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葦原明倫館の休日~真田佐保&ゲイル・フォード篇

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葦原明倫館の休日~真田佐保&ゲイル・フォード篇

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第2章 朝の城下

 冬の晴天下、吐いた息が白くくもる。
 城下へと足を踏み入れたのは、葦原明倫館総奉行ご一行。
 だけではなく、噂を聞きつけたり、休日を利用して観光に訪れたりしていた、他校の生徒や学生達の姿も。
 本日も、城下は平和……である。

「おお、ここが葦原島かっ!
 まるで時代劇のセットのようではないかっ!
 これは観光しない手はないなっ!」
「マナさま、しっかりつかまっていてくださいね」

 ここにも1人、はじける元気はマナ・ウィンスレット(まな・うぃんすれっと)だ。
 シャーミアン・ロウ(しゃーみあん・ろう)の肩のうえで、新境地にわくわくを隠せない。

「クロセルには悪いが、闇鍋はいつでもできる。
 せっかく明倫館の城下町まで来たのだ、この特異な文化を堪能せずしてなんとするっ!」
「このさいです、マナさま!
 クロセルの阿呆は放っておいて、それがしとともに町を巡りましょう!」

 葦原島に到着してすぐ、パートナーと別れたマナとシャーミアン。
 なにやら、不穏な単語が飛び交っているような気がする。

(闇鍋などとは、ヤツらは正気なのでしょうか!?
 闇ちゃんこ鍋、闇モツ鍋、闇土手鍋……うぅ、想像するだけで気分が悪くなりそうです。
 そもそも、そんな健康に悪そうなモノをマナさまに召し上がっていただくわけにはまいりません!)
「シャーミアン!
 あのお店、貸衣装とあるぞ!
 着物を着てみたいのだ!」
「はいっ、では行きましょう!」

 ぐっと拳を握りしめて、誓いを新たに。
 マナを肩車したまま、シャーミアンは店ののれんをくぐった。

(鯨飲馬食なザインだ、財布の中身がちょっと心配だけど……せっかくの休日だ。
 好きなものを好きなだけ食べさせてあげよう)
「さぁザイン、気になるものがあれば頼んでいいからな」
(好きなだけ食べていいという話ですし、財布のことを心配する必要はないのでしょう)
「では遠慮なく注文しますよ?
 この『きのこおしるこ』と『みたらしおしるこ』をお願いします」

 向かいのおしるこやでは、神野 永太(じんの・えいた)燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)がお品書きを眺めていた。
 とりあえずザイエンデは、上から順番に頼んでみる。
 実際どんな料理がくるのかは、まったくの未知数だったり。

「せっかくの休日だから葦原に足を伸ばしてみたけど、そういえば葦原に来るのは始めてだな」
(日本人の私にしてみたらなかなか懐かしい雰囲気が味わえて楽しいんだけど、ザインはどうかな?
 楽しんでもらえてるだろうか?)
「葦原は独特の雰囲気が漂う町並みですね、面白いです!」
「お、キミらもか!
 実は私達も初めて葦原島に来たのだよ!」
「突然すみません……あの、お隣よろしいでしょうか?」
「あぁ、どうぞどうぞ」
「ありがとうございます、それがしはシャーミアン、こちらはマナさまです」
「マナだ、よろしく!」
「ご丁寧にどうも。
 私は永太、彼女はザイエンデです」
「よろしくです〜♪」

 着替えの完了したマナとシャーミアンは、マナの希望によりおしるこやへ。
 永太とザイエンデの会話を聞きつけ、同席を申し出たのだ。
 自己紹介をすますとすぐに、葦原島について話し始めるマナとザイエンデ。

「あっ、あの、マナさま。
 なにを注文いたしましょうか?」
「お、シャーミアンのおすすめを頼んでくれればよいのだよ。
 甘いのを頼む!」
「はい、それでは……『おまっちゃおしるこ』と『うどんおしるこ』にしておきますね」

