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【十二の星の華】双拳の誓い(第5回/全6回) 解放

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【十二の星の華】双拳の誓い(第5回/全6回) 解放

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    ★    ★    ★
 
「アシッドミストか、よほど時間が稼ぎたいと見える。ならば、それが奴らの弱点ということだ」
 月詠 司(つくよみ・つかさ)が展開したアシッドミストを、アルディミアク・ミトゥナが風で吹き飛ばした。緑の天蓋に厚く覆われ始めた樹海はある意味密室に近いので有効な足止めだと思われたのだが、戦闘態勢の海賊たちは力業でそれを排除したのだった。
「容赦ないですね。しかたない、次の手です」
 月詠司は、事前に作っておいたダミーの道に立った。メイベル・ポーターたちが作ったものとは別の脇道だ。
「こっちですよ、こっち。そっちは、いかにも本道という感じの偽の道です。私が案内しますから、こちらへ」
 月詠司が、海賊たちを手招きした。
「信用できるの?」
「いや、だめだ」
 アルディミアク・ミトゥナに聞かれて、ディテクトエビルを使ったトライブ・ロックスターが答えた。
「排除しなさい」
 アルディミアク・ミトゥナが、そばにいた魔法使いに命じた。
 月詠司の使い魔のカラスたちが警告の鳴き声を発する。
「うわっ」
 本能的に避けた月詠司の身代わりに、そばにあった木が炎につつまれた。
「だめですか」
 せめてもと、燃えた木を足で蹴ってアルディミアク・ミトゥナたちの行く手を塞ぐように倒すと、月詠司はその場を逃げだしていった。
 
 
4.解放
 
 
「海賊さんたちが、みんなを突破したそうです」
 ノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)が、ココ・カンパーニュに告げた。
「ああ、分かるさ。近づいてきている」
 右手首をさすりながら、ココ・カンパーニュが答えた。
「急ぎましょう」
 ペコ・フラワリーが皆をうながした。
 樹海は進むにつれて木々が深く大きくなり、頭上をすっぽりと緑の葉と枝の天井で厚く覆い尽くしていた。陽光は淡く儚いものとなり、ともすれば月明かりのように弱いものとなる。光術が使える者は、光を点して道標としていた。
 仲間たちの位置をすべて把握するのが困難になり始めたころ、足元の感触が変わった。
「湿地だ」
 足元を調べて、本郷涼介が言った。地面は泥土に変わり、さらに進めば浅く水の張った湿地帯となっていた。
「輝睡蓮が群生しているとすれば、ここだろう」
「あたしたちの出番というところかしら」
 九弓・フゥ・リュィソーが、携帯電話でパートナーたちに連絡をとった。魔法の箒と小型飛空挺に乗ったマネット・エェルと九鳥・メモワールが、すでに先行して森のドームの中を調べ回っている。
「私たちも、乗り物を用意できる者は、それに乗った方がいいですね」
 小型飛空艇に乗ったペコ・フラワリーが言った。ここまで一本道が作られていたのは幸いであった。樹海の中では、かさばる小型飛空挺や空飛ぶ箒を持って奥に入るのは予想以上に困難だっただろう。
「なんか、変な水音がしないかなぁ?」
 清泉北都が耳をそばだてた。
「何か、動いてるみたいだけど、輝睡蓮って歩いたりするのか?」
「怖いこと言わないでよぉ」
 白銀昶の言葉に、清泉北都が身を震わせた。タネ子さんの親類でもいるのだろうか。
「誰かいるみたいだよ」
 コウモリを思わせる翼を大きく展開したリン・ダージが、パタパタと宙を移動しながら言った。
「あら、誰か来ましたですぅ」
 泥だらけになったバットを振り回しながら、メイベル・ポーターが振り返った。
「何か飛んでますわ。えいっ!」
「あっ、あぶなー。何するのよ」
 危なくフィリッパ・アヴェーヌにホームランをかまされそうになって、リン・ダージがあわてて下がった。
「ごめんねー。珍しい花が咲いてるって聞いてここまで道を切り開いてきたんだけど、はまっちゃってさあ」
 泥だらけになった顔で、セシリア・ライトが笑った。膝下まで泥に埋まって、あまりうまく身動きできずにいる。
「さすがは歩く都市伝説、ここまで森を撲殺して道を作ってしまうとは……」
 高月芳樹が絶句した。
「ありがとう、おかげで楽に進めたよ。さあ、後は、手分けして輝睡蓮を探すだけだ」
 軽くメイベル・ポーターたちに礼を言うと、ココ・カンパーニュがみんなに言った。
 一行が少しばらけたかと思ったところに、別の一団が現れる。
「なんですって、もう追いついたのですか」
 空飛ぶ箒に乗ったナナ・ノルデンが驚いて叫んだ。やってきたのは、海賊たちであったからだ。
「ここは、私たちでなんとかします。いきますよ、ズィーベン。特訓の成果を見せるときです」
「任せてよね」
 ナナ・ノルデンとともに、ズィーベン・ズューデンが戻っていく。ゴチメイの一団は、海賊たちを迎え撃つ者と、引き続き輝睡蓮を探す者に分かれた。
「こんな湿地帯にやってくるとは。まさか、水の中に沈めるつもりか?」
 それでは取り出すのが困難だろうと、浮遊するディッシュという乗り物に乗ったシニストラ・ラウルスが訝しんだ。
「ねえ、この匂い……」
 デクステラ・サリクスがささやく。慣れ親しんだ森の中ということで、獣人たちが先行している。湿地帯に着いてからは、それこそ海賊たちの機動力発揮とばかりに、ディッシュをサーフボードのように駆って、素早く動いていた。
「まさか……、輝睡蓮か。やってくれる。お嬢ちゃんをこちらへ来させるな。いったん下がらせろ!」
 ようやくココ・カンパーニュの意図に気づいたシニストラ・ラウルスが叫んだ。
「そうはさせるか!!」
 ココ・カンパーニュの声とともに、凄まじい水飛沫があがった。ドラゴンアーツで吹き上げられた水柱が、天蓋の枝葉までもを濡らして泥水を滴らせる。
「行かせるか!」
 水流を避けて旋回したシニストラ・ラウルスが、ペコ・フラワリーの小型飛空挺に相乗りして走り去ろうとするココ・カンパーニュを追いかけようとした。
「させぬ」
 本郷涼介に氷術で作ってもらった足場に立ったガイアス・ミスファーンが、ドラゴンアーツでシニストラ・ラウルスを牽制した。
「ガイアスさん、背中は守ります!」
 ジーナ・ユキノシタが、自分の背中をぴったりとガイアス・ミスファーンの背中につけて叫んだ。
「くそ、戦うには場所が酷すぎる」
 次々に立つ水柱を避けて迂回を余儀なくされたシニストラ・ラウルスが苦々しげに言った。こう足場が悪いのでは、機動力を武器にする獣人としては身体能力が生かし切れない。
 
