波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

【GWSP】星の華たちのお買い物

リアクション公開中!

【GWSP】星の華たちのお買い物

リアクション

「んー、あと見ていないところはどこでしょう」
 既に、トラック輸送が必要な程の買い物をしているのだが、まだまだ買う気のエメネア。
 見逃しているコーナーがないかどうか、特設会場内を再び見回っていた。

「これ……梅琳が着たら似合うかなぁ……」
 女性用の水着コーナーで、橘 カオル(たちばな・かおる)が、水玉ビキニを手に、耳まで赤くなっていた。
(おっぱい大きいから、これ似合うだろうなぁ。でも普段は地味だし、競泳用とか着てそうだよな……)
 もやんもやん。広がる、妄想。
 そもそも、ビキニのコーナーで、男性が、水着を掴んで赤くなって突っ立っているというだけで、充分に人目を引く。
「水玉ビキニ、かわいいですぅ」
 はっ!
 すぐ近くで聞こえた声に、我に返ると、カオルのすぐ隣にエメネアがいた。
「うわっぷ!」
 ずざーっと後ずさるカオル。
「どなたかへの贈り物ですか?」
「いや……その、まあ、そんなとこ……」
 とりあえず、エメネアが自分のことを「変質者」としては見ていないことが分かり、ほっと胸をなで下ろす。
「プレゼントしたいんだけどさ。けっこうレジに持って行くの恥ずかしくて」
「それじゃ、レジまでエメネアが付き添ってあげますぅ」
 ……男子がビキニを持って、傍らには十二星華のエメネアを伴って、レジへ。
 逆にまずい。いろいろまずい。
 カオルは、エメネアの申し出を丁重にお断りしたのだった。
「あなた、何か変態的なことを考えているのではないでしょうね?」
 ビキニを握りしめたままエメネアと話しているというだけで存分に目立ってしまったカオルに、ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)が鋭い目つきで声をかけた。
「何もしてないって! 人へのプレゼントを選んでただけ!」
 カオルは慌てて説明する。
「胡散臭い……」
シモーヌ・ウォルドロップ(しもーぬ・うぉるどろっぷ)も、カオルに対して警戒心むき出しだ。
「違うのに……」
 面倒なことになりそうだ。カオルはがっくりと肩を落とした。
 その時。
「この人は、変態さんじゃありませんです」
 間に入ったのは、エメネアだった。
「そういう人は、すぐに分かります。この人は、違いますよぅ」
 ガートルードとシモーヌは、エメネアの言葉に顔を見合わせた。
「そういうことなら……失礼しました」
 ガートルードは素直に、カオルに詫びた。
「いや、分かってもらえればいいんだ」
「十二星華のお嬢さんが言うなら、間違いないね!」
 シモーヌも、警戒を解いた。
「ところで、その……女性への土産物。男子がレジへ持って行くには少し辛いのではないですか?」
「はは……まあ、そうなんだ……」
 かといって、エメネアに付き添ってもらっても、いろいろとおかしくなる。
 カオルは、ビキニの購入をあきらめようと思っていた。
「私でよければ、かわりにレジに行ってきましょうか?」
「えっ? いいの?」
 ガートルードの提案は、カオルにとって願ったり叶ったりだった。
「ちょうど私たちも、会計をするところだったので」
 ガートルードが持っている買い物かごには、夏服がたくさん入っている。
 ……中には、かなり露出度が高いものも含まれている。
「ついでだから、かまわないよ!」
 シモーヌが、カオルの手からビキニを受け取って、自分たちの買い物かごに入れた。
「あ、ありがとう……」
「ホントについでだから、気にしっこなしで! ねぇ。十二星華のお嬢さん!」
「……あれ? いない」
 エメネアは、いつの間にかそこからいなくなっていた。
 ひとところに長くいられない子である。特に、デパートでは。

