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空賊よ、パパと踊れ−フリューネサイドストーリー−

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空賊よ、パパと踊れ−フリューネサイドストーリー−
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第1章 Good Day Sunshine(3/3)



 その夜のことだ。
 じっとりとのしかかる夏のけだるい空気を肩で切って、東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)は甲板に続く階段を上がっていた。その足取りが軽い事に気が付き、雄軒は歩調を規則正しく改めた。
「馬鹿馬鹿しい……、どうして私はわざわざ本を五冊も持ってここに来ているのか」
 腕に抱えた分厚い本を忌々しげに見つめた。
 それは【ユーフォリア・ロスヴァイセ】にプレゼントするために、わざわざ彼が空京の書店回って集めたもので、地球の文化や古い日本について丁寧に解説のされている本だ。
 けれども、そんな自分に雄軒はひどく苛ついていた。
 ユーフォリアのために何故自分がここまでしているのかわからない。彼女の傍にいると安らぎを感じるのは認めるが、その感情が何に起因するものなのか、彼の頭脳を持ってしても解き明かせなかった。
「しかも、バルトも連れてこないでここに来るなんて……。本当に馬鹿馬鹿しい……!」
 ユーフォリアは寝椅子に寝そべって、きらきらと光る月を眺めていた。
「……あら、雄軒さんではありませんか。こんばんは」
「あ……、ええ、夜分に失礼します」
 彼女の横顔にドキリとするも顔をには出さず、礼儀正しくお辞儀をした。
「約束した地球の本が手に入ったのでお届けに参りました。気に入ってくれるとよいのですが」
「このためにわざわざ……、ありがとうございます。じっくり拝見させて頂きますわ」
 ユーフォリアは椅子を勧め、冷たいお茶を出した。
 かつては五獣の女王器のひとつ『白虎牙』を狙ってユーフォリアに近付いた雄軒である。しかしどうした事だろう。不思議なことに白虎牙への興味はすっかり薄れていた。その理由は自分でもよくわからなかった。研究のためではなく、ただ傍にいることがいつの間にか目的になっていたように思える。
「……今の生活は楽しいですか?」
「ええ、勿論ですわ。ヒルデガルドさんやカシウナの方々もよくしてくださいますから」
「それは良かった。世間は女王の件で何かと騒がしいです。あなたも気になっているかもしれませんが、どうかご無理はなさいませんように。何かあれば私に相談してください」
「ありがとうございます、雄軒さん」
 月明かりに浮かぶその微笑みに、ああ、と雄軒は思った。
 どうして今まで気が付かなかったのでしょう。彼女は母上に似ているんですね……。
「……どうかされましたか?」
「いえ……、今夜は月が奇麗ですね」


 ◇◇◇


「はわわ。そ、そこで何をしているんですか」
 穏やかな夜の空気を、はわはわした土方 伊織(ひじかた・いおり)の声が斬り裂いた。
 人影が颯爽と甲板を走り柱の前に立ち尽くした。後を追う伊織はパートナーと一緒に囲み、おそるおそる近付く。張りつめた空気を感じ、ユーフォリアと雄軒もその場に駆けつけた。
 慎重にランプの灯りを向けると、そこに浮き彫りになったのはパパの姿だった。
「はわわ。昼間会ったパパさんじゃないですか。あんまり驚かさないで欲しいのですよー」
「驚いたのはこっちだよ、お嬢さん。いきなり人を不審者のように扱わないで欲しいな」
「ごめんなさいなのです。でも、こんな時間に何をしてるですか?」
「それがだね、妖しい人影が船に忍び込むのを見たんだ。それでパパも心配になってね」
 そう言うと、視線を彷徨わせ、フリューネを探し始めた。
「はうー、フリューネさんならお風呂に入るって、女子の人たちと行きましたよ」
「あ、そうなんだ……」
 この機に彼女と話し合おうと考えたパパは肩を落とした。
「あのー、僕はまずユーフォリアさんに協力して貰うのが良いと思うのですよ」
「わたくしですか?」
 ユーフォリアは目をぱちくりさせた。
「フリューネさんが一番尊敬してるのがユーフォリアさんですから、彼女に認めて貰えれば、パパさんの事も尊敬してくれるかもしれないのですよ。まずはユーフォリアさんにその想いを伝えてみてくださいです。パパさんの想いが本物なら、きっと認めてくれると思うのですよ」
「僭越ながら、私もそう思いますわ」
 伊織のパートナー、サー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)も後押しする。
「騎士の家系でありながら商人を志すとは……色々ご苦労なされたのでしょうね。私も円卓の騎士時代は、騎士団の兵站を担当していましたから大変さはわかります。とは言え、それをわからせるのは難しいでしょう。私も兵站を任されるようになってから、気付きましたから」
「ほう、君は若いのになかなか苦労してるんだね」
「英霊ですから」
 ベディヴィエールは微笑む。
「フリューネ様はまだお若いですから、そー言う事にはまだ疎いのかもしれませんが、ユーフォリア様ならおわかりになられるでしょう。お父君が真摯にお願い致せばご協力していただけると思いますわ」
 二人の助言もあって、パパはユーフォリアに事情と娘への想いを話した。
「……お父様の事は少しも知りませんでした。そのような事になっていたのですね」
「あの子に随分信頼されてるそうだね。よろしく頼むよ、パパの愛の深さを伝えてくれ」
 それから、パパは謎の人影を探してまたどこかに消えていった。
「……やれやれ、騒がしい親父じゃったのぅ」
 もう一人の伊織のパートナー、サティナ・ウインドリィ(さてぃな・ういんどりぃ)は漏らした。
「悪い人じゃないと思うんですけど……、あ、忘れるところでした、ユーフォリアさん」
「なんでしょう?」
「ユーフォリアさん、ありがとうございましたですよ」
 伊織はペコリと頭を下げた。
「ミルザムさんの事とか白虎牙の事とか色々ご迷惑かけちゃったですから……、クィーンヴァンガードの隊員としてじゃなくて、僕個人としてお礼を言っておきたかったのです。昼間は復興作業で忙しくて、こんな夜になっちゃいましたけど」
「いえ、わざわざ足を運んでくださってありがとうございます」
「それから、新しいパートナーさんを紹介したかったんです。サティナさんって言うんですけど……」


