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サンタ少女とサバイバルハイキング

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サンタ少女とサバイバルハイキング
サンタ少女とサバイバルハイキング サンタ少女とサバイバルハイキング

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第6章 そろそろ、サバイバルのお時間です。


「皆、そろそろ山道に慣れて来たよね?」
 フレデリカが歩きながら皆の方をくるりと振り返った。
 来た!と翡翠は思った。サンタクロースの訓練が、こんなもので終わるわけがないのだ。
 翡翠は『サンタ修行日記』と名付けた絵日記に、いつでも訓練の様子を書き込めるよう準備する。
 そんな翡翠の様子に気づかず、フレデリカは話を続けた。
「あんまりゆっくりしてると今日中に着けなくなっちゃうから、ちょっと急ごう!」
 返事を待たず、フレデリカは軽やかな足取りで走り出す。
 慌てる者、戸惑う者、やっぱりこうなったかと思う者、様々な思いはあったが、皆、フレデリカに続いて走り出した。
「見たまえ! ここからが、サンタクロース直伝、秘密の特訓の幕開けなのだ!」
 ミヒャエルは大げさに言うと、慌ててフレデリカと皆の後を追う。
 急に坂は下りになり、3メートル程の川幅の川の中を、フレデリカは石から石へと飛び移り、渡って行く。
「皆、こっちだよー!!」
 川は1.5メートル程度の深さのようだが、流れはかなり激しかった。落ちたら、確実に流される。皆の顔に、緊張が滲んだ。
 そんな緊張も知らず、ミヒャエルがマイクに向かって話し続ける。
「何という濁流、何という急流! かつて、何人の若者が、この流れで命を落とした事だろうか! いや、落としたかどうかはわからない。なぜならば、帰って来たものはいないのだから!!」
 参加者の冷たい視線を浴びながら、ミヒャエルは熱いナレーションを繰り広げる。
「サポートする」
 そう言って、クレアは先に岩を渡り、危険個所で皆のサポートをしようと立ち止まった。
「その案、俺も乗らせてもらうぜ」
 エヴァルトも、リズミカルに岩を渡って足場を確保すると、皆の方へ手を伸ばした。
「ほら、どんどん行こうぜ!」
 メイベル、セシリア、フィリッパの3人は、顔を見合わせて頷き合い、エヴァルトの手をとって岩を渡った。
 その姿に、皆は負けじと、次々に渡り始めた。
 途中、撮影機材を落としかけて慌てたロドリーゴが足を滑らせかけはしたが、皆無事に向こう岸に渡る事が出来た。