 マナに注文を任されたシャーミアンだが、読んだところでどんな料理なのかは分からない。
 にわかに客も増えてきた店内では、店員を呼び止めることも気が引ける。
 それに30品を超える料理について、1つひとつ解説してもらうわけにもいかないと考えたのだ。

「……どうやらザインはイルミンスールじゃ味わえない珍しい食べものに興味津々なようだ。
 目移りしていて、私の話もあまり届いていないみたい」
「マナさまも同じです。
 島に降りたときから、ずっとこんな感じのハイテンションで。
 この衣装も向かいの貸衣装屋で着せてもらって、隣の土産物屋ではすでにこんなにお買い物もされたのですよ」

 シャーミアンがとりだしたのは、伝統的な家紋の彫られた印籠型ストラップ20種類。
 店にあった全種類を、1つずつ買い占めたらしい。
 マナは時代劇と甘味をこよなく愛しており、今回の葦原島行きも『好き』が高じてのことだった。
 盛り上がるザイエンデとマナを、永太もシャーミアンも微笑ましく思う。
 
「お、来たな!」
「なんだ、すごい色をしておるのだ!?」
「みんなで一口ずつ味見しましょうよ♪」
「そうですね、いろいろ試してみましょう!」

 眼前に置かれた4つの椀には、ほんのり赤かったり緑だったり飴色だったり……白い麺が見え隠れしたり。
 どれも普通ではなさそうだが、とりあえず美味しそうな香りはしている。
 それでは……と、4人は料理を口に運ぶのであった。

***

「甘い物が食べたいか〜!」
「お〜っ!」
「ったく……ミシェル、少し落ち着けよな」
「うぅ〜だって楽しみなんだもん!」
「分かったから、もう入ろうぜ。
 入り口で突っ立ってたら、ほかの客にも店の人にもめいわくだろう?」

 ミシェル・ジェレシード(みしぇる・じぇれしーど)の熱のこもった呼びかけに、これまた本気で叫ぶ佐保。
 そう、ここは和菓子屋『羅波志庵(らはしあん)』の入り口である。
 ともしたら入店禁止を言い渡されそうな事態に、影月 銀(かげつき・しろがね)が注意を促した。
 気をとり直して、団体さまごにゅうて〜ん!

「なになに……『そうだ明倫館に行こウイロウ』、『明日はきっといいことあるようかん』、『今日あの子に告白するん団子』か。
 ふむ、なかなか面白い名づけでありんす」
「確かに……ここの店主、なかなか侮れないネ!」
「最近できた店だったよな。
 へぇ〜、ういろうは葦原明倫館の校章の形なんだな」

 ハイナとティファニーだけでなく、匡壱をも夢中にさせるお品書き。
 ちなみに『今日あの子に告白する団子』には、食べると運気が増すという噂もあったり。
 匡壱の言うように、できて間もないこの店だが、風変わりな和菓子ゆえ、特に若者の注目を集めているのだ。
 
「とりあえずさ、いまの3つを頼んでみてもいいよね!?」
「え……あぁ、まぁいいだろう。
 俺も気になるしな」

 ミシェルの問いかけに、若干渋りながらも銀は許可を出す。
 この場にいるすべての者が、どんな菓子なのかと興味津々なのだ……頼まないなんてあり得ない。

「店員さん!
 とりあえずこの3つを……しかし高いな、少し安くならないか?」
「銀せこっ!」
「うるさいっ、黙ってろ!」

 女性の店員に声をかけると、銀は値引き交渉をしかけた。
 ミシェルに突っこまれながらも果敢に挑むが、結果は失敗。
 ただし。
 店員の好意で、少しサービスしてくれることになった。

「んじゃあ料理がくるのを待ちますかな!
 そういえばさ、真田はなぜ忍を続けているんだ?」
「ん〜?
 じゃあ銀殿はなにゆえ忍者になられたでござるか?」
「うん、秘密だ」
「じゃあ拙者も、とっぷしーくれっとにしておくでござるよ!」

