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ジャンクヤードの亡霊艇

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第12章 メインブリッジの攻防・開かない隔壁


 凶悪な音を立てて迫ったギロチンの刃を銃の背で受けながら、レンは後方へと身体を逃がしていた。
 塵を巻き上げながら足裏で床を擦る。
 体勢を整えながら、もう一方の手を栄光の刀へ掛け、
「ッ、一体なんのために?」
 振り上げた視線の先、メティスが魔道銃で六黒を牽制しているのが見えた。
 六黒が己の身体に血花が咲くのを構わず、気を吐いてレンとメティスの畏怖を呼ぶ。
 悪路の声。
「この死した飛空艇を我らの根城にするためです。絶望に果てた船は、我らのような者にこそ相応しい。つまり――邪魔なんですよ。彼らもあなた達も」
 寸でのところで身体の動きを取り戻し、六黒のギロチンを避けたメティスが悪路へと銃口を向け、
「愚かです。そんなことのために多くの人を危険に晒すなど」
「彼奴等は死者の墓へ土足で上がり込み、冒涜した」
 六黒がメティスの放った銃撃を身体で受け止めながら言う。おそらく、TVクルーたちのことを指しているのだろう。
「冒涜、か」
 レンは小さく繰り返して、六黒へと駆けていた。
 栄光の刀を抜き去りながら距離を詰めていく。
「その言葉を吐くならば、一つだけ改めて欲しい」
 床を蹴って低く飛ぶ。
「この船はまだ死んじゃいない」
「おぬしに分かるのか?」
 側方へ放った銃撃の反動で身を翻して、六黒の放ったギロチンに腕端を掠めながら、踏み込みと同時に切っ先を滑らせる。
「分かるさ。俺も少しは空を知っている」
「空に生きる者同士、聴こえる声もあるか」
 言って、後方へ距離を取っていた六黒が小さく身体を揺らした。
 その口元から血が伝う。
 次いで、メティスが改めて悪路を狙い――悪路は、顔を上げ、ゆっくりと手を上げた。
 その刹那。
 入り口の扉が外側からの機銃に激しく歪んだ。
 外から聞こえる駆動音。
「機晶ロボ?」
「退路を先に配しておいて正解でした」
 悪路の哂った声。
「――警戒エリアをここまで拡大させましたね」
 メティスが悪路へと視線を返した時、既に彼と六黒は別の出口から抜け出して行ったところだった。
 次の瞬間、扉をこじ開けて機晶ロボットが入り込んでくる――と、同時に。
 その真上の天井が、ボコッと抜け落ちて、一ノ瀬 月実(いちのせ・つぐみ)たちが機晶ロボットの目の前に転がり落ちてきた。

「ふむ……なんだかんだで第一目的であるメインブリッジらしきところに辿り着いてしまったりするのが、私の狙い通りだったりするところ。ねえこれ、もしかしたら飛空艇操縦出来たりするんじゃない?」
「救助はどしたぁあああーー!!」
「あ、ひとがいるー。はい、うなじゅーあげるー」
 にこやかにレンたちの方へ、うな重をさし出してきたキリエ・クリスタリア(きりえ・くりすたりあ)の後ろの方で、キュィ、と機晶ロボが機銃の銃口を彼女らに向ける。
 その気配に気づいたリズリット・モルゲンシュタイン(りずりっと・もるげんしゅたいん)が、表情を強ばらせながら、振り返り、
「ね、ちょ……冗談でしょ?」
「キリエのウナ重発言は、すべからく全部、本気だと思うけど」
「そっちじゃねぇええ!!」
「…………」
「どうしました? レン」
「……さっきまでとのギャップに対応する時間をくれ」
 などなどあった挙句――
 てんやわんやと機晶ロボを黙らせてから。
「――じゃあ、この飛空艇は飛べないの?」
「今のところはな」
 レンは、床に落ちていた船員の認証プレートを拾い上げながら言った。
 月見が、がっくりと肩を落とす。
 その向こうではメティスが格納庫の制御室に通信を行っていた。
 手の中で認証プレートを確認する。損傷が激しく、おそらくもう機能的な意義は失われているだろう。それを握りしめて、
「まだまだ絶望するには早過ぎる。――そうだろ?」
 レンはメインブリッジに視線を巡らせた。


