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リアクション
――アルバトロスの到着で、浜辺はにわかに騒がしくなった。
詩穂が真っ先に駆けつける。
見た瞬間、驚きと喜びで腰が抜けそうになった。
(なんて立派なひよこさん……! ああ、とろけてしまいそう……☆)
力を抜くと本当に溶けてしまいかねない。
しかし、なんとか理性をつなぎとめ、回復役のサポートに努める。天御柱学院の榊 朝斗(さかき・あさと)、御剣 紫音(みつるぎ・しおん)、綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)、アルス・ノトリア(あるす・のとりあ)の4人が、救急グッズを満載にして待ち構えていた。
紫音がヒナに語りかける。
「よく頑張ったな……。よし、朝までになんとか送り返してやるぜ!」
ビーストマスターであることと、獣医の心得を駆使して、ヒナの弱っている場所を探り当て、そこへヒールをかけていく。
全身を調べていたアルスが言う。
「体に怪我はないようじゃ。あとはやはり……栄養じゃな」
「それなら、僕にまかせといて!」
朝斗がここで、特製のひよこ専用栄養エサを取り出した。
軽い舌触り、あっさりした喉越しにも関わらず、なんとこれだけで、必須ビタミンとミネラルが、ひよこ一日あたりの必要分の50%を摂取することができます。しかもオス用とメス用を別に作ってあるので、あなた様の大切なひよこにもぴったりフィット……という念の入れよう。
卓越した料理技術を持つ朝斗は、もちろんひよこの味覚にも精通しており、まさに彼ならではの一品であると言えた。
アルスと紫音のヒールが功を奏し、うっすらと目を開けるヒナ。
大丈夫そうだ。
「よし……」
朝斗はそっと、ヒナの口元にエサを持って行く。
ぴよ。
ぴよ。
……ぱく。
「食べたーー!」
「うおおおおお!」
「食・べ・たーーーー!」
一気に盛り上がる浜辺。
朝斗は胸を撫で下ろした。「良かった……よし、次を……あれ」
「……こら、ほんにええ味どすなぁ」
風花がこっそり食べていた。
「こらーーー! 風花なにやってんだーー!」
紫音が風花の首根っこをつかんで引っ張っていく。
「か、かんにんやぁ、紫音はん」
「かんにんじゃねぇ! おまえの味覚はひよこか」
朝斗が割って入る。
「あ、あの、まだありますから。その、ちょうどメス用ですし」
紫音が叫ぶ。
「俺は男だーーーっ!!」
◇
詩穂と紫音、朝斗たちの献身的(?)な介護のおかげで、夜が白むころには、ヒナは自力で立てるほどに回復していた。あとはもう、無事に親元に送り届けるだけだ。
……それでこの大波騒ぎも、収まるはず。
夏の最後の風が吹く朝焼けの中。
その大任を受けて、エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)が、ヒナを乗せたRIBを箒で牽引していた。
怪鳥の元へヒナをつれて現れる、ということ。
それがどれほど命知らずな所行であるか、想像しただけで恐ろしい。
しかし、彼はもとより命に対して執着が少なかった。
むしろ、怪鳥と理解し合えるかという興味の方が大きいくらいだった。
「永遠に横たわる者は、死せるにあらず、か……」
独り言を呟きながら箒を飛ばすうち、ほどなくトマスたちが怪鳥を捕まえていた海域に着く。
要とアスカ、鴉を乗せたアルバトロスは、燃料が尽きたために浜辺へもどっていた。
ボートの上にはトマスたち3人が残っている。
……そしてその傍らには、例の怪鳥が浮かんでいた。
動かないが、目は開いている。どう見ても死んでいる目ではない。
と、怪鳥が一気に水面から体を引き抜いた。そして、耳をつんざくばかりの声で鳴く。
「うわぁあっ!」
巨大が波が起り、トマスたちの乗ったボートが転覆しかかる。
怪鳥は足をもがき、巻き付いたボーラを引きちぎろうとする。
エッツェルがトマスに向って叫ぶ。
「怪鳥を自由にしてやってくれないか」
テノーリオが驚愕する。「正気か」
「至ってね。……どの道いつかは、そうしなくてはならないだろう?」
少しの間のあと、トマスが頷いた。
「テノーリオ、頼む。気を付けてくれ」
「……分かった」
テノーリオは海に飛び込む。泳ぎは達者だ。たちまち怪鳥の足近くまで泳ぎ着き、暴れる足を慎重に見計らい、ボーラを解いた。獣人である彼でなければできなかったに違いない。
自由になった怪鳥は、海上高くに躍り出て、RIBのヒナを視野に入れた。
「ぴぃっ」
ヒナが鳴く。
怪鳥は一瞬、安堵のような仕草をしたが、直後、憤怒の表情でエッツェルに向き直った。
エッツェルはその間に、自分へリジェネレーションをかけている。
――怪鳥は鋭く鳴きながら、エッツェルに向い、右羽で力一杯の突風を生み出した。
「!!」
風というより、岩をぶつけられたようだった。
ぱぁん、と破裂するような音がして、エッツェルは海へ叩きつけられた。
海面を2、3度バウンドしながら、沈むエッツェル。
(強烈ですね……肋骨が5本くらい持って行かれましたよ)
ヒールをかけながら海上に顔を出し、箒を掴み、ふたたび空中へ。
それをまたずに、再び風が巻き起こる。今度は直下の水面に激突。
バウンドしない分、威力はさっきの比ではない。
(が……あっ)
数秒、意識が飛んでいた。
普通の人間なら何十度も死ねそうな衝撃。
(まだ……まだ……です)
海中、焦点の定まらない思考の中で、辛うじてヒールをかけるが、ダメージと回復量に差がありすぎる。
震える両手で箒を掴み、三度上昇するエッツェル。
上がる瞬間、こらえきれずに吐血したが、顔には笑みを絶やさない。
「私たちは……、あなたたちに危害を加えるつもりは、ありません」
怪鳥は、とどめとばかりに、もう一度右羽を振りかざした。
その時。
「ぴぃーーーーーっ」
もう一度、ヒナが鳴いた。
振り下ろそうとした羽を、寸前で押しとどめる怪鳥。
――しばしの沈黙のあと、怪鳥はヒナを足で囲むように持ち、ゆっくりと海上を一周し、それから、渾身の力で一度羽ばたいた後に、巣の方へと帰って行った。
エッツェルは無言で、箒から崩れ落ちる。
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