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【2021正月】羽根突きで遊ぼう!

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【2021正月】羽根突きで遊ぼう!

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第5章 正月「仲良く羽根突きしましょ」

 参加者のほとんどはレオン、フェンリル、フィリップの新入生トリオと勝負することを選んだ。だがもちろん彼らに勝負を挑む者だけがいたわけではない。
 別のところでは、また別の羽根突きが行われていたのだ。

 その代表格ともいえるのが和原 樹(なぎはら・いつき)たちであった。彼はパートナーのフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)ショコラッテ・ブラウニー(しょこらって・ぶらうにー)セーフェル・ラジエール(せーふぇる・らじえーる)を交えて「普通の羽根突き」で遊ぼうとしていたのである。
「なるほど、これが日本のお正月文化ですか。結構過激なものなんですね……」
「待てセーフェル、あれは違うから。『ハイブリッド』の部分だけは違うから!」
 羽根突きそれ自体を知らないセーフェルの言葉に、樹が慌てて修正を入れる。
 思えば、セーフェルとショコラッテの2人は去年の羽根突きを見ておらず、また樹とフォルクスもその当時は別のことをしていた。このままではフォルクスはともかく、残り2人に間違った知識が刷り込まれてしまうかもしれない。
 そこで樹は一計を案じた。まずハイブリッドの波にのまれないように、会場の一画へと避難。そこで4人で「普通の羽根突き」を行うことにしたのだ。
「まあお祭り騒ぎは好きだし、勝負事に熱くなるのもたまにはいいけど、ハイブリッドはやめとこう。あれは強力すぎる」
「なんだつまらん。せっかく樹に勝ってキ――」
「はいそれ以上言ったら羽子板でぶっ飛ばすからそのつもりで」
「……つれない奴だな、お前は」
 フォルクスの発言を樹がスルーする。フォルクスのセクハラに樹が手痛い反撃を入れる。毎度毎度繰り広げられている光景でもう慣れたのか、誰も深くツッコミを入れることはない。それはフォルクスも同様で、ひとまず拒絶されたらあまりしつこく迫らない。
「というかまだほとんど何も言ってないぞ?」
「どれだけ長い付き合いだと思ってるんだ。何となくわかる、ってもんだよ」
「ほう、それなら――」
「ついでに羽子板は『縦』に使うからな」
「…………」
 そこまで言われてしまうと、もはや何もできない。フォルクスは引き下がることにした。
「その羽子板だけど、本当に綺麗なものなのね。色々絵が描いてあって面白い」
 手に持った羽子板をじっくりと観察しながらショコラッテはため息をついた。
「これで羽根突きをするのね」
「そう、それで羽根を打ち合って遊ぶのが本来の羽根突きだよ。決してあんなスキル連発のド派手なバトルのことじゃないからな」
「なんだそうだったんですか。てっきり派手に暴れるための行事だとばかり思いましたが」
「毎年新年が来るたびに暴れてたら身がもたないな……」
 このままでは話が進まないと思った樹は準備を始める。
「よし、それじゃ始めようか。4人で羽根突きラリー、スキルは無し。5回勝負で、変なとこに飛ばしたり、落としたりした回数が多かったらバツゲームな」
「バツゲームは何をするのだ?」
「まあ単なる遊びだからそんな厳しいものじゃないよ。俺たち4人分の絵馬をイルミンスールの枝の、できるだけ先の方に吊るしてくる。これでどうだ?」
「確かに厳しくはないと思いますが、そうなると木の枝に登る必要がありそうですね」
「あ、もちろん箒とかの飛行能力は使っていいよ。そうじゃないと危ないしな」
「ところで樹兄さん、少し飛びながら羽根突きやってもいい? 見上げてばかりだと首が痛くなるの」
「ん、ああ、そうかショコラちゃん背が小さいからなぁ……。うん、いいよ」
