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幸せ? のメール

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第5章 昼休み・屋上(1)

 4時限目終了のチャイムとともに、昼休みに突入する。
 蒼空学園のほとんどの生徒は、この時間を心待ちにしていた。
 それまでの休憩時間もちょこちょこと、校内のあちこちで告白イベントはあったが、なんといっても昼休みは一番長い休憩タイムだ。告白者が多いことは容易に想像がつくため、メールを受け取っていない生徒や既に告白済みの生徒がデバガメよろしく席を確保すべく校庭に走り出る。
 一番の人気スポットは、やはり校舎のまん前に生徒有志によって設置された告白台の周辺だった。グランドを挟み、校舎へ向けて建てられたその告白台は、勇者の登場を待ちわびている。
 メールに告白場所の指定はないのだが、生徒のほとんどが校舎外へ出ている以上、だれもいない場で告白しても、犯人に告白と取られない可能性は高かった。しかしなにより、告白者のためにと「善意で」作られた告白台の存在が無言の圧力となり、不本意でも使用せずにはおれない状況だった。
 かくして、長く語り継がれることになる騒乱の蒼空学園お騒がせメール事件は、ゴザと日よけと昼ごはんと喝采を持って、まるで温泉旅館で開かれる宴会一発芸大会の様を呈しながら開幕したのだった。

 校舎に手をあて、寄りかかりながら武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)は、軽くめまいを感じていた。
 人垣の向こう、遠く告白台がある。ピンクに塗られて、紙の花で装飾され、マイクまで設置されている。
 本当なら、友人たちと笑いながら、ときには冷やかしたりして、告白を聞いている側になるはずだった。少なくとも3時限目までは。4時限目が終わり、メールチェックをするまでは。

 『これは幸せのメールです。……』

 まさか自分に来るとは。
 
 『これは幸せのメールです。
  なぜなら、このメールを受け取って1両日中に校内で熱き思いのたけを告白しないと、あなたの思いは決して成就しないからです。言い替えれば、告白すればあなたの思いは成就するでしょう。
  このメールを理由にして、さあ心の限りにあなたの心のうちを語ってください』

(念のため、昨日メールアドレスを変えておいたっていうのに。なんで届くんだ?)
 牙竜としては、こんなものに乗りたくはなかった。そもそも、占いだのおまじないだのの類は女子が好き好んでやるもので、こんなメールを送ってくるようなだれとも知らない輩に、想いが成就する・成就しないを決められるわけがない。いや、決められてたまるか。従わなかったら行方不明にするというのなら、いい度胸だ、闘ってやろうじゃないか。バキバキにのしてやる。
 そう思った。しかし、これだけみんなが従っているのを見ていると、もしやという思いがどうにも振り切れなかった。
 もし本当だったらどうする? もしこれを送ってきたやつが本当にすごい力の持ち主で、それに従わなかったからセイニィをよそのやつにかっさらわれたのだと言われたら…。
 なにより、ここで彼女への想いを口にすることをためらったせいで、セイニィと両想いになれたはずの未来を捨てたのだと彼女に思われたりしたら。

