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酷薄たる陥穽―蒼空学園編―(第1回/全2回)

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酷薄たる陥穽―蒼空学園編―(第1回/全2回)

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第13章 石の行方

 健流は猛攻していたが、このままで勝てるとは思っていなかった。
 敬一は戦いのプロ、教導団員だ。今受けに徹しているのは自分の消耗を狙っているのだというのは容易に想像がつく。
 そして健流は頭脳戦の方が得意な喘息持ちで、ファイターとはお世辞にも言えなかった。
(やばいな。発作が起きそうだ…)
 智杖の影で、できる限り息を整えながら口元をぬぐう。
 一方、敬一の方は数度の攻撃で健流の腕前が未熟であることは既に見抜いていたし、彼の乱れた息に不自然な咳が混じり出したことにも気づいた。
「もうよせ。これ以上は無駄だと気づいているはずだ」
「……ああ。全然あんたの方が強いよ。こっちはレーザーを使う気を起こさせることもできない」
「使う気は最初からない。俺は殺し合いをしにきたわけじゃない」
「あ、いーこと聞いた」
 座り込んだまま、隔壁に頭からぶつかったダメージから回復できないのだと思われていた武尊が、よっこらせ、と身を起こす。
「じゃあそこにつけこませていただいちゃおうかな」
 その目が、隣の健流に向く。健流の咳は傍目にもあきらかなほど、喘息発作の兆候を見せていた。
「後ろで休んでいろ。ここは俺が引き受ける」
「……分かった」
 ここで我を張ったところで愚かな真似になるだけだ。戦闘の邪魔にならないよう、隔壁の所まで退く。
 武尊のことは敬一も知っていた。居合わせたサンドフラッグ競技場でのこともさることながら、数々の異名、武勇を聞いている。
 警戒の構えをとる彼に、武尊はショットガンを取り出し、撃った。
「なっ…!!」
 この近距離で、いくらなんでも暴挙すぎるだろう!
 吹っ飛ばされた敬一は、バリケードに背中から突っ込んだ。
「ちょっと武尊くん! 撃てない相手にそれは卑怯よ!」
 バリケード内にいた美羽が指を突きつける。
「大丈夫、ゴム弾だ。アーマーがっちり着込んでるからたいしたけがしねぇよ」
 せいぜいが青あざができて、数日痛むくらいだろう。
「……っ…」
 ショットガンよりも、バリケードの机の角にぶつけた後頭部の方がダメージが大きいと言いたげに、アーマーヘルム越しに手をあてて起き上がる敬一。
 そのそばに、打撃をまともに受けた淋が転がった。
「そこの鬼! あなたもよ!!
 あー、もう見てらんない! あなたたちの相手は私がしてあげる!」
 バリケードを越えて、美羽が下り立つ。
 意気はいいが、鬼神化した悪路とショットガンを持つ武尊、両方の相手はとても務まりそうにない小柄な彼女の姿に、刀真はため息をつくとやはりバリケードから出た。
「国頭の相手は俺がする。君はそちらを頼む」
「ほぉ。棺桶に片足突っ込んだ死人が出てきたか」
 武尊がせせら笑う。
「そっちこそ、あんまり動くと割れた頭から血が噴き出すぞ」
 じりじりと間合いを測る2人。軽口を叩きながらも、お互いの実力は熟知しているため、ヘタな手を打てば一撃でやられることは分かりきっている。
(金剛力やソニックブレードを使われるのは厄介だな)
 とすれば。
「その手にあるのは何だ? バスタードソードか? いつもの黒の剣はどうした? そういやあの女がそばにいないようだな」
 武尊が心理戦に出た。
 ぎりりと刀真は奥歯を噛み締める。
「うるさい」
「やられたのか。ならおまえはこっち側だろ。そうやって邪魔をすることで彼女が死んでもいいのか?」
「やつが言うことを守る確証がどこにある? ただ石を渡してそのままサヨナラされたら、パートナーが死ぬだけじゃないんだぞ。そうなったとき、きさまはどうするつもりだ?」
「じゃあただそうやって交渉の切り札とばかりに、後生大事に石持ってるつもりか?
 石渡してみんなが助かればよし、反故にされたんならそのときこそ全力でぶっつぶしゃあいいんだよ! 自分から可能性捨ててんじゃねーよ! ばかやろう!!」
 武尊の苛立ちそのもののように爆音を立て、ショットガンが火を噴いた。