 こうして、おそらく今回唯一の「普通の羽根突き」が始まった。
「よし、そんじゃ俺からだな。セーフェル」
 樹が最初に羽根を打つ。木の板と木の球がぶつかる軽い音を立てて、羽根はセーフェルの方に飛んでいく。
「え、私ですか! えっと……、フォルクス」
 慌てたセーフェルが羽根を打つが、力が入りすぎて高く打ちあがってしまう。
(打ち方が難しいですね……。羽根の球も羽子板も弾力が無いせいで力加減がしにくいです)
 高く上がった羽根の落下地点まで追いついたフォルクスはショコラッテを見やる。
(長く続けるには相手が受けやすいように打つ必要がある、か。ここは弱めに打った方がいいだろう)
 距離があるため多少は力を入れる必要がある。だがそれでも落とすまいとフォルクスは羽子板を振る。
「よし、ショコラッテ」
 軽い音を立てて羽根は、地上50センチメートルのところで浮いていたショコラッテの眼前にやってくる。
「それじゃ……、物干し竿さん」
「もの……っ!?」
 ショコラッテの言う「物干し竿」とはセーフェルのことである。セーフェル・ラジエールはその名字の通り「ラジエルの書」の魔道書で、本体は権杖の形をしている。だがその本体は、時折ショコラッテの手によって物干し竿代わりに使われることがあるのだ。
「いつも言ってますけど私の本体は物干し竿じゃないんですから……、それじゃ、マスター」
「よし俺か。なら、フォルクス」
「我か。では樹」
「返ってきたよ……。それなら、ショコラちゃん」
「私ね。じゃ、フォル兄」
「よし、セーフェル」
「来ましたか。ではショコラッテ」
「樹兄さん」
「おっと、じゃまたセーフェル」

「……5回やって、一番落としたのはセーフェルだな。お疲れさん」
「む、難しかった、です……」
 スキルを使ってないとはいえ、長時間のラリーによって、セーフェルは疲労困憊に陥っていた。
「まあまずは息を整えろ。それから絵馬だ。4人分吊るすのだから、セーフェルも書くのだぞ」
「頑張ってね」
「は、はい……」
 それからしばらくの後に、彼らは絵馬にそれぞれの思いを書き込んだ。4枚の絵馬はセーフェルがイルミンスールの枝に吊るしに行くこととなる。

「むっふっふ〜。じゅんびかんりょう! さ〜て、そろそろうっちゃっていいかな? いいよね!?」
 ニンマリとした笑みを浮かべ、六連ミサイルポッド4基を構えているのはシリル・クレイド(しりる・くれいど)。彼女はパートナーのアピス・グレイス(あぴす・ぐれいす)と、アピスのもう1人のパートナーであるネヴィル・パワーズ(ねう゛ぃる・ぱわーず)を相手にハイブリッド羽根突きで遊ぶことを考えていた。
 六連ミサイルポッドを構えているのは、彼女曰く「さいきょうのあたいがかんがえたクールでキュートなひっさつわざ」が理由である。やることは簡単だ。ミサイルポッドの発射口に羽根を詰められるだけ詰め、ミサイルを発射する。するとミサイルの射出威力に押された羽根が一斉に飛び散る、という寸法だ――しかもスプレーショットを併用し、可能な限り広範囲に飛ばそうとしていた。ミサイルそれ自体は爆発しないように細工しておき、他の者を攻撃しないようにするのは忘れない。
 射出口1つにつき、羽根は10個詰められた。ミサイルポッド1基につき射出口は6つ、それが4基なので、合計240個もの羽根が同時に飛び散るのだ。
 誰もが思うだろう。この女、なんてことを思いつくんだ……、こいつは……やばい……ぜ。
「いやいや、いくらなんでもそれは無いですよ……。ミサイルポッドで撃つなんて、ルール無視なんてレベルじゃないですよ……! っていうかあれじゃあ止めに入りたくても入れないじゃないですか!」
 羽子板を片手に羽根突きに臨もうとしていたネヴィルだったが、シリルの行動には冷や汗をかかざるを得なかった。いつもいつもシリルが何らかの勘違いをして変な事をしでかすせいで、その度に大変な思いをしているというのに。そして今年こそは、そんなシリルが暴走した時にはきちんと止められるような立派な剣士を目指すと意気込んだばかりなのに!
