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●厨房では

「洗い物が溜まってますよ〜。それに、こんな洗い方はダメですよ」
 佐々木の声が厨房に響いた。
「はいっ、すみません!」
 新入生が慌てて飛んできて、洗いはじめる。
「卵のカスはしっかりととってくださいね〜」
「はい!」
」2q 
 佐々木は背を向けると調理にに集中した。
 そこは別の意味で戦場だった。
 佐々木の穏やかだが厳しい指導の声が時々聞こえる厨房は忙しい。
 料理人としての自分の力を発揮し、調理の面からパーティーの成功をサポートしたいと本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)は思っている。
 本郷は地球人用の料理担当で戻りカツオのカルパッチョ風サラダを作っていた。
 ちょうど時期的に戻りカツオが旬だ。それを活かした料理をしようとしていた。
 カツオは薄く削ぎ切りし、野菜(今回はセロリ、黄ピーマン、ラディッシュ、サニーレタスを使用)それぞれカツオにあわせて、薄切りにし、氷水にさらす。
 その間に、特製のオニオンドレッシングを作った。材料はおろし玉ねぎ、おろしにんにく、塩、コショウ、バルサミコ酢、オリーブオイル。
 皿にカツオを並べ、水気を切った野菜を彩りよく盛る。そして、オニオンドレッシングをかけて出来上がり。
「よしっと…秋刀魚も出始めてますから、レモンペッパー風味も良いですねえ。さあ、次行きましょうか」
 本郷は言った。


 〇ショルバポワソン(パラミタ・タラと小粒パスタのスープ)
 〇パラミタターキーのレモン煮
 〇タジン(パラミタ内海産シーフードを使ったキッシュ)
 〇オックステール(牛のテール煮込み)
 〇ターメイヤ(蚕豆のコロッケ)
 〇ピタとフンムス(ヒヨコ豆とニンニク、レモン、オリーブオイルのペースト)

 佐々木のメニューは以上の通りだ。
 佐々木と真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)で、アラブ系、そしてタシガンの郷土料理をベースに料理をつくる予定だった。
 ちなみに、佐々木は諜報機関員として、厨房警備も兼ねている。
 真奈美が作るのは以下の料理だ。

 〇ツプチャプ(タシガン料理。クスクスのようなもの。スープをかけて食べる)
 〇ミシュ(キマク料理。子羊のモモ肉と香草の煮込み)
 〇オクリモノ(葦原料理。祝いの席で贈られるタタキ料理。今が旬のクモサンマを使用)