「よぉーし、次、行くよ!」
 相変わらず元気なフレデリカが、急斜面を駆け上がる。
「なんで、いちいち走るんですぅ?」
 未那が泣きそうな声で訴えるが、当のフレデリカは、その先のつり橋で皆を待っていた。
「このつり橋、結構足場が落ちているから気をつけて渡ってね!」
 そういって踏み出したフレデリカの足が空を切った。カランと軽い音を立て、踏み板ががけ下へ落下していく。
「あはは、こんな感じ!」
 フレデリカと違って、皆は笑えなかった。
「でも、橋は、500年前からあるっていう話だし、結構頑丈みたいだから大丈夫だよ!」
 きっと、落ちるまでは頑丈だとでも思っていそうだ。
「じゃあ、まず私が行くね!」
 フレデリカはなれた調子で、さっさと橋の向こうへ渡ってしまう。一か八か、このまま行くしかないのかと皆が思い始めた時、
「はっはっはっ! 任せて下さい!」
 スマイルを輝かせ、ルイがクレセントアックスを取り出した。
「踏み板がなければ、作ればよいのです!」
 言うが早いか、ルイは痛みの少ない倒木に目星をつけ、クレセントアックスを思い切り振り下ろすと、急いで踏み板の作成にとりかかった。
「誰かロープ持ってる人、いる?」
 ミルディアは自身の荷物からロープを取り出し、他の人にも提供を呼びかけた。ロープを向こう岸とこちらとに渡して、足場を作る時の命綱にしようというのだ。
「これ、使って!」
 ルカルカとザカコが頂上で使おうと持ってきたロープを差し出した。
「ありがと!」
「私が向こうにロープを渡します」
 軽身功を使える彩蓮が申し出た。
 彩蓮は、繋いだロープの端を握り、軽身功を発動させて身軽にした体で慎重に痛んだ踏み板の上を歩いていく。
 途中、やはり腐っていた板を踏み抜いたが、なんとか端の向こうへ渡る事が出来た。
 彩蓮は、すぐに手近な木の幹にしっかりとロープを結び付けると、皆に向かって手を振った。
 こちら側のロープは、ザカコがすでに固定してある。
 ミルディアは、橋に渡されたロープに命綱を結び、木端になった不要な板を叩き落としながら、ルイが作成している板を並べていく。
 ルカルカが、ミルディアの後ろから安全を確認し、次の板を渡す。2人が板を敷き終えると、全員無事に橋を渡り終えた。
「ああ、なんという友情! なんという知恵! サンタクロースは我々現代人が忘れかけた何かをこうして教えてくれているのかもしれないっ!!」
 ミヒャエルが感動を降り混ぜて喋るなか、板造りに体力を使い果たしたルイと、具合の悪くなったアーガスが、みとのトナカイのそりに乗せてもらい、橋を渡っていった。

「皆、遅いぞっ☆」
 誰のせいだと思っているのか、今回ばかりはフレデリカの笑顔も皆の心の安定には効果がなかった。
「今度は道が狭いから、ゆっくり行くよ。しっかりついて来てね!」
 フレデリカは、岩肌に張り付くように続く道幅60センチ程度の小道を歩く。
「まぁ、このくらい道幅がありゃ楽勝だろ」
 トライブはそう気軽に言ったが、実際登ってみると、高度が高くなるにつれ、道幅は徐々に狭くなっていった。今はもう30センチ程度の道幅だ。荷物持ちにトナカイを連れて来た者は、トナカイに空中を歩かせている。
 感心するのは、誰も楽をする為に彼らを使おうと言い出さないところだろう。
 とはいえ、風に煽られでもして足を踏み外せば、30分かけて登ってきた道を、数秒たらずでまっさかさまに戻る事になる。
「今度の試練は通称蛇と茨の道だ。進んでは茨、戻っては蛇。若者達は、これをどう攻略していくのだろう!」
 ミヒャエルのナレーションに、アマーリエがOKを出す。
「なかなか、上手くなってきましたよ。この調子でいきましょう」