 だがシリルとネヴィルのパートナーであるアピスの反応は少々冷ややかなものだった。
「まあ別にいいんじゃない? 2人の変わらないやりとりを見てると、私も楽しくなってくるし」
「そんな薄情な!?」
 割と薄情だったアピスは柄が穂先の倍は長いランスを持ち、シリルの羽根ミサイルに対抗するつもりであった――本来なら羽子板を持つべきなのだが、240個もの羽根に対抗するには自前の武器の方がやりやすいのだ。
 そして、彼女たち――特にネヴィルに対する死刑宣告が響き渡った。
「どとうのこうげきくっらぇー!」
 その声と共に、ミサイルポッドから大量の羽根が広範囲に打ち出された。真正面から相対する形となるアピスとネヴィルの目には、それはCGとワイヤーを使った中国映画の1シーンに映ったであろう。
「いくらなんでも一辺にそんな数を打ち出すなんてルール違反――あばばばばば!?」
 律儀に羽子板を持って羽根の壁に対抗しようとしたネヴィルだったが、スウェーの技術をもってしても全てに対処することはできず、逆に数十個の羽根が全身に直撃し、そのまま意識を手放した。
 一方のアピスはランスを軽々と振り回し――その筋力はドラゴンアーツによって生み出されているものだ――シリルの羽根に対抗していた。あまりにも数が多いため、普通に振るのではなく、ナイトの基本技「チェインスマイト」をうまく操って対処している。
 だがそれでも240という数全てを槍で打ち返すのはさすがに不可能であったし、ネヴィルが対処しきれなかった分もある。多くの羽根が彼女の脇を通り、後方へと飛んでいった。
「やばいわね。流れ弾が他の人に当たらなかったらいいんだけど――?」
「あっはっは! あたいってばてんさいてき! ――って、あれ?」
 アピスが羽根の行く末を見届けるべく後ろを向き、シリルが高笑いしたその時だった。彼女たちの視界に映ったのは露出度の高い服装をした黒い翼のヴァルキリー、フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)が、その肩に乗せていた巨大な羽子板を振りかぶらんとしている瞬間だった。
「あーらよっと!」
 トライアンフ並みの大きさを誇るその羽子板は、アピスとネヴィルが対処しきれなかった羽根の全てをなぎ払っていく。羽子板に直接触れた物、及びその周辺で風圧に巻き込まれた物全てがあらぬ方向へと飛んでいった。
「うん。気分爽快!」
「……無茶しすぎよ」
 巨大羽子板を肩に乗せ、晴れやかな顔をするフェイミィに、そのパートナーのリネン・エルフト(りねん・えるふと)が冷ややかな視線を向ける。
「いやだってさ、せっかくフェイタルリーパーらしくマイ羽子板持参で来たんだぜ? それなら1つの羽根をコツンと打つよりも、大量の羽根をまとめてかっ飛ばす方が気持ちがいいじゃねえか!」
「一応さっき確認してみたら……ルール違反らしいわよ、それ……」
「え゛……?」
「羽子板の二刀流、三刀流はいいけど……、使うのはあくまでも用意されたものに限られるって……」
「な……、なんじゃそりゃあ!」
 肩の巨大羽子板を取り落とし、フェイミィが憤慨する。
「それじゃあ何か!? オレが苦労して作ったこのマイ羽子板、使っちゃいけねえってことかよ!? フェイタルリーパーなのに!? 根本的なところで存在否定か!?」
「存在否定は行きすぎよ……。でもまあ、ルールには従わないとね……」
「くそう……。ルールかぁ……」
 気落ちしてその場でうなだれるフェイミィだが、一応ルールには従う意思は見せたようだ。
「あ、あのう……?」
 何となく取り残されたという雰囲気を感じたアピスがおずおずと声をかける。
「あなた方は、その、一体どちら様なの?」
「ん?」
 半分取り残していたフェイミィとリネンがそちらを見る。すると、突然フェイミィの目が輝いた。
「おやおやおやおや……、こりゃまた可愛い子がいるぜ?」
 瞬間、バーストダッシュを発動させ、フェイミィがアピスに近寄った。
「いやあ名乗るのを忘れてたぜ。オレはフェイミィ・オルトリンデ。で、あっちがパートナーのリネン・エルフト」
「アピス・グレイスよ。あっちで羽根を飛ばしたのはシリル・クレイドで、足元で伸びてるのがネヴィル・パワーズ。で、一体何を?」
「何を? そりゃアピスよ、決まってるじゃねえか。今日は正月ムード、ここは羽根突き大会の会場。じゃ目的は何かな?」