    ★    ★    ★
 
「シェリル、どこにいる。私はここだ!!」
 叫ぶココ・カンパーニュにむかって、ウィング・ソードが飛んできた。
「危ない!」
 ペコ・フラワリーが、左腕につけた盾で飛行剣を弾く。
「ココ・カンパーニュ!!」
 薄暗い湿地帯の上に、ウィング・シールドの上に乗って迫ってくるアルディミアク・ミトゥナの姿が小型飛空挺のライトに浮かびあがった。スポット的に照らされたせいだろうか、白いドレスと、耳許に輝くイヤリングの赤い輝きが鮮やかに浮かびあがる。
 とっさに、ペコ・フラワリーが回避運動に入る。ぎりぎりで交わしてすれ違うところへ、ココ・カンパーニュが小型飛空挺から飛び降りた。
 アルディミアク・ミトゥナをつかもうとするが果たせず、ココ・カンパーニュが湿地帯に落ちる。跳ね上がる泥まみれになるのも構わず、ココ・カンパーニュがドラゴンアーツを放った。拳圧がウィング・シールドの端をかすめ、盾を回転させてアルディミアク・ミトゥナを投げ出した。純白のアルディミアク・ミトゥナのドレスがあっと言う間に泥水に染まり、周囲と見分けがつかなくなる。
「来い、エレメント・ブレーカー!!」
 ココ・カンパーニュが、眼前に構えた右手をグッと引き下ろした。薄闇の中、泥を弾き飛ばして輝く光条の結晶体が現れる。
「今日こそ、星拳を返してもらう」
「その前に、目を覚ませ、シェリル!」
 二つの拳が激しくぶつかり合った。
 
