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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−1/3

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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−1/3
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第2章 クィーンヴァンガード



 2日目。
 居間に通された九条 風天(くじょう・ふうてん)は微笑を浮かべ、フリューネに手を差し出した。
「お久しぶりです、フリューネさん。お体は大丈夫ですか?」
「ありがとう。私は大丈夫よ」とフリューネは力強くその手を握り返す。
「それはなによりです。ですが、案の定面倒な事になってしまったようですね……」
 風天の表情がわずかに曇る。ここに来る途中、小型飛空艇に乗って哨戒するヴァンガード隊を何度も見かけた。邸宅の前は勿論の事だが、カシウナの繁華街や住宅街のほうにまで、彼らはその警戒網を広げている。そのただならぬ気配が、風天を不安にさせたのも無理からぬ話だ。彼はユーフォリアの身を案じ、ここを訪問したのだった。
「女王器に関してボクから言う事はありませんが、これだけ人数がいると個人的に女王器を狙う人間も紛れ込んでいるかもしれません。よろしければ、ボクにユーフォリアさんの護衛をさせて頂けませんか?」
「ありがたい話だけど……、いいの? キミだって他にやる事があるんじゃないの?」
 気を使う彼女に、風天は首を振る。
「友である貴女の為、微力なれどお力になりたいんです」
 そう言って、庭を眺望出来るガラス戸の前に立った。建物の中に居るとは言え狙撃は恐怖だ。カーテンをしっかり閉め、外の不穏な気配には殺気看破で警戒を行う。彼はユーフォリアの傍らに立ち、剣にその手を置いて護衛を始めた。
「息苦しいかもしれませんが、よろしくお願いします、ユーフォリアさん」
 風天の言葉に、ユーフォリアは微笑みを返した。
「よう! ユーフォリア救出祝いと見舞いに来てやったぜ」
 フリューネの前にぬっと花束を差し出して、李 ナタは元気よく挨拶をした。
「しかし、こんな良い所にロスヴァイセの屋敷があるとはな……、あー、雑用係でもいいから居候したいぜ……」
「こんなボロ屋でも気に入ってもらえるとは、嬉しいねぇ」
 ナタの背中に言ったのは、ヒルデガルドだった。孫の友達が気になって様子を見にきたらしい。
「いやいや、古い家には風情ってもんがあるからなぁ」紅玉のような色合いの柱を見つめ、ナタは「……で、雑用係とか募集してないのか? こう見えて働きもんなんだぜ、俺は」とヒルデガルド話し込み始めた。
 その様子に、フリューネとユーフォリアは顔を見合わせ笑った。
「(多少の無理をした甲斐はあったな……、フリューネの笑顔が見れて良かった……)」ナタの契約者のグレン・アディール(ぐれん・あでぃーる)は思った「(だが、まだ気を緩める訳にはいかない……)」
「フリューネさん……、とても幸せそうですね」
 もう一人のパートナーソニア・アディール(そにあ・あでぃーる)は小声で、グレンに言う。
「……でも、女王器がここにある以上、油断はできませんね」
「ああ……、女王器がどうなろうと構わないが。ユーフォリアは護ってみせる……」
 ふと、フリューネと目が合う。グレンは「久しぶりだな、フリューネ……」と声をかけた。
「あの時はすまなかった……。肝心な所で力になれなかった上に……、見送りにさえ行けなくて……」
「気にしないで。まだ怪我が治っていないのに駆けつけてくれたって聞いたわ。感謝してる……、ありがとう」
「俺は俺の心に従ったまでだ……」
 いつも無表情な彼の顔に、かすかな笑みが浮かんだ。
「おお! おぬしがフリューネか! 話はグレンから聞いておるぞ」
 そこへ割って入ったのは、グレンの相棒の一人ラス・サング(らす・さんぐ)だ。
「お初にお目にかかる、我輩は世界一サングラスの似合う漢(自称)! ラス!! 以後お見知りおきを!」
 彼はサングラスをかけた巨大な熊のゆる族である。握手を交わそうと手を出そうとして、はっとナタの言葉を思いだし引っ込めた。ナタ曰く、フリューネと握手する時は手を粉砕される覚悟しておけ、だそうな。まあ、あながち間違いではないので、否定はしない。挙動不審な彼の様子に、フリューネはきょとんとした顔を浮かべた。
「(なっちゃんは、ああ言っていたが、とてもそのようには見えんな……)」
「……なあ、フリューネ。ひとつ訊いていいか?」
 ナタは不意に尋ねた。 
「あ、言っておくけど、暴力禁止だからな。……ロスヴァイセ家って露出狂なのか?」
 ユーフォリアとフリューネの衣装を見ながら言った。何故、わざわざ死亡フラグを立てるのかわからないが、奇跡的にそのフラグは回収されなかった。と言うのも、ちゃんとした由縁のある衣装である。言わば、露出はアムリアナ女王のお墨付きなのだ。誇りに思ってはいても、なんら恥じるところなどない。
「……えーっと、ごめん。何が問題なのか、わかんないわ」
「そうですね。陛下にも褒めて頂きましたから……、何も問題はないと思うのですが……」
「陛下って……、アムリアナ女王に?」
 驚愕の事実に、ナタはうーんと唸って黙り込んだ。
 そうこうしていると、時間はあっという間に過ぎた。久しぶりの再会で、話し込んでしまったようだ。そろそろここへ来た目的を伝えねば、日が暮れてしまう。一行を代表して、グレンは本題を語り始めた。
「フリューネ……、俺達にもユーフォリアの身辺警護させてくれないか……?」
「私からもお願いします」そう言って、サニアは少し言いづらそうに付け足す「……その、フリューネさんの時みたいに身体目当ての変態さんが出ないとも限りませんし。警備は多いにこした事はないと思うんです」
「一人は昨日葬ったけど……、まあ、手を貸してくれるなら歓迎するわ」
 フリューネの承諾を得、グレン達はそれぞれ散開して、この部屋の警護の強化に励んだ。
「……これより俺達はロスヴァイセの盾となる」
「合点承知! 我輩に任せておけい!!」
「それじゃしばらくの間、ロスヴァイセの番犬になりますか!」


