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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(第2回)

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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(第2回)
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◇第I部◇


第1章
前線と本営


 岩城から、北方を見やる甲賀 三郎(こうが・さぶろう)。グレタナシァの長城が遠く見える。
 龍雷連隊の軍師として、この北の戦線にて采配を執った。
「このタクトは、白鯨の髭からできていてな……」とうそぶいて見せる。
 が、彼の心中は穏やかなものとは言えなかった。
 彼らは何をしに来たのでしょうか?――そう言った一人の浪人兵の言葉に、目を細め甲賀は答えた。
「ただの援軍だ。局地戦の勝利を手土産に凱旋よろしく浮かれ回るのだろう。我らの従ずる国境警備は然したる用法の内に入らないということか……」と。
 甲賀は、さきの戦の後も、国境警備の重要性を説き戦力の要請をしていた。が、本営からの返事は、北上には反対として何れもその要請を却下するものであった。ようやく連携を取って敵を退けた前線と本営ではあったが、この辺りから溝が生じ始めてしまう。
 クレア少尉の記したものらしいという本営からの手記には、「北方防衛は重要ではあるが然したる用法の無い者に兵を預けるわけにはいかない」。
 他方、
「鯖缶で手を打つよ」
 黒豹小隊の隊長黒乃 音子(くろの・ねこ)はにこやかにそう言う。龍雷と共に戦った彼女の隊は現地に駐屯し、国境警備に従事していくことに決めた。また甲賀以外にも、小隊の中にはフランソワ・ド・グラス(ふらんそわ・どぐらす)のように、上記の本営の決定を出し渋りと捉え、違和感や嫌悪感を表明する者もあった。
「兵力の出し渋りだって? 無い袖をふることはできないって意味だろうけど、軽々しく要とか言ってるヤツは現場を理解してないね。その都度、援軍出せばいいってもんじゃないんだがな〜」

 だが一方で、本営の側にしても、龍雷連隊の側に本営の了承なく虚偽の交渉があった、として不信感を募らせていたのである。

 おそらく、この戦争はもうすぐ終わる。
 しかし、今後やがては国軍としてシャンバラの戦いの主力を担ってゆくべく教導団の、やがてはそれぞれが幹部となっていく可能性を秘めた者たちにこうしてできた溝は、どう広がりを見せその中に新たな波紋を生じさせるのか。物語は、また思わぬ方向に傾いていくのかも知れない。


1-01 岩城

 あの激しい戦いが行われて数日後、岩城のすぐ近くに、献花台が作られた。それはとても質素なものであったけれど。
 先日の攻防戦で戦傷・戦死した両軍の英なる霊を永久に送るためのものである。
 小松 帯刀(こまつ・たてわき)が合同慰霊祭を責任担当として式典を執り行い、戦士として英雄として彼らの霊を弔った。

