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学生たちの休日4

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学生たちの休日4
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リアクション

「えー、奥には入れないの? イコンイコンイコンイコン……」
 天御柱学院見学コースに申し込んだルカルカ・ルーであったが、調子に乗って奧に行こうとしたところで警備員に阻まれてしまった。
「絶対、この奧がイコンの格納庫だと思うのに……」
 相当に粘ったが、結局見学範囲を逸脱しているの一点張りでどうしてもだめだった。ここはいったん引き下がるしかない。
「ということで、ダリル、隠れ身を使って強行突破するわよ」
「さすがにそれはまずいぜ」
 周囲の物々しい警備を見回して、夏侯淵がルカルカ・ルーを制止した。
「大丈夫よ。見つかりっこないって」
「いや、よく見てみろ」
 そう言って、ダリル・ガイザックは天井近くを視線で示した。しっかりと、そこには監視カメラがある。
「何よ、あれぐらい」
「他にも、赤外線センサー、動体センサー、加圧センサーと、突破は絶対に不可能だろう」
 子細に奧へのゲートを観察して、ダリル・ガイザックが言った。
「何よ、罠が分かっているなら、解除しちゃえば……」
 ルカルカ・ルーはそう言うが、すべてのセンサーを無効化するのは不可能だ。そんなことをすれば、誰かが侵入したのは丸わかりだし、しゃれにならない大事になってしまう。
「だってえ……」
 なおもルカルカ・ルーが渋っていると、彼女が入ろうとしている通路の奥の方から、突然女の子の甲高い叫び声が聞こえてきた。
 さすがにぎょっとして、ルカルカ・ルーたちが固まる。
「あのー、今のは……」
 恐る恐る警備員に聞いてみるが、まったく相手にしてもらえなかった。
「やっぱり、この奧はやばそうだぜ」
 やめようと、夏侯淵が言う。
「ぶー」
 むくれるルカルカ・ルーを二人で引きずるようにして、一同は天御柱学院から出てきた。本当はもっといろいろ見て回りたかったのだが、長居すればルカルカ・ルーが何をしでかすか分かったものではない。イコン強奪ぐらいしかねない雰囲気だったのだ。
 全員が天御柱学院を去ったと思われたのだが、一人、いんすますぽに夫だけは、購買で地道に商談を繰り広げていた。
「僕は、パラミタ随一の聖像制作団体『だごーん様秘密教団』のいんすますぽに夫と申します。パラミタでは、我が教団が販売した、『だごーん様一刀彫り女王像』が、タシガンの貴族からキマクの村人まで幅広く祀られております。イコンはシャンバラの人々にとっては未知の存在。怖がられる前に好印象を与えることは大事でしょう。そのために、シャンバラ地方でイコンのプラモデルやおもちゃを販売して身近な存在にしませんか? 模型製作や販売は僕たちにお任せあれ!」
 購買のお兄さんにむかって、いんすますぽに夫は力説した。
「プラモデルって、あれのことかい?」
 何を今さらと、お兄さんが購買の一画を指さした。
 そこには、山積みになったイーグリットのプラモデルの箱がおいてあった。
「のおおおぉぉお、出遅れてしまいましたぁ!」
 その場に駆け寄ると、いんすますぽに夫は滝の涙を流して悔しがった。箱には、御神楽 環菜(みかぐら・かんな)のまるCマークが燦然と輝いている。
「おのれえ、この僕をさしおいてぇ!」
 いや、イコンの開発は御神楽環菜の指揮の下に行われたのであるから、この恨みは本末転倒である。
 すぐ近くの武器のショーケースでは、天御柱学院の生徒らしき女の子が、中に飾ってある鉈を物欲しそうなちょっと怖い目で見つめながらガラスをスリスリとさすっていた。ときおり、溜め息混じりに低い笑い声が聞こえた気がするのは気のせいだったのだろうか。
 そして、ショーケースの上の方には、『イーグリットHGモデル、近日入荷。予約受付中!!』という張り紙がでかでかと貼ってあった。
 