 そんな一部始終を、出雲 竜牙(いずも・りょうが)は天井裏から眺めている。
 下手をすれば二人の目の変態さん認定されしまいそうな彼だが、別にのぞきに来たわけではなかった。才能はありそうだが、あの部とは関係ない。彼はフリューネの護衛を行うためにやって来たのだ、いやマジで。
 前回胸に風穴を空けられてからというもの、家では兄の出雲 雷牙(いずも・らいが)による説教地獄が続いていた。この護衛任務で汚名を返上し、説教から解放されたい。いや、なんならここにいる間は兄から解放されるからそれでもいい。
「正直、出て行くタイミング逃したんだが、どう登場したものか……」
 腕組みしてあぐらをかき、インパクトのある登場シーンに悩む。
 その時「曲者ッ!」の声と共に、ドスッと嫌な感触がお尻を貫いた。
「い……、いってえええええッ!!!」
 唐突かつ猛烈に襲ってきた痛みに悶絶。その所為で天井の板が抜けて、居間のテーブルに落下してしまった。
「な、なんなんだよ、一体……」
「それは間違いなくこっちの台詞よ!」
 お尻を押さえながら起き上がると、ハルバードを持ったフリューネとユーフォリア警備隊の皆さんが、恐い顔で歓迎してくれた。ああ、なんかこの表情、兄さんを思いだすなぁ……とかのん気に思っていると、本当に兄である雷牙の姿が見えたような気がした。おまけにパートナーのモニカ・アインハルト(もにか・あいんはると)の姿まで。
「あ、あれ……、落ちた時に頭でも打ったかな。兄さんの幻覚が……」
「本人だ、馬鹿者! 他所の家でまで、くだらない真似をしおって!」
 むんずと掴むと、雷牙はバックドロップで制裁を下した。竜牙はぐるぐると目を回す。
「いつぞやは弟が世話に……いや、迷惑をかけた。申し訳ない」
 折り目正しく謝罪をすると、フリューネに自らここに来た理由を話し始めた。
「迷惑かと思うが、このあんぽんたんを一から鍛えなおして欲しい」そう言って、竜牙を護衛に使ってくれと頼んだ「この阿呆も気の引き締まるような任務に就けば、少しは阿呆が治るのではないかと俺は信じている……」
「まあ、ホラ、ニンジャも正式に実装されちゃったし、活躍しておかないと俺のアイデンティティがさ……」
「わけのわからん事を……。誠意を見せろ誠意を!」
 ヘラヘラする竜牙に、兄はゲンコツを落とす。
「まあ、警護は歓迎だけど、私とユーフォリア様の天井裏に忍び込んだら、死体安置所に行く事になるからね」
 しっかりとフリューネは釘を刺した。
 さて、その頃、正門の内側に八ッ橋 優子(やつはし・ゆうこ)の姿があった。
 護衛志願の生徒たちと同時に来たのだが、彼女は彼らには混ざらず門のところで作業を始めた。扉の横にドラム缶を設置すると、そこにカシウナの商店で購入した大量の塩をさらさらと流し込んだ。
 ふと、優子はドラム缶に入った不思議な物体に眉を寄せた。
 ドラム缶はフリューネの親類の一人に頼んで用意してもらった。彼は【カークウッド・ロスヴァイセ】と言う大柄の無口なヴァルキリーの青年だ。主に屋敷の警備を担当している。その彼に運んでもらったドラム缶には、なにやらタオルケットに包まれたものが既に入っていたのである。
「まあ、どうせゴミよね」
 特に気にせず作業を続けた。
 時折、屋敷のほうから笑い声が聞こえると、彼女は「イモばっかり」と小声で呟いた。
 あらかた作業が終わると、ハッカ煙草に火を着けて、門脇の小窓を開けて外の様子を見てみた。クィーンヴァンガードの隊員が数名、前に張り込んでいるのが見える。その奥からこちらに近付く人影があった。出来れば、無礼な客や頭の悪そうな賊がいい。彼女は一度誰かに塩を撒いてみたかったのだ。
 しかし、残念ながらその夢は叶わなかった。
 その人影とは、ひと月ほど前、雲隠れの谷で肩を並べて戦った仲だった。