「うぅ、重い。レミ、一体何持ってきたんだよ」
 周は、いつの間にかレミの荷物まで持たされながら岩壁にはりつき、そろそろと登っていた。
「必要な物だよ」
 チョコとか、ウィンドブレーカーとか、非常食とか。
「ったく、大体、これあとどのくらい登るんだよ」
 周がたまらず上を見上げると、先を行っていた葵のスカートが3メートルほど上に見えた。
道は岩壁を左右斜めに伝っていくように出来ていたため、先の者が斜め上に見える事になる。制服姿で参加した葵は登るのに必死で、スカートがめくれないように気をつけても、下の不埒者にまでは気が回らない。彼女のスカートは、周をからかうように、ひらひらと端を揺らせていた。
「お、お、お! あとちょっとっ!!」
 ついつい背を仰け反らせて、アングルを探す周に、レミが事態に気付く。
「よし、見え……っ!」
 その時、葵が足を滑らせた拍子に落ちた石が、周の顔を直撃した。
「たっ!!」
「バカ」
 自業自得だとレミが続けようとしたその時、ぐらりと周の身体が大きく揺れ、落ちる!と思った瞬間、前を歩いていた芳樹が慌てて周を支えた。
「大丈夫か?」
「あ、ああ。本望だ。」
 周の返答を理解しかねた芳樹に、レミが代わって礼を言う。芳樹は頷いて、パートナー達を気遣いながら、再び登り始めた。まだ上の方を気にする周の耳を、レミが引っ張る。
「ふざけないで、ちゃんと登って! でないと今度こそあたしの手でつき落とすよ!」
 レミの本気をしっかりと感じとった周は、ふざけているわけではないという言葉を飲み込み、素直に頷いた。
「おもーいっ!」
 郁乃は、岩壁にしがみつきながら、思わず叫んだ。
 自分のリュックもマビノギオンのリュックの中身も、弁当がぎっしり詰まっており、高度と疲労に比例して、ひたすら重くなって来ている。これはもう叫ばずにはいられない。
「ほとんどお弁当業者さんじゃないかって量ですよね」
 マビノギオンの言葉に、郁乃がくすりと笑う。
「千種、大丈夫?」
 反応のないパートナーの剣の花嫁、十束 千種(とくさ・ちぐさ)を心配した郁乃が、後ろを歩く千種に声を掛けた。
 『しょいこ』まで用意し、それこそ行商のようにお弁当と水筒を背負っているのは、他ならぬ千種だ。
 己の限界を見極めるように弁当を積む千種を見て、郁乃が思わず『一人で背負いこまないで!』とか言ってしまった程だったが、千種は「普段、力不足でみなさんの足を引っ張ってるので せめてそれくらいしなければいけないんです」と譲らず、2人の心配を押し切り、弁当と水筒を背負っていた。
「千種さん?」
 マビノギオンまで心配そうな顔をする。
「大丈夫です。重くないわけではないですが、こうした方が鍛錬になるはずですから、気遣いはいらないのです」
 どこまでもストイックを貫く千種の姿勢に、2人は身が引き締まる思いがした。
 段差の大きい場所では、クロトが登りやすいよう補助にあたっていた。
「ほら、掴まれ」
 ぶっきらぼうだが、大きくて力強い手が、郁乃達を引き上げ、先へと通してくれる。
「ありがとう!」
 郁乃が礼を言って先へ進もうとした時、千種の足もとがふらついた。
「おっと!」
 自分の足もとが滑るのも構わず、クロトが千種を支え、転落を防ぐ。
「気をつけろ」
「はい」
 千種は口を引き結び、痛くなってきた足で、力強く道を踏みしめ、岩肌を登って行った。
 上の方では、岩壁を登る無防備な獲物を狙って鷹が現れたが、シグルズが爆炎波を使って追い払った。
「いやぁ、お昼に逃げられちゃったね」
 シグルズとしては追い払ったわけではなく、調理するつもりだったようだが、威力が強すぎて当たり損ねたため、逃げられてしまった。
 ようやく細い道から開けた場所に出ると、皆は思わずその場に座り込み、緊張した身体をさすった。
「皆で登るとドキドキ感が倍増だね!」フレデリカの言葉に、ある意味、全員が同意する。
「皆、汗かいたでしょ? 今度は涼しいところを通るよ!」

