見を呈してでもラズィーヤを護りたかった。でも間に合わなかった。
 ラズィーヤの元に辿り着いたときにはもう終わっていて、我に返ったラズィーヤが彼女を足止めしていた全員に謝っているところだった。
 間に合わなかった罪悪感に気が遠くなって、声もかけられずに茨のなくなった寮の自室に逃げるようにして駆け込んで。
 それから、今日ダンスパーティを開くと静香から通達を受け、悩んだ結果ここに来た。そして、ラズィーヤを見た瞬間どうにもならなくなって抱きついた。
「お怪我はなかったですか? 役に立てなくてごめんなさい。私……」
「大丈夫ですわ、小夜子さん。わたくしが簡単にやられてしまうとでも思って?」
 優艶とした笑みを浮かべ、ラズィーヤが泣きじゃくる小夜子の涙をハンカチで優しく拭った。その気遣いに今度は涙が溢れる。
「あらあら、そんなに泣き虫だったかしら?」
「ご、ごめんなさいっ……」
「うふふ。ありがとう、小夜子さん」
 微笑んだラズィーヤの背後から、
「ラズィーヤ様! 無事ですかっ」
 野々が現れ抱きついた。
「あら、野々さん。わたくしなら見ての通り、無事ですわよ?」
「それはよかったです」
「ところでどうして抱きついているのかしら?」
「ラズィーヤ様の無事を確認するためです」
「あら、そうですの」
 二人の少女に抱きつかれた形になったラズィーヤは、少し動きにくいと思いつつも、こんなに純粋に自分を想ってくれる少女がいることに嬉しく想うのだった。
 その隣では、ロザリンドが静香と交わした約束を果たし、踊っていた。
「ああ……私、このまま眠り姫になっても悔いはないです……!」
「ロザリンドさん、そんなこと言わないでくださいよぅ」
「幸せ……」
 うっとりと呟くロザリンドに手を取られ、静香はダンスを踊る。


*...***...*


「瀬蓮ちゃん!」
 瀬蓮とアイリスの姿を見つけた小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)の腕を引いて駆け寄ってきた。
「美羽ちゃん! 無事だったんだね!」
「無事じゃなかったのは瀬蓮ちゃんのほうだよー! 大丈夫だった? 男の人に襲われなかった? その、き、キス……されちゃわなかったっ!?」
 二人が無事を確認し合って抱き締め合った。抱き締めながら、美羽は矢継ぎ早に、それこそマシンガンのような速さで質問を浴びせる。
 瀬蓮は、
「一度にそんな言われてもわかんないよ〜」
 と無邪気に笑いながら言って、一度美羽から離れた。
「瀬蓮は無事だよ。いつも通り元気だし、変なことも……多分、されてないと思う。香苗ちゃんがずっと見ててくれたみたい!」
「そっか、良かったぁ……。キスは女の子にとって大事なものだし、瀬蓮ちゃんが眠ってる間にキスされちゃうんじゃないかって心配だったんだよー」
「それは大丈夫だったよ。キスは、えっとね、アイリスが……」
 そこまで言って、顔を赤くして俯く。それだけでわかった。反射的にアイリスを見ると目が合って、ふっと微笑まれた。なぜだか気恥ずかしくなって美羽は瀬蓮に抱きつく。
「アイリスさんなら、いっかっ!」
「?? 何が? どうしたの美羽ちゃん、顔赤いよ?」
「大丈夫っ。それより聞いてよ、私ねっ、瀬蓮ちゃんの部屋に行こうとしたんだけどねっ。ベアトリーチェが眠り姫になっちゃっててね!」
 突然話の中で名前を出されたベアトリーチェが美羽を見た。
「それは、美羽さんが向う見ずに走って行ってしまったからです」
「う。だって、親友の危機だったんだもん。茨なんて」
「と、思っていたから私が庇って眠る羽目になってしまったのですよ」
 瀬蓮に対してベアトリーチェが補足的に説明をした。顔を赤くする美羽を見て、瀬蓮がくすくすと笑った。
「あ! セレンちゃん、みっけ!」
 そうしているとセレンスが走り寄ってきて、瀬蓮の手を取った。
「私ね、セレンちゃんに言いたいことがあったの!」
「え?」
「あのね、物語は楽しむものなの! だから、自分が『眠り姫』なんて勿体ないわ! 折角の『夢』を、『物語』を見れないじゃない!」
「あ。それに関しては私も思うところがあるの」
 セレンスの言葉に続けて美羽が言う。
「愛美じゃないけど、やっぱり王子様は自分で探さなきゃ、って。眠って待ってるだけなんて、つまらないよ」
「そうだ」
 さらにそこに朔がやってきて、
「幸せを黙って待っているなんて愚の骨頂。幸せになれるのは努力をした者だけだ」
 叱るように言われた。