 待つあいだの話題を……と、想い出したように、銀は佐保へと訊ねてみる。
 ただ銀は自身のことを語る気がないため、佐保にもあえなく躱されてしまったのだが。
 互いに触れない方がいいような気がしたので、明倫館関係の世間話へと話題を転換した。

「ミシェルは、銀とつきあっておるのかえ?」
「ち、違いますよ!」
「ほう……銀とそれ以外の者にたいする態度が違うゆえ、てっきりそうなのかと思っておったが?」
「だって……とにかく違うんですっ!」

 突然の問いに、ミシェルはすごい剣幕で否定する。
 ハイナと対峙するのは初めてだったので緊張していたのだが、いまので吹っ飛んでしまった。
 好きではあるが、それはあくまでもパートナーとしての『好き』……恋人同士の『愛』とか『恋』とは明らかに違う。

***

「ほかに、城下町でオススメの店を教えてくれないか?」
(こちらは他校の人間だ。
 城下町のことは、直接現地の人間に詳しい話を聞いた方が、説得力がある)

 不思議和菓子を完食して、一行は和菓子屋をあとにする。
 次はどこに行こうかと考えた末、風羽 斐(かざはね・あやる)は葦原の住人に訊ねることを決めたのだ。

「そうでござるな〜あ、あそこはどうでござろうか?」
「うむ、よいのではないか……妾の自信作ゆえのう!」
「あそこに行くなら、お茶菓子が欲しいヨ!」
「待て、ティファニー……隣の老舗で買っていけばいいだろう」 

 佐保の提案に、ハイナはものすごくご機嫌な様子。
 お菓子を求めて歩き出そうとするティファニーを、匡壱が引き留める。
 ティファニーはすぐにどこかへ行こうとするため、常に眼を光らせていなければならなかった。

「おぉっ、これはまた……風情のある庭だな!」
「俺、こんな綺麗な庭、初めて見たぜ!」

 足を踏み入れた斐と翠門 静玖(みかな・しずひさ)は、揃って感動の言を述べる。
 老舗の和菓子を購入後、数分歩いて到着したのは『茶屋併設日本庭園』。
 ハイナが監修した、その名のとおり茶屋に併設された日本庭園である。
 お抹茶やお菓子と一緒に、枯山水式庭園を楽しむことができるのだ。
 ただし。
 ところどころに監修している人物の独自解釈も混じっているため、鵜呑みにしてはならないのだが。

「これは『ししおどし』でありんす。
 水を受ける角度と、このカポーンという音を実現するために、妾は数ヶ月もの歳月を費やしたのじゃ」
「俺は強化人間になってすぐこっちに来たから、田舎にあったモノ以外は自分の眼で見たことがないんだよな。
 葦原明倫館には城下町があるって聞いたから気になってたんだが……すごいな、面白いのな!」

 贅沢にもハイナの案内により、広い庭園内を見てまわる。
 思わぬ体験に、静玖は感動しっぱなしだった。

***

「甘い物は別腹です、たのも〜う!」

 甘味の種類の豊富さもさることながら、量も桁違いという、期待と不安の同居する店……甘味処『山頂』。
 きりりとした表情で、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)はその門扉をたたいた。
 手にはマイスプーン、気合い充分である。

「で、なにこのメニュー……『天守閣』?
 あんみつなのに?」

 名前からして、かなりの大盛りメニューであることが伺える。
 ご丁寧にも『女性の場合、3人くらいで食べることをおすすめします』との注意書きが入っているではないか。
 しかし、祥子は『天守閣』に挑戦してみたくて仕方なくなり……窓の外を見やった。

「ハイナさま!
 ちょっとあんみつ食べるの手伝ってください!!」
「ん?
 そなたは確か、春の花見で会うたような?」
「この大盃に城のごとく盛られた超巨大白玉抹茶あんみつ『天守閣』、一緒に攻め落としてみませんか!?
 城攻めは武士の本懐でしょう!」
「ほう、それはまた一興……よかろうて。
 妾に落とせぬ城など、この世に存在せぬゆえに!」