 ◇◇◇


 その頃、フリューネと女生徒は一日の疲れを癒すため、船内の大浴場に来ていた。
 白い湯気がたちこめる空間で、うら若き乙女達は美しい肌を惜しげもなく披露している。入浴剤の甘い水蜜桃の匂いが、乙女達の汗の匂いと混じりあい、淫靡な雰囲気を醸し出していた。
 佐倉 留美(さくら・るみ)はフリューネの背中を流し、うっとりと頬を染めている。
「……フリューネさん、先日はありがとうございました」
「え? 何の話?」
「空賊の大号令の時の話です。囮役をすると申し出たものの、フリューネさんが迅速に大号令を成功させなければ、空賊に捕まってどんな酷い目に遭わされていたかわかりませんわ」
「礼なんてそんな……、大号令が為せたのはキミのおかげでもあるんだから」
「それでも、わたくしのお礼は受け取ってくださいますよね……?」
 妙に色気のある声に不穏な気配を感じ取り、フリューネは振り返った。
「……な、何してるの!?」
 そこで目にしたのは、たわわな胸に石鹸を泡立て、恍惚としている留美の姿だった。
 そっと肩を押さえると、柔らかな胸をフリューネの背中に密着させた。
「え? ちょ、ちょっと……!」
「怖がらなくても、大丈夫ですわ。すぐに気持ちよくなりますから……」
 自分の胸を惜しみなく使って、フリューネの身体を洗う。乙女の柔肌が織りなす心地よい感触と、留美が醸し出すと濃密な空気にあてられ、フリューネはなんだか目眩がしてきた。
「緊張していますの? もしかして、こういう事は初めてなのかしら……?」
「ど……、どこ触って……、いい加減にしなさい!」
 留美の指を握ると2、3本適当にへし折った。
 ところが、やめるどころかより興奮を増して、彼女は濡れた舌を首筋に這わせた。
「ごめんなさい、フリューネさん。わたくし、冷たくされると燃えてしまうタイプですの……」
 太もも這う手つきのいやらしさに、思わずフリューネも吐息を漏らした。張りのある艶やかな太ももの感触に舌舐めずりをして、留美はその指先を秘密の花園に近づけていった。
「これ、留美。おぬしだけ楽しむのはずるいのじゃ」
 艦長のナリュキ・オジョカン(なりゅき・おじょかん)は仁王立ちして二人の前に立った。
「艦長命令じゃ、わらわにもフリューネにイタズラさせるのじゃ」
「あら、職権乱用ですわよ」
「愚か者、こんな時に乱用せんでいつするのじゃ」
 魔性の乳をゆさゆさしながら、フリューネの胸をわし噛む。うねうねと別の生き物のように指を蠢かせると、まるで胸から身体が溶けていくような感覚に包み込まれた。
「にひひひ、わらわのごっとふぃんがーはどうじゃ、フリューネ?」
「や、やめ……」
「そうかそうか、やめないで欲しいか。では、ふにゃふにゃにとろけさせてやろうかのぅ」
「二人とも! フリューネさんが嫌がってるじゃない!」
 疲れを癒す事なく、へろへろになってる彼女に見かねたのか、朝野未沙が止めに入った。
「なんじゃ、未沙のくせに。いい子ぶるでないわ」
「そうですわ、わたくし達はフリューネさんを悦ばせようとしているだけですのよ」
「だめ!」
 ほっと一息吐くフリューネだったが、危機は去っていなかった。
「こういう事はメイドの仕事なんだから……」
 そう言うと、未沙は白い裸体をくねらせ、フリューネの身体に絡み付いた。
