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リアクション
・『傀儡師』とは
空京大学内、先端技術研究棟。
影野 陽太(かげの・ようた)はそこで傀儡師の一部である、自壊した人形の腕を解析していた。
三日前にヒラニプラの遺跡から戻るや否や、空京大学に根回しをしてこの研究施設を確保し、今日までの間にR&Dにより、準備を進めた。
そして今、記憶術で覚えておいたこれまでの調査報告や各種技術に関する知識、先端テクノロジーに対しての理解、さらには工学部の教科書も開き、それらを博識を駆使して適宜研究にあてていく。
彼が回収した傀儡師の腕は、ヒラニプラにやってきた戦闘型のものであり、ツァンダに現れた操作特化型のものとは異なる。そちらは、ロザリンドと協力体制にある情報屋アレンが、解析し終えているはずだ。
ユビキタスを使用し、PASDのデータベースから、情報管理部の情報システムへのアクセスを図る。だが、アクセス権限がないために、直接は無理だった。
『あの……傀儡師の事で、データベースに載ってない最新の情報は入ってますか?』
管理部長のロザリンドに直接問い合わせる。
すると、すぐにデータが送られてきた。
『ありがとうございます!』
礼を述べ、通話を切る。学内に対して盗聴や情報撹乱がなされている事はない。それは通話前に確認していた。
相手の能力を考えれば、用心はし過ぎるくらいがちょうどいい。
(こちらの腕とは多少異なりますね)
傀儡師の腕の骨格の部分は、同じ素材が使われていた。内部の仕組みを比べてみると、操作型の方はこの時代の一般的な義手ぐらいの精度でしかないが、戦闘型の方は複雑な動き―ー特に手首の返しが行いやすいように、柔軟に動くように造られている。
それゆえに、陽太は腕を復元するのに相当な時間を費やした。ヒラニプラの遺跡で回収したとはいえ、大破している以上はどうしても部品の欠損が出てくる。
何とか腕を形にする事に成功はしたが、内部は少女の細腕のような見た目以上に、様々なパーツが使われている事が分かった。
(幾重にも束ねたワイヤーは筋繊維代わり、それにやたらと細い糸が混じってる……これが、夢幻糸でしょうか)
傀儡師は指先から糸を操っていたが、もしかしたら体内に仕込んだ糸を放出していたのかもしれない。もっとも、それだけではないだろうが。
その糸は驚くべき細さでありながら、かなりの強度を誇っていた。しかも、少し目を離すと視界から消えてしまう。うっかりすると指を切りかねない。
次に、彼は腕のデータを取り込み、そこで使われた部品から、人形自体の内部がどうなっているのか、その仕組みを検証する。
腕に関しては、もう片方も同じだと考えていいだろう。足も傀儡師の身のこなしからすれば、同じように人間の体内を模した複雑な造りになっているはずだ。
胴体に関しては、おそらく心臓に機晶石があり、それをどこか遠くから操って動かしていると、この時点では推測する。
腕の部品の中には神経線維のようなものがあり、そこを機晶エネルギーが流れ、身体を動かすのだろう。
また、他の機晶姫を操る際、『波長』がどうだという事を漏らしていた。電波のようなもので操っているのだろうが、戦闘型の人形は五機精の二人と、他の機晶姫を同時に操る事が出来なかった。
対し報告によれば、操作型は機甲化兵複数を操りながらも、他所の機晶姫の行動を制限する事が出来ている。
この事から、戦闘型と操作型では発信する電波の種類が異なる事が分かる。
仮説として考えるならば、おそらく機晶石が発するエネルギーは機晶姫、機甲化兵、五機精で異なっており、その『波長』に合わせて電波を変える。それこそテレビやラジオのチャンネルを変えるかのようにして、操るという事であろう。
対策としては、体内を流れる機晶エネルギーを何らかの形で刺激し、波長を狂わせるというのが一番有効だ。
だが、さらなる問題が存在する。傀儡師の人形を操っているのは何者で、どういう原理であれだけの力を行使させられるのか?
そこで、過去の傀儡師の発言を思い出す。
――この『マスター・オブ・パペッツ』の力を見せてやるよ。
――僕は『傀儡師』だよ。
傀儡師=マスター・オブ・パペッツとも考えられるが、もしかしたら人形を操る力を持つ「何か」が、マスター・オブ・パペッツではないのか?
それこそ女王器のような。
(いや、むしろ……)
別の可能性を考える。
それは、傀儡師の本体がマスター・オブ・パペッツという道具で操っているのではなく、マスター・オブ・パペッツが意思を持った存在で、それが人形を動かしているというものだ。
あるいはマスター・オブ・パペッツには実体がなく、精神体のようなものであり、それが人形に入り込んでいる。破壊されれば別の器に入る。
敵の力と余裕さを見れば、荒唐無稽な意見とも限らない。
(一応、これらの仮説もまとめておきましょう)
論証するには、まだ時間が足りない。現段階での仮説という形で、情報管理部へ報告出来るようにする。
その間に、新たな発見があった。
(この腕の部品、地球産のものも含まれている? いや、それどころか、この技術は――)
傀儡師の内部構造、といってもコンピューターによる予測分析だが、それによれば地球の最先端のロボット工学の技術が使われている事が判明した。
言うなれば、パラミタの機晶技術と先端テクノロジーのハイブリッドだったのである。
正体そのものは突き止められなかったが、これは大きな収穫かもしれない。
* * *
情報管理部。
ロザリンドの元には空京大学内での情報が集約されつつあった。
彼女とアレンは協力してそれらを処理していく。しかも、大学外――百合園からも連絡が入った。
白い少女が五機精の一人だと判明した、という事だった。
まだその能力の詳細は分からないが、狙われる可能性もある。傀儡師の新たな情報を渡し、再び情報処理に戻る。
「司城やその周りの人間の経歴は調べ終えた」
アレンによれば、リヴァルトの家系は代々科学者を輩出してきたようだ。ノーツ博士の成果が大き過ぎて目立っているが、リヴァルトの父クラウスもかなり優れた研究者だったらしい。
ただ、リヴァルトの姉、ヘイゼルはノーツ博士を十年で凌ぐと言われるほどの天才だったようだ。
「妙ですね。歩さんの話では、司城さんが殺したと言ったのは、ノーツ博士とヘイゼルさんです。しかし、生き残ったのはリヴァルトさんだけ、なぜ両親を殺したとは言わなかったのでしょう?」
「言葉は額面の意味通りとは限らない。既に別の誰かにノーツ夫妻が殺されていたという可能性だってあるんだ」
その時、さらに情報管理部に連絡が入ってくる。
空京大学にて、内海施設に行ったパートナーの未憂からの情報を伝えるために残ったプリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)からだった。
「……連絡……みゆうから……」
それは、失踪したリヴァルトに関するものであった。
「――そう、ですか。分かりました」
内海の施設でも、進展があったようである。
ただ、連絡を送ってきたのは彼女だけではなかった。百合園女学院からも緊急通信が入ったのである。
「傀儡師と交戦中!? 状況は、どうなってますか?」