 自信たっぷりに宣言し、祥子の向かいに座るハイナ。
 一緒に行動していた者達も、世紀の瞬間を見届けようと店内へなだれ込んだ。

「行くでありんす、覚悟っ!」
「では、いただきます」
(食べ切れたらお茶で一服しながらハイナさまの肩揉むんだ……あとついでに胸もお揉みしよう……重くて大変そうだし羨ましいし)

 まずはハイナがあんみつのてっぺんにさじを入れ、続けざま祥子もわきを攻めていく。
 あまりの巨大さに不安や焦りを感じるが、2人の辞書に『諦める』なんて言葉はない。

「ハイナと鬼鎧について話したかったのだが……それどころじゃなさそうだから、後日にするか」

 あんみつへの挑戦を続けるハイナを、通路を挟んだ席から見守る御剣 紫音(みつるぎ・しおん)
 美味しいものを食べながら四方山話でもして楽しもうと、パートナー達を向き直った。

「今日は仕事を忘れて楽しむか、みんばでおいしいものを食べようぜ」
「紫音、のんびりするのもいいと思いますぇ」
「主様、今日は仕事のことは忘れるのじゃ」
「主よ、今日はのんびりしましょうぞ」

 紫音の言葉に、綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)アルス・ノトリア(あるす・のとりあ)アストレイア・ロストチャイルド(あすとれいあ・ろすとちゃいるど)の3人が同時に返事をした。
 テーブルは、温かい笑いに包まれる。
 4人は『いちごうどん』や『甘茶そば』など、この店独特の料理を注文して、たまの休日を楽しんだ。

***

「楽しみだねぇ〜」
「そうですね」

 芦原 郁乃(あはら・いくの)秋月 桃花(あきづき・とうか)は2人きりで、甘味処『花旗茶房』へ向かっている。
 この店は、予習のために郁乃が購入した『葦原島城下町ガイドブック2020』なる本で紹介されていたうちの1つだ。
 ちなみに今回、郁乃が葦原島を訪れた理由はというと……知り合いに『葦原と芦原って響きが似てるけど、なにか関係してるのか?』と訊ねられたからである。

「わくわくするよ、すれ違う人達みんな満足そうなんだもの!」
「えぇ、期待が増しますね」

 今月の店先の旗は、色鮮やかな『菊』の花。
 そんなこんなでのれんをくぐると、店内は大勢のお客さんでにぎわっていた。
 外観も内装も、簡素ながら趣のあるつくりである。
 店員も、優しい対応とてきぱきした身のこなしが気持ちいい。
 
「11月はそばや栗、柚子が具材としては旬なんだって店員さんが教えてくれたから、やっぱりそこから選ばなきゃね。
 でもどうしよう……そば饅頭もいいし……栗蒸しようかんも捨てがたい……旬の素材じゃなくても紅葉や菊の形のねりきりも可愛い。
 ん〜悩むぅ〜」
「決まりました。
 郁乃さまはゆっくり選んでくださいね」
「うん……う〜ん、どうしよう……」

 かくして、さんざん頭を悩ませた郁乃は『柚子クリームあんみつ』を。
 桃花は、自分でお抹茶を点てられる『お点茶セット』を注文した。
 
「いただきます……まぁ、なんと甘美な。
 私、もう幸せでどうしたらいいか判りません」

 デートに浮き立つ心を落ち着かせつつ点てたお抹茶を、一口。
 つけ合わせの最中を口にすると、栗の風味が口内に溢れた。
 
「うん、おいしすぎる!
 この店、ただものじゃないよ」

 フルーツたっぷりのあんみつに、柚子の果汁入り寒天と柚子アイス、柚子果実まで乗った超豪華な一品。
 しかもセットになっている抹茶の爽やかな苦味が、ちょうどいいアクセントになっている。
 思わず眼を閉じて味わってしまうくらい、美味しかった。