 フレデリカは皆を先導して、低木と大岩で出来た丘を越え、大きな滝に出た。滝幅は50メートル以上あり、高さも30メートルはありそうだ。
「見たまえ、なんという雄大な光景だろうか!」
 ミヒャエルのナレーションに、今度は誰も違和感を覚えなかった。
「きれーいっ!!」
 葵と美羽が声を揃えて、滝にかかる虹を称えた。
 彩蓮と珂慧は、同時にスケッチブックを取り出した事に気づき、小さく微笑み合った。
「でしょ? ここ、お気に入りなんだ! 皆と一緒に見たいなって思って!」
 照れた笑顔を見せるフレデリカに、今までの悪路に心の中で悪態をついていた者が反省する。
 皆でしばらく景色を堪能した後、フレデリカの後に続いて滝の横の斜面を登り始めた。
 大きな岩と低木で続く道は、浮石や苔がトラップのように混ぜられており、気をつけなければならない。
 ここでもクレアとエヴァルトが皆をサポートするのに、ミルディアと蒼空学園の本郷 翔(ほんごう・かける)も加わった。
「きゃっ!」
 足を滑らせた明日香の背を、翔がしっかりと支える。
「大丈夫ですか?」
「は、はい〜、ありがとうございますぅ」
 礼を言う明日香に、翔が微笑む。
「お気をつけて」
 それを見ていた周は、これだ!と思った。こういう状況でこそナンパするべきだと! さっそく状況と獲物を把握しにかかるが、なかなかポイントが見つからない。滝を登り終え、皆が川に沿って歩く間も、周は真剣にその事だけを考えていた。
いよいよ周に好機が訪れた。フレデリカは、なだらかな流れの川を上を、再び大岩を使って渡るつもりのようだ。
 周は、走って行って、苔で覆われた岩のひとつに陣取った。
「今度は俺がサポートするぜ!」
 恰好良く決めてみるが、広げた両手の先がなんだか邪な動きをしている。好意を無下にするわけにもいかず、本能で警戒しながら女子達が岩を渡り始めた。サポートという名目で、女の子達の手やら背中やらに触れる機会を得た周はこの上もなく楽しそうだ。
「ささ、どうぞ!」
「あ、ありがとうございますぅ。」
 メイベルが周の手をとり、次の岩へ渡ろうとした瞬間、苔に足をとられ、バランスを崩す。
「危ない!」
 周はメイベルの手をぐっと引き寄せたが、とたんに崩した自分自身のバランスを取ろうと身をひねった為、きれいにメイベルとの位置が逆転した。
 じゃぼん。派手な水しぶきとともに、周は川へ落ちた。
「大丈夫ですかぁ?」
 申し訳なさそうにメイベルが周に声を掛ける。
「平気、平気!」
 周はそういうが、身体はゆっくりと滝の方へ流されて行く。
「誰かロープ持ってきて!」
 セシリアの声に、ミルディアが駆け付けロープを投げるが周の元に届かない。
「おお、何という事だろうか、とうとう一人の少年が、その若い命を散らす時が来たのだ!」
 ミヒャエルの台詞に、周がぎょっとする。
「や、俺、こんなんじゃ死なないって!」
 ミヒャエルは、周の言葉にうんうんと頷く。
「死にたくない、その若者の叫びは、他の若者達の魂に永遠に刻まれる事だろう!!」
「ぎゃーっ、誰かマジで助けてぇっ!!」
「周くん!」レミが川岸から周を呼ぶ。
「女の子を庇うなんて、よくやったわ! 骨は拾ってあげるから!!」
「いきなり諦めんなっ! 助けろ、この薄情者っ!!」
 徐々に強さと勢いを増す流れに冷や汗をかきながら、周はレミに叫ぶ。
「つかまって!」
 間近で、聞こえた声に振り向くと、トナカイのスズちゃんが引くそりに乗ったアリアが周に手を差し伸べていた。
「たっ、助かります!」周は女神にすがる気持ちでその手をとった。
「女神は、彼の命を紙一重のところで救った」
 ミヒャエルが、厳かな調子で事態を結んだ。
 川を渡った所で、未沙が火術で焚き火を作り、彩蓮がフレデリカに着せるはずだった演習服を貸してくれた。女の子達の優しさに触れ、周は改めて、女の子が大好きだと心から思った。