「ハイブリッド羽根突き?」
「そう! というわけでアピス、オレと羽根突きで勝負してくんない?」
 ほとんどナンパのようなフェイミィの口調だが、アピスはその申し込みを受けることにした。
「いいわ。その勝負、受けて立ちましょう」
「じゃ、あたいもさんかする〜!」
「シリルのそれは撃つまでに時間がかかるし、何よりも反則だから却下」
 そう言われたシリルは頬を膨らませ、明らかな不満を表明したが、結局「却下」が取り消されることはなく、しぶしぶ観戦に回ることとなった。
 またフェイミィがアピスに迫る姿を見ていたリネンは――いや、迫る前、羽根突きに参加するとフェイミィから聞かされた時からずっと嫌な予感がしていた。
(あのエロ鴉……、何となく考えてることは想像つくけど……)

「よーし、それじゃあ始めるか!」
「お手柔らかに」
 アピスとフェイミィが相対し、リネンが間に立って審判を行う。
「ルールはちゃんと覚えてきたから……、しっかり判定させてもらうわね……」
「あたいはみてる〜」
 リネンの隣ではシリルが座り込んで観戦し、さらにその隣ではネヴィルがいまだ寝ていた。
「先攻はそっちからでいいぜ」
「じゃ遠慮なく」
 アピスの羽子板が羽根を直撃し、まっすぐフェイミィに向かっていく。
「結構小柄なのにパワーはあるんだな」
 だがそれに慌てることなく、フェイミィはブレイドガードの動きを利用して、普通の羽子板――試合前に渡されたものだ――で打ち返す。
「ドラゴニュートと契約してるのよ」
「なるほど、ドラゴンアーツか。そりゃ面白くなってきたってもんだぜ!」
 打ち合いながらフェイミィは羽子板を大きく振り回す。手持ちのそれは小さいが、体に染み付いた動きはまさに大剣士だ。
 一方のアピスは大げさな動きはしない。ドラゴンアーツで強化された身体能力を駆使し、コンパクトな動作で羽根を打っていく。
 何合か打ち合い、先に仕掛けたのはアピスだった。
「ちょっと今日は勝たないと、パートナーに示しがつかないのよね。というわけで――」
 飛んでくる羽根に向かってアピスは、腕を引き、羽子板の先端部分を向ける。それはナイトの必殺技「ランスバレスト」の構えであった。
「これで決めさせてもらうわ!」
 突き出された羽子板が羽根を強く打つ。その勢いで飛ばされた羽根の進行ルートは、フェイミィの顔の横だ。
「おっと、なかなかやるねぇ。でも――」
 それに合わせてフェイミィも仕掛ける。彼女の持つ羽子板に炎が纏わされていく。まるでセイバーの爆炎波のようなそれは、フェイタルリーパーの技「煉獄斬」であった。
「残念だけど、オレの方が1歩リードしてたな!」
 なぎ払うようにして放たれたその技は、ストレートに飛んできた羽根に真上から叩き込まれ、炎が燃え移った羽根はそのままアピスの足元を直撃した。
「そこまで……。フェイミィの勝ち」
「ありゃ〜、アピスまけちゃったぁ」
 リネンの静かな声がゲームセットを告げた。
「さ〜て、オレの勝ちだなぁ。というわけで、アピスにはバツゲームを受けてもらおうかなぁ〜?」
「ば、バツゲーム……?」
「そう、バツゲーム」
 言いながらフェイミィは舌なめずりをする。
 その時点でリネンは確信した。フェイミィの真の目的が何なのかを。
 羽根突きに参加するその前、フェイミィはリネンにこう語っていた。
「シャンバラの連中が派手に遊ぶんだって? だったらそれに参加しない手は無いよな。シャンバラのみんなの実力が見たいから、その羽根突き会場ってとこに連れてってくれよ」
 わざわざ「シャンバラの」とつけたのは、彼女がシャンバラから東に行った他国、カナンの出身だからである。
 そしてフェイミィのこの発言は完全な建前であり、その本音は「シャンバラの可愛い子を羽根突きの命令権で好きにしたい」というものだった――フェイミィは女性だが女好き。いわゆるレズビアンなのだ。
 そういえば、とリネンは思い出していた。自作の巨大羽子板を担ぎながら、会場内にてフェイミィはこう言って回っていたのだ。
「オレにイカせられたいヤツ募集! 男は却下ね、男は死ね!」
 そしてアピスに対する雰囲気を考えれば全てが理解できる。フェイミィは羽根突きの命令権を使って、目の前の少女にいかがわしいことをするつもりなのだ! それも見た目7歳――アピスの実年齢は9歳である――にしか見えない女の子に!