 ◇◇◇


「あたし達の無茶で結果的に危険な目に合わせちゃったんだよね。ごめんなさい」
 新たな客人として居間に通された蒼空寺 路々奈(そうくうじ・ろろな)は、まずフリューネとユーフォリアに頭を下げて謝った。雲隠れの谷の戦いで、ユーフォリアを巡る要らぬ争奪戦をまねいた事を詫びたのだ。
 フリューネは優しく首を振り、頭を上げるように言った。
「謝る必要なんてないわ。あなたが船を止めてくれなかったら、ユーフォリア様を助けられなかったもの」
「まあ、ではわたくしの恩人なのですね」
「あ、あの?」戸惑う路々奈の手を取って、ユーフォリアは丁寧に礼を述べた。
 そんな路々奈の後ろに、カメラを持ったアルフレッド・テイラー(あるふれっど・ていらー)が並んでいた。
「……え? なんで並んでるの?」
 当然の疑問を口にすると、人差し指を彼女の目の前で振った。
「わかってないなぁ」彼は目をキラキラと輝かせた「ヒーローと握手する時は並ぶものと決まっているじゃないか。デパートのヒーローショーを見てご覧よ、いつだって子ども達は並んで握手を待っているだろう?」
 生粋のヒーローマニアである彼は興奮を抑えつつ、ユーフォリアに手を差し出した。
「ユーフォリアさん……、握手してもらってもいいかい?」
「よくわかりませんが、それで喜んで下さるなら……」
 快く応じたユーフォリアに感動し、今度はフリューネを交えて写真を撮り始めた。こうして彼のコレクションに『ユーフォリアとのツーショット写真』と『フリューネとのツーショット写真』が加わったわけである。子どものように無邪気にはしゃぐ彼の姿は、ただのデパートのヒーローショーにいる大きいお友達であった。
「良かったね、アル兄」
 嬉しそうなアルフレッドの様子に、契約者のミレーヌ・ハーバート(みれーぬ・はーばーと)は微笑む。
「初めまして、ユーフォリアさん」と挨拶し、フリューネに騒動の件を謝る「校長先生がご迷惑をかけて、ごめんなさい」
「ああ、キミのとこの校長だったんだ。なんだか偉そうな人よね」
「そう悪いやつじゃないと思うんだがな」
 ミレーヌのもう一人の相棒、アーサー・カーディフ(あーさー・かーでぃふ)が言った。
「守るものの為に気を立てている相手に、今すぐ交渉はちと厳しいだろうになぁ。時間が惜しいのも分かるが、フリューネ達が落ち着くまで待ってやりゃあいいのに。その辺、せっかちなんだよなぁ、あの校長は」
「……ところで、噂で聞いたんだけど、ユーフォリアさんの記憶がないって本当なの?」
 ここに来た生徒から聞いたのだろう、路々奈は心配そうに言った。
「ええ……」ユーフォリアは目を伏せた「記憶は断片的で、思いだせたものはわずかなのです」
 彼女に会ったら、古王国時代のことや鏖殺寺院のことを聞こうと思っていたのだが、どうも期待していたような記憶は掘り出せないようだった。急ぐことはないし、何かのきっかけで思い出した時に聞かせて欲しいと、路々奈は言った。
「あんまり無理をしちゃダメだよ。あたしで良ければ力になるから」