 周が再び山を登る準備を整え終えると、一行は再び、頂上を目指して歩き出した。
 フレデリカの様子から、しばらくは林に囲まれた川沿いを歩くようだが、日差しは次第に暑さを増し、皆の疲れも増していく。
 皆を励まそうと、エヴァルトが背負ってきたアコースティックギターを構え、熱く歌い出す。
「素敵な曲だね!」
 引っ込み思案の涼子が、珍しく積極的に、自分からエヴァルトに話し掛けた。
「なんていうアニソンなの?」
 コスプレイヤーの涼子は同好の士を見つけて嬉しそうだったが、エヴァルトの顔は曇った。
「……オリジナルの、ニコラスさんに捧げる『森を渡る針葉樹に似た風』だ。」
「あ、風の歌なんだ!」
「……武勲詩だ。」
「ご、ごめんなさい」
 ちょっぴり傷ついた様子のエヴァルトに思わず謝り、涼子は正悟の隣りへと戻って行った。
「ねぇ、どうせなら、もうちょっと歩きやすい曲になんないの?」
 ロックなアニソンでは歩きにくいと、明が文句をつける。
「それでは、こんな曲は如何です?」
 マリルが、芳樹から教えてもらった、地球ではメジャーな、皆がよく知っている曲を歌い始めた。
終夏が愛用の『銀のハーモニカ』を取り出し、マリルの歌に伴奏をつける。エヴァルトもそれに倣った。
 マリルの皆さんも歌いましょうとの誘いに、それぞれがそれぞれの歌い方で合唱になる。
「遠足みたいで楽しいね、壮太さん!」
「そうだな。」
 真希の笑顔に、壮太はようやく連れてきて良かったと思えた。

 歌と演奏のおかげで、しばらくは元気が出たものの、中にはやはり限界を迎える者や飽きる者が出てくる。
「未那お姉ちゃん、大丈夫? 私、おぶってあげようか?」
 未羅が、息を切らして足をひきずる未那を気遣う。
「そ、そうですねぇ、も、もう少ししたらぁ、お願い…するかも、しれないですぅ……」
「未那ちゃん、無理しないで未羅ちゃんにおぶってもらって」
 未沙が指示を出し、未那の分の荷物を未羅と手分けする。
「ごめんなさぁい」
 未那は申し訳なさそうに未羅の背に身を預けた。
「刀真、我も疲れた。運べ」
 玉藻は刀真の首に手をかけ、強制的にお姫様抱っこの位置を確保する。
「……重っ…たっ」思わずもれた刀真の言葉に、玉藻の鉄扇が閃く。
「女にそのような言葉を使うな。」
 しかし、すでに3人分の荷物を持ってここまで来た刀真の腕は、限界を迎えようとしている。
「刀真、大丈夫? 荷物持つよ?」刀真を気遣う月夜に、玉藻が微笑んだ。
「このままで構わん。よい鍛錬になるであろうよ。な、刀真」
「……分かってます」刀真は、玉藻と荷物をよいしょと持ち直した。
「うわーんっ!!」突然、列の中ほどで、子供が泣き出した。
 それまで珍しいほど大人しくハイキングに参加していた百合園のジュリエット・デスリンク(じゅりえっと・ですりんく)が、パートナーの地祇、岸辺 湖畔(きしべ・こはん)とともに『ちぎのたくらみ』を使い、5才児の姿で大泣きしているのだ。
「つかれたわよーつかれたわよー! やすみましょうよぉ! もううごけないわよー」
 ジュリエットのパートナーでシャンバラ人のジュスティーヌ・デスリンク(じゅすてぃーぬ・ですりんく)は、ジュリエットと湖畔をあやしながら、ひたすら周りに頭を下げた。
「やれやれ、ヘルベティア、イタリア・アルプス、オーストリアの戦役に比べたら靴も武装もちゃんとあるこんな登山なんて余裕じゃん! 子供の一人くらい、このアンドレが背負ってやってもどうってことないじゃん!」
 英霊のアンドレ・マッセナ(あんどれ・まっせな)が、泣き喚く湖畔の頭を撫で、背を差し出した。
「まったく、最近の若者は軟弱じゃのう! 力を合わせれば、越えられいない山などないのじゃ!!」
 見ていたグランがトレッキングポールを振り上げ、矍鑠たる調子で力説する。
 そんな皆の様子を見かねた翔が、フレデリカに休憩を勧めた。
「そうだね。ちょっと早いけど、お昼にしよっか!」
 その言葉に、一同から安堵のため息がこぼれる。

