波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

【2020年七夕】 サマーバレンタインの贈り物♪

リアクション公開中!

【2020年七夕】 サマーバレンタインの贈り物♪
【2020年七夕】 サマーバレンタインの贈り物♪ 【2020年七夕】 サマーバレンタインの贈り物♪

リアクション

 流れてくる音楽は、ステージ上で演奏されたものだろう。祭りの開始と共に始まってから今も今までもずっと、誰かしらの演奏が繋がり続いていて、黄島の会場全体の空気を支えていた。
「なんだか、ほっこりしますねぇ」
 なぜか先程から流れ続いている軽快なカスタネットの音。瞳を閉じて堪能する結崎 綾耶(ゆうざき・あや)に、トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)がかき氷を差し出した。
「はぃよ、一丁上がりっ! ベルナデット、次だぁ!」
「了解じゃ。それっ」
 ベルナデット・アンティーククール(べるなでっと・あんてぃーくくーる)が、人間の頭部ほどもある凍塊を宙に放る。
 屋根は取っ払ってある、与えられた屋台のスペースを一杯に使って、トライブは宙に跳んだ。演武の如くに氷を砕き、切り刻む。サラサラと舞い落ちる氷をベルナデットが取り分け、着地するトライブが受け取ってフィニッシュ!
「へぃお待ちっ!」
 派手なパフォーマンスが人を呼び、屋台前は大変な盛況になりつつある。
「おらよっ、氷塊が尽きるまで、一気に行くぜ!」
 …… 空元気が痛々しい。
 再びに氷塊を放りながら、ベルナデットは嘆息を飲み込んだ。
「はぁ… 姫さん。食いに来ねぇかなぁ」
 仕込みの最中にトライブが呟いておった。パッフェルが参加する事は専用船の中で聞いた、しかしそこに彼女の姿はなかった。会いたいはずに、ウジウジと、気にもしていないフリをしているのだ。
 まぁ、今は客も多い事だしのう。ハシャいでいるトライブに乗るとしようかのう。
「えっ、あの、ちょっと聞こえません」
 かき氷を受け取った直後に、押し寄せる客に押されて揉みくちゃにされた。携帯の振動に気付いて綾耶は何とか携帯を耳に当てたが、喚声と雑音で上手く聞き取れなかった。
「催事中は電源を? 切らなければならない?」
 パートナーであるミスター ジョーカー(みすたー・じょーかー)はそれだけを告げると通話を切ってしまった。
 祭りの本部から、そのような類のお知らせは聞いていませんが。電波の問題でしょうか? 何か機械系統に影響を及ぼす恐れが?
 赤島から向かっているさんと上手く合流出来るかが心配ですが、それほど大きな島ではありませんしね。
 人混みから離れての一息と共に、綾耶は携帯の電源を切った。
 小さき体をヨロケさせながらも、ブラッドクロス・カリン(ぶらっどくろす・かりん)は人の波から逃れ出た。
 前のめりの体勢から額を起こした時、瞳の前にはナイフの刀身が輝いていた。
「ねぇ」
 輝く刀身が迫ってくる。
 殺意、いや、狂気が溢れるような目がナイフ越しに見えて−−−
 ナイフの切っ先がこちらに向いて、視点が一つになり、刀身が左右に膨らんだ。
「ねぇ、クレープ。食べないと切るよ?」
「……………… クレープ?」
 ポンッ! という音が聞こえたように、突然に幾枚ものトランプが瞳の前に現れ弾けて、ハート柄のトランプだけがナイフの刀身にグルグル巻きになるまで次々に巻き付いていった。
「お客さんを脅しちゃダメだよ、ルー君」
夜桜……」
 姫神 夜桜(ひめかみ・よざくら)は、そっと取ったカリンの掌内に、一瞬の間で扇のようにトランプを重ね開いてみせた。
「ごめんね、怪我はない?」
「うんっ。それより、凄いね」
 掌内のトランプにも、ナイフに巻き付いたトランプにもカリンは一気に興味を持って行かれた。そのまま屋台まで誘導される様をみれば、夜桜の手法は見事だと言わざるを得ず、ルクス・ナイフィード(るくす・ないふぃーど)は不満げに「いらっしゃいませ」とだけ呟いて顔を背けた。
「いらっしゃいませー」
 同じ言葉とは思えないほどに活気のある声と笑顔で出迎えたのは、この屋台の主、鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)である。
「当店自慢のデローンクレープはいかが?」
「デローンクレープ?」
「うんっ、美味しいよー、ちょっと待っててねー」
 嬉しそうに楽しそうに。氷雨は手際よくクレープを焼いていった。