  「ケンリュウガーのばか。あたしに対する気持ちは恥ずかしいんだ。
   その程度にしかあたしのこと想ってないんだね」

「ぅ、うぉぉおおおおおおおおぉぉぉーっ! 違う! 違うぞセイニィ! 決してそんなことはないぞぉーっ!」
 脳内セイニィの悲しげな顔に身もだえし、牙竜はバーストダッシュで校舎を駆け上った。生徒全員に漏れなく聞こえるよう、屋上の金網のてっぺんで、メガホンを構える。
「俺は自称ヒーローをしてきたけど、それだけじゃなかった……本人に告白をしたが、もう一度、宣言する! セイニィ・アルギエバ! 十二星華の事情なんぞ知ったことか! かけ替えのない戦友として、1人の女性として、きみを愛してるんだ! 必ずきみにふさわしい男になってみせる!」
 そうとも。彼女に対するこの想いは純粋で、だれに恥じるものでもないんだ。
 告白を終え、すがすがしい思いでいた牙竜だったが。
 携帯が鳴り、届いたメールにはこう書かれていた。
 『これは幸せのメールです。
  先のメールで書き忘れがありましたので補足させていただきます。
  叫ぶ内容ですが、好きな食べ物への思いを語尾に「〜にゃん」を付けて叫ぶこともしなければなりません。
  そうしないと、あなたの想いは決して成就しないでしょう』
「なんだと?」
 ここまできて、それは困る。
 牙竜は胸いっぱい息を吸い込み、メガホンを口にあてた。
「俺はっ、ソーセージが大好きだにゃん! ついでにセイニィのちっぱいも大好物だにゃん!」
 牙竜の告白に、彼を見上げている生徒たちのクスクス笑いや口笛が起きていたが、牙竜の元までは届いていない。
 やりきった、と額の汗をぬぐった彼の手の中で、またも携帯が鳴った。
 『これは幸せのメールです。
  先のメールは間違いでした。申し訳ありません。
  叫ぶ内容は「実は俺はヒーローよりHでEROな事がすきなんだ! ちっぱい最高!」でした。
  想いを成就させるため、×10回叫んでください』
「間違いか。間違いはだれにでもあるもんだ」
 うんうん頷いて、メガホンを再度構える。
「実はーっ、俺はーっ、ヒーローよりHでEROな事がすきなんだ! ちっぱい最高ーッ!」
 それを5回ほど叫んだときだろうか。
「学園のど真ん中で恥ずかしいセリフ叫ぶなぁぁ!」
 突然の怒声が足元から上がった。
「なっ……セイニィ!?」
 振り返った牙竜は、屋上に憤慨して立つ愛しのセイニィの姿を見つけて、混乱した頭のままあわてて金網から降りた。
「……ん? あれ?」
 繰り出された引っかき攻撃をひょいと避けて、数歩分距離を取る。
「だれだおまえ。セイニィじゃないな」
 パっと見騙されてしまったが、近くで見れば明々白々。お粗末な変装だった。
 なぜなら。
「あり得ない胸のデカさだ」
 声も違うし、体つきも全然違う。俺のセイニィはもっと小柄でもっとぺたんこで、この100倍はかわいらしい。
「……ふっ。
 恐れ入りますね、田中。一体何度脱がしたらそんなところで気付くのかしら」
 速攻見破られた動揺を押し隠し、真理奈・スターチス(まりな・すたーちす)はサッと後ろに髪を払い込む。
「ふっふっふ。俺の愛をなめてもらっちゃ困る。俺はセイニィの身長、体重、声紋はおろか、ピーのサイズまで把握しているのだ! ピーとはもちろん、ちっPPのPだっ!」
 カッと目を見開いて力説する牙竜。放送禁止用語にあらず、ちっぱいのPか。それならOKだ!
「なんですって? ピーのサイズまで…」
 ガーン。
 蒼白し、よろけるニセセイニィ。そうとも、とうんうん頷く牙竜。
 そんなことより。
「おーい。バレたんなら仮装はやめたらどうだー?」
 真理奈のあとを追ってきていた篠宮 悠(しのみや・ゆう)が、口元に手をあてて、とりあえずツッコミを入れる。
 もちろん真理奈の耳に入っている様子はない。
「……くっ。おそるべき、田中。まさかそこまでとは…。さすがリア終、脳内補完は完璧というわけね…」
「なに? 俺はリア充に見えているのか? そうか、セイニィと俺はそんなふうに人からは見えているというわけか。それはいい」
「リ・ア・終! 妄想にはまり込みすぎてリアルな生活が完全に終わってるやつのことを言うんですわッ!」
「なんだとっ?」
「おーい、真理奈ー。そんな格好してるおまえも十分終わってるぞー。っていうか、その格好でいつまでも日なたにいると、変な日焼けになるぞー」
「そんなリア終はこれでもくらいなさいな! てーい! ハバネロソース攻撃!」
 悠のツッコミを無視しているのか本当に聞こえていないのか、真理奈は背中に隠し持っていたハバネロソースをムニッと掴み、牙竜の顔面向けてビュビュッと放つ。
「うわっ! うわっ! うわっ!」
 激辛ハバネロソースは真夏には最悪の武器だった。例え目に入らなくても肌に触れればヒリヒリ痛むし、なにより熱を発する屋上の床に落ちて蒸発したカプサイシンが眼球をグリグリ突き刺すような激痛を与える。
「ぐおおおおっ! 目がっ!」
 彼が避けることも考慮済みだった真理奈による数度の攻撃でハバネロソースに囲まれた牙竜は、顔面を押さえてえび反る。
「ふふふっ。やったわ…!」
 勝ち誇るニセセイニィ真理奈。しかし彼女もまた、強烈なカプサイシン攻撃からは逃れられなかった。両目から滝のように涙を流している。もはや我慢大会の様相だ。
「くそっ! 負けるかっ」
 牙竜はハパネロソースの囲みを突破し、もっと広い場所を求めて走った。
「逃がしませんわ! てーいっ」
「あれは一体何をしているんだ? 悠」
 屋上を踏み抜いてしまわないよう、空中に浮いていたレイオール・フォン・ゾート(れいおーる・ふぉんぞーと)が言う。
 彼は今度の事件の犯人を捕まえるために必要だから、と真理奈に説得されて、メモリプロジェクターを使用し、真理奈がセイニィに化ける手伝いをしていたが、今もって真理奈がニセセイニィになることがどうして犯人逮捕につながるのか分からなかった。今、彼女が牙竜と闘っている意味も不明だ。一体これに犯人逮捕につながるどんな建設的意味が?
「……さあ。でも本人楽しそうだからいいんじゃないか?」
 長期戦になるのを見越して日陰に座り込んでいた悠は、日陰の元となっていたレイオールを仰ぎ見る。
「とりあえず、もう投影はやめておけ。牙竜にはばれてるんだし、ここはほかにだれもいないし」
「分かった」
 レイオールがセイニィの投影をやめ、真理奈はただセイニィの服装をしているだけの真理奈に戻るが、涙ながらに闘っている2人にはそれに気づく余裕はなさそうだ。
「ところで悠」
「うん?」
「リアジュウとは何なのだ? 食い物か?」
 マンジュウの一種か?
「――うーん…」
 もうどこからつっこめばいいのやら。
 こいつもか、と内心頭を抱えつつ、悠は説明を始めた。