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卜部先生の課外授業~シャンバラの休日~

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第六章 キマク

行く手に広がる、一面の荒野。一行は今、キマク大荒野を進んでいた。
一見、住む人などいないように見える景色ではあるが、こんな厳しい環境の元にも、逞しく暮らしている人々がいる。
「この辺りにはね、『首狩り族』の方々が住んでらっしゃるんですよ♪」
「く、首狩り族ですか?……冗談、ですよね?」
「いえいえー。もちろん、本当ですよー♪」
美那の驚きっぷりがよほど面白かったのか、藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)は嬉々として話し始める。
「首狩り族って言っても、皆さんが想像してらっしゃるような、怖い方たちじゃありません。本当に、気持ちの良い方々ですよ? 基本的に戦士しか襲いませんし。私などはお行儀が悪くて、手当たり次第に獲っちゃう気がありますが――」
「獲っちゃうんですか……」
美那の顔色が、心なしか青い。
「まぁ当方の事はさておくとして、昨年には、別の共同体の方々と仲良くしていらっしゃるご様子が確認できました」
「仲の良い方が、いらっしゃるんですね!」
『仲良く』と聞いて少しホッとする美那。
「はい、馬賊さんたちと」
「馬賊!」
「最近は、皆さんと一緒にゴーストイコンと随伴歩兵さんを狩らせて頂いたりしたのですが、必ずしも戦果は良くなくて……。 でも、すっごく楽しいですよ♪」
「た、楽しいんですか……」
「数を斃せるようになりましたら、首は取っておくとして、残りの部分を、東西シャンバラに売却するルートの構築を試みてみようかと思っているんですけれども。これがまぁ、課題が山積みでして――」
ドン引きの美那をすっかり置いてけぼりにしたまま、優梨子の話は、この後も長々と続いたのであった。



夕暮れが近くなってきた頃、一行の目の前に、これまでの荒涼とした荒地とは打って変わった一面の緑が広がった。
地面に、地衣類や丈の低い小さな草が、びっしりと生えているのである。
「ここ2、3日の間に、雨が降ったみたいですわね。この季節には、珍しいです」
というのは、大荒野に詳しい優梨子の弁である。
乾燥した荒野より、少しでも湿り気のある所のほうが過ごしやすかろう、ということで、一夜はここで明かすことになった。

「はいはい、グスグスしない!日が暮れる前に、設営を終えてしまいますわよ!キャンプの出来が、その後の安全を左右するのですからね。少し位ツラい思いをした方が、後でいい思い出になりますわよ!」
大荒野での野営に備えて、事前に準備をしてきたカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)が、仁王立ちになって、指示を出している。
「あぁ、そのあんパンと牛乳と毛布は一人一つずつ配給してください。あと、各グループの代表者の方は、夜警の順番を決めるくじびきをお願いします。リーン、飛空艇のカモフラージュは進んでる?」
「今、やってるわ。でも、リバーシブルのシート持ってきてよかったわね〜」
リーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)が飛空艇にかぶせている掩蔽用のシートは、表がデザートイエロー、裏がモスグリーンになっていた。
「『備えあれば、憂いなし』よ」

「カチェア、張り切ってるな」
緋山 政敏(ひやま・まさとし)は、野営地から少し離れた丘の影で、カチェアの声を聞いていた。隣には、野営の準備をするセイニィがいる。
「ボーッとしてる位なら、手伝いなさいよ。アンタと違って、アタシは自分で準備しないといけないんだから。忙しいのよ」
「だから、こうして手伝ってるだろ。ほら」
ホットミルクをカップに注ぎ、セイニィに差し出す。薪を集めて、火術で火を起こしたのは政敏だ。
「それと、ほら」
配給で配られたあんパンと毛布を渡す。もちろんセイニィは自分で食料も寝袋も用意しているが、ここは荒野だ。こういった物は、いくらあっても有り難い。
「あ、ありがと」
政敏の好意を素直に受け取り、カップに口をつけるセイニィ。人肌に温められたホットミルクが、身体に心地良い。
二人はしばらくの間、ただ黙って炎を見つめていた。

「なぁ、セイニィ」
「……なに?」
「色々あったけど、今でもフリューネとは仲いいんだろ?」
「うん、まあ、それなりに。どうして、そんなコト聞くの?」
「どうしてって、そうだなぁ……」
そこで、一旦言葉を切る政敏。やや間を開けて、ゆっくりと口を開くと、
「何か、俺なんかからみると、さ。お前って、他人のこと、避けてるように見える時があるんだ。人間ギライっていうか……」
一言一言、確かめるように言葉を紡ぐ。
「別に、キライな訳じゃないわ。ただ時々、少しウザったいっていうか、“放っといて!”って思う時は、ある」
「放っといて……か」
「みんながやろうとしてることも、私にして欲しいって思うことも、分からないわけじゃないの。でも、アタシはアタシよ。同じにはなれない」
「でも、みんな理由ややり方は違っても、シャンバラが大切なのは同じだよ。お前と同じさ」
「アタシと、同じ……」
じっと炎を見つめたまま、呟くセイニィ。いつの間に日が暮れたのか、炎に照らされたその横顔は、いつになく純粋な色を湛えていた。
「なぁセイニィ、この授業は面倒か?」
「うぅん、そんなコトはないわ。ただ時々、ぶっ飛ばしたくなるヤツはいるけど」
一瞬、セイニィの体から黒いモノが湧き上がったが、すぐに消えた。
「まぁ、そういうのはテキトーにぶっ飛ばしてもいいから。とりあえず、後半戦も頑張ろうぜ?」
「頑張るも何も、アタシは依頼を途中で投げ出したりしないわよ!」
「ぶっ飛ばす方は、投げ出してくれてもいいんだけどな」
笑いながら立ち上がる政敏。遠くで、自分を呼ぶ声が聞こえる。
「もうそろそろ、行くわ。抜けだしたのがバレたら、カチェアにまたドヤされる」
「うん、それじゃ。ミルクありがとう。おいしかった」
「あぁ。またな」
振り返らず、手だけを上げて別れを告げる政敏。セイニィは、抱えた膝にもたれかかりながら、彼の背中をずっと見つめていた。