 薄い生地が焼きあがり、バナナとコーンチップが乗せられるまでは良かった、非常に良かった、それだけに。
「アレ、食べたら絶対ヤバそうだよね…」
 客引きに戻っていた夜桜が目の端にデローンクレープを捉えて、雫した。クレープに絞っている生クリームが、なぜか緑色をしているのだ。
「あはっ、今度は緑色だー」
 今度? しかもその言い分だと生クリームが緑色をしていると知らなかったという事かぃ?  
「はい、どぉぞー」
「ありがとう」
 緑色の湯気が上がっている。細かな緑色の粉末がクレープから立ち上っている。
 首を傾げながらもカリンがクレープにかじりつこうとした時−−−
「がはっ!」
「ぎゃふぉあっ!」
「うぶっ!」
 屋台を離れてゆこうとしていた客たちが、次々に嘔感と共に吐き出していた。みな手にはデローンクレープを持っている。
「あれ? あれ? みんな、どうしたの?」
「マスター、一体何入れたの?」
「えっ、今日はねぇ、元気のないシーワームの肝をたくさん貰ったからねぇ、それを入れたデローンなんだよっ」
「………… 肝……?」
「流石ひー君。変な料理を作る天才だね」
 元凶は肝の提供者であるエリザベート校長だったか…。それにしても…。
「ぐっ!」
「きょおっっ!」
「あふぅぅ!」
 吐き出しては倒れてゆく、被害者が次々に増えてゆく。みな一斉に食べたのか? というご都合主義からは目をつむるとしても…。
「えーと、これ、マズイ…よね」
「不味いから、倒れていく」
「ウマクないよっ! いや、デローンは美味しいんだよっ!」
「人々が倒れてゆく様も、見ている分には面白いんだけど」
「夜君! そういうのは不謹慎って言うんだよ…………って、言ってる場合じゃないかな……」
 屋台を跳び出して、氷雨は2人の手を取り駆けだした。
「ふ…2人とも逃げるよ!」
 逃げ出した、それはもう脱兎の如くに。
 その背をのんびりと見つめながら、カリンは舌の先だけでクリームを舐めてみた。
「あれ? ………… あっ、後から来る! あっ、ダメだっ!」
 横に大きく口を開けて、舌をデロンと放り出した。
 屋台が連なる通りの隅。屋台の表台に触れもたれながらフォルトゥーナ・アルタディス(ふぉる・あるたでぃす)は騒ぎを遠くに見ていた。置き去りにしてしまっていた客に声をかけられてフォルトゥーナは慌てて笑みを戻した。
「あぁ、ごめんなさい、2つで良かったかしら?」
 顔だけを屋台の中へ向けて、神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)に注文を告げた。その間にも4つの追加が入ったので… それでも翡翠は鉄板から目を離せなかった。
「ようやく忙しくなってきましたね」
「翡翠… 容器はここに…」
「ありがとう美鈴、野菜の追加をお願いできますか?」
「… あの、これ」
 キャベツもニンジンも、笑っているかのようで。笑顔でボウルを手元に置いた。
「助かります」
 水の入ったカップを手渡す柊 美鈴(ひいらぎ・みすず)に、受け取る翡翠
 忙しさの中でも笑みを浮かべる2人が見えて。フォルトゥーナ切れ長の瞳をフッと細めて、視線を戻した。
「お一ついかが?」
 声に気づいてセオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)は足を止めた。向けられた笑顔に、照れと苦笑いを派生させられて、言葉に詰まった。
「あ、いや、自分は…」
「お一人? それとも、待ち合わせ?」
 照れながら、恋人であるローザマリアが黄島に向かっているのだと告げたとき、頭に当てた右手に下げていたペンダントが顔前に現れ揺れて。更にフォルトゥーナの追求を受ける事となった。
「これは…… プレゼントです」
「プレゼント? 剥き出しで渡すつもり?」
「渡すまでに、自分の傍で自分と同じ経験をさせたいと思いまして」
「空気と音をもプレゼントするのね? ステキ」
 最後まで正面から笑顔を見れないまま、セオボルトは「後で寄らせて頂きます」とだけ言い残して歩みを始めた。
 いつの間にかに人の波が出来たのか、屋台の前には多くの人が集まっていた。屋台の中では翡翠美鈴
も目が回りそうな程に忙しなく動いていた。
「花火くらいは、ゆっくり見れるのかしら」
 暗くなるまでには、もう少しある。暗くなってからだって人の波は途切れないかもしれない。フォルトゥーナは募る期待を微笑みに映した。