(うーん。やっぱりこの体格差は何ともしがたいわね)
 鬼神化した相手を前に、美羽は考えた。
(腕力もあっちが上だし。とすれば、機動力で勝負!)
「行くわよぉーっ」
 ショットランサーを構え、バーストダッシュで加速する。そのまま突っ込むと見せて、ショットランサーで床を強く叩き、飛び蹴りを放った。
「てりゃあっ!」
 パワーブレスで強化済みの脚力は、鬼神などものともせず隔壁まで吹っ飛ばす。
「フィニーッシュ!」
 間髪いれず、あごを垂直に蹴り上げた。
「パンツ丸見えよ」
   ジーーーーッ
 デジカメ撮影しながら、芽美が現れた。続いて陽子、透乃、大助がゆがんだ隔壁を乗り越えて現れる。
「こっちだったかー。まんまと騙されるとこだったわ」
 退き始めたリカインたちを追っている途中、健流たちがいないことに気がついたからよかったものの、気がつかなければそのまま罠にまっしぐらだった。
 通路を見渡した透乃は、相手の数を自分たちが上回っていることに、にやりと笑う。
「あなたたち、おとなしくあきらめた方が身のためだと思うわよ」
(もっとも、私としてはあがいて逆らってくれた方が全然楽しめるんだけどねッ)
 そのとき、バタバタと走ってくる大勢の重い足音が背後から聞こえた。
 隔離作戦が失敗したことを知って追いかけてきたリカインたちだった。
 翠が、隔壁と壁の間に立ち、切れた息を整える。
「みんな待ってくれ…!
 やっぱりこんなのはおかしい! 私たちが争うなんて間違ってる! 争うべき相手が違う! こんなことをして何になるっていうんだ! 石を渡しさえすれば速やかにパートナーを救うことができると、本当に信じているのか? そんなにもやつを信頼しているなら私はもう止めない。でも少しでも迷う気持ちがあるなら、下がってもらいたい!」
「うるせぇよ、おまえ」
 大助が、殺意のこもった冷たい視線を投げた。
「俺らが動いてるのは敵を信じる・信じないじゃねえ。理屈じゃないんだよ。パートナーが無事なおまえらには、分からないだろうけどな」
「私だってっ!! 私のセディだって意識不明だ! 昏睡してる!! だけど…っ!」
「じゃあおまえの方がよっぽどおかしい。やつに向かって行くでも、表の死龍をやるでも、俺らみたいに宝物室へ向かうでもない。
 おまえは、そのセディとやらのために何をしてるっていうんだ?」
 そっちこそ理解できないとばかりに肩をすくめて、大助は翠に背を向けた。
「私……私は…」
 ぎゅっと拳を握る。


 そのとき、通路のスピーカーがガリガリ音をたてて、スイッチが入ったことを知らせた。

『みんな、アストライトのおかげで花音と連絡がとれた! 今つなぐから聞いてくれ!』

『みんな、花音よ。彼方から大体の事情は聞いたわ。今、学園が大変な事態に陥ってるそうね! 私も涼司様もそちらへ急行しているんだけど、でもどんなに急いでも明日になると思うの。ごめんなさい。
 それで、敵が要求している石についてだけど、実は宝物室にはないのよ』

「ええっ!?」
「なんだって!?」

『サンドフラッグ競技場撤収作業中に教導団員が似たような不思議な石を発見したそうなの。それで、うちにある物と同一かどうか照合・調査を行いたいという申し入れがあって。
 1週間ほど前にヒラニプラへ送っちゃったのよ』

『力を消失した石の方も同じです!』
 今度は美羽の銃型HCから、陽太の声がした。
『保管庫からヒラニプラに輸送されているのを突き止めました! こちらも学園にはありません!』

「なんてこった…」
 めまいに襲われ、大助は壁にもたれた。
 肝心の石がなければ、交渉もできない。
 グリムを救えない。

『ただ……そのぅ…』
 ここで言うべきかどうか迷うように、陽太が言いよどむ。
 逡巡しているような沈黙のあと、思い切ったように、続けた。
『別の石が、あるんです。ここに……2つ』



 その瞬間、翠は突っ走った。
「あっ、おい!」
(もうたくさんだ…!)
 グチャグチャに入り乱れて言葉にならない思いの中で、それだけが翠の胸に突き刺さる。
(石なんか……そんな物があったりするから、学園が襲われて、みんなが争ったりするんだ! 私のセディだって…!)
 一気にコンピュータルームに駆け込む翠。
 陽太と正悟、ノーンが、そのただごとならない様子に驚いて、ぴたりと動きを止める。
「な、なに…?」
 陽太を完全無視し、正悟に歩み寄った翠は机の上の石の片方を掴むと廊下に飛び出し、窓から叫んだ。

「石を渡す! 受け取れ!!」

「えっ? 翠、ちょっと待てっ」
 正悟があわてて後ろに引いた手を止めようとしたが、遅かった。
 石は、あっけにとられた人々の前、空中に投げ上げられた。
 そして、それを牙でキャッチした赤龍は、その瞬間勝ち誇ったように全身を震わせ、自分の上にいる者たちを残らず払い落として叫声らしきものを上げると、鉄鎖の絡んだ足の方を引きちぎって、東の空に向かい飛び去って行ったのだった。