    ★    ★    ★
 
「あーあ、イコン見たかったなー。イコン、イコン……」
 海京の眺めが一望できる展望テラスに上って、ルカルカ・ルーはまだぐずぐずと言っていた。
「まあまあ。とにかくお昼にしましょう」
 なだめるようにダリル・ガイザックが言う。
「はい、マエストロ。その言葉、お待ちしてました」
 エオリア・リュケイオンが、そこまで大事そうに持ち運んできたバスケットをようやっと開く。中には、ダリル・ガイザック特製のクレープが山と詰まっていた。
「ねえ、むこうでゲーム見つけたんだけど、後でやろうよ」
 クレープをぱくつきながら、クマラ・カールッティケーヤが言った。
「はいはい。それは後でね」
 今はお昼御飯だと、エース・ラグランツが適当に答えた。
 のんびりとピクニック気分で一同がクレープを食べていたときである。突然、不自然な一陣の風が彼らの髪を吹き乱した。
 巨大な影が、頭上を通りすぎる。
「イコンだわ!」
 今まで聞いたこともない駆動音を響かせて、空中を飛び去っていく二機のイコンを見て、ルカルカ・ルーはその後を追いかけるように展望テラスの手摺りに飛びついた。すぐに、横にあった望遠鏡にコインを入れてのぞき始める。
「コームラントと呼ばれている機体いだろう。演習中か」
「ほお、あれが。私たちは運がいいのかな」
 機体を識別するダリル・ガイザックの言葉に、メシエ・ヒューヴェリアルが目の上に手を翳しながら言った。
「うん、やってるやってる!」
 望遠鏡をのぞいているルカルカ・ルーが叫んだ。
 遥か沖合の海上で何か閃光が見える。
 よく見ると、空中に螺旋を描くようにしてターゲットマーカーがいくつも浮かんでいた。その中央を、一機のイーグリットが降下してくる。
 どうやら、自由落下状況での射撃訓練のようだ。
 素早い機体制御を行いながら、イーグリットがビームライフルでターゲットマーカーを撃ち抜いていく。実際に破壊されてはいないようなので、ターゲットが立体映像なのか、ビームが訓練用のレーザーポインターなのか、あるいはその両方なのであろう。
 それにしても、命中率は五十パーセントというところだ。いかにイーグリットの運動性がいいといっても、当然限界はある。そして、その限界を左右している者こそがパイロットだ。
 メシエ・ヒューヴェリアルの問いの答えも、もしかしたらそこにあるのかもしれない。搭乗型のイコンの性能は、パイロットによって大きく左右される。まったく同じ機体でも、あるときはただの鉄の塊で、あるときはたった一機で戦局を変えてしまうスーパーウエポンになるかもしれないのだ。
「へたっぴねえ」
「訓練だからな。まだ、学生たちの練度はそれほど高くはないのだろう」
 不満そうに言うルカルカ・ルーに、ダリル・ガイザックが説明した。
 その間にもイーグリットの高度が下がり、海面が近づく。
 そのまま海中に没してしまうのではと思った瞬間、タッチアンドゴーの要領で、イーグリットが水平飛行に移った。ブースターの推進フィールドを叩きつけられた海面が、王冠状に水柱を周囲に飛び散らす。
 海面すれすれを飛行するイーグリットの左右に、先ほどルカルカ・ルーたちの頭上を飛び去った二機のコームラントが加わった。一個小隊の編成で、遥か先にある次のターゲットを目指す。
 沖合の海上には、ブイの上に立てられたターゲットマーカーがある。その前面には、バリアーに見立てたレーザーホリゾントが展開されていた。
 二機のコームラントがラックからビームランチャーを外して両手で持つ。そのまま左右に広がったかと思うと、前傾姿勢だった機体を垂直に立て直し、射撃体勢に入った。急制動をかけて、位置を固定する。海面が沸き立ち、脚部の爪先がわずかに水面を蹴った。
 ルカルカ・ルーたちの位置からではランチャーからのビームの発射は確認できなかったが、バリアーがすっと消えるのは確認できた。おそらく、訓練用のレーザーで命中判定が行われたのだろう。
 その瞬間、いや、実際には着弾の一瞬前に、イーグリットが急加速した。ブースターの圧力をもろに受けた海面が、激しく水柱を噴き上げた。そのまま白い軌跡を水面に描いて、イーグリットがターゲットに迫る。その腕から、一条の光がのびた。ビームサーベルを抜いたのだ。
 亜音速まで加速したイーグリットの腕が一閃した。バリアーが再展開するわずかな時間の間隙を縫うようにしてすれ違ったターゲットをビームサーベルが破壊する。
「意外と地味なんだもん」
「訓練で派手にする理由はないだろう。実戦とは別だ」
 少し不満そうなルカルカ・ルーに、ダリル・ガイザックが言った。実際の戦闘では、訓練用のレーザーポインターなどではなく、銃から高出力のビームが発射されるはずだ。そんな物を受けたら、あんなターゲットマーカーなど、ひとたまりもなく消滅しているだろう。もちろん、それが人間であったとしてもだ。
「ねー、あれ欲しいよー。買って、買って、買って!!」
「さすがにそれは無理だ」
 イコンを指さして叫ぶクマラ・カールッティケーヤに、困ったようにエース・ラグランツは言った。
「だったら、むこうでゲームしようよ」
「さっきから、なんのゲームがしたいのですか?」
 少し訝しんで、エオリア・リュケイオンが言った。
 建物の中のゲームセンターに移動してみると、はたしてそこにあったのはイコンのシミュレーターだった。
「こ、これは……。乗る!」
 一つ返事で、ルカルカ・ルーは、筐体の中に飛び込んでいった。
「面白そうだな。みんなで対戦でもするか」
 エース・ラグランツも興味を示した。
 写真係をするというメシエ・ヒューヴェリアル以外の六人がゲーム機に乗り込んだ。
「さすがに、これはゲームだな」
 コントロールレバーなどの配置を確認して、ダリル・ガイザックはつぶやいた。さすがに、イコンのコクピットそのままであるはずがない。
 ゲームであるから、スタートボタンを押せば、機体は動きだす。
 だが、飛行機でさえ、離陸までは数百のチェック項目があるのだ。乗りました、動かせましたというのは、しょせん素人の妄想である。メカニックがどこまで事前チェックしておいてくれるかにもよるが、実機では発進前にマニュアルに従ってすべての項目をチェックしなければ一歩だって動かすことはできない。必ず確認の入力があり、認証されなければエンジン一つかからないのだ。もっとも、緊急時にはそれでは困るので、省略の方法は必ずあるだろうが、それを知らなければ省略すらできない。イコンの運用は、ここにあるゲームマシンとは、比べものにならないもののはずだ。
「始めるよー」
 ゲームとはいえ、イコンを操縦できることに御機嫌のルカルカ・ルーが、一同に声をかけ、対戦が始まった。
 結局、えんえんと対戦が続くので、さすがに飽きたエース・ラグランツたちは、なんとか途中で脱出して海京の食べ歩き観光にむかった。
 満喫した彼らが戻ってきたとき、まだルカルカ・ルーはゲームに没頭していて、ハイスコアを更新し続けていた。