「記憶が戻らないと言う事は……」とアルフレッド「白虎牙の使い方も忘れてしまったのかい?」
「いえ、幸運な事に、それは覚えていました」
 両腕の白虎牙が青白い光を放ったかと思うと、一瞬、彼女の像が揺らいだ。何事だろうと凝視した一同は、はっと気が付く。いつの間にか、自分達の手元に新たにお茶菓子が置かれていたからだ。まったく動きが見えなかった。何が起こったかわからねーと思うが、俺も何が起こったのかわからねーと言った表情を、一同は浮かべる。
「……って、無理をしないでください。そんな事は私がやりますから」
 フリューネが心配すると、路々奈のパートナーのヒメナ・コルネット(ひめな・こるねっと)が口を挟んだ。
「今日は、フリューネさんも休んでてくださいな。私がお手伝いさせて頂きます」
 そう言うと、持参したお茶葉を取り出して、皆に振る舞った。
「よーし」ミレーヌは立ち上がった「じゃあ、二人の疲れを癒すために、一曲歌っちゃいまーすっ」
 ベースを手に取り、一同の前に行くと、負けじとアルフレッドも前に出る。
「歌かい? まかせてくれよ! ミレーヌより上手く歌えるんだぞ」
「おいおい、ベースだけでやる気か?」アーサーはギターを手に取る「ギターぐらいならやってやるよ」
「実は、フリューネさんやユーフォリアさんのために、作った曲なんです。聞いてください……」
 ミレーヌの『演奏』スキルに裏打ちされたその曲は、どこか懐かしいメロディでフリューネ達を惹き付ける。ミレーヌの歌も相当に上手かったが、それ以上にアーサーが歌が上手く驚かされた。曲が終わると、盛大に拍手が巻き起こった。
「ありがとうござます」
 ペコリとお辞儀をしながら、ミレーヌはふと思いつく。
「フリューネさんとユーフォリアさんも一緒に歌いましょうよ」
 フリューネは恥ずかしそうに「無理無理無理無理……」と言ったが、ミレーヌはユーフォリアにも振ってみる。
「わたくしは構いませんけど、知っている歌がありますでしょうか……」
「そういう事でしたら、任せてください」
 それを聞いたヒメナは、携帯をカタカタといじり、『ぱらみったー』なるつぶやきコミュニケーションツールで情報を集めた。すると、ある童謡が該当した。情報によれば、古王国時代から歌い継がれてきた曲だそうな。ダウンロードして、その場で流してみると、ユーフォリアもこれなら知っていると頷いた。
「そうと決まれば、あたしも参加するしかないっしょ」
 路々奈も自慢のギターを持って立ち上がった。
「もしかしたら、ユーフォリアさんの記憶を呼び起こすきっかけになるかもね」と言うと、ミレーヌの横に並んで、対抗意識を燃やした「音楽はテクだけじゃないんだからね! 大事なのはハートよっ!」
 おそらく『演奏』スキルがないのを気にしているのだろう。
 そして、ここに即席バンドが結成。

 フリューネ・ロスヴァイセ(Vo)
 ユーフォリア・ロスヴァイセ(Vo)
 アルフレッド・テイラー(Vo)
 蒼空寺路々奈(G.Vo)
 ミレーヌ・ハーバート(B.Vo)
 アーサー・カーディフ(G)