「また来ようね」
「はい、必ず!」

 郁乃と桃花は、顔を見合わせてうなずき合った。

***

「佐保ちゃ〜ん!
 せっかくの休みだし、佐保ちゃんと一緒に和菓子とか食べたいな」

 城下を歩いていた一行に向かって、秋月 葵(あきづき・あおい)が飛びこんできた。
 勢いよく佐保に抱きつくと、ぶんぶんっと両手を上下に振ってみせる。
 たどり着いたのは、大食いチャレンジで有名な和菓子喫茶だ。

「拙者は『栗のモンブラン』をお願いするでござる」
「じゃああたしは『白玉あんみつ』と『抹茶』をください☆」

 佐保に続けて、手早く注文をすませる葵。
 改めて店内を見渡して……なんと、いるではないか。

「ねぇ……グリちゃん、そんなに食べて大丈夫?」
「んーイングリットね、この『タライお汁粉』と『最中』大食いチャレンジを注文するにゃー」

 思わぬところでイングリット・ローゼンベルグ(いんぐりっと・ろーぜんべるぐ)を発見した葵は、これまた思わずテーブルへと駆け寄っていた。
 一応、心配で声をかけてみたものの、完全に余計なお世話だったよう。
 
「記録にチャレンジにゃー」

 卓上に現れたのは、塔のごとく積まれた最中と、大タライ汁粉。
 いただきますを言うよりも早く、イングリットは最中を口へと運んでいた。

(このさいだからハイナちゃんにバストアツプの秘伝を訊き出そう〜脱ぺったんこ!)
「ハイナちゃん、バストアップの秘訣を教えてくださいっ!」
「1日1000回、木刀の素振りをしていることかのう……肩甲骨を鍛えるのでありんす」

 あきれつつも内心では、イングリットを応援している葵。
 別のことを話しているあいだも、ちらちらと覗きみてみたり。

「さてと〜甘いもの食べ飽きたから『ざるそヴぁ』と『お寿司』食べてくるね〜♪」

 最後に、ジョッキに注がれた『抹茶』を飲み干したイングリット。
 これで満足か……と思いきや、そうではない模様。
 もうすぐ昼食の時間ということもあり、次は日本料理店を目指すのであった。

***

「そういえば、城下ってあんまり散策したことなかったし、悠さんと一緒にいると楽しいしねー。
 あと、ようやく沙奈ちゃんも外に出てよくなったしね、ずっと家の中で寂しそうだったからねー」
「んー、やっぱり久しぶりの外はいいね。
 いままでずっと家でテレビ見るしか娯楽がなかったから嬉しいよ。
 それに、葦原の城下は京都に似てて素敵なところだね。
 これからはちょくちょく出かけてみることにしようっと」
「朝から随分ねり歩いたな、ここらでちょっと一息つくとするかねぇ……そこの甘味処にでも寄るとするか」

 背伸びをしながらリース・アルフィン(りーす・あるふぃん)は、右隣を歩く雛森 沙奈(ひなもり・さな)を見やる。
 沙奈は、本当に嬉しそうに、大きく深呼吸してみせた。
 篠宮 悠(しのみや・ゆう)もつられて背伸びと深呼吸をすると、手近な店へと足を向ける。

「せっかくだし今日は俺のおごりだ、好きなの頼んでいいぞ?
 俺も一緒のもの頼むとするぜ」
「え、おごってくれる!?
 そんな悪いですよ……でも、たまにはお言葉に甘えちゃおうかな、ね、沙奈?」
「……私もおごってもらっていいのかい?
 じゃあ、抹茶パフェで」
「私と悠さんは、クリームあんみつをお願いします!」
「杏奈と一緒に来てみれば、悠とリースじゃないですか……邪魔にならないよう別の席に……」
「あら悠さんにリースちゃん……真理奈どうしたの?
 気を利かせる?
 うーん……分かったわ」
「さて、なにやら悠がおごってくれると言うのでありがたくいただいておきましょう。
 私はお茶ときな粉餅をお願いします……ああ、お代はあそこの女連れのヤツに一緒にツケておいてください」
「今日はいろいろ歩きまわったし、思い切りいっちゃいましょ!
 抹茶ミルクパフェ16杯に特盛あんみつ22杯、フルーツ白玉18杯、柏餅38皿、胡麻ぜんざい16杯……んんー。
 ひとまずできたのから持ってきてちょうだい〜。
 お代は悠さんがおごってくれるそうですし、悠さん、お願いしますねぇ」