 以前も同じようなものを作ってご馳走したことがあるらしい。自信作だ。
 佐々木はフロアを見た。
 普段ならダンスフロアになるだろう大きな会場は、今は立食パーティー会場になっている。
 ところどころに小さなテーブルと椅子が並べてあり、ドリンクの提供場所はバーカウンターであった。今日は成人していない者も数多くいるため、酒類は提供されていない。
 そのフロアに恋人の水神 樹(みなかみ・いつき)が居るのは分かっていても、仕事モードでいる佐々木は気を抜かない。
 そうしていると、厨房の様子を見に来たメサイアとハールイン榧守 志保(かやもり・しほ)とそのパートナーである骨骨 骨右衛門(こつこつ・ほねえもん)がやってきた。
「メサイアさん、見物ですか?」
 佐々木は笑った。
「えぇ、そうですね。佐々木さんがいますから、私の手伝うことは何一つありません」
「そう言っていただけると嬉しいですねえ」
「助かってますよ、佐々木さん。それでですね……俺からちょっとお願いがあるのですが」
「お願いですか?」
 佐々木はそう言いつつ、メサイアの隣にいる榧守とゆる族の骨右衛門の姿を目に留め、何となく理解した。
「後ろの方のことですかねえ」
「そうです」
「ゆる族の方がちょっと…」
「相棒がちょっと特殊なんだけどな…うちの学校のパーティーとなれば手伝いたいし」
 ややあって、榧守は続けた。
「パートナーとして参加させてやりたいんだ」
「なるほどねえ〜」
「貴賓がいるからな…となると、人前に立つのに向いてない俺達は大人しく裏方仕事がいいかなと思ってな。何か手伝わせてくれ」
「どうしますか、メサイアさん」
「手伝ってもらった方が、フロアも休憩が早く回せて楽なんじゃないかと思ってね」
「それは助かりますが…」
 そして、佐々木は骨右衛門を見る。
 落ち武者スタイルのゆる族ゆえ、人前に出すのが躊躇われる。
「方法はあるんだけどな」
 凛は言った。
「もうすぐハロウィンだし。そうふれ回っておけば、すぐに理解はしてもらえなくても、『何なのか』はわかると思う。裏方じゃなくって、表に出れるし」
「なるほど…ハロウィンはアリですね。どうしますかねえ」
 フォローするように本郷は言った。
「じゃぁ、パレードとかしながらって言うのはどうでしょう?」
「パレード?」
「そうですよ。アメリカとか、みんなでお菓子を貰いに行くじゃないですか」
「あ、それはいいな」
 榧守は賛成した。そして榧守は付け加える。
「逆のパターンはどうだ? 逃げるとか」
「逃げる?」
「そう。籠とか背負って、逃げる…と。さっき、貴族の子供を見たんだがどこの子供も変わらないよな。悪戯で…」
「あぁ、なるほど…逃げれば追いかけられるというやつですね?」
 メサイアは言った。
「そうだな」
「じゃぁ、それでいきましょう。ちょっと用意してきますから、あとは佐々木さんのフォローをお願いいたします」
 メサイアはそう言うと、骨右衛門と凛たちを連れて出て行った。
 そして、しばらくすると、少し早いハロウィン仕様になった骨右衛門が皆に連れられてやってきた。もちろん、背中には「お菓子くれないと悪戯しちゃうよ♪」のプラカード。
 製作は、凛・ハールイン・榧守・メサイアである。
 妙に可愛い姿にタシガン貴族の子供たちに人気が出たらしく、ここにくるまでに何度もお菓子を貰っていた。
「いやぁ〜、こんなにしてもらって悪いでござるなぁ」
「良かったじゃないですか〜」
 佐々木もどこか嬉しそうだ。
「給仕せねばならないでござろう? このままだとできなさそうな気が…」
「給仕の合間にパレードなさったら良いと思いますよ〜」
「そうでござるか。それは嬉しや。では、失礼するでござるよ」
 骨右衛門は背負った籠を揺らしながら、榧守と共に歩いていった。


「ふぅ…」
 色々と用事が出来たり、話しかけられたり、そして調理したりと忙しい。
 料理の提供が終わっって一息吐くと、樹のことが気になってくる。
 ふとフロアを見た。
 樹がいる。
 そう思うだけで嬉しくなる。
 佐々木が立食フロアーでお手伝いをする人間を募集していたので彼女は立候補してきた時には驚いた。
 でも、フロアーの業務用に黒スーツを借りて着替えてきた時の凛々しさは心ときめくものがある。
 フロアーで手伝いできるようになり、まじめに笑顔で応対する姿も可愛らしかった。
 自分の作った食事を運び、お客様に飲み物をすすめたりとキビキビ動く姿を見るのも嬉しい。
 イルミンスールからここまでは遠い。
 会えない距離が埋まるのは本当に嬉しいことだった。
 そして、相手も同じことを考えているのだろう。
 佐々木がフロアを見ると、樹がこっちを盗み見ていた。
 目があった瞬間、パアッと表情が明るくなり、ふと思い出したように表情を引き締める彼女の姿はとても可愛らしかった。
 でも、その姿は心が躍る感じが滲んでいる。

(隠し事はできませんね〜…)