「アピス、オレの奴隷に――ん?」
 そう言いかけたところで、フェイミィの頭上に影が差し込む。
 それはリネンが「怪力の籠手」の力を利用して振り下ろした、フェイミィ作の巨大羽子板――床に置かれていたもの――だった。
「……黙れ、エロ鴉……!」
「板(いた)あっ!?」
 その惨状を表現するならば「殴られた」ではなく「潰された」というべきだろう。フェイミィはそのまま自分の羽子板の下敷きになった。
「うちのエロ鴉が……迷惑かけたわ……。コレの事は忘れていいから。というか忘れて」
「は、はあ……」
 一体何が起きたのだろうか。アピスとシリルは状況の理解ができぬまま、フェイミィを引きずっていくリネンの後姿を眺めていた。

「はっはっは、こいつはいいぜ! どこを見ても羽根突きだらけだ! さて、俺の相手になるのはどこのどいつだ!?」
「ち、ちょっと兄さん! 勝負事だから熱くなるのはわかるけど、ちょっと熱すぎない!? っていうか性格が昔のに戻ってる!?」
 羽根突き会場を大股に歩いて回るのは原田 左之助(はらだ・さのすけ)と、そのパートナーの椎名 真(しいな・まこと)である。彼ら2人もハイブリッド羽根突きで遊ぶためにここにきているのだ。
「そりゃ戻るに決まってんだろ。なんたって羽根突きだぜ? 新撰組の十番隊組長としちゃあ参加しないわけにはいかねえだろうが」
「新撰組はあんまり関係ないような……」
「細かいところにいちいちツッコんでんじゃねえよ真。どっちにしたって日本男児であることにゃ変わりは無えんだ」
「……まあ、いいけどさ」
 会話しつつ、彼らは会場を練り歩く。
 彼らは単にハイブリッド羽根突きの勝負を挑みに来たわけではない。勝負を挑む対象は友人、あるいは強い者。ある意味では腕試しも同然なのだ。
「親しいからこそガチ勝負したいのは、もうお約束だしね。ま、ちょっとやそっとの必殺技攻撃なんてみんな兵器、じゃない、平気だろうし」
 どちらかといえば気心の知れた友人がいいのだが、その友人が見当たらない。先ほど【S×S×Lab】の友人である東條カガチと出会ったが、彼は羽根突きに来たのではなく、自分がプレゼントした屋台――第2章でカガチが言っていた「屋台をカスタムしてくれた友達」とは真のことである――で商売していたのだ。これでは羽根突きに誘えない。
 そんなわけで2人は適当な相手を探して回っているのである。最悪はパートナー同士で対戦してもいいのだが、元々彼らはダブルスで挑むつもりだったため、それは本当に最後の手段であった。
「それにしてもみんなド派手にやりあってんなぁ。辺り一面羽根が落ちまくってるぜ」
 左之助の言う通り、今の羽根突き会場は「男が歩けば羽根に当たる」状態と化していた。これはもちろんシリル・クレイドがミサイルポッドでばら撒き、フェイミィ・オルトリンデが巨大羽子板で打ち飛ばしたせいであるのだが、2人はそれをよく把握していない。
「なんつーかこれじゃあ、適当に羽根を打ったら知り合いに当たりそうだな」
「そんなので相手を探すつもりなの?」
「ハイブリッド羽根突きは、結局のところ羽根突きを利用したケンカも同然。つまり軽く打つことでケンカを吹っかけるのと同じになるってわけだ」
「いや、その理屈はおかしい……」
「ま、こうなったらやるだけやってみようぜ」
 落ちていた羽根を拾い上げながら左之助は適当に狙いを定め、羽子板を構える。
「さて、誰がいるかな、誰がいるかなっと」
 なぜかメロディーをつけながら左之助は方向を定める。そして適当に方向を決めると、彼は軽く羽根を打った。
「あらよっと」
 特に力を入れていないので、羽根の勢いは非常に弱い。だが遠くに飛ぶように打ったため、羽根はふらふらと舞い上がった。
 そして彼らの希望は叶えられた。打った羽根が彼らの友人に命中したのである。