 しかし、その安堵も束の間、皆の目の前には、崖が立ちふさがっていた。
「今度は壁だった。人生に、目の前に立ちふさがる壁に、彼らはどのような姿で挑んでいくのだろうか!!?」
 ミヒャエルがますます熱く語るのを流して、フレデリカはにっこりとほほ笑んだ。
「これを上ったところに、すっごく見晴らしのいい場所があるの。きっと、皆、気に入るよ!」
 しかし、崖の高さは10メートル程度だが、もはやハイキングというよりロッククライミングだ。
「それじゃ、誰が一番早く登れるか、競争だよ!」
 ひとり楽しそうなフレデリカが、器用に岩に手をかけ、岩を登り始める。
「チャンス!!」
 周が期待に胸を膨らませ、フレデリカが登っていく岩の真下目がけて駆け寄ろうとするのを、3人の男が止めた。
「フレデリカを守るのは私だ」洋が機関銃の銃身で周の胸を押しやる。
「えっちなのはいかんと思うぞ」エヴァルトが、取り出したタオルで周に目隠しをする。
「やめろっ! 女の子を見せないなんて、俺を殺す気か!!」
 目隠しを取ろうとする周の腕を、万願がガシリと抑え込む。
「こんな事で殺せるなら楽なのである」万願の人生、色々あっただけに意味深いものがある。
「女性が全員登り終えるまで、一緒にここにいてもらうでのある。」
 それは、周にとっては、この世の終わりを告げられたに等しい言葉だった。

 一方、崖では、トライブが岩に打ち込まれたハーケンを発見した。
「よっしゃ! これを使えば楽勝だぜ!!」
競争と言われては、じっとしていられない。「一番は、俺だーっ!!」トライブは叫びながらハーケンを使って崖をよじ登り始めた。
「その勝負、乗った!」明も果敢に崖にチャレンジしていく。
 2人に触発され、1人、また1人と、ハーケンを頼りに崖を登り始めた。
 クレア、エヴァルト、リュース、クロトらが、登り慣れない者達のサポートにまわる。
「皆、すごいなぁ。」郁乃は素直に感心する。
「郁乃さん、どうしました?」千種が、立ち止ったままの郁乃に声を掛けた。
「ううん、私も、頑張ろうと思って!」
郁乃はパートナー達に笑顔を向け、共に崖へと挑んで行った。

「とうちゃーくっ!!」
 一番のりはフレデリカだった。
「くそっ、負けたぜ!」
 僅差でトライブが辿り着き、
「最初にアレを見つけてれば、あたしが先だったのに…」
 這うように登り終えた明は、悔しそうに言いながら力尽きた。
 遅れて、続々と参加者達が登って来た。
「怪我をされてる方は、こちらで治療しまーす!」
 彩蓮が、到着した者たちに呼び掛ける中、万願に引きずられるようにして、涙で目をはらした周が最後に到着した。
「うう、太ももが……スカートが……」
「うっとおしいである」
 万願が、コレをどうしたものかと考えていると、先に到着していたレミが、気の進まない様子で周を引き取りに来てくれた。

 崖の上は、フレデリカが言った通りの素晴らしい見晴らしで、もう頂上まで行かなくても、ここでいいんじゃないかと思う者も少なくなかった。
 高地の涼しい風に吹かれながら、それぞれお昼の用意を始めるその一角で、
「なんだと!? 確かなのか?」アルツールが眉間に皺を寄せ、クロトとオルカに聞き直す。
「ホントだよ。さっき、人が少ない気がしたから、数えてみたら、2人、足りなかったよ?」
 オルカがクロトの背に隠れながらアルツールに教えてくれた。
「この俺がついていながら、遭難者を2人も出してしまうとは、不覚っ!」アルツールは苦悶に満ちた顔で己を責めた。