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【2020授業風景】少年探偵と死者のいる教室

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【2020授業風景】少年探偵と死者のいる教室

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第一章 百物語作法

第一話 声

「真都里くん。がんばってえ! ワタシは応援してるよ」
 友人のミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)からの声援を受けて、春夏秋冬 真都里(ひととせ・まつり)は小さく頷く。
 教室は暗い。
 灯りは、八十数名の参加者各自の席に一本ずつ置かれたロウソクの光だけだ。
 教室の正面中央の怪談再現ステージに、真都里は一人で立っていた。
 生徒たちは、みな、静かにステージを見つめている。
 古寺の御堂の中、真都里の周囲には、十重二十重に人々が、下をむき、座っていた。
 それらすべては、立体映像で再現された虚像だが、周囲の暗さのためか、真都里には、おそろしくリアルに見える。
「お、お、俺は怖くない。百物語なんか怖くないんだ」
 震える声でつぶやく。
 床に埋め込まれたモニターを眺め、説明を読んで、自分の役割を理解した。
「俺は、この寺に百物語にきたんだ。
 ぜ、全然、怖くなかったぜ。
 話は終わったけど、百のはずなのに、百一話、あった。
 百人、一人一話ずつ話したんだろ。なんで、百一なんだ。余った一話は、誰が話した?」
 真都里は、あたりを見回す。
「ボクだよ。ボクが話した」
「え」
 声の方をむくと、そこには骨壷が一つ置かれている。
「ボク、死んじゃったけど、怪談、好きなんだ」
 骨壷は、真都里に明るく話しかけてきた。

提出者 レン・オズワルド(れん・おずわるど)
「自分の話が再現されたら、マイクで解説すればいいんだな。この話は、実話だ。
 ま。そんなことは、どうでもいいが、日本の江戸時代に、戦のなくなった武士たちの肝試しとして流行した百物語には、やり方に作法がある。
 どうせやるなら、作法に則ってやらないか?
 教授。ご存知かと思いますが、百物語には部屋が三つ必要です。
 まず、この教室を仕切りかなにかで、二つに分けるとして、もう一部屋、百本の蝋燭を置いておく部屋に、隣の講義準備室を使わせていただけますか。
 真都里。そこのドアを開けて、講義準備室が使えるか様子を見てくれ」

 レンの指示に従って、真都里は講義準備室のドアに近づき、ノブへ手をのばした。
「待て。その部屋は、使用禁止だ。このままでいい」
 フライシャー教授が、真都里を止めようと動きだすと、レンは教授の前に立ちふさがる。
「いいじゃないですか。御迷惑はおかけしません」
「だめだ。勝手に開けるな」
 教授の怒声に、真都里は手をとめた。
「レン。どうするんだ? 俺は、こんなドア、簡単に開けられるぜ」
「講義は教室だけで行う。余計なことはしないでくれ。無茶をするなら、講義は中止だ」
「教授は心配しすぎですよ。真都里。ともかく、開けて中をみてくれ」
「わかった」
 ドアを開けようとした真都里は、
「うわっ」
 ふいに横から衝撃を受けて、吹き飛ばされる。
「教授が開けるな、って言うなら、開けちゃダメだよ」
 ドアの前には、霧雨 透乃(きりさめ・とうの)緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)月美 芽美(つきみ・めいみ)の三人がいた。
「ううっ。お、お、俺は、男だ。強いんだ。たくましいんだ」
「大丈夫か」
 床に倒れた真都里を、隣にきたレンが助け起こす。
「私たちは、あくまで模擬講義を受けるためにここへ来たはずです。それなのに、教授が嫌がることをして、講義を中止にさせるつもりですか?」
 陽子に問われ、レンも真都里も言葉を返さない。
「まだ時期尚早だな。様子をみるか」
 レンは一人ごちた。
「きみたち、ありがとう。講義の妨害をされて、どうなるかと思ったよ。もし、よかったら、きみら三人は、そこのドアの前に、椅子を持ってきて、講義を受けてもらえないか?
 講義準備室には、重要な書類がいろいろあってね。いまみたいに、軽い気持ちで出入りされては、困るんだよ。
 きみらには、そこを守って欲しい。いいかね?」
 教授の申し出に、そういうわけならと、透乃たち三人は同意した。

一 怪談は怪談が好きだった。けれど、死んじまったんだ。

第二話 後遺症

「ちょっと、聞いてくれ」
 席から腰をあげたのは、和服姿の右目に刀傷のある少年、鬼桜 刃(きざくら・じん)だった。
「次は、俺の話が再現される番なんだが、その前に、みんなに知って、いや、覚悟しておいて欲しいことがある」
 刃は、ぐるりと首をめぐらせて、教室内を眺める。
「わからないかもしれないが、怪異はすでにはじまっているし、百物語の怪異は残る。それをおぼえておいてくれ。
 江戸時代の書物、「稲生物怪録」では、百物語をした著者が、その後、三十日間にわたって様々な怪異に見舞われ続けた体験が記されている。
 退魔師としての経験から言わせてもらえば、それは十分に起こりえる現実だ。みんな、気をつけてくれ」

二 この怪談。おいしいけど、量が多すぎるのよねえ。三十日も続けて怪談だと困るわ。

第三話 青行燈

ステージには、まだ真都里がいた。
「俺は、俺には姉さんなんかいない。呼雪兄貴も黎兄貴も、俺を応援してくれてる」
 透乃に弾き飛ばされたためか、さっきよりも頭がぼんやりしてる。
 床下モニターの指示を読んで、天井を見上げた真都里は、
「!」
 口と目を見開き、失神して、大の字に倒れた。

提出者 鬼桜刃
「百物語によって呼びだされる魔物、青行燈(あおあんどん)は、鬼だ。あまりの恐ろしさ、忌まわしさに姿形に関する記録は、ほとんど残っていない。百物語は、青行燈を召喚するための降霊術だ」

三 怪談は青行燈を生んだが、怪談自身は、青くもないし、行燈でもない。

第四話 定員割れ

 解説を終えた刃は、教授の許可を取って、教室内の各所に盛り塩をした。
「本当は、護符を貼りたいところだがな」
「刃さん。でも、参加者は百人もいないし、きっと百物語は完成しないから、大丈夫じゃないの?」
 古森あまねに尋ねられて、刃は眉をひそめる。
「この儀式に、人数は関係ない。問題は話数だ。くるともあまねも、なにが起こっても普通にしていろよ。騒ぐほど、負の感情が大きくなるからな」
「ふうん。人数は何人でもいいんだ。知らなかった」
「友達同士数人で気軽におこなって、数日後には、何人かが墓の中なんて話は、腐るほどある。百物語は、遊びじゃないんだ」
 いらだたしげに、刃は答えた。

四 最小怪談は定めておりません。何名様でも、怪談いたします。