 本営との間に生じた溝は前述の通りであったが、ともあれ、龍雷連隊は引き続き国境の警備にあたっていくため、岩城を増強にかかることとした。
 甲賀の知己であり個人的に龍雷連隊に協力する天璋院 篤子(てんしょういん・あつこ)は、自分たちのみで岩城を守っていくことを積極的に考える。
「財政の乏しい本陣に金のむしんはムシが良すぎますからね。
 ここは体力練成と訓練を兼ねまして、守備兵の交代制で城の防御機能をUPさせていきましょう」
 また、黒乃は甲賀から、「音子は守備兵への訓練教官に」と、「ドリヒちゃんとフランソワは城の増改築に従事して欲しい」と要請を受けた。黒乃はさいわい、戦での負傷も大した怪我はなくすぐそれに応じた。だが、ドリヒは……致命傷だった。
 浪人たちを正式な兵としての指導にあたりながら、篤子とフランソワが城の改築にあたる様子を眺める黒乃。
 浪人たちも致命傷に至った十数名を除いては、回復は早かった。
 篤子は、20名ずつ(もう少し人手がほしいところだったが)四組に分けて差配する。
「ではこれより、
 第1組。畝状竪堀、放射状竪堀の空堀建設に着手して。具体的な指示は、私が現場を担当しますから聞いてくださいね。
 第2組は、楼閣から周囲を警戒してね。
 第3組は城の後背、農場建設。農場では、主に麦を育てる予定です」
 第4組は……おやすみ。三勤一休制を取らせるのである。
 また、これ以外に、守備兵に選ばれたメンツは、黒乃に直接指導を受けていることになる。
「うん。なかなかすじがいいね。食うために、必死に戦ってきた人たちではあるからな。
 ちゃんと戦い方を学んだら、強くなるぞ。きっと。
 ん? 何か来た……」
「や、やっと着いた〜〜……黒乃さーん」
 水軍の方に遣ったジャンヌの隊から、戦車のルノー ビーワンビス(るのー・びーわんびす)をこちらへ移動させたのだ。
「土木工事の運搬車とかに使ってもらえるだろうって言われて(私を汚すおつもりなのね)……しくしく」
 黒乃はもう一度、城の方を見る。浪人らがせっせと働いているその城の中では……
「ドリヒ。早くよくなってくれよ」
 ドリヒは、病床で骨付き肉をしゃぶる日々であった。
 城主岩造の奥方であるフェイト・シュタール(ふぇいと・しゅたーる)が、ドリヒや負傷兵らの手当てにあたっている。
 フェイトは、祈る。彼(?)は、黒豹小隊にとっての大切な存在だ、助けれてくれた黒豹のためにも彼(?)を元気づけてやらないと、と。
「喰われませんように〜喰われませんように〜」と、ヒールをかけながらフェイトは祈った。
「ドリヒが、黒羊に喰われませんように〜」
 ドリヒは、うなされているようである。
「喰われませんように〜喰われませんように〜」
「ウ、ウガァァァ、オ、オマエヲ喰ワセロォォォ」
「喰われませんように〜喰われませんように〜」(?)
 祈り続けた。彼(?)が元気になったら、助けた礼を言わないとな、と思いながら。
 そして岩造は……夢見ていた。
「篤子と共に、私の岩城を岩要塞化すること。……岩城→岩要塞→岩城塞→岩国(勃興)。フフン」
 岩国(勃興)。
 岩造は、お城の最上階の今はまだ狭い自室で、城内の廃材を利用したおもちゃを内職で作りながら、夢見た。
 おもちゃ作りは、財源確保の急場しのぎとして出された篤子による案。
 これを、おやすみ組の浪人等がバザー(沼人マーケットとか……)に出展して小銭を稼ぎ、そうしてまた必要な日用品を得る。
「これもまた、岩国(勃興)につながる、大切な事業の一つなのだなァ」
 岩造は、しみじみと思った。
「そう」篤子は言う。農場生産とおもちゃ。「責任重大ですよ。ゆくゆくはこの生産力を背景に、北方防衛のための兵員調達が期待されている。そういう事業なのですから」
 岩造は、和洋折衷のお城にしたいという希望を出していた。
「わ、和洋折衷でありますか……岩造さんのご趣味でありますか?」
「ああ。洋式の城塞建築はそのまま強固な壁となるし、のちのちの岩国領を称する象徴になるだろう」
「な、なるほどであります」
 納得したのかしていないのか、ともあれ、この謎の多い女性将校もまた、ひとまず岩城に残った一人であった。
 孔 牙澪(こう・やりん)。孔中尉と呼称されるが、ここではまだ、真相は定かではない(ことに)。
「これおもしろいぱんだ。あ、壊れたぱんだ。……ごめんぱんだ」
 ほわん ぽわん(ほわん・ぽわん)も勿論、一緒に残って、おもちゃをいじっている。
「ああ。かまわないよ。今から、ぱんだのおもちゃとかも作る予定なんだ」
 孔中尉は、参謀である甲賀に自らの見解を示すこともした。彼女は本営との間を取り持つ存在とも言えるかもしれない。
「グレタナシァには潜伏中の先輩教導団員もいる、とのことであります。今、無理に攻め込むよりは、先輩がコトを起こしてからでも遅くないと思うのです……っ!」
「そうですか。その話は初耳でしたな」
「信じて待つことも、戦いでありますよね……」
 二人は、遠く国境の果てグレタナシァの長城とそこにはためく黒羊旗を見て、しばし押し黙る。
「うむ。そうですね。孔中尉殿。ご助言、ありがたきことです」
「いえ。……そう、旗。こちらも、旗であります」
「旗……か」
 孔中尉は、岩城に大量の旗を立てること。ついでに段ボールでも使って一見の外壁を整えて要塞化したように見せかけることを提案した。
 城主岩造は、早速、岩城が岩要塞になったと、喜びを表した。
「とりあえず、張子のトラでありますが」
「さしずめ我々にあてはめれば張子の龍か。しかし、隊長さんは喜びの様子。しばらくはこれでいきましょう」
「ええ。何にもしないよりはマシでありますね……!」
「十分ですよ」
 砂漠から砂混じりに吹いてくる風を受け、甲賀はタクトを振って見せる。孔中尉も、微笑んだ。