 佐々木は可笑しそうに笑った。
「彼女来てるよ。ご飯食べてくれば」
 後ろから声をかけてきたのは真名美である。
 ニヤニヤしながら、ツナサンドとレモネードを佐々木に渡した。
「あ、ど〜も」
「お熱いね〜」
「えぇ、いつでもね。では、行ってきます」
「いってらっしゃーい」
 真名美は冷やかし気味に言った。
 佐々木はは気にも留めず、受け取ったものを持って厨房を出て行く。

「えっと…どこですかね…あ、いた」
 佐々木は樹を探しつつ、周囲を見渡していたが、配膳に夢中になる樹を探すのは容易かった。
 一番可愛い子を探せばよいのである。
 愛しくて、輝いている彼女なら、何処にいても見つけられる。
 こちらに気が付かず、回収したビンを運搬用ケースにしまおうとしている樹に近付いていく。つい悪戯心が湧いて、そっと後ろから忍び寄り、背中からぎゅっと抱きしめた。
「お疲れ様」
「きゃッ!」
 ビンを取り落としそうになり、慌てる様子が女の子らしい。
「可愛いですね」
「えっ??」
 真っ赤になった樹は、佐々木を見上げた。
 大好きな人が、優しく見つめている。佐々木の男らしい一面に樹は困ってしまって、見つめていて欲しいような、隠れてしまいたいような気持ちになった。
 そんな表情を見ると、佐々木は自分の悪戯に満足した。
「食べちゃいたくなる様な顔したらいけませんよ〜…でも」
「…でも?」
「ワタシになら、いつでもどうぞ」
 佐々木は笑った。
 耳まで赤くなった樹は、呆然と見上げた後、思わず頷いてしまった。


「さて、沢山のお客様ですから、頑張らないと駄目ですね」
 神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)と呟いた。
 本日は料理の手伝いと裏方全般&皿洗いをしていた。
 料理は、丁寧かつ手早くこなしていく。
 隙を見て、山南 桂(やまなみ・けい)にパーティーへ行くようにと勧める。
「手が開きましたから、オペラ見に行って良いですよ? こんな機会ありませんから」
 翡翠は微笑んだ。
「良いのですか? それでは、少しだけ」
 そう言って桂はパーティーに行った。
「さて、これを出してしまいましょうか」
 翡翠は独りごちる。
 用意したのは、バナナのパウンドケーキ。
 生地にバナナを混ぜ、しっとり感を出し、トッピングに色々なナッツ類を乗せて焼き、切り分けて出した。
 それだけでは寂しいので、泡立てたクリームにスパイスを振って提供する。
「出来た……さぁ、次は皿洗いですね」
 ぼんやりしながら皿洗いを続けた。
 そして、後ろに人がいることに気がつかなかった。
「翡翠…何をやってるのかな?」
 後ろからやってきたソルヴェーは翡翠の肩を叩く。
「わぁっ!」
「おっと…」
 思わず皿を落としそうになったところ、ソルヴェーグに支えられて落とさずに済んだ。
「あ、ありがとうございます…ふぅ…ビックリした」
「ふふ…油断大敵だね」
「悪戯しないで下さいよ」
「かつて、僕に悪戯してくれて君の言うことじゃないね」
「悪戯? あ…この間は、すみませんでした」
「まあ…ね、油断した僕が悪いんだけれど」
「ルシェール君には内緒ですねえ、心配すると行けませんから、とりあえず、この間の事は、真夏の夜の夢、いや、悪夢でしょうか? お互い秘密と言う事で」
「ふーん…そう」
 先日のことを翡翠は謝ると、ソルヴェーグはニッと笑った。
「じゃぁ…これも夢ってことで」
 ソルヴェーグは翡翠の腕に触り、ちょっと吸血鬼である自分の能力を使った。
「ひぁぁっ!」
 足が萎えてへたり込む、翡翠。
 もちろん、こういう時のお約束で皿は割れる。
「あぁ、お皿が…」
「ふふ…仕返し終了」
 笑って翡翠の頬にキスを一つする。
 そして、ソルヴェーグは去っていった。