「空京堂の夏物フェアにご来店中のお客様っ! たいへんお待たせいたしました!」
 特設会場の一角に、小さなステージが作られていた。
 周りの壁には紅白幕。
 そのステージに立って、マイクを握っているのは、空京堂の主任・ヨシダさんだ。
 ここ最近の不況は、百貨店業界も直撃していた。
 盛況のように見える空京堂の売り上げも、少しずつ落ちてきている。
 そんな不況に歯止めをかけるため、ヨシダ主任が寝ずに考えた秘策が、コレだった!
「安売りジャンケン大会、開催します!」
 わーーーっ。
 盛り上がる観客たち。
 安売りジャンケン大会とは。
 これからヨシダ主任と、挑戦者がジャンケンをする。
 お買い上げ金額より、二連勝で二割引、五連勝で五割引、最大九連勝で九割引となる、激アツ値引きイベントだ!
 さらに十連勝すれば、夏物先取りフェアで一番人気の『夏物福袋』を無料進呈するという。
 もちろん良いことばかりではなく、初戦で敗れてしまうと、わりといいお値段の「参加料」がかかるのだ。
「それでは……勇気ある、最初の挑戦希望者は、挙手してくださいっ!」
「は〜〜〜い。私がやりますぅ!」
 手を挙げたのは……エメネアだ!
「おーっと! 最初の挑戦者は、こちらのかわいいお嬢さんだ。どうぞ、壇上へ」
 てくてくと、エメネアはステージの上に向かった。
「俺も! 参加するで!」
 続いて挙手したのは、日下部 社(くさかべ・やしろ)
「ここで日用品をまとめ買いせなあかんのや」
 指をポキポキ鳴らしながら、壇上へ。
「私も出る!」
 栂羽 りを(つがはね・りお)も、元気に名乗りを上げた。
「あの福袋が手に入れば、この夏のモテアイテムを一括ゲットじゃん!」
 りをは、十連勝の福袋狙いだ。
「現在のところ三人が参加を表明してくれましたが、そろそろ締め切ってよろしいでしょうか?」
「あの、オレは参加しないんだけど、ステージに上げさせてもらってもいいかな?」
 そう申し出たのは滝沢 彼方(たきざわ・かなた)。ヨシダ主任に許可を得ると、エメネアのもとへ向かった。
「エメネア。オレ、護衛としてここにいさせてもらうから」
「護衛、ですかぁ?」
「そう。エメネアはまだ、十二星華が有名人だって、自覚してないでしょ。こんなに目立つことしたら、危ないよ!」
 彼方は、エメネアがトラブルに巻き込まれないよう、側で見守ることにしたのである。
「整いましたっ! それでは、ジャンケンを始めさせていただきます!」
 割れんばかりの大歓声。
 誰もが知っている「ジャンケン」。
 そのジャンケンで、人はこれほどまで盛り上がることができるのだ。
「挑戦権はお一人様一回。わたくしに負けてしまった時点で終了です。あいこも負けになりますからね。よろしいですか?」
「はい。よろしいですよぅ」
 エメネアが、ぶんぶんと腕を振った。
「では一回目。ここで負けると参加費がかかっちゃいますから、突破して下さいね!」
 ぐっ。全員、身構える。
「じゃ〜〜〜んけ〜〜〜ん、ぽんっ!」
 ヨシダ主任がグー。エメネア、社、りをは揃ってパー。
「お見事! なんと、全員が一勝です!」
 ヨシダ主任は内心、ほっと胸をなで下ろしていた。
 一勝くらいしてもらわないと、会場が盛り上がらないだろう。
 どうせ全勝する人はいないだろうし、せめてひとつかふたつくらいは勝ってもらわなければ、と。
 二回戦も揃って全員が勝ち、値引きの権利は手に入れた。
 三回戦。ここでも全員が勝ち。
 四回戦、五回戦ともに、全員勝ち。
 このあたりから、客席がざわつき始めた。
 いま、ジャンケンをしている3人は、ただものではないぞ……。
 同じことを、ヨシダ主任も感じていた。
(何なんだ……! この人たちの、ヒキの強さは……!)
 いよいよ六回戦。
「じゃ〜〜〜〜んけ〜〜〜ん……ぽんっ!」
 エメネア、社がグー。そしてりをがパー。
 ここにきて、初めて挑戦者たちの手が割れた!
 そしてヨシダ主任は……チョキ!
「おおっと残念! ここまで順調に全員勝ち上がっていましたが、栂羽先取はここで敗退だー!」
「しまったぁ……」
 がっくりとうなだれる、りを。
「いや、落ち込むことあらへん。負けいうても、ここまで五連勝や。胸張っていい記録やで」
 社が、りをに握手を求めた。
「……そっか。そうだよね。ありがとう!」
 二人は、がっちりと握手を交わした。ここまで共に勝ち進んだ戦友。プライドをぶつけ合った者同士の、絆が生まれた。
「私のぶんも、頑張って勝ち進んでね!」
「任しときぃ。俺のグーは、全てを打ち砕く、破滅の拳や!」
 ぐっ。社は握り拳を天に突き上げた!
「一緒に遊べて、楽しかったですよぅ」
 エメネアも、りをと握手を交わした。
「エメネアさんが負けるところが、想像できないよ。一生、勝ち続けそうだね」
 冗談ではなく、りをは心底そう思ったのだった。
 大きな拍手に包まれて、りをはバトルステージを降りた。
 五連勝したため、五割引のチケットを手に入れた。
「五割引って、よく考えたら充分じゃん! これで……予算の倍は買い物できる!」
 りをは、満足そうにうなずいた。