 そこで初めて、瀬蓮はただ待つだけでいいと思った自分を恥じた。

「……ごめんね」
 しょんぼりとして、そう言う。あまりにも悲しそうに言うので、三人が「言い過ぎたか?」というような雰囲気になる。そもそも叱るつもりではなかったセレンスや美羽は明らかにうろたえているし、叱るつもりだった朔でさえ困った顔をしていた。
 だけど次の瞬間、瀬蓮は花が咲いたような可愛らしい笑みをいっぱいに浮かべて、
「ありがとう」
 礼を言った。
「こんな私を助けて、助けようとしてくれて、みんな、ありがとう」
「……瀬蓮が、幸せになる努力をすると言うのなら。手伝ってやらないことはない。困ったことがあったら呼んでくれ」
 背を向ける朔。
「私、もう少し自分から動いてみる。幸せになれるように」
 瀬蓮が強い意思を瞳に宿してそう言った。
「応援するよ、瀬蓮」
 アイリスが微笑んで、セレンスたちも頷く。


 こうして、百合園女学院で起こった夢の中の出来事は幕を閉じた。
 少女の成長という結果を残して。

担当マスターより

▼担当マスター

灰島懐音

▼マスターコメント

 お久しぶりです。あるいははじめまして。
 ゲームマスターを務めさせていただきました灰島懐音です。
 参加してくださった皆様に多大なる謝辞を。

 悲劇のヒロイン三部作(?)の一つを担当させていただきました。
 『眠れる森の美女』、ないしは『いばらひめ』と呼ばれるこの作品を手掛けさせていただくことになり、某レンタルビデオショップへ駆け込んで「ネタをください!」と店員さんに言ってDVDを借りました。
 原作も読みたかったのですが、店員さん聞いたところ「ねーよ」と言われてしまったので、代わりに『断章のグリム』を買ってきました。でも執筆速度が遅いので読む時間を作れず。積み本状態です。本末転倒!
 そういうわけで参考資料がDVDだけでした。小ネタはさめなかった……はさみたかった……。

 あとは前回に比べてシリアスっぽかったので、「ウオォォ……!」となっております今現在。
 バトルとか死にました。なにあれ難しい。
 あ。バトルといえば、ドラゴンさんに立ち向かった方には称号プレゼンツ。ただ、『夢の中の』と前置きがありますが。ごめんなさいね、あれ瀬蓮ちゃんの夢の中のドラゴンさんなので。

 しかし、今回も途中で『返事が無いただの屍のようだ』にならず最後まで楽しんで(たまに苦しんで)書き上げることができたのは素敵なリアクションのおかげでした。
 アクション部分でメッセージを飛ばしてくれる方もいて、本当にありがとうございます。めっちゃ励みになっています。
 あの方やあの方。ありがとうございます! とってもうれしい!

 さてさてあまり長く書いてもアレなので、そろそろ締めます。
 次回、次回はどんなものになるかな……。
 ハートフルにのほほんでまったりなものがいいな……。
 そんなことを思い、筆を置くことにいたしますね。
 次回もご縁があれば是非お願いいたします。
 あ、応援私信大歓迎です。泣きたいくらい嬉しいです。むしろくださ、ああもう黙れって怒られそうですね。ごめんなさい。

 最後まで読んでいただきありがとうございました。