 曲線を描く腹部を優しく撫でて、ゆっくりと南に広がる密林へ指先冒険隊が突き進む。
「ゆるさんぞ、未沙。先に密林へ入るのは、わらわじゃ。密林にある洞窟を目指すのじゃ」
 指先をペロリと舐めて、ナリュキが指先探検隊に合流した。
「何をおっしゃってますの。先に洞窟を目指していたのはわたくしですのよ」
 へし折れた指を無理矢理元に戻し、留美も冒険に繰り出した。
 とその瞬間、ブババババッと凄まじい音がして、四人に鮮血のシャワーが降り注いだ。
「きゃあああああああ!!!」
 スプラッター映画さながらの惨劇を引き起こしたのは、パパが追っていた妖しい人影、湯煙に紛れてずっと湯船に潜伏していた弥涼 総司(いすず・そうじ)だった。
「こ……、こいつはマジでパネェ……」
 彼にとってはピンク映画さながらの光景だった。
 宇宙が膨張するように、彼のへその下にある神秘の部位も膨張していた。
「ちょ……、なんで右手を動かしてんのよ!」
 彼の手が激しく運動しているのに気付き、フリューネは叫んだ。
 なんとか昂る思いを沈めようと、総司はなだめさすっていたのだ。だが、多くの男性諸君が共感するように、それは逆効果だった。ビッグバンの到来を早めてしまった。
「うう……!」
 苦悶の表情を浮かべ、総司は顔を伏せる。
 そして、顔を上げた時、心から一切のわだかまりが消え、明鏡止水の精神が備わっていた。
「驚かせて済まない、フリューネ。お前に話があって、ここで待たせてもらっていたんだ」
「あ、あんた、人の家の風呂で何した……?」
 ぷるぷると肩を震わせるフリューネに、総司は菩薩の笑顔を見せた。
「雑念を振り払った、ただそれだけのこと。ところで、セイニィにやられた傷は大丈夫か。見た感じ傷は残っていないな。まぁ、女戦士がベッドで傷跡を気にするってシチュエーションにもぐっと来るモンがあるけど……、痕にならなくて良かったな、フリューネ」
「そうじゃなくて!」
「……怒ると美人が台無しだぜ。話ってのはな、親父さんの事だ。実際どう思ってるんだ?」
「そんな話してる場合か!」
「そんなって……、親父さんの話だろう。もっと大切にしろよ、生きてるだけマシだろ……? 孝行しようと思った時に親はいねえ……、もう少し優しくしてやってもいいんじゃねえか?」
 悲しげな彼の表情に、フリューネはピクリと反応した。
「まさか、キミのお父さんはもう……?」
「なに、昔の話だよ」
 そう言って、ザッパァーと湯船から上がった。
 ……実は全然生きてるんだけどな。しかし、これでフリューネの俺を見る目も変わるだろう。すまねぇ、親父。可愛い息子のためにちょっくらが早いが棺桶に入っててくれ。
 心の中でほくそ笑み、ガラガラと総司は脱衣所への戸を開けた。
 その瞬間、脱衣所から飛び出してきた忘却の槍が、奇麗にその胸を貫いた。
「侵入者見つけたですっ。フリューネに変な事をする人は許しませんよー」
 それは桐生ひなだった。
「……あれ、部長?」
 ひなと総司は面識があった。ひなの所属するのぞき部の部長を総司が務めているのである。
 倒れたまま動かない彼をしばらく見つめていたが、やがて彼を引きずっていった。
「とりあえず、制服を着せるですよー」
 後日、忘却の槍の力で数日の記憶を失い、女装した姿で彷徨う総司がカシウナの外れで発見される事になる。
 だが、それはまた別のお話である。