 ステージに残る戦士は、二人。
 とりあえず一人がいなくなったことで、ヨシダ主任の心にも余裕が生まれていた。
「さあっ、さあさあっ! 続けていってみましょう!」
 七回戦。
「じゃ〜〜〜んけ〜〜〜〜〜ん……ぽんっ!」
 エメネアがチョキ、社がグー。
 ……割れた!
「どちらかが……または両方……いなくなるかもしれないっつーことやな」
 社はゆっくりと、ヨシダ主任の手に目線をやった。
 その手は……パーだった。
「あかん……やってもーたぁ……」
「残念っ! ここまで六連勝の日下部選手、ここで敗退ですっ!」
 ヨシダ主任も、なかなかあなどれない男だ。
 先ほど、りをと社が交わしている会話を聞いていたのだ。
 『俺のグーは、全てを打ち砕く、破滅の拳』
 その言葉を聞いたヨシダ主任は、思った。
(この人たぶん、グーが好きだな。しばらく、パーを出し続けてみるか)
 その作戦が、見事的中したのである。
「あーあ。うまいこと全勝できたら、エメネアはんにジャンケンバトルを挑むつもりやったのになぁ」
「私に勝っても、何も出ないですよぅ?」
「いやいや。十二星華にジャンケンで勝ったっつー、名誉が欲しかったんや」
 負けはしたものの、社はさっぱりと笑っていた。
 全力を出し切って、思い残すことなく戦ったのだ。
 社は、エメネアと、そしてヨシダ主任と、健闘をたたえ合って握手をした。
「ここで敗退となりますが、六連勝でしたので、六割引券をお持ち帰りください」
「六割引か。これで日用品と食料品を買って帰れば、しばらくは生活が安泰や!」
 戦いを終えた勇者は、今夜の夕食の材料に思いをはせていた……。
「さあ、残るはお嬢さん一人になりました!」
 最後までステージに立ち続けたのは、エメネアだった。
「早く次の戦いをしましょう〜」
 エメネアも、まだまだ戦う気力充分だ。
「あまり目立ったことはしてほしくなかったけど……すごく楽しそうだから、いいかな」
 近くで見守っていた彼方は、エメネアの笑顔を見て、そう思った。
 今のエメネアは、最高の笑顔だった。
「ではお嬢さん。ここから一騎打ちです」
「臨むところですぅ」
 ステージの中央で、二人は身構えた。
「じゃ〜〜〜んけ〜〜〜ん……ぽんっ!」
 ……この後の展開をダイジェストでお伝えしよう。
 八回戦、エメネアの勝ち。
 九回戦、エメネアの勝ち。
 決勝十回戦も、エメネアの勝ち。
 どうやっても打ち崩せない強敵を前に、ヨシダ主任の中で、何かが壊れた。
「おおお、お嬢さん! もう全商品95%オフでいいから、お嬢さんに勝つまでやらせてくださいっ!」
「いいですよ〜、何回でも」
 それから。
 ヨシダ主任の敗北数が53回を数えたところで、さすがに見かねた部下が止めに入り、あまりにも一方的なジャンケン大会は終わった。
「勝てない……勝てないんだ……」
 激闘を終えたヨシダ主任は、ばったりと倒れ込んだ。
 エメネアには、95%オフの特別チケットと、客席からのあたたかい拍手が贈られた。
「エメネア、お疲れ様。何か冷たいものでも買ってくるよ。何がいい?」
 戦いを終えたエメネアを気遣って、彼方が言った。
「甘いのが飲みたいですぅ」
「オレンジジュースでいい?」
「はいっ!」
 彼方は急いで、オレンジジュースを買いに走った。
 ……そんな彼方と入れ替わるように、エメネアに近付く人影があった。
「ヒャッハァー! 最近のデパートは、十二星華を買うことができるのか! さすがは『スペシャルフェア』だぜぇ」
 エメネアに近付く人影は、南 鮪(みなみ・まぐろ)
 ジャンケン大会終盤の頃、ちょうど会場を通りがかった鮪は、ステージの上ではしゃいでいるエメネアを、売り物だと思ってしまったのだ。
 どこをどうすれば、そのような考えになるのか。
 まさかの……まさかすぎる宇宙レベルの勘違い。
「ヒャッハァー! 商品は買い物かごにお入れ下さい……だとよぉ」
 むんずっ。
「……ほえ?」
 ぽけーっとしているエメネアを、鮪は買い物かごのなかに入れた。
「エメネアをお買い上げだぁ〜〜〜!」
 ひょいと、買い物かご入りのエメネアを持ち上げた鮪は、次なる目当ての「商品」を求めて歩き出した。
 そんな鮪の耳に、こんな会話が飛び込んできた。
「おい、屋上に……」
「十二星華だって!?」
 鮪は、にやりと笑った。
「屋上だとよぉ〜〜〜」
 まっすぐ、エレベーターに向かう。
「次はどの十二星華にするかなァ〜〜?」

「エメネアー。ジュース買ってきた……よ……?」
 彼方が戻ってくると、そこにはもう、エメネアの姿がなかった。
「……エ、エメネア! どこだっ!」