 ヴォーカル多過ぎ且つ、当方ドラム絶賛募集中である。
 残念ながら、ユーフォリアの記憶は戻らなかったが、彼女の歌声は透き通るように奇麗だった。フリューネのほうはなんだか恥ずかしがってて、もそもそもそっと小声で歌っていたと言う。


 ◇◇◇


「えと、ここがフリューネさんの家なのかな?」
 リース・アルフィン(りーす・あるふぃん)は小箱を抱えて、ロスヴァイセ邸の前にやって来た。
 護衛役の風天から、フリューネの話を聞き一度会ってみたいと思ったのだ。リースと風天は恋人同士なのである。今日はお気に入りの服でおめかししてきたし、箱の中には、フリューネ達に差し入れる手作りチョコクッキーが入っている。
「クッキー喜んでもらえるかなぁ……」
 わくわくしながら、門の所に行くと、数名の人影があった。
「(あのエンブレムはクイーンヴァンガードのだ。あまり関わらない方がいいね……、さっさと行っちゃおう)」
 そそくさと中に入ろうとするリースを、隊員の一人が呼び止めた。
「……なんか良い匂いがする」じっと小箱を見つめ問う「その箱はなんだい?」
「え……、お見舞いのお菓子だよ」
「あの……、申し訳ないんだが、少しわけてもらえないか。朝メシ食べてなくて……、ふらふらなんだよ」
「だ、だめだよ。これは皆に食べてもらうために……、あっ!」
 隊員の伸びた手を避けようとして、箱を落としてしまった。しかも、勢い余って隊員が踏みつけてしまった。
「……ご、ごめん。そんなつもりじゃ」
「せっかく皆に喜んでもらえると思って作ったのに……、こんなのって酷いよ……」
 うえーんえんえん、とリースは泣き出した。
 なんとかなだめようとする隊員に、おもむろに塩が投げつけられた。振り返ると、門の脇の小窓から、優子が顔を出して塩を撒いてる。その口元は不敵に歪んでおり、心なしか彼女は嬉しそうだった。
「しょっぱい連中ね。あんた達には甘いものより、塩のほうがお似合いよ」
「何をしているんですかっ!」
 彼女の泣き声を聞きつけて、風天がそこに駆けつけた。その後ろには、他の護衛生徒もいる。状況を確認するやいなや、彼は隊員を殴り飛ばした。倒れた隊員の胸ぐらを掴み、また殴ろうと拳を振り上げた。
 だが、風天の拳は何者かによって止められた。
 彼の手を掴んだ人物は二十代後半ぐらいだろうか。ヴァンガード強化スーツの上に黒いマントをはおり、奇麗に刈り上げられた坊主頭の上に帽子をかぶっている。その風貌は一昔前の『憲兵』を思い起こさせた。
「た、隊長……、いらしてたんですか……?」
 隊員から漏れた言葉に、生徒たちは警戒の色を濃くした。
「私はクィーンヴァンガード空峡方面特設分隊隊長、【鷹塚正史郎】だ」
 鷹塚はリースのほうに向き直ると無言で近付いてきた。風天は彼女を守るように立ちはだかる。
 彼は地面に膝をつくと潰れた紙箱を手に取った。そして、リースに箱を差し出し、深々と頭を下げた。
「本当に申し訳ない事をしてしまった。取り返しはつかないが許して欲しい」
 リースはめそめそと泣いており、謝罪にはどう反応していいのかわからなかった。
 それから、鷹塚は隊員達を厳しい目で見回した。
「我々は女王を守護する護衛隊、我らの一挙手一投足が女王の一挙手一投足も同じ。責任ある行動を心がけたまえ」
 そう言うと、また各隊員に屋敷の周辺を警備するよう命令する。
「こんな事があったと言うのに……、まだ続けるのか……?」
 グレンが問うと、彼は真剣な眼差しを向けた。
「我々がまず優先しなければならないのは、女王器を守ることだ。十二星華の手に渡ることは絶対に回避しなくてはならない。そのために、君達に恨まれるのならば、私は甘んじてそれを受け入れよう」