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リアクション
断章一
「ここですか」
ツァンダ外れの工場跡と思しき廃墟。そこへ足を踏み入れようとしてるのは、ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)だ。
「今日はお客さんの多い日だ」
ロザリンドを迎えるかのように、廃墟の主――十六、七くらいの少年が待ち構えていた。彼の言葉からすれば、先客が少し前までいたのだろう。来る途中でふと見かけた、仮面を被った人物がそうかもしれない。
相手が女性だからなのだろうか。少年は爽やかに微笑み、彼女を奥へと案内する。
「誰の紹介? ここを知ってるのは、オレと一度は取引をした人だけのはずだけど」
「エミカ・サウスウィンドさんです」
「ああ、この前来た子だね……なるほど、じゃあワーズワース絡みで、ってことかな」
「……はい」
ツァンダで起こった機晶機械の暴走事件と、同じくツァンダの外れにある遺跡――第二分所での一件。それからあまり長い時間は経っていない。だからこそ、情報屋はそう予測したのだろう。
その事件の裏には、ワーズワースの遺産を巡る動きがある。既に情報収集は完了した、ということらしい。
机を挟み、二人の少年と少女が対峙する。
「それじゃあ、始めよう。最初に言っておくけど、オレは何でも知ってるわけじゃない。情報も、信用に値するものしか開示はしない。この業界、お客さんとの信頼関係が大事だからね。命を狙われる事だってあるわけだし。その点を理解してくれると助かる」
デマや信憑性のない情報は決して流さない、ということらしい。
ロザリンドは静かに頷いた。今のところ、相手に不審な動きは見られない。
「私からお願いしたい事は、三つあります」
少年の目を見据え、口を開いた。
「一つは、『芹沢 鴨』の目撃情報と、彼の契約者についてです。二つ目は……」
彼女が机の上にそっと置いたのは、腕だった。ただし機械の、である。
「これは、傀儡師と呼ばれる請負人が使役していた『人形』の一部です。これを基に、使用者である傀儡師の特定をお願いします」
「三つ目は?」
情報屋の方から切り返してくる。
「優秀なプログラマーの手配です。情報システム関係で調べなければいけないことがありまして」
PASDの内部情報が漏洩しているかもしれない、という事はこの時点では伝えない方が賢明だとロザリンドは判断する。相手にとっては、その一言さえも「情報」に還元されるのだ。
「依頼内容は把握した。傀儡師のパーツや人形については、これから調べる必要があるけど、芹沢 鴨については伝える事が出来るな。だけど、オレは情報屋だ。プログラマーがどこにいるかは教えられても、手配する事までは出来ない。ただし……」
情報屋が言葉を続ける。
「オレをプログラマーとして雇うなら別だ。情報稼業をしている身だし、その程度ならなんてことはないさ。ただし、料金は情報料とは別だ」
問題なのは、その料金である。
「さて、依頼には応えられそうだけど、支払いはどうする? 情報料として取る事もあるけど、こちらとしては信頼性があって新鮮な情報の方が、ありがたいんだけどさ」
交渉が始まる。
「私から引き渡せるのは、これまでのワーズワース関連のデータと、ちょうど今行っているイルミンスールとヒラニプラの遺跡での調査結果です」
「それは信用に値するものかい?」
「はい、私はPASDの情報管理を担当していますので。私の権限ならば、重要度の高い情報も持ち出せるでしょう。こちらは、サンプルです」
ロザリンドはパソコンを取り出すと、それを情報屋に提示した。嘘偽りがないように、ちゃんとデータベースにあったものを、である。
「失礼……うん、ダミーではなさそうだね。対価としては十分どころか、もらい過ぎな位だ」
データの中には、まだ一般どころか調査チームにさえ開示されていないものさえある。情報屋にとっては、喉から手が出るほど欲しいものだろう。
彼が契約書をロザリンドに差し出した。
「今言ったものを対価として支払うなら、ここにサインを。上には依頼内容が書いてあるから」
ロザリンドはその文を見た。
「これは……!」
そこにあったのは、自分の依頼内容を上回るものだった。
・ワーズワースを巡る一連の出来事についての解決が図られるまで、PASDに対して全面協力する。 ――アレン・マックス
「今回ばかりは対価が大き過ぎる。このくらいはさせてもらわないと」
情報屋、アレンは目を輝かせていた。
(信用して、いいものでしょうか?)
かえって困惑するロザリンド。しかし、事態を考えれば一時的にでも協力体制を敷いた方が良さそうだった。
「分かりました。宜しくお願いします」
PASD情報管理部の部長と情報屋の期間限定のタッグが組まれたのは、ちょうど遺跡の調査がなされている間の事だった。
・情報屋、アレンによる芹沢 鴨の情報
1.ツァンダ以前の最後の目撃情報は、三月のアトラスの傷痕にほど近い砂漠。
2.その時は伊東 甲子太郎と「ワーズワース」と呼ばれる人物と行動している。現在もそうかは不明。
3.契約者は未確認。
4.二年前には大荒野を放浪する素浪人のようであった。顔が割れているのは、その時に蛮族や同じような剣豪の英霊と戦いを繰り広げていたため。
※長くなりましたので、次ページに目次付けました。
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