    ★    ★    ★
 
「輝睡蓮は、一つ二つで咲いていないでしょお。きっと群生しているはずですぅ。急ぎましょう」
 氷術で足場を作りつつ進みながら、清泉北都が言った。
「さっきから、それらしい匂いはしているんだけど、どうにも木が入り組んでいて……」
 場所が特定できず、白銀昶がいらだちをあらわにした。
 湿地帯が全体的に浅いため、池のように綺麗に水面が広がっているのではなく、迷路のように木々が生い茂っているのだった。さらに、明かりがほとんどないことも、捜索を困難にしている。
「パラミタ撲殺天使降臨。邪魔者は、海賊さんでも、葉っぱさんでも、粉砕昇天させちゃうですぅ」(V)
 メイベル・ポーターたちが、泥水をものともせずに道を切り開いていく。
 
    ★    ★    ★
 
「こう暗くては、同士討ちこそ警戒しないとだね」
 光術で明かりとなる光球を四方八方に飛ばしながら、比島真紀が言った。
「とりあえず、サーフボードみたいな物に乗っているのは確実に海賊だと思ってよさそうだね」
 言うなり、サイモン・アームストロングが雷球を放った。へたに水面に雷術を放つと味方が感電する恐れもあるため、ピンポイントで狙いやすく途中で消滅する雷球にしている。これなら多少持続するので、明かり代わりにもなる。
 比島真紀のばらまく明かりの中で、高月芳樹たちはデクステラ・サリクスの率いる魔法使いの一団を見つけた。ディッシュに乗って、湿地帯の水面近くをすべるようにして進んでいる。
「この先は進めさせないよ」
 伯道上人著『金烏玉兎集』が広げた氷の舞台の上で、アメリア・ストークスが機関銃をすべらせて射線を変えながらデクステラ・サリクスを攻撃した。水面に水飛沫を蹴立てながら、素早いディッシュの動きで木々の裏に回り込んでデクステラ・サリクスが回避する。
「いいぞ、アメリア。海賊を二人に近づけさせるな」
 バーストダッシュで、手近な木の上に飛び移りながら高月芳樹が言った。
「左!」
 見失いかけたデクステラ・サリクスの姿を見つけて、素早く指示を飛ばす。
「頑張ってください」
 マリル・システルースが妖精のチアリングで応援する。
「そこ!」
 重い機関銃を氷の上で素早くすべらせて回頭させ、アメリア・ストークスが指示された方向に銃弾を撃ち込んでいった。
 
    ★    ★    ★
 
「どれ、あたしも混ぜてくれよ」
 ココ・カンパーニュとアルディミアク・ミトゥナが激しく戦っている場所を目指して、弁天屋菊が泥をもろともせずに進んでいった。こんな場所でまとわりつくような服を着ていてもしょうがないと、潔く執事服を脱ぎ捨てて褌一丁になっている。
「待ってください。二人の邪魔はさせませ……なんて格好しているんです。はあー、どきどきするぅ」(V)
 その前に立ち塞がった浅葱翡翠が、弁天屋菊の格好を見て顔を赤らめた。
「あれは褌と言って、古代日本の下着ですわ。最近、波羅蜜多実業高校の正式下着に採用されたという噂も……」
「それぐらい知ってるよ」
 律儀に解説を始める白乃自由帳に、浅葱翡翠は言い返した。
「ほう、あたしに刃向かおうってのかい。上等じゃん。この背中の弁天様にたてつけるって言うんなら、かかってきな」
 弁天屋菊が、背中一面に掘られた刺青を見せつけて叫んだ。
「まあ、待て待て待て。暴れるのは、オレの趣味……じゃない仕事だ。ここは任せてもらおうか」
 同じカリン党の弁天屋菊を押さえて、吉永竜司が前に出てきた。
「面白いです。ワタシがお相手しましょう。アルさんのお手を煩わせるわけには参りません」
 ルイ・フリードが、泥を蹴立ててやってきた。
「おや、以前キマクのアジトでお会いしたような……」
「錯覚だ錯覚」
 あわてて誤魔化すと、吉永竜司が突っ込んでいった。
「戦闘開始。行きますよ!」(V)
 ルイ・フリードががっぷり四つに組む。泥を跳ね飛ばしながら激しく移動しつつ、二人の戦いが始まった。
「面白い、見届けさせてもらうよ」
 弁天屋菊は、観客を決め込んだようだ。浅葱翡翠も目を離すことができなくなって、二人の戦いを見守っていった。