「いや〜、話に聞いてはいたけど、本当に普通の羽根突きじゃないんだねぇ。みんな本当に派手にやり合ってるねぇ」
「そりゃ勝負事が絡んでるからね。いいかい、ちびすけ。勝負事というのは死力を尽くすべきだと思うんだよ。余興であれば尚更。やはり賀正くらいは華やかでないとね。ぱらみたという場所柄すこし知っているものが変わっていても、それは楽しんだ者勝ちではないかな」
「ちょっとお爺、妙に気合入ってるけど、そんな老体で大丈夫か?」
「……一番いい契約者を頼む」
「って私任せかーい、結局ぅ。せっかく振袖着てきたってのに、たすき掛けで魔鎧つけなきゃいけないなんてそりゃないよ〜」
「そりゃまあ老体に鞭打ちたくはないからねぇ」
 そんな会話をしているのは、孫娘と祖父のように見える2人――佐々良 縁(ささら・よすが)点喰 森羅(てんじき・しんら)であった。「見える」というのは、彼女たちは実際の血縁関係にはないからである。森羅は見た目こそ縁の祖父だが、実際は具足風味の魔鎧なのである。
「ま、お爺は適当にいなすとして、ここは普通に――」
 遊ぼうかねぇ、と思った瞬間だった。先ほど左之助の打った羽根が、彼女の頭に命中したのである。
「おっと悪い悪い。まさか適当に打った羽根が当たるとは――って」
「ちょっと兄さん、目の前にいるの、どう見ても佐々良さんだよね……?」
 そこに羽根を打った張本人たちが現れた。こいつらか、この羽根を当ててくれたのは……。
「ふ……」
 縁の体が小刻みに震える。
「ふ、ふふ……、ふふふふ……」
 それは果たして怒りだったのか、それとも悲しみだったのか。本人にもよくわからなかったが、少なくとも事実として理解できたのは、縁がこのすぐ後で半ば八つ当たり気味に打った羽根が真と左之助の間を高速で抜けていったこと。それから、その雰囲気にパートナーの森羅さえも恐慌状態に陥ったことである。
「いやあ、まさかこんなところで真くんたちに会えるとはねぇ」
「そ、それは奇遇だなぁ。俺たちもちょうど佐々良さんを探していたりしてたんだよね、兄さん?」
「ん、え、あ、ああ、そ、そうなんだよな! 誰かしら羽根突きの相手を探しててさぁ! できれば友達がいいな〜、って話になってたんだよ、うん!」
「それで私の頭に羽根を直撃させてくれちゃったってわけなんだぁ。お姉さん理解しました〜」
「そ、それはどうも……」
 とてもいい笑顔で話してくる縁だが、今の真と左之助にはその笑顔が何よりも恐ろしかった。
「で、このツケはどうやって払ってくれるのかねぇ〜?」
「え、えっと……」
「それは、その……」
「適当に羽根をぶつけたってことはさぁ、それはつまり適当にぶつけられる覚悟ができてるってことだよねぇ?」
「…………」
「……ま、ここで一方的に羽根をぶつけるのもいいけど、今回は特別に反撃のチャンスをあげちゃおうかね」
「ち、チャンス?」
「そう。つまり――」
 そう言いかけた時、突然遠くから何者かの声が聞こえてきた。
「くぉらぁー! この羽根をぶつけたのは誰だぁー!」
 手に羽根を持ちながらこちらに全力疾走してくる人物の名は土御門 雲雀(つちみかど・ひばり)。その後方からは彼女のパートナーであるサラマンディア・ヴォルテール(さらまんでぃあ・う゛ぉるてーる)の姿も見える。
 なぜ彼女が怒り狂った状態でこちらにやってきたのか。その理由は簡単だ。先ほど縁が打った羽根は真と左之助の間を抜け、そのまま直進し、雲雀の正面から顔面に命中したのである。単純に雲雀は犯人をとっちめるべく、おそらく羽が飛んできたであろう真正面に向かって全力疾走してきた、というわけだ。
「おやぴよりんじゃないか。もしかして私の羽根、おまえさんに当たったの?」
「ぴよ……!?」
 怒り心頭で突撃した雲雀だが、縁の一言を聞いた瞬間にその場でヘッドスライディングを決めた――要はズッコケたのである。
「お〜、見事なヘッドスライディングだこと。で、大丈夫、ぴよりん?」