 格納庫、整備室――
「これは……外の大型機晶ロボの仕様か?」
 ジークフリート・ベルンハルト(じーくふりーと・べるんはると)は嘆息し、開いていた資料を閉じようとした。
 と、クリームヒルト・ブルグント(くりーむひると・ぶるぐんと)が、ふいに声をあげる。
「ジーク。待て」
「うん?」
 ジークフリートが怪訝に問い返すと、クリームヒルトがどこか居丈高な調子で、
「その仕様書をもう一度よく見てみろ」
「……? 確かに外で戦ってる連中には役に立つかもしれんが、今、俺たちに必要なのは、これでは無く無線装置を直す方法だぞ」
「今ここでコレを読まずして、いつ読むというのだ?」
「……なんなんだ、偉そうに」
 ジークフリートは、とにかく、言われたとおりにもう一度しっかりと仕様書へ目を通した。
 そして、彼はラットの方へとずかずか歩いて行き、その頭をわしゃりと捉えた。
「おぅっ!?」
 ぎゅ、と自分の方へと向ける。
「中継装置からでも、停止命令を送ることは可能か?」
「……た、多分」
「よし――」
 すぐにクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)の方へと振り返る。
「制御装置は外に持ち出せそうか?」
「可能だ」
「何か見つかったの!?」
 カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)の問い掛けにジークフリートは資料をそちらへ投げてみせた。
「外の大型機晶ロボには命令無線の中継装置が積まれてる。元々、ここの無線装置も、ごく限られた範囲にしか命令を出せないように出来てるみたいだからな。この飛空艇が積んでいた機晶姫や機晶ロボの仕様の場合、船外活動をさせる時に命令を中継する装置が必要だったんだろ。で――こいつに制御装置を直接繋げば停止命令を発信することができるかもしれない。問題は、外の連中がそれまで破壊してしまわないか、だが――」
「外へ連絡は?」
 ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)の言葉に、ハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)が携帯を取り出す。この飛空艇内は電波状況が所々で大きく違うようだが――
「電波は……かろうじて入りますね。外で救助ヘリを待機している教導団員に連絡が取れると思います。そこを通じて、大型機晶兵器と戦っている方々へ協力を要請しましょう」
「出来れば、機晶技術に詳しい者が居ると良いのだが」
 クレアがカレンから資料を受け取り、確認しながら呟く。
 カレンが、ぐっと拳を握りながら皆の方へと振り向き、
「とにもかくにも、ボクたちも急がなきゃ! 全力で外を目指すよ!」
 

 足裏を薄く滑らせて。
 眼前に迫った機晶姫のブレードの腹を右手で軽く打ち払う。
 そのままラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)は右手で相手の手首を取り、その足元を己の足先でスパンッと刈った。
 右手を軸に取られて浮かされた機晶姫が空中に転がる。取っていた手に少しばかりの力を込め、その機晶姫の背を地面に激しく叩きつける――と同時に手を離し、身を翻す。
 そして、ラルクは別方向から襲ってきていた機晶姫の顎を蹴り上げた。
 素早く足裏を地面へ返し、踏み込みと共にドラゴンアーツを乗せた掌底を機晶姫の真正面に撃ち込む。
「いっちょあがり、と」
 後方の機晶姫を巻き込みながら吹っ飛んでいったそれを見やりながら、ラルクは、パンパンっと手を叩いた。
「では――」
 隣で、沙 鈴(しゃ・りん)が『武器』を機晶姫の顔面に叩き込みながら言う。
「逃げましょう!」
 鈴の声をきっかけに、後方で震えていたスタッフたちは、怪我人を乗せた廃材作りの即席担架などを手に一斉に走り始めた。
 後方の通路奥からは数体の機晶ロボがその大きな体を覗かせていた。
 ラルクはそれらを見やりながら、そばを駆け過ぎていくスタッフたちの間で構えを整えた。
 スタッフの先導についていた鈴の声が背中に飛ぶ。
「機銃を一番に抑えてください!」
「任せときな。――行くぜ、大将! この素早さについてこれるもんだったらついてきやがれ!」
 タッ、と床を蹴って神速の脚捌きで機晶ロボへ瞬迫し、深く強く踏み込む。
 放った拳で機晶姫の銃身をヘシ折って、跳躍する。こちらへと振られた巨大なアームを飛び越え、ラルクは、その表面を足場にして再び跳んだ。身を返し、足裏が天井に触れる。タタンッと軽く天井を走ってから、天井を蹴って床へと返る。
 そして、ラルクは二体目の機晶ロボの背面を見据えながら、スゥと腰を落として呼吸を整え、
「すまねぇ。あんまこれは使いたくなかったんだけどな」
 閻魔の掌を打ち込んだ。

