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豆の木ガーデンパニック!

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序章 夢安京太郎の集い(あるいは遊園地運営スタッフの朝会)

 人の噂も七十五日とはよく言ったものである。とかく、噂というものはまるで波が砂浜を飲み込んでいくかのように波紋を広げ、さんざん好きに濡らしたあとはやがて海へと帰っていく。
 そんなこんなと言うべきか――蒼空学園の側に隣接して新規オープンしたという遊園地の噂は瞬く間に広まり、配られていたチラシを見た者は早速遊びにやって来るのだった。そして、新規オープンの経営には欠かせない人員確保のためのアルバイト募集には、それなりの数が集まったわけで。
「…………」
 夢安京太郎(むあんきょうたろう)は、面接にやって来た二人の希望者を目の前にして、なんとも言えない顔をしていた。彼は、パイプ椅子に座る二人の面子をちらりと見やる。
「えーと、ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)さん?巨大豆を使ったアイスを出店で出したいと……」
「はい! トルコアイスって言って、すっごく伸びるアイスなんですよー! オススメです!」
 小柄で可愛らしく健康的な少女が、笑顔一杯に答えた。きっと誰もがその笑顔に癒されるであろう彼女は、夢安にとっても好印象で採用は文句なさそうだ。問題なのは……。
「そして、マスコットキャラの着ぐるみバイト希望で……レン・オズワルド(れん・おずわるど)さん?」
 おずおずと訊いた夢安に、レンが無言で頷いた。
 空気が重いとはこのことである。面接官を目の前にしても決してサングラスを外さない銀髪の青年は、鋭い顔で腕を組んでいる。ミルディアとは対を成すような重苦しい空気を纏った青年に、夢安はいっそのこと断ったら殺されるかも、といった気分だった。とはいえ、その身体はカーネをモチーフにした猫のような着ぐるみに包まれているのだからおかしなものだ。
 ギラ、とレンのサングラスの奥が光った気がした。夢安は本能的にビクつきながら、口を開く。
「え、ええーと……じゃあ、二人とも採用ということで」
「本当ですかっ!? わーい、やったぁ!」
「……よろしく頼む」
 こっちが嬉しくなるほど喜ぶミルディアと、冷静なレン。とにかく、レンのかもし出す空気から解放されて、ようやく夢安は安堵の息を吐いた。
 すると、そんなところにコンコンとドアを叩く音が響く。こちらが返事をするよりも早く、ドアが開かれて少年のような顔が覗いた。
 トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)――個人でロックスター商会という便利屋を名乗っている青年だ。夢安を守るためにドアの前で張り込んでいた、言わば用心棒である。
「京太郎、客らしいぜ」
「客?」
「なんでも、写真を撮らせてくれとかなんとか……」
「はーい、二名さまごあんなーい!」
 トライブが話し終える前に、それを遮ってご機嫌そうな声が入り込んできた。どかどかと遠慮もなく、夢安の協力者である羽瀬川 まゆり(はせがわ・まゆり)が二人の見知らぬ人を夢安の前に押し出して入ってくる。
「少しは遠慮ってもんを知らないのかよ……」
「へへ、まあ、いいじゃない。はい、こちらがカメラマン志望のカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)さん。んで、こっちがその助手の緋山 政敏(ひやま・まさとし)くんだって」
 その無遠慮さに呆れる夢安に、彼女は二人を紹介した。
「初めまして、カチェアといいます。もしよかったら、こちらでカメラマンの仕事をさせてもらえたらと思いまして……」
「カメラマン?」
 人の良い笑顔を浮かべたカチェアは、引っさげたデジカメを持ち上げて見せた。
「うーん、でも、雇うにはなぁ……」
「遊園地のサービスの一環として、皆さんの楽しんでいる所を無償で撮影してお渡しすると集客率も上がると思いますよ。もちろん、私は無償で働きます」
「無償……?」
 夢安は怪訝そうな顔になった。そもそも、自他ともに認めるほど、お金大好きな彼である。無償で他人のために働くなど、常識的に考えてありえないぜ。というのが彼の思考回路であった。なーんか怪しいな、と目を細めた夢安だったが、そんな彼に助手を名乗った青年が近づいてくる。
「ま、ま……ちょっと話聞いてくれよ」
「……?」
 顔を寄せた助手――政敏は、夢安の耳元で囁いた。
「ほら、なんつーの物は考えようって言うじゃん? 美女達が遊園地で遊んでいる無防備な姿を激写して、男子生徒達へ売り捌ければすげー稼げるぜ」
 ピク、と夢安の耳が動き、彼の頭の中では写真を両手に大金を稼ぐ自分の未来予想図が描かれた。いつの時代も、美人画しかり女性の絵画や写真は売れるものだ。
「こっちはさ、その儲けをちょびっと貰えればいいし、カチェアはカメラマンとして働ければ本望なわけだよ」
 政敏があくどい声で囁き終えると、二人は顔を見合わせてニヤリと笑みを浮かべた。そして、
「くく……ははは、あははははは!」
 お互いに幸せな未来を想像しながら、高笑いする二人。まるでそれは悪代官と越後屋の画策のようであったが、いずれにしても、夢安は二人を雇うことに決めたようである。その目的はどうあれ、写真サービスを取り入れることは有益には違いない。
 高笑いを続ける二人に、女性陣だけは怪訝そうな目を向けていた。