 またしても奇妙な呼ばれ方をした雲雀はすぐさま立ち上がった。
「佐々良さん! ぴよりんって何でありますか! 私は雲雀(ひばり)で――」
「ぴよりんをぴよりんと呼んで何が悪いってのさ。そりゃぴよりんをワンちゃんとか呼んだら間違いかもしれないけど、ぴよりんをぴよりんと呼ぶことに一体何の問題があるのかねぇ」
「だあーっ、もう! いちいちぴよりんと連呼すなっ!」
「いい加減話が進まないから落ち着けおまえら」
 変な呼ばれ方に憤慨する雲雀と、当たり前のようにあだ名で呼ぶ縁の論争に終わりは無いと読んだのか、サラマンディアがその場を収めることにした……。

「ははぁ、なるほど。ハイブリッド羽根突きで勝負をしよう、と……」
 ようやく落ち着いた雲雀が状況を再確認する。
「しかし勝負するとなると、このメンツでは難しいのではありませんか?」
 雲雀の言う通りである。真と左之助はダブルスを希望し、森羅は魔鎧化して縁の一部として参加するつもりでいる。自分はもちろん参加、そしてパートナーのサラマンディアも参加を希望している。「基本1対1」の状況を作り出すのが難しいのだ。鎧の森羅を1人と数えて、2対2どころか3対3にしても構わないのだが、ここで縁はとんでもないことを言い出した。
「それじゃあさ、2対2対1+鎧のバトルロワイヤルにしない?」
 真&左之助、雲雀&サラマンディア、そして縁+森羅という組み合わせでまとめて試合をしようというのだ。真などは無茶にも程があると思うが、雲雀とサラマンディア、そして左之助は乗り気でいた。
「いいでしょう、了解いたしましたです。売られたケンカはしっかり買わせていただくのであります!」
「佐々良の嬢ちゃんもぶっ飛んだことを考えるもんだ。ま、楽しければ俺はそれでいいけどな」
「はっはっは! 上等上等! 全員まとめて相手になってやるぜ!」
「では自分はレオンさんを審判に呼んでくるであります」
 数分後、連れてこられたレオンを審判に、3チームバトルが幕を開けた。

 そして、その場に最後まで立っていたのは縁だった。
「あ〜はは、何だかんだ言って、結構面白かったなぁ」
 羽子板を肩に乗せ、目の前の屍に目を向け縁は笑った。
 この3チームの激戦についてだが、結論から言えば「あまりにも派手すぎて」詳細を報告するのが難しい。
 打ち出された羽根は、まず超感覚を発動した真が、「用意は整っております」の声と共に落下地点で待機し、受け止める。それを左之助がランスバレストによるヒロイックアサルト【気合の一撃】で飛ばす。
 その羽根は雲雀がサイコキネシスで動きを阻害し、打ち返す。それを見計らいサラマンディアが精霊の知識を応用したファイアストームを床に放ち、他2チームの動きを妨害する。
 魔鎧化した森羅を纏った縁は、羽根を打つ際には毎回シャープシューターとエイミングの技術を組み合わせ、時折森羅の爆炎波を混ぜていた。そして何よりも彼女は最初に左之助の羽根を食らった瞬間から「理不尽な八つ当たり」と称して羽子板を振り回しているのである。その気迫にはパートナーの森羅でさえも竦みあがるほどだった――その点は雲雀も同様だったが、彼女の場合は縁からの呼ばれ方に対するショックの方が大きかった。
 これら技と気迫と体力の応酬の結果、縁と纏われていた森羅、そして審判役をやっていたレオン以外の4人が「ゲーム続行不可能」となり、縁の1人勝ちと相成ったのである。
 この派手なバトルを事細かに報告できなかったのは非常に心苦しい限りではあるが、どうかご勘弁を願いたい。
「それにしてもみんなボロボロになっちゃったねぇ。こりゃ医者がいるかな?」
「救護所ができてるから、全員そこまで運ぼうか。オレも手伝うわ」
「お〜、そりゃありがたいねぇ」
 レオン、縁、そして森羅の3人は、負傷した4人をどうにか救護所まで運んでいった……。