 ほわんは、本営と岩城の間を行き来するようになり、移動路を確立するのでぱんだ! と頑張った。
「とにかく戦力が足りないでぱんだから、援軍が円滑に来れるようにしておきたいのでぱんだ!」
 更に、負傷兵のために医療品や消費した弾薬等も、必要な分が残っていれば運び込みたい、と本営に要請。とくに医療品については、前線を守って戦った岩城に送られることは許可された。また、後に、本営に残り采配を執ることとなったクレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)は、岩城が危機の際には本営の兵を回すとの見解を伝えてきた。
 ほわんぽわんによって、最初にできた溝が少し埋まったかもしれない。
 しかし、戦と、それによって起こるドラマ(泥沼?)はまだおそらく……


 また、前回の戦いで捕えた捕虜の扱いについても、龍雷側と本営側の間で、見解の異があったようだ。
 龍雷連隊では、戦死者の弔いを担当した小松帯刀が、捕虜の待遇についても一任されることになっていた。一応、衛生兵であるためにである。
「ちょっと血を吸わせてください……いえいえ決して個人の欲求のためにではありません。みなさんの健康管理をチェックするには血の味を確かめる必要があるのです……え? ヨダレ?? ……あら……」
 そこへ、本営側のパティがやって来る。
「捕虜にして、即座に味方に登用とかはできません〜。
 (さっきあなた、吸精幻夜を使おうとしていませんでしたぁ? そこは見なかったことに致しますが……)」
「ちっ。血……いや、何でも。うん」
「他の人が羨ましがるほどいきなり厚遇、っていうのも無理です〜。
 いちばんいいのは、しばらくは大人しくしていてもらって、お話しとか治療して仲良くなることでしょうねぇ」
 ともあれ、一旦は、捕虜として本営に連行するのが最も判断としては正当か。
 他に、同じくここで戦った騎狼部隊の林田 樹(はやしだ・いつき)から捕虜に関する意見が出される。
 林田はこれまでに農地の開拓にもあたってきたが、それに労働力としてあたらせるのである。これには、捕虜の中でもとくに恭順の意を示している者や、パティの言ったように話や治療を通して敵意の抜けた者を登用してみることになった。
「ここで畑を作ってのんびり暮らせ。……作物が出来たら、孤児院に持ってきてくれればいい。……全く、孤児院とは名ばかりの、ごった煮小屋だな」
 林田は、かつての獰猛な獣人兵によく話しかけ、対等に接した。獣人の中にも、この戦争が早く終わることを望む者も出てきた。
「ドストーワか。勿論、戦争が終われば、いずれはそこへ戻れる。それまで、しばらく私たちと暮らそう」
 捕虜の大部は、ドストーワの獣人兵だった。その気質から、決して恭順しない者も多く、彼らは仕方なく捕縛を解かれぬままとされた(本営付近に牢代わりの空き館を借りた。無論、存外な扱いはしないが)。たった数名だったが、生き残り囚われたならず者は、国境の地理を知ることもあり、特別に龍雷連隊のもとへ残されることとなった。