 屋台が出ていない場所と言えば、島中では砂浜地帯しかない。花火の打ち上げが近くなれば人は集まってくるのだろうが、陽も沈んでいない今の時刻は、餌を啄む海鳥よりも人影は少ない。最も、大量の化け烏が放たれた事で海鳥の姿など見えなくなってしまっていたのだが。
「ふぅ」
 海を見つめたままに。砂浜に腰をおろす上杉 菊(うえすぎ・きく)と同じに腰をおろしてグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)は笑み見せた。
「さすがに疲れたか?」
「いえ、あの………… 申し訳ありません」
「構わんよ、力仕事の多くを押しつけてしまったからな。ゆっくりすると良い」
「ありがとうございます」
「エリーも降りて来ると良い」
 アリスの飛行能力を使い、高所から眺めていた。双眼鏡を片手にエリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)は残念そうに戻ってきた。
「うゅぅ…… ローザ、まだ来ないよ」
「あぁ、心配だな」
 遙か彼方に赤島を見る事ができる。放たれた化け烏が空を覆い尽くしているのも見える。しかしながらに、双眼鏡で覗いて見てもローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)の姿は一向に見えなかった。
「だが、信じて待つしか今は出来ん」
「大丈夫ですよ、きっと。時間もまだありますし、待ちましょう」
 口調は柔らかだが、海を見つめる表情は一様に曇ったままだった。
「お疲れ、だよねぇ?」
 薬箱を抱えた毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)エリシュカの覗き込みながらに小瓶を手渡した。
「君、さっき空を飛んでたよね、飛ぶと疲れるんだよね、これ、体力回復するから飲むとイイよ。あ、君と君は、これだ」
 そう言ってには火傷に効く薬だと言って、掌サイズのプラ容器を手渡した。ステージ設置の際に照明器具の取り付けをしている所を見たのだと加えながらに。精神安定剤だと言われて錠剤を受け取ったグロリアーナは、沸点が低そうだから、という理由を聞いて、より高くに眉をつりあげた。
「なぜこれらを…?」
「移動販売と考えてくれて良いよ、向こうで薬屋の屋台を出しているんだ」
「なぜラベルが貼ってない…?」
「やっ… これは…… そう! 出張版だから容器も移したのだ。だから」
「わざわざ移し変えて? 手間になるであろう?」
「てっ、手間を惜しまぬ事こそが我の信条である!」
「………………」
 怪しい。何一つ解決していない回答だった。論点をズラす事さえ成功していない。加えて、移動販売という事は金を取るという事だ、まさかこんな得体の知れない薬物を体内に摂取するなど−−−
「はわ。ちょうど喉が乾いてたの… いただきます」
 エリシュカがドリンク剤を飲もうとしていた! 小瓶を唇につけようとしていた! 液体が流れ込もうとしていた!
「ちょっ、エリー、待つので−−−」
「待ちたまえ!!」
 大きな声にエリシュカは体を跳ねあげた、そして声の主を視界に捉えて、再びに体を跳ねあげた。
「その薬! 飲んではいけない!」
「ひっ!」
 顔だと思われる位置に一つ、両肩と両肘と両手甲に一つずつ、シャツのボタンであるかのように胸に3つ縦に並んだ…… えぇと後は上半身を+座標とした時にX軸の線対象を示したかのように仮面が位置していて………… とにかく全身仮面だらけの男が歩み寄ってきていたのだっ!
「な、何だお前はっ!」
「ある時は、しがない仮面屋台の店主、ある時は怪しげな薬を売る輩を取り締まる正義の味方、そう! 今の俺は! 正義の味方、パラミタ刑事シャンバラ−−−」
「あっ、逃げた」
「何っ!!」
 毒島が駆け逃げていた、怪しげな薬も薬箱も抱えて一目散に逃げ出していた。それをまぁ、名乗り終えてない神代 正義(かみしろ・まさよし)は追いかけていった。
「逃げるという事は罪を認めるという事かっ!」
「…ベツニザイコフリョウヤ、ジンタイジッッケンッテイウワケジャナイヨ」
「待てぇい!」
 去ってゆく捕物劇を見送って…… 律儀に一応見送った時、何かが爆発するような、そんな音が聞こえてきた。
 いち早く海へと瞳を向けたは、その光景に思わず立ち上がった。
 赤島からの海上の空高くに昇る光の柱、そしてそれが弾けて八方に降り注いでいた。
「御方様…」
 ギュッと硬まった肩に、グロリアーナがそっと、手を添えた。