「左へ!」
 鈴は、金属の柄の先に手製のブラックジャックを括りつけた『武器』で、脇の通路から飛び出してきた機晶姫を打ち弾きながら言った。柄は、先ほど機晶ロボの残骸から拝借した物だ。持ち手の部分はスタッフの持っていたテーピング材を使って滑り止めを施してある。ちなみに、通ってきた部屋で拾ったケーブルを使い、ブラックジャック部分の強度を増している。
 ついでに言えば、剥ぎ取った装甲を盾代わりに使っていた。
 その盾が機晶姫のブレードに寄って切断される。鈴は迷いなく、その装甲を相手へと投げつけ、視界を奪っておいてから更に追撃を加えた。そして、自分自身も左の通路へと駆けていく。
 後方からの機銃による射撃は無かった。ラルクが巧くやってくれているらしい。
(とはいえ、追い込まれているのには変わりませんわね――そろそろ救助隊と合流しても良い頃合いなのですけど……)
 救助が開始されたタイミングと、自分たちが居るだろう推定位置から推し量り、鈴は小さく息をついた。
 道すがらに見つけた重傷者を連れている。事件が発生した時にはぐれた番組スタッフの一人だ。ラルクが応急処置を行い、骨折部分を廃材で固定し、絆創膏と衣服で止血してはいるが、早く連れ出して、ちゃんとした設備の場所に運ばなければいけない。
(やはり、どこかに立て篭って助けを待っている時間はありませんわね……)
 しかし――鈴たちの目の前に現れたのは、隔壁の降りた通路だった。

 その隔壁の向こうで誰かが交戦している音が、聞こえる。


 声が聞こえた――ような気がした。
 久途 侘助(くず・わびすけ)は機晶姫を斬り飛ばした刀を鞘へと返しながら訊ねた。
「火藍、今なんか言ったか?」
「いえ」
 香住 火藍(かすみ・からん)が小首をかしげ、
「もしかしたら、要救助者の声かもしれませんね」
「どっからだ?」
 侘助は耳を澄まし……火藍と共に振り返った。
 どっしりと降りた隔壁だ。
 その向こうから女の声が聞こえてきている。
 隔壁へと駆け寄り、侘助はドンッと強くその表面を叩いた。
「おい! そっちに誰か居るのか!? 俺たちは救助に来た者だ!!」
『――良かったですわ! こちらからは開けられなくて……わたくしは番組撮影の立ち会いをしていた者で、シャンバラ教導団参謀科士官候補生・兵站担当の沙 鈴と申します!』
 そして、連れている要救助者の数、負傷者数名と重傷者一名、ラルクの援護のことなどが口早に伝えられる。
「よーし、分かった。とにかく、ここを開くのが最優先ってことだな」
 そうして、隔壁の傍らの壁の操作パネルを覗き込むが――
「で、どうやって操作すりゃいいんだ?」
「俺にも分かりません……」
 火藍が首を振ったのを横に、侘助は、んーっと眉根をしかめてから、
「とりあえず、押してみるか」
「……は?」
「よし、ここだっ。……なんも起きねえな。じゃ、こっち。違うか? それじゃあ――」
「ちょっ、適当に押さないで下さいよ! 何かあったらどうするんですか!? わかんないなら引っ込んでて下さい!」
「っても、ここをどうにかしなきゃ、どうにもならねぇだろ?」
 侘助は言って、二刀を抜いた。
「どうするつもりです?」
「押して駄目なら斬ってみな、だ」
「聞いたことありませんけど」
 ツッコミを端に、侘助は気迫一閃で二刀を隔壁に滑らせた。隔壁の表面に火線が走るも――
「ちっ……やっぱり駄目か」
「誰か機晶技術に詳しい方を連れて来るしかありませんね」
 火藍の言葉に、侘助は軽く表情を歪めた。
 隔壁の向こうがどうやら切迫した状況にあるようなため、あまり時間を掛けることは出来ない。
「だが、それしかないか――沙! 聞こえるか!? この隔壁を開ける奴を連れてくる! すぐに戻ってくるから、それまで、どうか気張ってくれ!」
 言いやり、侘助は火藍と共に通路を駆けた。


「……どうやら、耐え切るしかないようですわね」
 鈴は己の腕の傷を破った衣服の端でキュッと止めながら、少しばかり笑った。
「キツかったら休んでていいんだぜ?」
 ラルクがピタリと構えを取って、目の前に続々と現れていた機晶兵器たちを見据えたまま、ニヤリと言う。
 鈴は、お手製のフレイルを強く握り直して言った。
「教導団の面目に賭けて、最後まで守りきってみせますわ」