 かっこよく、リースと沙奈におごりを宣言する悠。
 しかしながら、どこからともなくお客が現れたわけで。
 真理奈・スターチス(まりな・すたーちす)杏奈・スターチス(あんな・すたーちす)は、遠慮なんて言葉を知らなかった。

「……なんかえらく品数多くないか?
 っていつのまにお前らがいるんだよ!
 こら!
 勝手にお前らのも俺にツケんな!」
 俺はリースの分はおごるとは言ったが……おい店員さんもちゃっかりツケないでくれよ!」
「なにか騒いでますが、まぁいつもの照れ隠しです……気にしない気にしない」

 伝票を見ていた悠は、その方向を振り返る。
 真里奈と杏奈の前に並べられた、大量の甘味達。
 しかも真里奈は、きな粉が真っ赤に染まる勢いで、持参していたハバネロパウダーをかけていた。
 悠にとっては恐怖の光景が、そこには広がっていたという。
 
「そこまでよ!
 無駄づかい魔人どもがー!!」

 派手に音を立てて店へと入ってきたのは、益川 亜佐美(ますかわ・あさみ)である。
 見なくても分かる……いま、亜佐美は怒っていることが。

「もう多少のことは目をつむるとは言ったけど、コレはどういうこと!?
 一体何人分の食費を吹き飛ばしてると思ってるの!
「なんで守銭奴が嗅ぎつけて来てんだよ!
 無駄づかい探知レーダーでもついてんのか!?」
「アンタ達の無駄づかいくらい、例えパラミタ大陸の端と端ほど離れてようが、すべてお見とおしよ!」
「というかそこの連中に言えよ!」
「勝手に食うやつが悪い?
 アンタが全部払うって言ったんでしょ!
 このバカチンがーー!!」

 亜佐美がびしっと指し示すのは、真里奈と沙奈の卓の上。
 すさまじい量の甘味は、亜佐美の怒りゲージを最高まで一気に引き上げる。
 反論むなしく、悠は一方的に責められる始末。
 頭上から降ってきた算盤内臓の棍棒によって一時、悠は意識を失った。

「んー、おいしい!
 やっぱり和風甘味は最高だね」
「そ、そう……よかった……」
「悠さんのもおいしそう、一口いただきますね」
「え、あ……」
「あ、じゃあ、私のも食べます?
 ……ね、恋人同士みたいにあーんして?」

 意識が戻り、注文品も揃ったところで、悠とリースはあんみつを口に運ぶ。
 となにを思ったか、悠のスプーンを奪ったリース。
 お返しに、自分の使っていたスプーンにあんみつを載せて、悠へと差し出した。

「しかし、悠さんのパートナーさん……みんなすごいね〜」
「あぁ、いつもいつも……勘弁してほしいぜ」
「さっき殴られたみたいだけど……平気?
 殴られたところ見せて?
 ……よかった、悠さんが怪我したら私も悲しいからね〜」
「ふーん……私が引きこもってるあいだに……ねぇ。
 リースも大人になったもんだねぇ、お姉さん嬉しいよ」
「なに、どうしたの沙奈?」
「ね、リース。
 ちょっと聞きたいんだけどさ……悠くんのことどう想ってるの?」
「へ?
 大好きですよ?」
「そっか……好きかぁ、ふふ。
 よかったね、悠くん」

 亜佐美に殴られた傷を確認しようと、リースは悠の頭に顔を近づける。
 そのいちゃいちゃっぷりに、沙奈はご満悦だ。
 さらにリースが、悠のことを『大好き』だと答えたことを受けて、ますますにっこり。
 ただし『大好き』とは、リースは『お兄ちゃんとしての意味で』言ったにすぎなかったのだが。
 知ってか知らずか、悠に向かって微笑んだのだった。